4話
セリナに案内されて向かった先は、町の一等地に当たる地区だった。
華やかな店が立ち並び、客層も金持ち向けの店が多い。高級店だろうか。
そうだとすると、セリナはそれなりに金回りがいいということになる。
ハンターズの一員と言うことは冒険者なのだろうが、どうもハンターズとは毛色が違う。
ハンターズのメンバーは全員かなり鍛えられていた。純粋に肉体を鍛え抜いていた感じだ。
とにかく硬く強く大きく。そんな感じの無鉄砲な鍛え上げ方で、強大で頑強な敵と戦うための肉体だった。
少しでも強く、少しでも硬く、少しでも大きくならなければいけない。そんな雰囲気があった。
ボルボレスアスの狩人があんな感じだったな、とあなたは思い起こす。
ボルボレスアスの狩人たちは、その肉体ひとつで強大なモンスターと戦う生業だ。
魔法と言う技術が発達しなかったボルボレスアスには、そう言った戦士しかいないのだ。
対大型モンスターと戦うために鍛え抜き、錬磨され、継承されて来た技術には端倪すべからざるものがある。
というか、よくよく考えてみたら、モモロウたちはボルボレスアスから来た狩人なのではないだろうか?
考えてみるとそんな感じである。とすると、ほぼ全員がボルボレスアスにおける一流、あるいは超一流クラスの腕前に相当するだろうか。
対大型モンスターを前に、魔法の力なくして人間はあまりにも非力であり、そのために可能な限り鍛え抜く。
モモロウやトモは細身で少女のように可愛らしいが、ああ見えてもその筋肉は鍛え抜かれている。
筋肉の上によく脂肪が乗っており、一見してみると筋肉の隆起が伺えないのも特徴だ。
脂肪を落として絞り込むと筋肉の隆起がよく見えて肉体美が映えるが、持久力がガタ落ちするのである。
広大な野生のフィールドでモンスターと戦う狩人たちは、数日に渡ってモンスターを追う。
そのため、持久力なくしてはやっていけない。そのため脂肪をたっぷりとつけるのだとか。
また、脂肪を乗せていると、怪我をした際に出血を抑える効果も期待できるそうだ。
ますますボルボレスアスの狩人のように思えて来た。まぁ、それはいい。
翻ってセリナだが、明らかに脂肪を削り落とした肉体だ。そして、筋肉も削り落としている。
明らかに鍛える余地がまだまだあるのに、その何歩か手前程度の肉体に留まっているのだ。
こういった鍛え方をする人間は、対人間専門の技術を高度に習得している人間に見られる。
エルグランドの冒険者の鍛え方はボルボレスアスの狩人と同じだ。
とにかく鍛えまくる。それだけだ。ちょっとでも強く大きくならなければいけないからである。
だが、人間が相手ならば、極限まで鍛え抜いても、ほどほどに鍛えても、差は大きくはない。
技術や戦法、または武器防具の差で十分に覆せる程度の差しかないのだ。
これは人間を大きく上回る能力を持ったモンスターとの戦闘を想定していないということでもある。
特に、セリナの美しくしなやかな肩などを見ていると、その鍛え方の想定が伺える。
すけべな眼で見ていると思われたせいかレインに頭をしばかれつつも、あなたはセリナの全身の鍛え具合を見抜いていく。
肩の筋肉は明らかに意図的に落としている。そのため、町娘のようになよやかな肩だ。噛みつきたい。
反面、腕の筋肉はよく鍛えあがっており、指や手はかなり鍛え込まれている気配がある。
脚の筋肉、腹筋、背筋と言った部分はしなやかに鍛え込まれているが、こちらも絞っている気配がある。
これは関節の可動性を重視した鍛え方だ。筋肉を大きくし過ぎると関節の可動性を多少損なうのだ。
全身運動と、慣性を利用した軽妙な戦技を持つ者に度々見られる鍛え方である。
やはり、対人間を専門にした技術を習得していると見るのが自然だろう。
考えてみると、足の捌き方と言う意味では何も履いていない方が都合がいい。
そして、肩の可動性を重視するならば肩は露出をしていた方が都合がいい。
肩が丸出しなこと、異様に短いスカートを履いていること。そして、その露出を補うように靴下と変な裾をつけていること。
こうしてみると、セリナのすけべな服装にも理由があるらしいことが分かる。
それはそれとして背中が丸出しな理由が分からない。やはり単純にすけべなだけでは?
