36話

 あなたはサシャとブレウと別れ、レインを連れて町中の宿を取った。

 夕飯はいつも通りに自分で用意し、レインもあなたの出した食事で夕食を済ませた。


「はぁー……やっぱり、あなたの作る食事って凄く美味しいわ……」


 それはそうだろうとあなたは笑った。

 貴族のお抱え料理人だってあなたほどの腕前は持たない。

 加えて食材も高品質のものを使っている。美味しいのは当たり前だ。


 そして、あなたは『ポケット』から大瓶を取り出した。


「? それは?」


 あなたはその瓶の封を開けると、その中身をカップへと注いだ。

 とろりとした白濁した液体は、甘い香りを漂わせる。

 エルグランドで一般に飲まれている、スタッフベリーと言う果実から作った酒である。

 エルグランドにおいては大衆酒として知られ、水代わりに呑まれていることもある。

 レインはかなりイケる口のようなので、たまには付き合ってもらおうと言うわけだ。


「なるほどね。結構おいしそうな香りね。味は……うん! 甘くておいしいわ」


 スタッフベリーはじわっとした甘さが特徴の果実だ。

 これを酒にすると、クリーミーなエールになる。

 甘くて飲みやすいので、ついつい度が過ぎてしまうこともある。


 スタッフエールの飲み口のよさも手伝い、レインが次々と酒を干していく。

 大酒飲み、と言うわけでもないようだが、飲酒自体が結構好きなのだろう。飲み方に淀みはない。


「このお酒、いいわね。こっちでも作れないかしら」


 スタッフベリーさえ調達できればなんとでもなるだろう。

 ただ、スタッフベリーは麻薬の原料として使うこともできる。

 そのため、迂闊に栽培をするというのはちょっと躊躇われる。


「へぇ……お酒には悪影響はないのよね?」


 スタッフベリーを麻薬として用いる場合、熱を加える必要がある。それも結構な高温。

 燃やした煙を吸うことで麻薬になるので、酒として醸造する場合に毒性はない。


「そ、なら安心して飲めるわね」


 あなたはレインのカップに酒を注いでやりつつ、今日は2人切りだね、と切り出した。


「……そうね」


 あなたはベッドの方へと眼をやり、ツインではなくダブルの方がよかったかな? などと冗談めかして言った。


「あなたは床で寝るのね」


 などと憎まれ口を叩くものの、レインの眼には期待の色があった。

 今まで散々お預けしてきたので、これを賞味するのは実に心が躍る。

 結局レインからのおねだりはなかったものの、これはこれでいい。

 レインの手へと自分の手を重ね、あなたは真剣な顔でレインに眼を向けた。

 同じ部屋に泊まることに同意した以上、そうだと思ってもいいのだろう、と。


「それは……その、あ、あなたに対する、報酬だから……あなたがシタいと言うなら……その……」


 そうそう、報酬報酬。報酬だから、これは報酬だから。

 つまりあなたは立場を笠に着て無理やり迫っているだけ。

 レインは何も悪くない。全部あなたが悪いのだ。だから問題ない。


「そうよ、あなたが悪いわ。だいたい、同性愛なんて世間体が悪い行いなのだから、あなたはもう少し慎みを持って……」


 酒杯を乾かしながら、レインはそんなお説教を垂れて来る。

 自分に非がないと、正当性を得るために必死なのだろう。実に可愛い。


「だから冒険者チームとして、そう言った不道徳な悪評は避けるべきなのよ。分かった?」


 一通り講釈が終わったところで、あなたはレインの顎に手を添え、そっと唇を奪った。


「あ、ちょ……ん、ちゅ……あ、ん……」


 レインを抱きすくめ、その背に腕を回し、あなたは情熱的な口づけをする。

 スタッフエール味の甘い口づけ。それ以上に甘い愛を注ぎ込んで。

 熱い吐息を漏らしながら唇を離すと、あなたはレインにベッドに行こうと耳元でささやいた。


「…………」


 レインは無言で、けれどたしかに、こくりと頷いた。







 新しい朝が来た。あなたはいつものお祈りを済ませ、ベッドで深く寝入っているレインを見やる。

