21話

 帰還したあなたたちは、まず湖へと飛び込んだ。

 泥沼地帯で走り回りながら戦闘をしたのだ。全員が泥まみれである。

 水に飛び込み、泳いで体の泥を流し、そのまま装備を丸洗いする。

 さすがに水に濡れたらまずいものは湖には漬けないが……。


「豪快ねぇ……」


 レインが湖畔でそんな風にあなたたちの行動を評す。

 出がけは二日酔いで半死半生と言った調子だったが、随分と回復したようだ。


「ええ、まぁね。まだ胃が重いけど……まぁ、上がってらっしゃいよ。きれいにしてあげる。これくらいはサービスしとくわ」


 とのことなので、水辺から上がる。

 そしてレインがなにか魔法を発動したかと思うと、あなたの服から汚れが落ちた。

 不思議な汚れ落ちのしかたで、服のどこか一辺がきれいになり、次にまた別の一辺がきれいになると言った調子だ。

 まるできれいな布をパッチワークのように取り換えているかのようだった。


「『手品』って言う低位の魔法でね。本当に手品みたいなしょうもないことしかできないんだけど、1時間も持続するのよ。それで、ものをきれいにできるの」


 意外と便利かもしれない。1時間も使えるとなると、大量の衣服もきれいにできる。

 長期の冒険中は衣服の洗濯に悩むことが多い。水の貴重なエルグランドでは特にだ。

 出会ったばかりの頃のレインに教えてもらった『水の飛沫』を使えばいくらでも洗濯が可能だが、こちらの方が手軽だ。


 ちなみに最近知ったが、『水の飛沫』は厳密には魔法ではなく、魔力温存技術と言うらしい。

 まぁ、そんな正確な呼び方をわざわざ使う者もいないので、普通はこれも魔法と呼び表すようだが。

 どう違うのかあなたにはわからなかったが、明白に違うもの……らしい。

 魔力消費量が劇的に違うらしいが、あなたにしてみると微小すぎて差がわからないのだ。


「へぇー……そんな魔法あるんだ、ますます便利だ……」


「いいなぁ。おしゃれ着を手早くきれいにできる魔法、僕も使いたい……」


 あなたたちの会話を聞いていたモモとトモが羨まし気にそんなことを言う。

 レインは苦笑して2人の服もきれいにしてやっている。


「そのためだけに学ぶのも大変だけど、使えたら便利よ。これくらいなら冒険者学園の授業で習得できるし、通ってみたら?」


「冒険者学園かぁ。俺の故郷の訓練所だと、ホモとレズが山ほどいる地獄のような場所だったんだが……」


「それはそれですごい場所ね……」


「なんであんな有様だったんだろうな……冒険者学園はどう?」


「私たちの通ってるサーン・ランドの冒険者学園に男子生徒はもうほとんどいないわ」


「もう……?」


「そこの金髪の女たらしが、男子生徒をほぼ女子生徒にしたわ」


「ええ……」


「こわぁ……」


「夏季休暇明けには全員女になる見込みよ……」


「怖すぎんだろ。歩くセックスハザードかよ。通った後の男女比が偏るとか何事だよ」


「モモくんのお尻は僕が守る!」


「すまんが尻じゃなくて性別守ってもらえるか?」


「どうしてこう……私の周辺の凄腕冒険者の性は乱れてるのかしら……」


 レインが遠い目をしている。たしかに、性の乱れはゆゆしき問題だ。

 男の子は男の子どうしで、女の子は女の子どうしで恋愛をすべきだ。


「それを世間一般では乱れてるというのよ」


「どういう思想してんのこいつ」


「う、うーん……男同士で恋愛してる僕が言えた筋じゃないけど、それはやっぱりおかしいよ……」


 なぜなのか。あなたは首を傾げた。

 まぁ、あなたはそうした多様性には寛容な方だ。

 自分の主義を曲げるつもりは一切ないが、他人がそう思うことにとやかく言うつもりはなかった。


「自分の方が正しいと本気で思ってるところに狂気を感じるな」


「エルグランドではどうやら常識に囚われてはいけないみたいだね……」


「……まぁ、私はもうだいぶ慣れたわ」


 なぜこうまで諦められたかのようなことを言われなくてはならないのか。

 あなたは本気で意味が分からずに首を傾げた。




 『手品』の魔法は服を綺麗にはできるが、服を乾かすことはできないらしい。

 まぁ、それはある意味で好都合だ。どうせ、これから採取してきたものの下処理をしなくてはいけない。

