32話

 ハワフリアエ宮殿の城壁が倒壊する謎の事件が起きた。

 あなたはサーン・ランドで海賊船から巻き上げた大砲の処分が出来て満足だ。

 オモチャとして楽しめるかもと思ったが、意外と使い勝手が悪かったのだ。


「うーん。面白い魔法は多々見つかるんだけど、いまいち……やっぱり、雪山用の魔法なんてないのかしら」


「むしろ、砂漠用の魔法を探した方がいいのかも……極地対策と言う意味では同じことですし」


「熱対策と冷気対策ではべつだけど、極端な環境対策って意味では、まぁそうね……」


 サシャとレインの調査は難航しているようだ。

 まあ、あと3日くらいは時間を取ってもいい。

 あとは、王都では限界があるのでソーラスで情報収集してみるとか。

 ソーラスを治める貴族の何某に頼めば蔵書を読ませてもらえるかもだし。


「蔵書を読ませてもらうのは、お金を積んでそれで済む、って話ではないのよね。まぁ、ダメもとで申し入れてみようかしら」


「4層を攻略してる人からの情報収集は……望み薄でしょうか」


 セリナやカイラと言った到達者はそれなりにいるのだろうが。

 そうした情報をタダで譲ってくれるほどお人よしでもないだろう。

 情報料が払えないので教えてもらうのは無理だと思われる。


「金……! なににつけても、金……! 金が、欲しいわ……!」


「貴族のお嬢様なのに金への執着がすごい……」


「今の私たちの実力は、王都でも一流どころと比較して遜色ないレベルのはずだわ。こなせる仕事は数多ある……!」


「でも、仕事を回してくれるクライアントは1人もいないんですよね……」


「ネームバリューが欲しい……! フィリア、ネームバリューを手っ取り早く稼ぐ方法は?」


「迷宮を攻略すると1発ですかね」


「つまり……迷宮を攻略する知識を得るためのお金を得るための名声を得るためには迷宮を攻略すればいい……?」


「迷宮を攻略するには迷宮を攻略すればいい……真理を突いた話ではありますかね」


 なにやら頭痛が痛いような話をしている。

 あなたはソーラス以外の迷宮を攻略するのはどうなのかと提案した。

 この近辺にはジャメシンやタカゴと言った迷宮があるはずだ。

 それらがどういうものかは詳しくはないが、あるのは知っている。


 それ以外に大小さまざまの迷宮が各地に存在する。

 人気のある迷宮、人気のない迷宮も様々にある。

 そして、難易度が高いと恐れられる迷宮もある。


 そうした迷宮のいずれかを攻略するのではだめなのだろうか。

 あなたはべつにソーラス以外の迷宮を攻略する事に忌避はないのだが。


「まぁ、そうなんだけど。でも結局、私たちに足りていないのは情報なのよ。実力ではないのよね」


「そう言う意味では、体当たり的に攻略を繰り返して、地道に情報を集めつつ、どうしても足りない分を買う……というのが一番早くはありますね」


「私たちは今、楽をするために苦労をしています……」


 なるほど、そう言う。

 あなたも冒険で楽をするために死ぬほど苦労して訓練をする。

 死んだ魚のように濁り散らかした眼で剣やら魔法を訓練していたものだ。


 そうした末にいまの実力がある。

 いまや鼻歌混じりで冒険をすることが可能だ。

 それはそれで、冒険の妙味を損なった気もするが。


「あと3日調査して駄目なら諦めましょう。気合で耐えるわ」


「そうですね。最後にものを言うのは根性ですからね」


「ご主人様、寒さって精神論でなんとかなりますか……?」


 あなたは気合でなんとかなる気温には限界があると答えた。

 たしかに、ちょっとした寒さくらいなら根性で耐えれるが。

 そう、マイナス50度くらいまでなら気合でなんとかなる。


「しれっととんでもないところまで気合で片付けようとしてますね」


 もちろん防寒着がちゃんとあればという前提はあってだ。

 さすがに、平服で耐えられる気温はマイナス10度くらいが精々だ。

 つまり、あの環境を耐えるにはちゃんとした防寒着が必要である。


「なるほど……新しく用立てた防寒着だけでも違うものですか?」


 結構違うものだ。

 風がなければ割と低温でも耐えられるのだ。

 まぁ、そのあたりは実際に体感してみてのお楽しみだろう。




 それから3日ほどの後。

 レインとサシャは大した成果がなかったことを報告してきた。

 まこと殺傷に適した魔法の数々は見つかったとか。


「やっぱりこう、派手めの魔法の方が見栄えするから……王立図書館に収めるならそう言う魔導書をっていうのがね……」


「地味な魔法少なかったですね……ほんと戦闘に特化した魔法ばっかり」


「でもね、聞いてちょうだい。死ぬほど笑えるのよ。どれもエルグランドの『魔法の矢』の方が強いのよ」


 レインが真顔でそのように報告してきた。

 まぁ、エルグランドの魔法は術者の未来を省みない。

 なんなら積極的に燃料として消費しようとする。

 そのおかげで他大陸の同類の魔法の何十倍もの威力を捻り出せるのだ。


「まぁ、総合的な使い勝手では、やっぱりこっちの魔法の方が上なんだけどね……ま、成果はそのくらいね」


「あ、でも、ウワサ話をいくつか聞けましたよね」


「ああ、そう言えば。トイネ、ちょっときな臭いらしいわよ。現王の体調が思わしくなくて、後継者争いが活発化してるとか……」


 もしや戦争と言うか、内戦になりそうな雰囲気だろうか?

 そうだとして、冒険者はそうした戦争にどのように関わることになるのだろう?


