31話

 夕食後、軽い手仕事に精を出した。

 エルグランドで買って来たトナカイの角を削り、顔型に合わせる。

 粗方出来たら、微細な砂と共に布に包み、丁寧に擦り上げる。

 ザックリと表面の粗が取れたら砥石粉と水で同様に磨く。


 それが出来たら、小さい穴を開ける。そこに黒い色ガラスをはめ込む。

 色ガラスで光を抑え、顔型に合わせるので横からの光の入射も防げる。

 本来は小さいスリットを開けるのだが、こっちの方が視野が広くて安全だ。


 サングラスよりも遮光性能が高いので目の保護は万全となる。

 革や金属で作ってもよいが、角や骨で作った方が軽くて肌馴染みがいいのだ。


 それを終えたら、あなたは夜の町に繰り出した。

 王宮のメイド! 王宮のメイド! そんなうわごとを繰り返しながら。

 王宮使用人の勤務時間はまちまちで、同様に退勤時間もまちまちだ。

 日没から4~5時間働くのもザラらしく、夜明け前でもなければ1人や2人は捕まえられる。

 王宮の使用人とヤれる。そう言う付加価値もあって、下手な娼婦より人気があるらしい。


 あなたは金貨をちらつかせてメイドを買った。

 すると、金貨を目にして目の色を変えたメイドが押し寄せて来るではないか!

 あなたは狂喜して、みんなまとめて可愛がってやると金貨をばら撒いた。


 今夜は眠れないな!





