3話
2度目の熊との戦闘を制した後の帰路は言葉少なに進んだ。
まぁ、帰路自体がさほど長いものでもないので、瞬く間に町に帰りついたのだが。
あなたとフィリアは、ちょっと散歩したな、くらいの感覚である。
その一方で、サシャとレインは乙女的な輝きを大地へと返したのでだいぶ消耗していた。
特に総計で3回も輝ける乙女の青春を披露したレインの消耗はひどい。やつれていると言ってもいい。
こういう時は、なにはともあれたくさん食べて、たくさん寝るのがいちばんである。
とりあえず寝れば大体の不調は治る。あなたも寝るときはたっぷり寝る。
「そうですね。なにかおいしいものでも……と思いましたけど、レインさんが……」
「ちょっと今は肉とか見たくないわ……」
だろうなと思ったので、あなたは頷いた。
レインにはさらりと食べられるものを用意してやるつもりだ。
サシャも1度吐い……もとい、命の脈動の結果を大地へと返したが、平常通りと言った感じだ。
「あ、はい。私はなんとも……いえ、お肉はちょっと、アレかなぁって言う感じは……」
曖昧だが、解体した時の血臭や内臓臭を思い出してしまうのだろう。
ということは、今日は肉抜きの夕飯にしようとあなたは提案した。
「お肉抜きのお夕飯ですか。お魚ですか?」
魚が大丈夫なら魚料理をメインにしようと考えている。
それも無理そうならば、乳料理をメインにしようと考えている。
熱々のグラタンとパンで体を温め、たくさん寝るのだ。
「ああ、うん、魚なら大丈夫だと思う。たぶんだけどね」
その辺りは食事を前にしてみなければわからないと言ったところだろうか。
まぁ、余ったらあなたが食べるので粗末にすることにはならないだろう。
ウカノは食事を粗末にすることに関しては中々に厳しい神様なのである。
「そうなんですか。食事を粗末にするとお叱りを受けてしまうんでしょうか?」
もちろんである。そのため、あなたは決して食事を粗末にはしない。
なによりマジギレしたウカノは食事を粗末にしたものを失明させるのだとか。
ライスを1粒でも残すと眼が潰れると恐ろしいことを言われた。つまり、天罰で眼を潰すぞ、という脅しだ。怖い。
「ひえ……粗末にしないです」
大事なことだ。あなたはウカノの教えに奉ずる後輩であるサシャの感心な態度に頷いた。
「そう言えば……気になっていたんだけど、あなたの信仰するウカノ神って、豊穣の神なのよね?」
レインの問いかけにあなたは頷いた。
ウカノは疑いようもなく豊穣の神だ。
「でも、以前にあなた、農耕の神が存在するみたいなことを言ってなかった?」
それはたしかである。クルシュラグナという神が存在する。
農夫たちが信仰を捧げる神であり、収穫祭などでは主役を務める神だ。
「農耕の神と豊穣の神が別物って、どういうこと?」
あなたは素晴らしい質問だと褒めた。実にいい着眼点と言える。
あなたはウカノの教義や、その権能の範疇であるものを説明することは大好きだ。
農耕神クルシュラグナと、豊穣神ウカノの権能の範囲はたしかに被っている。
だが、明白にまったくの別として被っていない部分もあるのだ。
クルシュラグナは農耕の神であり、農耕とそれに纏わるものを司る。
また、晴耕雨読と言う言葉から、農夫らに学識をも授ける側面があり、学術の神の顔も持っている。
ウカノは豊穣の神であり、五穀の豊穣と海の幸、山の幸の豊かなことを司る。
また種々様々の芸を保護し、また助産の神としての側面を持つなどマルチな神格でもある。
つまり、ウカノにとって農耕とそれにまつわるものは権能の外にある。
というよりかは、ウカノの司るものは結果であって、その過程にある農耕は知ったことではないのだ。
そのため、自然に生える木々に実る果実や、山から採れる山菜、漁業の大漁までもがウカノの権能の範疇なのだ。
「あ、なるほど。クルシュラグナ神は農夫の神で、ウカノ神は狩人や漁師の神でもあるのね?」
その解釈で間違いない。また、クルシュラグナ神は豊作を確約する神でもない。
あくまでも農夫の神であって、その結末である豊作も凶作もまた農耕の結果である。
収穫祭は豊作を祝う祭事ではなく、その1年の農耕の成果を祝う祭事なのだから。
漁師や狩人が1年の無事を祝い、翌年の無事を願う祭事として豊穣祭というものもある。
「なるほど、その辺りは別のものとして捉えているのね……うーん、なるほど」
「ロスリク神は豊作を祈念する神ですから、立ち位置としてはクルシュラグナ神に似ていても、権能としてはウカノ神に似てますね」
ロスリク神とはこちらの大陸で信仰されている農耕の神なのだろう。
まぁ、農耕の神と、豊作を祈念する神が同一と言うのは分かりやすいと言えばそうである。
「エルグランドの神話体系と言うのも気になるわね。多神教なのよね?」
あなたは頷いた。エルグランドには幾つかの神話体系が存在するが、いずれも多神教である。
そのため、特定の神を強く信仰する者も、他の神の祭事などに参加することは普通にある。
というか権能が密接に関連している神などもいるので、自然とそうなりがちなのだ。