「ついたぞ」
考察に明け暮れていると、いつの間にか目的地についていたらしい。
あなたがセリナが立ち止まった先の店を見ると、なんとも異国情緒あふれる店構えの店舗があった。
粘土を素焼きした屋根材が独特の形状をしており、それが特に異国風情を感じさせる。
「あら、北国風の店かしら」
「ああ。この町で最強の海の男が出資している店だ」
「へぇ……最強……待って、ここ内陸よね?」
「そうだな」
では最強の海の男とはいったい。なかなかわけのわからない存在にあなたは首を傾げた。
「入るぞ」
セリナに促され、あなたたちは入店した。
入店すると、さっそく出迎えたのは可愛らしい給仕の少女だ。
そう言うサービスをしている気配はないが、見目麗しい給仕は高級店の証である。
セリナがよく通っているとの言葉通り、給仕とは顔見知りのようで、言葉少なにいつもの部屋とやらへ通された。
背の低いテーブルに、綿がたっぷりと入った着席用の調度品など、特徴的なものが多い。
エルグランドでは山岳地帯で度々見られる形式の調度だ。ハイランダーとはまたべつの高山民族の様式である。というかハイランダーは別に高山地帯にだけ住んでいるわけではない。
火山地帯の民族であるがゆえか、暖かな湯、温泉が湧いているため、観光地や保養地としても有名な場所だ。
度々遊びに行っていたので、こうした様式における振舞い方はよく分かっている。
セリナが着席用の調度品。たしかザブトンとか言うやつ。そこに正座をする。
脚を折り畳んで座る窮屈な座り方で、脚が痺れる。あなたはあまり好まない。
脚を両側に出し、尻をぺたんとザブトンにつけるほうが楽である。
なぜか知らないが、あなたの父はその座り方をするとかわいいねと褒めてくれる。
「こういう様式は度々見てたけど、こういう感じなのね」
「私は1回来たことありますよ。お魚が美味しいんですよ、このお店」
フィリアは以前に来たことがあったらしい。『銀牙』で活動していた頃のことだろう。
あなたはささっと着席し、レインとサシャはあなたの座り方を真似て座る。
「いっ、たたたた……! この座り方、痛いんだけど……!」
そしてすぐにレインが立ち上がった。
あなたがやっている座り方は骨盤の形状に楽さが左右される。
股関節の可動域が狭いと痛くてしんどいのだ。
女性はできる人が多いが、男性はできる人が少ない。
だが、女性でもできない人はいるし、男性でもできる人はいる。
「まぁ、楽に座れ。堅苦しい作法はない店だから気にするな」
「そうするわ……」
脚を片側に出すような形でレインが座る。そう言えば野営の時もこうして座っていたなとあなたは思い出す。
サシャの方は特に苦も無くできる姿勢のようで、痛がっているレインを見てきょとんとしていた。
あなたはぺたんと座り、両足の間に手を置いているサシャの姿を見て、かわいいね、と褒めた。
「そう、ですか?」
言われたサシャはよく分からなかったらしく、首を傾げていた。余計にかわいいではないか。
溜らぬ可愛さで誘うものだ。滾るじゃあないか。あなたは拳を握り締めてサシャの可愛さに打ち震えた。
「適当におすすめを持って来てくれ。酒も適当に頼む」
セリナが給仕の少女にそのように伝え、給仕は予期していた答えだったのか頷いて立ち去った。
「さて……改めて礼を言わせてもらおう。あのイカれ獣耳女の手足を治してくれたことをな」
それに関しては純粋な取引の結果である。
そのため、礼は不要とあなたは答えた。
「私はそれを行った理由について礼を述べたわけではない。それを実現してくれたことに対して礼を言っている」
そう言うことであれば、受け取るべき礼なのだろう。
礼に関しては素直に受け取ることとした。
「私がすべき筋ではないだろうが、私にできる範囲のことなら力になろう。これでもこの町ではそれなりに名の知れている身なのでな」
今晩ベッドの中でお礼をと言っても無理そうなので、あなたは素直にいま求めていた事柄を述べた。
つまり、サシャの剣の調達である。腕のいい職人の紹介か、あるいは鍛冶場を貸し出してくれるところの紹介。
腕のいい職人はまともな職人であることも追加条件だろうか。
「職人か。その、まともと言うのはどういうことだ?」
剣に媚薬を仕込んでいたり、強烈な呪いをかけていたり、地獄のようなエンチャントをつけていたりしないこと。
また、変に売り渋りをしたりするようなめんどくさいこだわりを持っていないことだろうか。
「ふむ。なら、紹介はしてやろう。だが、相手をしてくれるかはおまえ次第だな。腕のいい職人は忙しいものだ」
つまりたっぷりの謝礼を支払えということだろう。あなたは問題ないと頷いた。
莫大な金貨で支払うなら容易いことだし、貴重な品々の調達ならささっと済ませればいいだけだ。