 なんとも幸せそうな顔で眠っているものだ。たっぷりと蕩けさせた後の眠りは心地いいのだろう。


 しかし、実にすばらしい夜だった。たっぷりと焦らした上に、以前のピロートークでもっとすごいことをすると約束をしていた。

 約束通りにすごいことをした。もうドロドロになるまで蕩けさせた。

 いつもは強気なレインがベッドの中では借りてきた猫のようにおとなしくなる。


 恥ずかしくておねだり出来ないレインを言葉攻めするのも楽しかった。

 本当はして欲しいのに恥ずかしくて言えない姿には、言葉にできない美しさがあるものだ。

 冒険者学園とやらに通っている間はかなり時間的な余裕もできることだろう。

 その時にはレインとはたっぷりと愛を育みたいものである。もちろん、サシャとフィリアともだ。


 喜ばしい未来への展望を考えながら朝食を済ませていると、レインが目を覚ました。


「おはよう……あ、私も朝ご飯食べたい」


 そんなことを言いながら起き上がるレイン。

 朝日に照らし出されるレインの肢体は溜息が出るほどに美しい。

 バランスの良さと言う意味で言えば、今のメンバーでレインこそが一番美しいだろう。


 あなたはその美しい肢体を堪能しつつ、すぐにレインの分の準備を始めた。

 レインはと言うと、自分が裸と言うことに気付いて脱ぎ捨てていた服を着こんでいる。

 顔を赤らめながら服をいそいそと着る姿は可愛らしい。いつもなら逆ギレされていたところだろう。

 随分としおらしくなってしまったな、などとあなたは内心で笑った。




 宿を辞したあなたとレインは市場に出ていた。

 フィリアの言っていたお土産を買うためである。

 とは言え、お土産と言われてもなにを買えばいいのやらである。


「べつに、そんなに奇をてらう必要はないでしょ。普通に買えばいいじゃない」


 その普通をあなたは知らない。エルグランドにおいては定番のお土産は一応あったが……。

 しかし、希少な生物の生肉、ハーブ、収集家のいるコインなどの冒険者らしいお土産が普通の範疇に入るのかどうか。

 気心知れた仲ならば、引っこ抜いてきた心臓などをお土産にする者もいる。


「なんで心臓……?」


 エルグランドにおいて禁忌の技術とされている人体錬成をするためだ。

 目玉、心臓、肉体、皮、骨などの部位を掻き集め、これを錬金術の秘奥をもって形を与え、命と成す。

 素材にされた者の姿かたちを持った肉人形を創り出すことができるのだ。能力ももちろん同じ。

 それらの素材の中で、心臓が最も手に入れづらい。なので、希少なモンスターの心臓にはかなりの価値があるのだ。


「そんなことが、可能なの?」


 可能である。興味があるならやってみせてもいい。

 エルグランドでは禁忌とされているが、こちらではそうではないだろう。

 エルグランドでやると即座に罪深き者として追われる羽目になる。

 まぁ、『ミラクルウィッシュ』のワンドで贖罪を願えばすぐに許されるが。

 あるいは金を積んで免罪符を買えばいい。足元を見られるので物凄く高いが。


「ううん……興味はあるけど……そんな、生命を創り出すなんていうのは、神にのみ許された御業に違いないし……」


 たしかにそう言った考えもあるのかもしれない。

 だが、少なくとも人体錬成をしても神が激怒したりはしない。

 神が許しているのならば、そこに問題などないはずである。


「そうなの?」


 あなたは頷いた。人の法は許さないが、神の敷く法においては許されている。

 そして、この大陸において人体錬成の可否は法において規定されていないだろう。

 であれば、この大陸で人体錬成をする限りはなんらの問題もないことが想定される。


「神が許してるなら問題ないわね。今度見せてちょうだい」


 今度適当な生物のパーツを掻き集めて人体錬成をしてみよう。

 その時には興味のある者を集めて見学してみるのも楽しいだろう。

 それはそれとして、土産はなにがいいだろうか?


