30話
最高に滾る情報を手に入れ、あなたはるんるん気分で見学を続けていた。
サシャとフィリアはまだ見学中なので、帰るに帰れないし。
石材を運ぶ労働者にそれを監督する者。
大工であろう者が石材のサイズを見て、積む位置を決める。
天然石を積み上げているので、なかなか難しそうだ。
働いている大工であろう者には人間が多い。
エルフもちらほら見かけるが、やはり人間ばかりだ。
やはり母数が多いので、教育を受けた数も多いのだろう。
そして、獣人の大工はほぼ見かけない。
獣人の頭が悪いわけではないだろう。
単に獣人が人口のメジャー層ではないのが理由だろう。
あと、この国の獣人に貧困層が多いだけだと思われる。
「こちらの石を上にあげよう。うん、そう。こっちのだ。その次にこれを横に入れていこう」
その珍しい獣人の大工を見つけた。
あなたはなんとなくその大工を眺める。
なんだか、どこかで見たことのある顔だ。
彼自身に会ったことはないが、なんだか既視感がある。
「……なにか?」
あなたの視線を訝ってか、大工が訪ねて来た。
あなたはなんでもないと答えた。さすがにちょっと不躾だった。
そして、大工があなたの胸をガン見していることに気付き、思わず手で覆い隠す。
服の上から見られて恥ずかしいと思うほど初心でもないが、さすがに無遠慮が過ぎる。
「あっ、いえ、そんなつもりでは……あ、あの、そのコサージュは……」
うちで雇っている使用人にもらったものだとあなたは答えた。
どうやら大工が見ていたのは、あなたの乳房ではなかったらしい。
あなたが見るとしたら乳房以外ありえないので、邪推してしまった。
「使用人に……そうですか……彼女じゃ、ないか……」
大工は肩を落として立ち去っていった。
いったいなんだったのだろうか?
首を傾げながら、あなたは見学を続けた。
小一時間ほど見学をした後、あなたたちは屋敷への帰路についた。
帰り道の馬車にガタゴト揺られながら、見学を思い返す。
なかなか面白かった。城壁の切れ目から見える王宮も美しかった。
滾る情報も手に入ったことだし、今日は王都に滞在したいところだ。
「面白かったですね!」
「離宮もきれいでしたね」
サシャとフィリアも楽しめたようだ。あなたも楽しめた。
ふと、あなたはサシャの顔をまじまじと見つめる。
「? どうしました? ご主人様の大好きな耳しかついてないですよ」
ふあふあ! さいこう! きもちいい!
サシャが触らせてきたお耳にあなたの知能は低下した。
狂喜する中、あなたは先ほどの大工の既視感を理解した。
あの大工の男、サシャに似ていたのだ。
あなたはサシャに、サシャは父親似なのかと尋ねた。
ブレウにはあまり似てないよね、とも付け加えつつ。
「へ? はい、そうですね。お父さんによく似てるって言われました」
なるほどと頷くと、あなたは少し考えた。
王都に出稼ぎに行って、帰ってこないブレウの夫。
ブレウからもらったコサージュになにやら見覚えがあった様子の獣人の大工。
サシャに似ているという、獣人の父親で、大工。
符合する要素が多過ぎて、これで違う方がおかしい気がする。
さて、どうしたものだろうか。
できることなら帰ってこない方がありがたい。
サシャもブレウも、見切ってる感じだし。
しかし、ブレウもサシャも可愛がっているところを見せつけて脳を破壊し。
そこから女の子にして一家まとめて食うのには最高の栄養がある。
脳も心も粉々に破壊された夫は最高に女らしくなることが多いし。
というか、そもそもなんで帰ってこないのだろうか?
ブレウのコサージュに目をつけていた様子からして、こっちで家庭を作ったわけでもなさそうだ。
少なくとも5年は前に見たものにすぐ気づくなど、よほど思い返している証拠だ。
しかし、かと言って奴隷的に拘束されているわけではなさそうだった。
まぁ、あとで大工に聞いてみるとしよう。あなたは帰りつくまで黙った。
「んーっ。お尻が……」
「馬車は楽だけど、お尻が痛くなりますよね」
帰り着いて、各々が部屋に引っ込む。
屋敷に滞在している女大工も同様だ。
その女大工についていき、大工に貸している部屋に同時に入る。
「奥様、なにかご用事でしょうか?」
もちろん用事があるからついてきた。
あなたはやや声を潜めて、大工に質問をした。
流れの大工とか、出稼ぎ大工なんてのもいるのか? と。
「ええ、結構いますよ。先ほどの現場で会いましたか?」
なるほど。
5年ほど帰っていない出稼ぎ大工がいる。
その、5年も帰らない理由がわかるだろうか?
「5年ですか。あの現場にいたってことですよね?」
あなたは頷いた。
「たぶんですが、建築初期から関わっていて……重要機密部分の建築を担当させられたんでしょうね」
重要機密部分?
