20話

 ボルボレスアスの狩人の特徴は、その超人的な身体能力にある。

 なにしろ、魔法がない大陸であるからエンチャントも無ければポーションもない。

 それでいながら、他大陸でも類を見ないほど強大で巨大なモンスターと戦わねばならない。


 ボルボレスアスの狩人は巨大モンスターに通じるほど強力で巨大で重い武器を求めた。

 彼らにはそれを振り回せるだけの膂力があったのだから。


「火は通り難そうだなオイ!」


「武器のお手入れもめんどそう!」


 言いつつも、抜き放った剣を片手に猛進するモモ。

 そしてトモがぼやきつつも姿勢を低くして巨大戦槌を手に追随する。


「ペラ回してねーで真面目に戦えでござる!」


「うーん、どこが薄いかな……」


 キヨは巨大な弓に矢を番え、メアリは弾丸を装填するや、適当な目星をつけた位置へと弾丸を叩き込む。

 巨大ザリガニの弱点を探るように、メアリの放つ弾丸が甲殻表面を穿っていく。


 その隙間を縫うように接近したモモが、振るわれたハサミを躱しながら勢いよく飛びあがる。

 右手に装備した盾による強烈なシールドバッシュ。鈍い音が響き渡る。


「とお……りゃあっ!」


 そして、間髪を入れず、トモが手にした巨大戦槌を振るった。

 前方へと飛びあがり、前方宙返りの要領での叩きつけ。全質量を全力で叩きつける殺意の高い技だった。

 その一撃は巨大ザリガニの頭部をひしゃげさせるほどの威力であり、ザリガニが勢いよく大地へと倒れ込む。


「今でござるな」


「ん」


 キヨが勢いよく地面へと弓を押し付けると、全力で弓を引き絞り出した。

 メアリは懐から巨大な弾丸を取り出すと、それを手にした銃へと装填した。


「しっ!」


 起き上がろうと身もだえしていた巨大ザリガニの腹部へと、ボルボレスアス特有の巨大な矢が突き立つ。

 矢と言うよりも、短めの馬上槍なんじゃないかというような代物なだけあり、その威力は絶大だ。

 いともたやすく甲殻を突き破り、ザリガニの体液がしぶいた。


「そこかな」


 メアリが発砲。一際強烈な爆炎と、凄まじい反動ゆえかメアリがたたらを踏む。

 そして、放たれた弾丸がザリガニの頭部を抉り飛ばす。凄まじい貫通力だ。


「脳みそが単純だからか鈍らねぇな!」


「徹底的に潰せば動かなくなるよ!」


 哺乳類なら致命傷と言って差し支えないほどの傷だが、相手は甲殻類。

 哺乳類と比べれば些か単純な身体構造ゆえか、さほどの痛痒も感じていないかのようにザリガニが立ち上がる。

 威嚇するようにハサミを振り上げ、口から泡を噴き出す。


 金属鎧ごと人間を両断する威力のハサミに対し、モモもトモも一切怯まずに向かっていく。

 あなたは巨大ザリガニに向けて『疲弊』の呪文を放った。


 この呪文はこの大陸で覚えた呪文で、相手を疲れさせる。

 言葉にするとあまりにも単純だが、これが案外と恐ろしい。

 疲れると動きは鈍くなるし、力も出ないし、素早く動くこともできない。

 そんなに難しくない魔法の割には手軽に効果が望めるのだとか。


 実際のところ、もっと強力な魔法はいくらでもあるのだが。

 その強力な魔法を使うともはやサポートの枠を超えてしまう。

 そのため、意図して弱い魔法を使うという馬鹿げた真似をしている。


「おっ、いいなそれ!」


「へぇ、こんな魔法あるんだ」


 あからさまにザリガニの活力が鈍ったのが分かったのだろう。

 まぁ、威嚇のために掲げているハサミは明らかに高さが下がっているし、噴き出す泡の勢いも衰えている。

 動きもどことなく緩慢になっているのが丸わかりだった。


 その隙を逃すようでは、狩人を名乗ることなど出来はしない。

 モモが左手に握った独特な形の剣を勢いよくザリガニの胴体へと叩きつけた。

 瞬間、吹き上がるのは血ではなく、炎だった。


 モモの手にした剣に秘められた絶大な炎のエッセンスが解放されたのだ。

 具体的になにかは不明だが、ボルボレスアスに生息する火の力を持つ飛竜の素材から作った剣なのだろう。

 蒼く艶めく素材は美しいが、あなたにはとんと心当たりがない。


「ちっ、明らかに通りが悪い!」


「盾でよろしく!」


「ああ!」


 まぁ、ザリガニは水棲生物であるから、水分量が多い。

 それに対して火の武器はいまいち通りが悪いだろう。

 まぁ、火の武器は再生阻害効果があるので、割と人気の武器なのだが。

 同様に再生阻害効果のある酸と違って見栄えもいいし。


 対するトモの武器にはエンチャントも無ければ、特殊な生物由来の素材でもないらしい。

 単なる金属を用いて、重厚に鍛え上げただけのものだ。

 だが、その質量による威力は伊達ではない。