「あ、そうね。まぁ、長く離れていたわけでもなし、ちょっとした手土産で十分でしょ。ほら、友人の家を訪ねる時に手ぶらじゃなんだから、くらいの」


 なるほどとあなたは頷いた。では、なにかしら手ごろな食べ物でも買って行こう。

 そうなるとソーラスの町で手に入らないものなどがいいのだろうが……。

 あなたはソーラスの町で手に入らず、スルラの町で手に入るものに心当たりがなかった。

 というより、この辺りの地理や風土に詳しくないので、食習慣のことすらも知らない。


「そんなこと言われても、私にだって分からないわよ」


 レインもさっぱりのようだ。

 あなたとレインは散々迷った上で、適当なお菓子を買っていくことにした。

 この町の名物と言えばよく肥えた豚! と言われたが、豚1頭をお土産に買っていくのは豪快過ぎるだろう。


 その後、ブレウを訪ねると、2人とも在宅だった。


「ふふ、昨日はサシャに夕飯をご馳走してもらいまして。この子も自分でお金を稼ぐようになったんだなと感慨深いですね」


 などとブレウは喜んでいた。その一助になれたのであれば、あなたもうれしい。

 機嫌もよさそうなサシャの頭を撫でた後、あなたは王都へと転移することを伝えた。


「はいっ。昨日のうちに準備は済ませてあります」


 ならばよしと、あなたはサシャとブレウも連れて転移を発動した。

 空間が歪む慣れ親しんだ感覚の後、あなたたちは王都の屋敷、その庭に立っていた。


「あら、庭にマーキングしてたのね。私もここにしておきましょう」


 マーキングは即座にできるので、レインはささっとマーキングを行っていた。

 それから屋敷に入り、家令に報告を受ける。ちなみに家令は男性だ。家令の仕事ができる女性は極めて珍しいので仕方がない。

 ブレウはとりあえず客人として持て成すように命じておいた。


「ふぅん、やっぱり金貸し連中が来たのね」


「はい、お嬢様。すべて丁重にお帰り願いましたが」


 ちなみに家令には金貨10枚の給料を支払っている。

 忠誠とは行動で得るものだが、忠誠を維持するには金が必要である。

 この家に仕えて来たという経歴があるから忠誠はひとまずよしとし、高い給料を払っているのである。


 しかし、やはりある程度懸念していた通り、妙な連中は寄って来たようだ。

 本流から外れて困窮しているだろうと金貸しがやって来たり、あるいは逆に金を貸していたと取り立てに来たり。

 あなたはとりあえず取り立てに来た連中の名前を訪ねた。


「スマーク商会と名乗る者でした。あこぎな商売をしていることで有名なところでして、証文もお持ちではありませんでした」


 あなたは頷き、スマーク商会とやらの所在地を訪ねた。

 家令は困惑しつつも答え、あなたはちょっと出掛けてくると伝えた。

 また、レインにはブレウとサシャの部屋を整えてもらうように頼んだ。

 この屋敷の部屋割りの類はよく分かっていないので、出来るだけいい部屋を頼んだ。


「ええ、分かったわ。あと、ほどほどにね」


 あなたは頷いた。



 その日、スマーク商会の所在地が更地になった。

 突然物凄い轟音がしたかと思うと、瞬く間に商店が崩れ落ちて行ったのだ。

 後に残ったのは瓦礫の山だけ。商品も綺麗さっぱり消え去っていた。

 この不可思議な事態にだれもが天罰だと嘲笑った。



 あなたはスマーク商会の壁と言う壁を掘削してくれた頼れる採掘道具を仕舞いこむと、屋敷へと戻った。

 もちろん、最高速に設定していた自分の速度を平常に戻すのも忘れない。歩いただけで周辺が衝撃波で大惨事になってしまう。



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