「ええ、脱出経路とか、秘密室とか、そう言う知られたくない場所の担当です。外部に漏らされては困るから、飼い殺しにします」
なるほど、たしかにそれは知られては困るだろう。
そのために囲い込んで飼い殺しにするというのも分かる。
しかし、そうだとして妻子を呼び寄せることもできないのは可哀想だ。
「うーん。飼い殺しにする場合は、普通は最初から妻子を確保します。人質として」
妻子は普通に放置されていた。
「ああ、なるほど。じゃあその大工、建築終わったら殺されますよ」
あっさりと女大工がそう断定した。
「流れの大工なんですよね? 実質旅人ですからね。足跡も辿れない方が多いので、消してもバレないんですよ。だから、この手の王侯貴族が関わる建築に携わると高確率で消されます」
なるほど、普通に血も涙もない。
つまり、彼は出稼ぎに王都に来たら、地雷案件を踏んでしまったと。
帰れなかったのもやむなしと言うべきだろうか。
エルグランドの観光地同然の王宮とは違うということだろう。
あなたはヤバそうなので、この件に関しては黙っていてくれるよう頼んだ。
「ええ、言われずとも。機密握ってる大工が誰なのか勘付いただけでもヤバいので、誰にも言いませんよ」
ならばよし。
「あと、奥様。城壁は再来月で完工の見込みです。なにかアクションをするなら、再来月までですよ。お知り合いかなにかなのでしょう?」
あなたは助言に礼を言うと、大工の部屋から引き上げた。
さて、どうしたものだろうか。
ブレウの夫にしてサシャの父。
そう言えば名前を知らない。
以前に聞いたとは思うが、どうでもよくて忘れていた。
ともかく、彼のことは助けてやるべきだろう。
帰ってこない方がありがたいと思う部分もあるが。
だからと言って死んでしまって構わないとも思わない。
サシャの肉親であるし、ブレウの夫だ。
やはり保護してやった方がいいのだろう。
でもまぁ、再来月まで時間があるから、あとで考えよう。
とりあえず、おなかが空いたので晩御飯が食べたい。
あなたの家の食卓の席は曖昧だ。
この屋敷における主はあなたで、あなたの家族はこの屋敷にはいない。
そのため、食卓の席に着くのは客人がいる時を除けば、あなただけだ。
本来はそうだが、1人でご飯を食べるのは寂しいし。
貴族じゃないから厳密な線引きは要らないしで、割と曖昧になっている。
EBTGメンバーである3名は暗黙の了解で着席の権利がある。
って言うか、私有奴隷であるサシャを除けばレインもフィリアもあなたの友人と言う間柄が公的な見解だ。
そのため、ゲストとして元から2人には着席の権利がある。
サシャは奴隷なのでないが、奴隷は使用人ではなく所有物なので割と主人の意向次第なところがある。
そして、ポーリンとブレウにも着席の権利がある、とされている。
これは、あなたが若返りの薬を提供したのが2人だけだからだ。
お手付きの使用人の中でも別格と言う区分けがされているらしい。
実際は何の意図もないのだが……。
「売却益の話なんだけど」
食事をしながら、何の気なしの調子でレインが話し出した。
得た戦利品の売り捌きは無事に完了したのだろうか?
「ええ。過不足なく全部ね。まず、3層の鳥から得た宝石。低品位扱いだけど、全部合わせて金貨20枚ほどだったわ」
悪くない売り上げだろうとあなたは頷いた。
「あなたから巻き上げたオイスター。伝手を辿って、美食家のところに直接売りつけて来たわ。金貨80枚」
宝石より高く売れたのが納得いかない。
たしかに山ほど採って、それの半分だ。
キロ換算で言うと、15キロくらいだろうか。
なかなかの値になるだろうとは思ったが。
キロあたり金貨5枚以上はいくらなんでも高過ぎると思うのだが。
「王都で、って付加価値があるもの。海辺ならキロあたり銀貨2枚くらいが相場よ。でも王都だと金貨5枚に跳ね上がるわ」
「ああ、そっか。腐った食物を戻すには浄化が必要だけど、どんな魔法も金貨5枚がスタートライン……そう考えるとむしろ安いのでは?」
「美食家に直接売りつければ、商人に売るより高く売れて、美食家は商人から買うより安く買える。両得の関係のためよ。今後もやりたいし」
「なるほど」
魔法に腐ったものを元に戻す魔法があるというのは初めて知った。
しかし、そうした魔法の代金分と言うことを考えると納得ではある。
この大陸では、魔法と言うのは高価なものらしいのだ。
「狼から回収したアミュレット類。宝石なんかも含まれてたから、総額金貨250枚になったわ」
なかなかの額だ。
あなたは思わず口笛を吹いた。
「サシャの持ってる『外皮のお守り』も金貨200枚が相場ね。そのまま使うなら、今回のサシャの取り分から150枚分、私たちに配分するわよ」
「はい。それでお願いします」
「わかった。最後に、巨人たちの装備。どれも魔法で強化されてたから、全部合わせて金貨600枚にもなったわ。あと、巨人サイズの装身具。ミスリル製の指輪が1個あったのが金貨80枚だったわ」
あなたはどれも妙にキリのいい数字だが、そんなものか? と尋ねた。