 カニやエビと言った類のものは泥抜きをするため、タルに入れて放置。

 貝類なども同じように処置し、一番の問題であるターゲットだった巨大ザリガニの処理だ。


「とりあえず、下顎をもらっていくぞ。どうせ食えんだろうし」


 アトリが討伐の証拠として提出するらしい下顎を持って行った。

 どうせ、エナメル質の部位で食べることもできないので構わない。

 バカのように強靭なあなたと、体が鉄で出来てるかのようなボルボレスアス人なら噛み砕けはするのだろうが。


「結構汚ぇな。きれいにすっか」


「だね」


 湖の中に巨大ザリガニの体を横たえ、その表面の汚れをこすり落としていく。

 普通のザリガニなら、泥抜きをしている最中に勝手に落ちるし、調理中にも落ちる。

 そもそも小さいので、付着している汚れ自体が大したことがないわけだが。


 しかし、この規格外の巨大ザリガニの体に付着した泥の量はなかなかの量だ。

 これを放置して塩ゆでなどしたら、泥水で茹でるのと同じことだ。

 そもそも、既に死んでいるので水にさらしたところで泥など抜けない。

 そのため、ブラシをもちいて泥をこすり落としていく。


 本来は馬の手入れ用のブラシだが、予備が山ほどあるので使い潰しても問題ない。

 全員に行き渡るほどの数があるのがこれしかなかったとも言うが。


 このザリガニを討伐しにいったメンバー。そして、湖で水遊びをしていた使用人たち。

 濡れてしまっても構わない、という者たちの手を借りて泥を落とす。

 汚れが落ちると、黒くぬめるような質感の甲殻が姿を現す。なかなか頑健な甲殻だ。

 モモもそのあたりが気になっていたのか、刃物で突いたり、拳で叩いたりと試している。


「ふーん。防具にはちょっと使えそうにないか」


「まぁ、加工してくれる人もいないしね……」


「それもそうだな」


 たしかにこの手のモンスター素材を使っての防具というのはむずかしい。

 ボルボレスアスでは非常に盛んなモンスター素材による防具だが、他大陸ではあまりみない。

 というのも、魔法によるエンチャントを受けた金属防具の方がいろいろと便利なのだ。

 魔法技術のなかったボルボレスアスならではといったところだろうか。

 そのため、ボルボレスアスの防具は見ていて楽しいものが多い。


「まぁ、それならそれで、甲殻もそのまんま料理に使っちまえるからな。鎧焼きにしちまうか」


「それだけでぜんぶは食えんでござろう。他はどうするでござる?」


「まぁ、塩ゆでにしたり……なぁ、醤油があるなら味噌もあったりしないか?」


 いつの間にやら沸いて出て来たキヨ。料理を得意としているので気になったのだろうか。

 そのキヨからの問いに対し、モモがあなたへと確かめるように聞いて来た。

 ミソ、とは? ちょっと聞き覚えのない単語にあなたは首を傾げた。


「味噌ってのは醤油の材料である豆から作ったペースト状の調味料なんだが……」


 あなたはもちあわせはないと答えた。が、心当たりはあった。

 ソーラスの町でセリナに紹介してもらった店。あの店で出されたスープに使われていた調味料ではないだろうか。

 名前は聞いていないが、豆から作った調味料を使っているとは聞いた。


「ソーラスかぁ……セリナちゃんがいるところだよな。さすがに買いにはいけんなぁ」


 魔法で転移して買いにいってもいいが、売ってくれるかは分かりかねる。

 というのも、醤油はカイル氏かカイラでないと作れないものであるという。

 おそらくだがミソもそうなのだろう。特定店舗にしか卸していないということは十分にあり得る。


「あー、希少品なのか……なんとかなんねぇかなぁ」


「主殿、モモでいいなら奴隷に捧げるので何とか手に入らないでござるか?」


「俺からも頼む。代金としてキヨを100年買い切り契約で奉公に出すから」


 お互いを売り飛ばそうとするほどにミソが欲しいらしい。

 元からハンターズはこういう口さがない言い合いをするのが好きなようなので、どちらも本気ではないのだろうが。

 あなたはどうしてもミソが欲しいなら、1つだけ手がなくはないと答えた。


「おお……それはいったい?」


 あなたは『ミラクルウィッシュ』のワンドを取り出し、それを振った。

 そして、手を組んだ真摯な祈りの姿勢で、あなたは切なる願いを声高に叫んだ。