「まぁ、人それぞれよ。報酬を約束されれば戦争に行く冒険者だっているし」


「投入されないことの方が多いですけどね。敵兵を刈り取り過ぎていいこともないですし」


「まぁ、もっと言っちゃうと人間同士で戦争してる暇もないことの方が多いし……」


 この大陸の大半が未開拓地だという。

 そう言う意味では開拓をした方がいいというのもある。

 既に整った土地を奪いとるのは楽ではあるだろうが。


 この大陸の場合、未開地から迷宮が発見できる場合もある。

 迷宮からは莫大な富が得られる。

 開拓地に迷宮があれば、一攫千金も夢ではないのだ。

 開拓に積極的になる要素がたっぷりだ。


「でもまぁ、戦争になれば魔法がよく売れるわ。『火球』のワンドなんか飛ぶように売れるらしいわよ」


「『軽傷治癒』のワンドも飛ぶように売れるらしいです。お勤めとしてワンド作りがあるくらいですからね」


 なるほど、稼ぎ時と言うわけだ。

 あなたもその時に備えて、この大陸の攻撃魔法も覚えるべきだろうか。

 機を見るに敏であり、稼ぎ時を逃さないのもデキる冒険者の資質だ。


「そう言うわけで、関係あるにしても魔法を売るとか、そんなくらいよ。参加するってことはないと思うわ」


「私たち冒険者は冒険をしているべきなんですよ。頑張りましょうね、お姉様」


 あなたは頷き、ソーラスへと出発することとした。




 あなたたちはソーラスに帰ってくると、すぐさま迷宮へと再挑戦した。

 もはや2層で苦戦することなどないし、3層でもそれは同じこと。

 前回と同様にアンカーで登り、適宜休憩をするの繰り返しだ。


「や、やっぱり、登攀はきつい……」


「大丈夫ですか?」


「手、揉んであげましょうか?」


「フィジカル強靱組が羨ましいわ……」


「レインさんもハーブをモリモリ食べれば強くなれますよ」


「1回食べさせてもらったけど、あれを食べるくらいなら私は革袋の方を食べるわ」


 ひどい嫌われようである。

 まぁ、まずいのはたしかだが……。




 休憩を挟みつつも登攀を終え、最上層の湖へと到達。

 ここで一度休憩した後、あなたたちは『水中呼吸』の魔法をかけて水中へと飛び込んだ。

 そして、水底であなたたちはオイスターを片っ端から採取した。


「10個くらいで金貨5枚ってことでしょ? つまり、1個あたり銀貨5枚ってこと。信じられないくらいボロい商売ね!」


「『水中呼吸』のスクロールが金貨40枚ですからね。それを考えると簡単に元取れますね」


 つまり資金稼ぎのためだ。

 4層での戦闘の実入りの方が遥かに素晴らしくはあるのだが。

 敗北の心配は薄くとも、遭遇できない心配はある。

 出会えなければ倒せず、倒せなければ稼げないのである。


 オイスターは逃げも隠れもしないし、いくらでも取れる。

 まぁ、獲り続けたらいずれは枯渇するのかもだが。

 少なくとも、獲れる限りは小遣い稼ぎにちょうどいい。


 普通は岩肌から引っぺがすのにやや苦労はするが。

 レインを除いて馬鹿力に不安のない面子が揃っている。

 バキベキと力づくで引き剥がして次々採取する。