「金貨で数百枚、数千枚単位の取引となると、1のけたとか10のけたは平らにする商習慣があるのよ。売る側も買う側も、ケチに見られるのは色々損じゃない」
値切りも値上げも、その商習慣に合わせてキリよくと言うわけか。
エルグランドはその辺り細かいので、この大陸は計算しやすそうでいい。
「総額が金貨で980枚ね。1人あたり245枚。サシャの取り分から150枚引くから、サシャは金貨95枚。私たちは295枚ね」
なかなかの財産と言えるだろう。
一般庶民の金銭感覚では1年は遊んで暮らせる額だ。
あなたたちはレインが『ポケット』から取り出した金貨の山を山分けした。
「金貨95枚かぁ。うーん……あの、もしかして、冒険って実はそんなに稼げない感じですか……?」
「えっ」
サシャが恐る恐ると言った調子で尋ねて来た。
ブレウが何を言っているのこの子は……と言わんばかりの驚きを見せる。
「まぁ、単に稼ぐというだけなら、町中で魔法を売り捌くのが堅いわね。そこまで買い手がいるかはともかく」
「スクロールとかワンドは作るのに時間がかかるので、そこまで稼げませんけど、たしかにそれが堅いですね」
しかし、冒険にはロマンがある。
途方もない宝の山と出会えるかもしれないのだ。
「そう言うことね。まだ見ぬ魔法が戦利品として得られることだってあるのよ? それはただの金貨なんかより、ずっと価値ある宝よ」
「まぁ、単にお金を稼ぐというだけなら、賢い手立てがいっぱいあるのはたしかですね」
「ですよね。冒険者をやめるとか、そう言うことではないんです。ただ、ちょっと気になっただけで」
まぁ、そう言うのは割とよく行きあたる問題だ。
冒険者やれる技量があるなら、その技量で平和な稼業したら? と。
たしかにそっちの方が安全で稼げる場合もあるのだ。
命を懸けても、その見返りがあるとは限らないのが世の常だ。
地道に働くのが一番堅実と夢も希望もない結論ばかり出る。
だが、やはり冒険にはロマンがある。一攫千金の夢があるのだ。
「売却益はこんなとこね。サシャの方はどうだった?」
「なんの成果も得られませんでした」
「そう……」
サシャは気落ちした様子だった。
まぁ、ダメで元々に近いところがあったのだ。
物理的に揃えた道具だけでも随分改善されるだろう。
「というか、あの、あまりにも蔵書量が多過ぎて。どこからあたりをつけていいかわからず。魔導書だろうものにあたりをつけて片っ端から読んだだけで……」
「うーん。ねぇ、冒険ってすぐ再開するの?」
あなたは3日くらい調査期間を取ろうかと提案した。
あなたもスノーゴーグルの作成を丁寧にやりたかったのだ。
「じゃあ、明日は私も探してみるわ。というより、私があたりをつけて、サシャが通読する形で探してみましょう」
「勉強させてもらいます」
「ま、気楽にね」
仮に成果が出なくても咎めはしない。
むしろ魔法の知識が増えるだけでも成果と言えるのだし。
「えと、次に私から報告を。種々の消耗品類の調達に、防寒着の調達ですね。これはすべて問題ないと思います。今回の冒険で消費した分はすべて補充済みです」
あとで防寒着はあなたが検めよう。
4層の寒さくらい、鼻で笑うほど寒いエルグランドで生きて来たのだ。
防寒着の良し悪しを見分ける目は、この大陸の誰よりも肥えている自負がある。
「でしょうね」
「おまかせします。それで、お姉様の方はどうでしたか?」
あなたは頷いて、冬山登山用の道具は全て購入済みと答えた。
あとでスノーシューや靴はサイズを合わせる必要があるだろう。
スノーゴーグル、遮光器はこれから時間をかけて造る予定だ。
あと、行動食の作成に関してはフィリアの手も借りたい。
「行動食ですか? 私が作ろうかなと思ってたんですけど」
作るのはフィリアが主体でやって欲しいが。
雪山に関してはあなたの方が慣れている。
なので、そのあたりの意見を取り入れてもらいたい。
行動食はバリエーションが豊かな方がいい。
そして、食べやすくて、慣れているものがいい。
そう言う意味で、この大陸の人間が作った方がいい。
「なるほど、私たちは雪山は詳しくありませんが、お姉様はこの大陸に詳しくありませんものね」
それから、山での活動は大変活力を消耗する。
目いっぱい食べるだけでは追い付かないほどに。
もし長丁場になるようなら、事前に太っておく必要がある。
今後の探索の展望次第で、この屋敷の料理メニューを固定することもあるとあなたは事前に了解を求めた。
「冒険に必要なら、まぁ、しょうがないわね」
「不味いものでなければ私はぜんぜん構わないです」
「体を作るためってことですよね。大事なことです」
問題なく了承を得られたようだ。
では、報告すべきことは以上だ。
「じゃあ、あとはパパッと食べて、明日に備えて早めに休みましょう」
あなたたちは食事に戻った。
あなたは食事の後にすべきこと、スノーゴーグルの作成の手順を思い出しながら食事を続けた。
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