 細腕によって振るわれているとは思えない勢いで叩きつけられる戦槌。

 甲殻がひしゃげ、ヒビの入る音が聞こえて来る。

 そこへと捻じ込まれる弾丸と矢。


 キヨとメアリの2人が忙しなく走り回っている。

 常に最適なポジションに陣取ろうとし続けているのだろう。

 軽く50キロはありそうな銃を手に走り回るメアリは分かりやすくボルボレスアスの狩人をしていた。


 モモとトモが打撃主体で立ち回り、各所の甲殻を損壊させる。

 キヨとメアリがその損壊した甲殻の部位を狙って、柔らかな肉を抉りに行く。

 無論、位置が高くモモとトモでは狙い難い位置の甲殻をキヨとメアリが損壊させに行き。

 同様に、いい位置にあればモモとトモも手にした武器で肉を抉りにいっている。


「思ったよりもしぶといなこいつ!」


「割と身がすかすかじゃない? 脱皮したて?」


「かもな!」


「食いでがなさそうでござるな~」


「まぁ、元が大きいから食べ応えはあるでしょう」


 半ば雑談じみたことをしながらも、全員の動きはよどみがない。

 実にいい連携だ。まともに連携をしようと思っていないところが実にいい。

 手短に指示とも提案ともとれるような言葉が飛び交っているが、確認をしているのに近い部分がある。

 4人が4人とも、相手を討伐するという目的の下に武器を振るっている。


 4人のスタンドプレーが、結果的に4人のチームワークになっている。

 十分な技量の持ち主たちが目的を一致させれば、それだけで十分な連携が生まれる証だ。

 この連携が見れるなら、サシャやレインもつれてくればよかったと内心であなたは惜しんだ。


「あっ、ちょい、ちょい。そこの女たらしにも仕事させてやれ」


「えっ、いや、なにさせればいいんでござる?」


「え……なんでしょう……私に聞かれても……」


 ついでに言えば、4人の連携が実にすばらしいせいであなたのやることがなかった。あなたはヒマだった。

 ある一定以上にまでそれぞれの実力が高まって来ると、役割分担と言う概念が希薄になる。

 攻撃は最大の防御と言うわけでもないが、1秒でも早く敵を殺すことが優先事項となるのだ。


 モモロウのような身軽に動き回れて、なおかつ手を空けやすい片手武器はサポート型になりがちだ。

 しかし、他の火力に特化した種別の武器を使う3名が、そうしたサポートをまったく必要としていない。

 そうするとサポート型であろうと火力を出すのが自然な選択となり、全員が火力役になっていく。


 そんな状況であるからサポート役として来たあなたはやることがない。

 あなたが火力役として参戦すると、相手は一瞬で木っ端微塵だ。

 まぁ、最前面に立って大型の盾で攻撃を受け止め続けるというようなことはできなくもないが……。


「って言うかこいつもう死にかけてるぞ! さっきしぶといっつったの取り消すわ!」


「弱っ! まだ戦い始めて5分も経ってないけど!?」


「まぁ、この場合はボルボレスアスのモンスターが頑丈過ぎると言うべきでは?」


「1時間くらいこの調子でボコってもそうそう死なないでござるからなぁ……」


 ボルボレスアス出身の狩人たちにしてみれば、やはりこの大陸のモンスターは脆すぎるらしい。

 ボルボレスアスのモンスターは恐ろしく頑丈なのだ。既に死にかけのザリガニとはくらべものにならない。

 そして、トモの振るった戦槌が、ついにザリガニの頭の過半を吹き飛ばしてしまった。


 強烈な打撃の威力で爆散した頭部が飛び散り、ザリガニが勢いよく崩れ落ちると身をちぢめて痙攣する。

 完全に死んだなと言うような動きであり、実際に死んでいるだろう。


「うーん、思ったより弱かったでござるな」


「だなぁ。大型甲殻種っつーか、これ中型じゃねえ?」


「まぁ、この大陸基準の大型なんでしょう」


「ところで実際、これ食べれるかな」


「わがんね。ミソ部分はトモちんが吹き飛ばしちまったしなぁ」


「す、すこしは残ってるでしょ……」


 どうも軽口と言うわけではなく、本気で食べるつもりだったらしい。

 たしかに、ボルボレスアスでは大型モンスターであろうとも容赦なく食べていたが……。


「どこらへん持ってく? ミソほぼ吹き飛んだし、身肉だけ持ってくか?」


「ハサミ部分は結構身が詰まってたりするけど……」


「うーん、ハサミ部分は頑丈でござるから、開いて確かめられんでござるな……」


 あなたは丸ごと持って帰ろうと提案した。解体は帰ってからでもできる。


「え、このでかいのも全部持ってけるんでござるか?」


「超便利じゃん……できるなら頼んでいいか?」


 お安い御用だとうなずき、あなたは巨大ザリガニを丸ごと『ポケット』にしまい込んだ。