 ミソが欲しい! と。


 そして、あなたの足元に転がってくる陶器のカメ。

 どれと蓋を開けてみると、土色のペーストが入っていた。特有の臭気がある。

 なるほどこれがミソかとあなたはうなずいた。


「ええええええ……」


「使い方が贅沢すぎるでござる……いや、あの、それって金貨が万単位で飛ぶようなものすげぇ価値のあるワンドでござるよね?」


 あなたは頷いた。エルグランドなら数十万枚、下手をすると数百万はいくだろう。

 あなたの極めた交渉能力ならもう少し安く上がるだろうが、それでも10万はくだるまい。

 アルトスレアには3回分の同種の魔法がチャージされた指輪があるらしいが、これが金貨10万枚前後だと聞いたことがある。

 同じ10万でもアルトスレアの金貨の価値は高いので、目が飛び出るような高額な品なのは間違いない。


「き、金貨10万枚相当の味噌……」


「グラム単価いくらでござるかこれ。考えたくもねぇでござる……」


「これ使っていいのか……?」


 あなたはうなずいた。ミソを使った料理が気になるのだ。

 ハンターズの料理は、量が狂気の域に達しているが、味は文句なしに美味だった。

 そんな彼らが求める調味料なら、多少の骨を折っても調達する価値はあるだろう。

 そして、その労苦を帳消しに出来るのが『ミラクルウィッシュ』のワンドだ。クソ暑いだろうソーラスに行くのがだるかったというのもある。


「ありがたいんだけど。ありがたいんだけどね……とりあえず味見……うま、この味噌うまいわ。いい味噌だな」


「どれどれ……白味噌でござるな。お、マジでうまいでござるな。これは野菜に塗って喰うだけで抜群でござろう」


「ザリガニ出汁取って味噌汁にしようぜ。あれあっさり風味だから慣れてない人でもいけるだろうし」


「ござるござる」


 なにやら料理のメニューがモモたちの中では決まったようだ。

 あなたはあとは任せてもいいのか尋ねると、モモもキヨも力強く頷いた。


「最高にうまいもんを作るぜ。キヨが」


「拙者は……左利きでござるよ」


 力強く、確信を持ったような仕草で頷くキヨ。

 その顔に浮かぶ力強い笑みには溢れるほどの自信を感じた。

 言葉の意味はよく分からないが、とにかくすごい自信だ。

 利き腕が左だと料理の味に差が出るのだろうか?




 調理の類はキヨらに任せる。まったく知らない料理では指示を受けて動くしかできない。

 しかし、ハンターズのメンバーはみな大なり小なり料理ができるようで、人手は足りているのだ。

 そのため、調理メンバーから弾き出されたトモとモモを交え、猥談などに耽ることとした。

 なぜ猥談かと言えば、冒険者と言えば酒であり、酒と言えば猥談なのである。これはもう男女問わない。


「そこまで言うか? いや、たしかに猥談になりがちなのは認めるが……」


「女の子相手に猥談って言うのも……どうなんだろう……」


 トモとモモはやや戸惑っていたが、あなたは猥談が好きだ。

 男の子同士でも、女の子同士でも、異性であっても、あなたは全部食べれる。


「なかなか見境ねぇな。しかし、猥談っつー辺り分かってるだろうが、恋のABCみたいな甘ずっぺぇ話はないぞ?」


 むしろ恋のABCとはなんであろうか?

 似たような文句は聞いたことがあるが、ボルボレスアスとエルグランドでは違うかもしれない。


「え。それは……えーと……Apocalypse、Bridal……Closedだよ」


 それは恋なのだろうか。いや、Bridalはまだわかるのだが。

 Apocalypseは黙示で、Bridalは結婚式、Closedは終わり、閉店、終了。


「つまり……デキちゃってApocalypse、仕方なくBridal、人生はClosed。そう言うことだ」


 それは恋のABCの範疇を大幅に超えてしまっているのではなかろうか。


「た、たしかに……!」


「またモモくんが適当なこと言ってる……」


「この俺の眼を以てしても、見抜けなかった……!」


「もしかしてモモくんって目が見えなかったりする?」


 まだ酒は入っていないと思っていたのだが、2人はもう飲んでいたのかもしれない。

 どうしてこう、ハンターズは会話するだけで妙に漫才染みた流れになるのだろう?