 翌朝、あなたは眠い目をこすりながら庭で大鍋を使って木材を茹でていた。

 冒険中、河川や泉などを見つけて洗濯をできる時に使っている鍋だ。

 汚れた衣服を纏めてぶち込み、軽く煮込んで洗うと驚くほどきれいになるのだ。


 昨晩のメイド食べ放題の夜は最高過ぎた。

 まったく、眠れない夜が続きそうで困ってしまう。


 うへうへうへへと笑いながら鍋を見守っていると、レインが出て来た。

 サシャも連れているところを見るに、図書館に行くところのようだ。

 そして、鍋を覗き込むと、信じられぬものを見た……と言わんばかりの顔で訪ねて来た。


「……一応聞くんだけど、エルグランドでは木を食べるとか言わないわよね?」


 さすがに食べない。これは行動食作りではない。

 これは木材を柔らかくして曲げるためにやっている。

 U字型に曲げた木材を2つ使って、スノーシューにするのだ。


「ふぅん……まぁ、その辺りの雪関連は任せるわ。私たちは図書館に行ってくるわね」


 あなたはいい感じの魔法の発掘よろしくと頼んだ。

 今日は色々な行動食作りもするので、帰ってきたら味見も頼みたいところだ。


「ええ、楽しみにしておくわ。じゃ、行ってくるわね」


「行って来ます、ご主人様」


 あなたはレインとサシャを見送り、スノーシュー作りに戻った。




 スノーシュー作りは適当に終えた。

 木材を曲げて固定し、足に固定しやすく紐を装着するだけだ。

 なにも面白いことなどないし、考慮することもない。

 あなたは屋敷のコックと、フィリアを交えての行動食作りに取り掛かった。


「行動食作り、ねぇ。ちょっと未知の分野ですねぇ」


 恰幅のいい肝っ玉お母さんと言った調子のコック。

 料理の腕に信頼は置けるが、あくまで町中の料理人だ。

 軍隊のコックじゃないし、冒険家のコックでもないのだ。

 そのため、行動食についてはさっぱりと言った感じだった。


「行動食と言うのは、手軽に食べれて、軽量で、活力になる軽食のことですよ」


 補足するのはフィリア。

 意外と料理が得意で、経験もそれなりにあるらしい。

 案外『銀牙』の頃は料理担当だったりしたのかもしれない。


 あなたは行動食の意味とは、活力の補充にあると説明した。

 激しい運動を長期間続けた人間でないと実感が湧かないだろうが。

 動き続けていると、途端にガクンと動けなくなる時が来るのだ。

 これを来なくするため。あるいは来ても即回復するために行動食がある。

 それ以外にも行動を助けるために食べられるのが行動食だ。


「なるほどね。ってぇことは、あれだ。手早く身になるようなものがいいんだろ? すると、菓子みたいなもんになるのかねぇ」


 そう言うわけでもない。

 しょっぱいものや、パンを齧ることだってある。


 行動食はおおよそだが4種類に分けられる。

 即座に活力になる、甘味系。

 空腹感を紛らわせる、主食系。

 汗で流れる塩分を補う、塩味系。

 疲労回復を助ける、酸味系。


 これら4種を、適宜持ち込むのだ。

 また、調理に使えるような、食材に近いものも行動食に適する。

 多くの場合、塩味系か酸味系に分類されるものがそれに該当する。


「参考までに、『銀牙』がかつて食べていた行動食を紹介しますね」


 そう言ってフィリアが各種の行動食を紹介してくれた。


 細長く焼き締めたクッキー、にんにく付きのサラミ、ライム丸ごと、固焼きパン。

 お供としてお好みのジャムを各自ひと瓶持ち込むのが決まり。

 袋ひとつ分の砂糖菓子を常に持ち歩くが、緊急時以外は食べない決まり。

 基本的に1か月単位で補充し、1か月経った行動食は食べて処分する。


 なるほど、なかなか理に叶ったメニューだとあなたは頷いた。

 活力になる甘味、腹を満たす、主食、塩分を補う塩味、疲労回復を助ける酸味。

 すべてがちゃんとそろっているし、サラミもライムもパンも料理に流用しやすい。

 ジャムと言う甘味はあまり清浄でない水をお茶にして飲むときに沿えるのもよい。


「お姉様の方はどうですか?」


 あなたはエルグランドで用いていた行動食を説明した。

 『四次元ポケット』に放り込んでいた実物を取り出しながらだ。


 砂糖を限界まで溶かしたシロップに漬け込んだドーナッツ。

 同量の砂糖を混ぜ込んだスイートポテトケーキ。

 砂糖でドロドロのジャムをゼラチンで固めたゼリー。

 香辛料をたっぷりと効かせた塩辛く、柔らかめの干し肉。

 時期と地域によるが、各種のドライフルーツ。

 たっぷりのナッツ。特にサンフラワーシード。

 動物の脂肪とナッツ類、そして肉を1:1:1で練り固めた保存食。


 だいたいこんなところだろうか。

 出発前に町でいい感じのものを見かけたら買うこともある。


「すごい、なんと言うか……油でベトベトだったり、砂糖でドロドロだったりしません?」


 エルグランドの寒冷地方で活動することを想定するとこうなる。

 あなたは雪山で求められる行動食は次元が違うと諭した。

 雪山を登るという行為は、駆け足で自殺するのに近い行為だ。

 普通に活動しているだけで、順調に死に向かっていくくらいだ。


「そんなにですか」


 あなたは頷く。

 人間は食べることで活力を補うわけだが。

 冬期の山を登ると、その活力が信じられないほど喪われる。

 運動することで喪う活力が、得られる活力を上回ってしまうのだ。

 なので、目いっぱい食べていても、やがて餓死するほどである。


「ええええ……」


 まぁ、さすがにそこまで極端な結果に行きつくことはまずないが……。

 疲労で胃腸が弱ることなども相まって、激ヤセするのは本当だ。

 激ヤセすると、如実に体力が落ちて危険なのだ。

 なので太るために、エネルギーになるものをたっぷり摂る必要がある。

 すると、砂糖か脂肪ドロドロたっぷりになるのである。


「なるほど……」


 まぁ、このくらいは序の口と言ってもいいだろう。