 常識的に考えればかなりの重量があなたにかかるが、あなたは戦列艦を担いで持ち運べる膂力がある。この程度なら楽勝だった。


「すっげ、マジで消えた……」


「魔法マジで便利すぎでござらん? 拙者来世は魔法使いになるでござるよ」


「無理ですね!」


「最悪でござる」


 メアリが力強く無理と宣言し、なぜかリンがげんなりとする。

 まぁ、来世があるかはともかく、魔法使いとはそう簡単になれるものではないのでしかたがない部分もある。

 エルグランドでは非常に簡単に魔法使いになれるが、世界的に見て例外そのものだろう。


「つーかさ、あんたが荷物持ちしてくれるなら、他にもいろいろと採取したもの持ち帰れるよな?」


「……たしかに」


「意外と早く討伐終わっちゃったし、いろいろ採取していってもいいかな?」


 あなたはもちろんとうなずいた。

 ボルボレスアスの狩人はサバイバル生活のスペシャリストでもある。

 そうした彼らにとり、野生のフィールドは食材の宝庫なのだ。

 おすそわけくらいは期待してもいいのだろうか?


「もちろん。まぁ、味は保証しねぇけどな!」


 あなたは女性が作った時点で価値があるので問題ないと答えた。

 うまいとか、まずいとか、そう言う問題ではないのだ。

 女性が作った、その一点に絶大な価値がある。


「お、おう……じゃあ、俺とトモちんは作らんとくよ……」


「ここまで一貫して女好きだと、逆に畏敬の念みたいなのが沸いて来るよね……」


 モモとトモにちょっと引かれた。




 ハンターズのメンバーが思う存分に採取をし、それらすべての運搬をあなたが引き受ける。

 この大陸において2人といないほどの無双の身体能力を持つあなたならば、どれほどの荷物持ちでも楽勝だ。

 4人が山と言うほどに掻き集めて来たカニや魚類をすべて引き受け、帰還する。


「やっぱ魔法ってすげぇよな。俺も魔法使いて~」


「わかる。君の使ってる『ポケット』って言う魔法だっけ? あれとかすっごい便利だよね。僕、大型武器使うから持ち運びが大変で……」


 たしかに、トモのいうように大型武器の持ち運びとは大変なものだ。

 重量的制約はもちろんのこと、大型武器とは言葉通りに大型であるからして体積も立派なものだ。

 『ポケット』の魔法は、体積的制約を完全に解消してくれる魔法だ。ボルボレスアスの狩人たちが使えれば大助かりだろう。


 加えて言えば、重量的制約も改善してくれるのだ。

 単純な話、手に持つのと背中に背負うのでは体感重量が違う。

 『ポケット』の魔法は全身に荷重を加える形で持つことになるので、体感重量は劇的に改善されるのだ。


「でも魔法だからなぁ……たぶん誰も習得できねーんだろうな。せめて『修理』だけでも習得できないかってみんながんばったんだけどな」


 『修理』の魔法には覚えがある。

 エルグランドにはないが、アルトスレアやこの大陸にはある魔法だ。

 物品を修理する魔法で、パーツがすべてそろっている必要があるが何度も使えばいずれ直る。

 かなり低位の魔法で、魔法が使えるなら使えないほうがおかしいほどに簡単な呪文とレインには聞いている。

 これが使えないとなると、本当に素質が欠片もないということになる。


「あの魔法使えたら、いろんな問題解決するもんねー」


「そうなんだよな……ほんとに」


「拙者の弓も、メアリの弩も、結構細かい整備いるでござるからなぁ……」


「なんならモモの剣借りようかなって思ってますからね」


 他大陸から来た人間にとって、故郷にしかない武具の問題はなかなか頭が痛いものだ。

 特にボルボレスアスの武具はおおよそすべてが特殊なものなので、現地調達も難しいだろう。

 一見してふつうの武器でも、よくよく見れば規格外の異常な武器だったりするのだ。


 モモロウの剣などその筆頭だろう。サイズ感こそ片手剣だが、重量は10キロをくだらない重量武器である。

 ボルボレスアスではこれでも小型軽量武器だが、他大陸では超人でなければ使えない超重武器である。

 単純にすさまじい分厚さをしているのだ。頑丈さの追求のためだろうが、とんでもない厚さだった。


「魔法使えたらなぁ。トモちんのブツに『施錠』の魔法かけるんだけどな」


「最悪なんだけど。トイレにもいけなくなるじゃん」


「それよりもモモの尻に『施錠』かければいいでござる」


「俺がトイレいけなくなるだろうが」


「私はそれよりも『環境耐性』の魔法使いたいです」


「わかる。超便利」


「快適に過ごせるならお金払う価値あるよね……」


「ござるござる」


 あなたたちはそんな魔法が使えたらなという雑談をしながら帰路に着いた。

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