 こんなにたくさんあるのだし、あとで少し食べよう。

 そのためにわざわざレモンだって持ち込んで来たのだ。




 散々貝類を採取しまくった。

 水から上がって服を着替え、食事の支度を。


 獲ったばかりのオイスターを剥いて、レモンを添える。

 もうこれだけでご馳走と言ってもいいだろう。

 レインが嬉々として白ワインを用意していたが、眼をつむった。

 まぁ、ちょっとくらいならいいだろう。

 この階層に危険がほとんどないことは確認済み。

 食休みを含めて休憩すれば、酔いも抜ける。


「くぅっ、最高! サーン・ランドでオイスターの味は知ってたけど、獲れたてのオイスターは犯罪ね!」


「おいしいですね。たしかに白ワインが欲しくなる味ではありますが」


「嫌いではないですけど、そこまでかなって感じですね……」


 サシャはあんまり好みではないようだ。

 まぁ、この独特の貝臭さと言うか。

 その辺りは好みが別れるところのある味だ。


 あなたたちは暫し食事を楽しんだ後、4層へと向かった。




 4層『氷河山』突入と同時、あなたたちは野営の準備をする。

 ずぶ濡れの体で突入して来て、そのまま活動するのは自殺行為だ。

 野営の準備をする間だけでも体は凍り付くかのように冷え切るというのに。


「さ、さむ、寒いぃ……」


「指先がジンジンしますね。うぅ、冷える……」


「もう、お湯が暖かくて……気持ちよくて……おいしい……」


 全員寒さに慣れていないせいか、意識が朦朧としているようだ。

 毛布に包まって、全員で肩を寄せ合って温め合っている。

 ハイランダー伝統様式のテントが中で火を焚ける構造でよかった。


 幸い、温度耐性の呪文は既に使用済み。

 吹き付ける風と、気温の低さで冷えただけなので、テント内に入ればすぐに体は温まる。

 とは言え、それですぐに活動を再開するのも危険なので、そのまま野営とする。


 体を温めるために暖かいシチューなどを食べ、甘いデザートをいただく。

 たっぷりと薪を用意して火を焚き、毛布に包まって就寝する。



 そして翌朝、あなたたちは防寒着をしっかりと着込む。

 服の裾はちゃんと内側に入れ込み、露出部はしっかりと仕舞う。

 靴はズボンの裾を入れ込み、紐で縛って雪が入らないように。


「おおー……厚手の生地ってだけでこんなに違うのね」


「あったかぁ……」


「よさそうですね。これに魔法を加えるだけで、大分違う気がします」


 それから、焚火の中で温めておいた石を布で包んで持って行く。

 熱を発しているものを持っているだけで、ぜんぜん違うのだ。


「温石ってやつね。たしかにぜんぜん違うわ」


「これってどれくらい保つんですか?」


 環境と使い方にもよるが、2~3時間程度だろうか。

 昼時にはまた焚火をするので、そこで温め直そう。

 こういうふうに伝えておくだけでモチベーションが違ってくる。

 昼まで頑張れば、また暖かい温石になるのだという理解があるだけで。


 そして最後に、あなたは全員に酒瓶を渡した。

 手の平に納まる程度の小瓶で、ひと口かふた口分の酒が入っている。