先ほど言ったクルシュラグナの収穫祭にあたっては、同様に豊穣を祈念するべくウカノも祀られるのが普通だ。
1年の始まりには虚空神に1年の無事を祈り、1年の終わりには癒しの神を主軸に据えた聖誕祭を行う。
そのさなかには当然収穫祭や学術祭があり、また四季ごとに元素の神と、その従属神に祈る四季祭などもある。
「聖誕祭って、だれの?」
あなたは世界そのものの聖誕祭なので、特定の誰かと言うわけではないと答えた。
年末には1か月間に渡って聖誕を祝う。特に、1年の終わりの1週間前は特別な祭日とされる。
つまり、12月31日の1週間前、12月24日と、その翌日の12月25日だ。
この日には家族でご馳走を囲み、使用人を雇っているならば、その使用人と家族にもご馳走を与える。
この時、ご馳走は皿ごと与えるため、皿はその時専用の特別なものを毎年用意する。年末は陶芸職人の書き入れ時でもある。
この聖誕祭、ノエルとも呼ばれる祭事は大切なものなので、これを穢すことは許されない。
無法が蔓延るエルグランドであってもそれは絶対だ。あなたとてノエルは大事に過ごす。
12月1日から12月23日までは割と普段と変わらないが、12月24日からの1週間だけは絶対だ。
もしも12月24日からの1週間で無用な騒ぎを起こす者がいたら、全員にとっちめられるくらいである。
あなたも1年の終わりはペットたちと過ごし、たくさんのご馳走を用意し、使用人たちにもプレゼントを贈る。
あなたが1年間で1番まともな生活をしている期間でもある。12月24日から1週間はあなたも身を慎む。
その代わり、1月1日には盛大に愉しむ。もう家中乱痴気騒ぎである。
まぁ、1年の初めが物凄い性臭に満ちているのはあなたらしいのかもしれない。
「へぇ……1年の終わりにね。1週間前からって言うのは聞いたことないわね」
「そうですね。たしかに12月31日は盛大にお祝いしますけど、そう言う、身を慎むという感じではないですよね」
「爆竹とか鳴らして、お酒を飲んで、大騒ぎするって言う感じですよね」
こちらではそう言うものらしい。エルグランドで爆竹を鳴らし出すやつがいたら一瞬後には死体になっているだろう。
「そこまでなの!?」
「ええ……殺されるレベルですか……」
というか普通に法でそのように規定されているのだ。
ノエルの終わりの1週間に無用な騒ぎを起こすと殺すぞと。
これはたとえ王であろうと変わらない。エルグランドの民の総意なのだ。
「そんなに厳格な宗教儀式なのね」
「こっちだと、落日祭みたいな感じですかね?」
「そんな感じね」
落日祭とは? あなたは首を傾げた。
「落日祭は、夏ごろにあるお祭りですよ。1年で1番日が長い日のお祝いなんです。夜になったらみんなでロウソクを灯して歩くんです」
サシャがあなたの疑問に応えてくれた。
よく分からないお祭りだが、それがこちらの祭事ならばあなたは従うつもりだった。
「ちなみに使用人がいるなら、使用人のためにロウソクを用意してあげるのが主人の責任よ」
なるほどとあなたは頷いた。ならばロウソクは当然用意するつもりだ。
あなたも今や王都に屋敷を構える一家の主人なのだから当然である。
「春ごろからその時のためのロウソクが売られだすんですよ。色んなロウソクがあって綺麗なんですよね~」
異文化なのだなぁとあなたは頷いた。
そう言った異文化に触れるのも楽しいものだ。
あなたは新しいもの、見知らぬものが大好きなのだ。
そんなことを話しながら歩いていると、さほど広くもない町であるから宿へと辿り着いた。
さて、この宿で厨房は貸してもらえるだろうか? 無理ならそこらで調理してくるまでの話だが。
「あ、はい。聞いてあります。貸していただけるそうですよ。ちなみに厨房の主はこの宿のおかみさんですよ。女性です」
なるほど、どうやらこの宿では食事をするべきなのだとあなたは理解した。
たとえそれがあなたのために作られたものでなかろうと、女性が作ったものであれば食べるべきだ。
意気込みながら宿のドアをくぐり、中へと入る。
まず出迎えるのは食堂だ。よくある作りである。
馬車の置ける宿。つまり、バス停近くの宿であるので、店舗の規模は大きい。
主な客層は、そうした馬車を利用しての行商を行う規模の大きな商人の類なのだろう。
そのためか宿は割合とまばらな込み具合と言った感じだ。その分だけ宿代が高い。
食堂にはさほどの人がいないのが常であるが、今日は先客がいた。
テーブル席のひとつを陣取り、ヒマそうに茶を嗜んでいる。
年若い少女だ。年齢のほどは17か18くらいと見た。あなたの年齢識別は個人情報を盗み見たかのように正確だ。
桃色の髪と言うモモを思い出す髪色に、ヴァイオレットの涼し気な瞳が美しい。
そして、服装がすごい。肩が丸出し、背中も丸出し、スカートは信じ難いほどに丈が短い。
ハイソックスを履き、腕にはなにやら妙な袖のようなものをつけているので全体的な露出度は低いと言えばそうなのだが。
いずれにせよ、すごい服装だ。娼婦だろうか?