「この町には以前、カイルと言う冒険者がいてな。腕のいい治療士だった」
治療士とは。聞く限りだと医者のように聞こえるのだが。
あなたはその辺りの疑問を口にする。
「ああ。薬の扱い方に秀で、またその調合を得意とし、物理的な手段での治療技術を持つ者たちだ。アイテム使いと言ったところか」
「迷宮型の……俗に、リメインズウォーカーとか呼ばれるタイプの冒険者の方なんですね」
「迷宮歩きというやつだな。それだ。迷宮は臨機応変が求められるが、事前の対策と想定を立てやすい場でもある。だからこそ活きるタイプの冒険者だな」
あなたはなるほどと頷いた。
こちらの迷宮はある程度固定された環境が想定されるのだ。
そのため、出現するモンスターやトラップ、気温や地形なども想定の範囲内となる。
であるから、それらの環境に対する最適解を道具類を駆使して導出する。
エルグランドではまずみられないタイプの冒険者と言えるだろう。
そう言った道具類の細やかな使い方と言うのはあなたにとって興味深いものだ。
「カイルは本業は治療士だが、種々様々なサポートも得意としていた。武器の制作もできる。こいつもカイルが作ったものだ」
そう言ってセリナが傍らに立てかけている剣を指差す。
先ほどからセリナが腰からぶら下げていた剣である。
「作ってもらって以来、たまに整備に出したくらいで問題なく使えている。たぶん、この町で一番腕のいい職人はあいつだ」
ということは、そのカイルを紹介してくれるのだろうか?
「いや、カイルは今はいなくてな。そのカイルの師匠がこの町にいるんで、そいつを紹介する」
ということはさらに腕がいいだろうという想定が立つ。
あなたはその人をぜひ紹介して欲しいと答えた。
「うん、では紹介しよう。ちなみにそいつはこの店にも少し携わっていてな。いくつかのメニューはそいつがレシピを提供したものだし、そいつが制作した道具類がなければ作れん料理もある」
随分とマルチな働きをしている職人らしい。
冷えた酒を飲ませてくれるオドイの店と言い、この町には変わった店が多い。
それらはそのカイルが属しているという流派の恩恵なのだろうか。
「カイルさんと言う方は以前に聞いたことがありますね。たしか、特級冒険者と呼ばれている……」
「よく知ってるな。ソーラスの迷宮は四層に到達したものを上級冒険者と呼ぶが、そのうち、単独でも到達可能な連中をそう呼ぶ」
「よ、四層に単独で!? 私たちは5人でも二層に行くので精一杯だったのに……」
「うん? おまえはソーラスに以前に挑んだことがあったのか? モモの手紙には初挑戦みたいなことが書いてあったが……」
「あ、はい。私は以前は『銀牙』という冒険者チームに所属していて、そちらのチームで挑戦したことがありまして……」
「知らん名だな。まぁ、迷宮歩きどもしかよく知らんだけだが……」
「あはは……まぁ、今は解散してますので……」
「そうか」
解散したというか、あなたがフィリアを除いて瞬殺してしまったので解散せざるを得なくなったというか、自然消滅したというか。
まぁ、そんなこと口に出すつもりもないので、あなたはテーブルに用意されていた水差しからコップに水を注いで一口水を啜った。
よく冷えていて、しかも澄んだうまい水だ。なにやら果実が絞ってあるらしく、爽やかな香りがして実にうまい。
「カイルさんは史上最年少でこの町の上級冒険者になったとお聞きしてます。そのお師匠様なら凄い方ですよね、きっと」
「ああ。カイルにできることなら自分にもできると豪語してたからな。いや、1つだけ出来んと言っていたか」
「と言いますと?」
「女装だけはできんそうだ。まぁ、女に女装はできんからな」
「あははは、なるほど」
なんとカイルと言う人物の師匠は女らしい。
仕事を依頼するついでにぜひとも仲良くなりたいところだ。
ところで、その師匠はなんという名前なのだろうか?
「ああ、そいつはカイラと言う。黒髪に黒目の女で、年のころは16とか17くらいに見えるが……まぁ、見た目だけだろうな」
あなたは水を吐いた。
あなたは濡れた。
「どうした?」
なんでもないと咳き込みつつもあなたは答えた。
なんでここで繋がってしまうのか。あなたは頭を抱えたくなった。
「お、来たか」
なにが? と言う疑問は、部屋に給仕が入って来たことで理解した。
注文の品が来たらしい。ところで、この店の調理をしている者は女性だろうか?
「妙なことを聞くな……女だが、それがどうした? 腕は確かだぞ」
であればなにがなんでも食さねばなるまい。
あなたはとりあえず飲んで食べて忘れることにした。
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