「しかし、猥談ねぇ。俺、自分の歳が分かんねぇんだけど、ドラゴニュートとしてはかなり若いっぽいんだよな」


 ボルボレスアスのドラゴニュートは長寿種族だ。そして成長も遅い。

 モモは人間で言うと15歳前後くらいに見える外見だが、推定でも100歳近いだろう。


「たぶんそんくらいだ。でなんだが、俺はどうやらまだ子供を作れる体じゃない」


 男が妊娠をするには高度な技術が必要なのでそれはしかたがないとあなたは頷いた。


「高度な技術があれば男でも妊娠できるってどういうこったよ……単純に若すぎて子供作れないんだよ」


 そっちかとあなたは得心した。


「だからか、性欲もほぼ無くてな。その手の話とかはあんまり引き出しがな」


「でも、モモくんって娼館いってたよね」


「そりゃまぁ……性欲はなくても、刺激すれば勃つし、出せば気持ちいいし……」


 どうやらモモはスケベでマセた少年だったらしい。


「しかもすごい上手いらしいんだよね。モモくんに本気になってる娼館のお姉様とか居たでしょ」


「あー、まぁな」


 しかもそんな凄腕になるほどに通い詰めていたらしい。

 少年としては些か爛れ過ぎではないのだろうか。いくら年齢で言えば100近いとは言え、ドラゴニュートとしては少年なのに。


「ちなみにトモちんは女相手はドへたくそだから。お情けで喘いでもらってるだけだからなにも面白くないぞ」


「そ、そんなにへたかな……」


「三国一のへたくそ。あれで感じる女は異常者」


「そこまで言う……?」


 そもそも、モモは自称異性愛者だが、トモは同性愛者ではなかったのだろうか。


「んー。そこまで厳密に考えてないかな……明確に区別する必要ある?」


「まぁ、ねぇわな」


 では2人とも両性愛者だったわけだ。


「俺は異性愛者だが!? たしかにまぁ、トモちんくらい可愛い男の子とだったらまぁいいかなくらいのところはあるが……」


 純粋な異性愛者だったら、そもそも同性と言うだけで拒絶反応が出る。

 容姿の問題ではなく、それに付随する記号の問題、アレルギー反応に近い。

 トモとならまぁいいかな……で受け入れられる時点で異性愛者ではない。


「…………そうなの?」


 少なくともあなたはそうだと思っていた。そもそも異性愛者なのに容姿次第で同性がイケる時点でおかしい。

 それは単に、モモが相手の好みにうるさいだけなのではないのだろうか。

 意外と気付かないが、完全な異性愛者と言うのはあまりいないし、同様に完全な同性愛者もあまりいない。

 なので、モモも認知が歪んでいるだけで、普通に両性愛者なのだと思われる。


「……そう、かも」


 モモが愕然とした顔をしている。自分が異性愛者だという認識はかなり強固だったようだ。

 新しい世界の扉が開けたようでなによりだとあなたはうなずいた。


「じゃあ、次は僕の話ね。モモくんの弱いところなんだけど」


「当人を前にして性感帯の話をするのをやめてもらおうか!」


「ええー。じゃあ、考えるから、僕はとりあえずパス……君の猥談聞かせてよ」


 あなたにお鉢が回って来たので、あなたはうなずいた。

 あなたは各大陸を旅して散々にナンパをしたほか、エルグランドでは高級娼婦をやっている身だ。

 もはや生き様そのものが猥談であり、歩くセックスであり、呼吸をするセクハラに等しい。


「スゲェなおい。つーか、よっぽど長く旅したのか? モンテルグレワムと戦ったことがある辺り、結構長く旅してたのか?」


 あなたはうなずいた。

 あなたはボルボレスアスを30年、アルトスレアを30年、エルグランドを30年旅した。

 長きに渡る旅の中で得た経験は膨大で、猥談の引き出しは無尽蔵だ。


「あんた歳取らんのか?」


 実際の年数は適当を言ったが、かなり長く旅したのは事実だ。

 さて、何を話そうか? あなたはとりあえず、娼婦として迎えた客の中で最高の客トップ100を発表することにした。


「そこはトップ10じゃないのかよ」


「引き出しが本気で多いね……まぁ、聞くけど」


 あなたに女の話をさせると、長い。

 酷くシンプルな事実だった。

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