 なんだったらバターをカップにぶち込んで、それを紅茶で溶かして飲むとかやるのだ。


「私がやったら100パーセント吐きますね……」


 ラードでも構わないが。


「同じことですよ……」


 まぁ、そうだろう。あなたもやりたいことではないし。

 そもそも胃腸が弱っている時にやったら、下手をすると死ぬし。

 さて、この行動食を、まぁザックリと1日に5回か6回ほど取る。

 1日あたり10食くらいだろうか。これくらい食べないと痩せる。


「これらを食べて、痩せるんですか……」


「うーん……ミストレス。味見してみても?」


 あなたは食べ比べてみようと提案した。

 これから冒険する先は雪山だ。これらの行動食の方が適している可能性は高い。

 魔法による防寒なども相まって消耗は少ないだろうから、1日10食まではいかないだろうが。



 あなたたちは行動食を少しずつ分け合って食べた。

 シロップ漬けのドーナッツなんか1口齧っただけで気分が悪くなるほど甘い。

 少しずつ分け合わなければ食べ切れないのだ。


「うぅ、き、気持ち悪い……! 甘すぎるし、油でべとべとだし、うぷ……」


「おえっ……! いくらなんでも、油使い過ぎだろうよ、こりゃ……ミストレス、こんなもん本気で食べてたのかい?」


 ドーナッツはさすがにちょっとずつ食べていた。

 が、それ以外は普通に1食丸ごと食べていた。


 脂肪とナッツと肉を混ぜた保存食は丸齧りすることもあったが。

 だいたいの場合はシチューのベースとして使うことが多かった。


「なるほど……いや、これを丸齧りすんのかい?」


 あなたは手の平に乗るサイズの保存食を手に取ると、それをムシャリと齧った。

 べとつく強烈な塩辛さが脳天に響く。だが、まずくはない。

 意外と悪くない味がするのだ。量を食べたいものではないが。


 あなたはこれらを参考にしつつ、この大陸の人間の口に合うものを作りたい。

 そのためには、食材の知識豊富なコックと、行動食の知識豊富なフィリアの助力が必要だ。


「ううーん、なるほど……ひとまず、この保存食用の油と肉の塊は悪くないですね。シチューの素にするならこのままでいいと思います」


「ああ、そうだね。干し肉にドライフルーツにナッツはそのままでいいだろうし。すると、活力を補う部分がキモかね」


「ひとまず、ここまで甘いと私たちは食べれません」


「甘さを抑えつつ、食べやすい感じの菓子に仕立てた方がいいね。ドーナッツをグレイズしてみようか」


「ドーナッツだと甘すぎるので、パンにしてみませんか?」


「油を取り過ぎると太るだろ? だから、活力になるってのは油も重要なんだろうさ。油で揚げる行程が必要なんだろうよ」


「あーなるほど……パンを揚げてみるのはどうですか? 揚げたパンに砂糖をまぶして……」


「悪くなさそうだね。ひとまずやってみようかい」


「ドーナッツをグレイズするにしても、大きいと食べ難いので細長くしたのをグレイズするとか……」


「揚げ物が大半になるかねぇ。揚げ物は目方増えるからね。活力になるんだろうさ」


 活発な議論を交わしながら、あなたたちは調理に取り掛かる。

 食は人間の基本だ。美味しいものを食べた方が精神的にもいい。

 ここを下手に妥協すると、意外とチームが瓦解したりするのだ。




 いろんな行動食を試作していると、やがて昼が来た。

 レインとサシャがお昼を食べに帰って来ると、あなたたちは試食会を催した。


「普通のシチューみたいだけど……うん、ちょっと塩辛い味付けね。美味しいわ」


「このパン、甘くてサクッとしてて、じゅわっと染み出して……は、はわわ……甘……おいひ……」


「え、そんなに? は、はわわ……お、おいしい……」


 サシャとフィリアは揚げパンの威力にノックダウン寸前のようだ。

 持ち運びづらいが『ポケット』に入れられるEBTGには気にならない。

 油と砂糖で手が汚れるのが難点だが、行動食としては及第点だろう。


「次はこれをパンに塗って食べてみてください」


「あら、なにこれ? なにかのペーストみたいだけど……」


「サンフラワーシードバターです」


「高級食材じゃないの」


「おいしいですよ」


 パンにサンフラワーシードバターと、ストロベリージャムをたっぷり塗る。

 もちろん、バターにもジャムにも砂糖は入っている。ほどほどにだが。


「うん……なるほど、かなりおいしいわね」


「あ、ほんとうですね! これおいしい!」


 2人ともお気に召したようだ。

 あなたたちが散々サンドイッチを食べて見出した食べ方なので一安心だ。


 それ以外にも種々の料理を食べさせ、おおよそ好評だった。

 食卓に上がらなかった失敗作の山も報われるというもの。

 この大陸の人間の口にも合う行動食作りは成功と見ていいだろう。


 冒険の準備はもはや整ったといってもいいのではないだろうか。

 すると、サシャたちの調査が終わるまでは、あなたはヒマである。

 となれば、ブレウの夫である彼について、少し対策を講じるとしよう。

 あと2か月でブレウの夫は消される。それまでになんとかしないといけない。


 あなたは決意すると、夜を待った。




 その夜、離宮であるハワフリアエ宮殿の城壁が砲撃された。

 種々様々の艦砲にも用いられる大砲による砲撃で、城壁は散々に打ちのめされた。

 完成間近であったはずの城壁は崩壊。工期はまたも伸びることとなった。


 犯人はまったくの不明。

 砲撃を行った大砲は全て発見、押収されたが。

 それを実行した犯人はまったく見つからなかった。

 組織的な、それこそ他国の暗躍が予想されたが。

 砲を輸送する馬も、牽引する人間も目撃はなく。

 ハワフリアエ宮殿の怪と呼ばれる事件として長きに渡って語り継がれることとなる。

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