その少女はあなたたちの来訪にちろりと視線を上げた。
そして、あなたの姿に気付くと席を立った。どうやらあなたに用事があるようだ。
「おい。おまえ、モモロウを知ってるか?」
問いかけられ、あなたは首を傾げた。
モモロウのことは知っている。モモのことだ。
「そうか、おまえが……私はセリナ。セリナ・ベルカッソスだ」
こちらに来てからフルネームで名乗られたのは初めてな気がする。
そんなことを思いつつ、あなたは自分の名を名乗った。
「私は一応ハンターズのメンバー……と言うことになっている。まぁ、未亡人ではないが」
なんで未亡人ではないと断られたのだろう。あなたは首を傾げた。
「うん? 知らんのか。ハンターズは未亡人の互助チームだぞ。まぁ、男も所属してるが、女は基本未亡人だ」
と言うことは、アトリやメアリも未亡人なのだろうか。
キヨについてはかつて夫がいたとは聞いていたが、離縁ではなく死別だったのだろう。
「そうだが?」
そんな様子はさっぱり見せていなかったのであなたは驚いた。
全員かつて夫がいたというのはなんて滾る事実なのだろうか。
メアリを可愛いワンちゃんに仕立て上げた事実がより一層価値のある事実になった。
「そうか、まぁいい」
ところで、ハンターズのメンバーだとわざわざ名乗ったということは、そう言うことだと思っていいのだろうか?
あなたはセリナの手を握る。よく鍛えていることが分かる、堅い掌だ。剣を使って戦うのだろう。
「お、おい、違うぞ。私はあんまりそう言う趣味は……いや、男が好きと、そう言うわけでも、ないのだが……」
などと言いつつも興味自体はあるということが分かる。
たぶん経験がないのだ。未亡人ではないということは夫がいたことはない。
そして、女同士の経験もない。セリナはおそらく未通なのである。
無理に迫ってもよろしくないので、あなたはとりあえずセリナの手を離した。
「ごほんっ……ああ、ええと……そう、モモロウから手紙をもらっていてな。そこにおまえのことが書いてあった」
そう言ってセリナがどこからともなく手紙を取り出す。一体どこから出したのだろうか?
掌をくるりと返したら、そこに手紙があったのだ。魔法の気配は感じなかったので、手品の類だろうか。
意外と茶目っ気があるのだな、と思いつつも、あなたはセリナに続きを促す。
「メアリが随分と世話になったそうだな。メアリはちょっと……いや、かなり……ううん、まぁ、頭がおかしいのだが」
どうにも擁護ができない程度にメアリの頭の具合は評価されているようだ。
あなたからすると、メアリはそこまで変な人間と言うわけでもなかったのだが。
しかし、伝え聞く話からすると、重大な不具を抱えるまでに至っても戦うことをやめなかった狂える戦士めいたところがあるのはたしかだ。
命の価値が極めて高いこの大陸においては、重大な頭の欠陥と見なされてもおかしくはない。
「性癖と頭と死生観が極めてイカれているが、アイツは私の友だ。礼を言う」
礼ならベッドの中で欲しいとあなたは答えた。
「類は友を呼ぶとはこういうやつか……まぁ、立ち話もなんだ。座って話そう。酒くらいは奢ろう。後ろのやつらにもな」
そのように提案されたので、あなたは頷いた。
ただ、これから夕食の予定なので、話はそれからでいいかとも訪ねた。
「ふん? なら、面白いものを食わせる店を教えてやろう。私の行きつけだ」
「あのー、お肉はちょっと……だめなのですが。大丈夫でしょうか?」
「菜食主義者か? 畜肉ではなく魚を出す店だ。それでもいいなら」
「それなら大丈夫です」
今日はどうやら外で食べることになりそうだ。
まぁ、魚を取り扱っている店と言うことならいいだろう。
あなたが腕を振るうのはまたの機会と言うことにし、今日はセリナの誘いに乗ることとした。
あわよくば、そのまましっぽりとセリナと愉しみたいところである。
今夜中にセリナをうまいこと堕とせるだろうか?
下手な娼婦よりすごい恰好してる癖に、身持ちが存外堅そうである。
だが、むしろ燃えるではないか。未通の癖にあんな格好をしているのにもなにか理由がありそうだ。
その辺りのことも知りたいし、愉しみたい。
あなたは滾る欲望にグフフと笑みを浮かべた。
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