「お酒! 飲んでいいの?」


 ダメ。

 あなたはレインの嬉しそうな質問を即座に切って捨てた。

 はぐれたり、滑落したり、動けなくなったり。

 そう言った状況で、寒さが限界に達したら飲むのだ。

 酒を飲むと体が温まる。救助まで意識を保つ活力にもなる。


「そうなの……じゃあ、遭難するか、無事に次の階層にいけたら飲むわ」


 いや、その時は返せよ。

 そう思ったが、何も言わないでおいた。

 酒の1本くらい上げてしまっても構わないだろう。

 返せと言ったら癇癪起こしそうな気配を感じたのもある。

 まぁ、あげたところで惜しいような酒でもなし。


 中身はニュートラルスピリッツに気付けの水薬を混ぜた薬草酒だ。

 度数で言うと70度近いし、強力な強心薬が含まれているので口内が焼け付くような感じがするしでまずい。


「でも、お姉様。寒さに耐えるためなら最初からいくらか飲んでおいた方がいいんじゃ? もちろん飲み過ぎはよくありませんが……」


 フィリアの疑問に、あなたは首を振った。

 酒を飲むと凍死するまでの時間が速くなるので呑まない方がいい。


「……えっ? 寒さが限界の時に飲むんじゃないんですか?」


 この場合は利用方法と言うか、目的が違う。


 凍死は体の中心部分の温度が下がって起きる。

 それを防ぐには、冷えた手足に熱を分けない方がよい。

 つまり、暖かな血液を体の中心部分で独占するのだ。

 必然、手足の末端には血が送られず、手足は冷え切る。

 そうなると手足が凍傷を起こし、手指は諦めることになる。


 酒を飲むのは、そうした凍傷を防ぐためにある。

 凍死までの時間は早くなるが、手指を喪う可能性が下がるのだ。

 このメンバーで冒険する以上、救助は必ず来る。

 そのため、凍死を防ぐより凍傷を防いだ方が効率がいい。


「なるほど……さすがは北国出身と言いますか。そんな理屈でお酒を飲むとは知りませんでした」


「凍死を防ぐより凍傷を防いだ方がいい……そう言うものなの?」


 あなたは頷いた。

 体温維持能力が低下するので実際はよくはないのだが。

 意識を喪失するのはもっとヤバいのでやむなしと言うか。


 少なくとも現チームであれば、2時間以内に救助ができる。

 その短時間なら体温の低下もそう深刻ではなく、軽度で済む。

 軽度の低体温症なら少しくらい乱暴に扱っても問題ない。予後は良好だ。

 だが、意識を喪失して本能的な保温が不能になると、手指の凍傷が深刻化しかねない。

 そのため凍傷を防ぐ酒を支給した。


「ふーん……」


 なにやらアンニュイな表情で酒を見つめるレイン。

 あなたは凍死を恐れて酒を飲むのをやめてはいけないと厳しい口調で告げた。


「そうね。なら、気にせず飲むことにするわ。飲まないで死ぬより飲んで死ぬ方がいいわよね」


 そう言って懐に酒瓶を仕舞うレイン。

 そう言うことを言いたかったのではないのだが。

 まぁ、飲んでくれるならそれでいいや。

 あなたは細かいことは気にしなかった。

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