22話
猥談で熱くやらしく盛り上がり、そうするうちに料理ができあがり。
キヨたちが丹精込めて作ってくれた、異国情緒あふれるミソ仕立てスープは実に滋味あふれる味だった。
また、巨大ザリガニの身肉をレモンとバター、ショウユから作ったソースを塗り込みながら焼き上げた鎧焼きは絶品だった。
そうした夕飯後、あなたが買って来たザリガニを塩茹でにし、酒宴を催す。
ザリガニは実に絶品で、見た目はエビだが、味はカニに近い。
旨味もバッチリあり、サイズも立派で食べ応えは抜群だ。
この湖水地方周辺出身の使用人いわく、塩加減にコツがあるとかで、ぷりぷりの茹で加減は実に難しいらしい。
バキバキと殻を砕いて中身を食べる。頭部にあるエビミソは旨味が抜群だ。
あなたはちょっと苦手な味だったので、身肉の方を中心にいただいている。
殻ごと油で揚げたものは抜群の香ばしさで、塩を振って食べればラガーやピルスナーにピッタリの味わいだった。
樽一杯に購入したザリガニの塩茹では使用人たちにも行き渡っており、樽から自由に酌んでよし、飲んでよしのラガーが見る間に減って行く。
「毎日こんなに遊んでると、なんだか悪いことしてる気分です……」
「ですよね……」
洗うが如し……とまではいわないものの、赤貧に喘いでいたサシャ。
そして、清貧と言う名の単なる貧乏に苛まされていたらしい修道院育ちのフィリア。
その2人は毎日毎日働いていたものだから、このバカンスがどうにも落ち着かないらしい。
「なによ、2人とも。こういうときこそ思う存分遊んでおかなきゃよ!」
「そうね。でも、あなたは遊び過ぎだからほどほどになさいね。今日はお酒はやめておきなさい」
「えっ。いや、そんな、せ、せめて1杯だけ……1杯だけ! お母様!」
あなたは今のタイミングなら取り成しもいけるだろうと、ポーリンに口利きをしてやることにする。
みんなが飲んでいる中で1人だけ我慢をさせられるのは可哀想なので、今日のところは許してやってあげられないかと。
「ですがミストレス……レインの酒癖はすこし目に余りますわ」
それに関してはもうほんとに擁護のしようがないというか。
たしかにレインの酒癖はカスだし、飲み方もクソと言うほかにない。
しかし、若き才媛たるレインの数少ない趣味であることだし。
母としてポーリンも思うところはあるのだろうが、娘のことを束縛し過ぎるのもよくないし。
羽目を外して飲むのはあなたが傍にいる時だけのようだしと、なんとか考え直すように頼む。
「まったく……ミストレス、あなたはレインに甘すぎます。本当に1杯だけよ、レイン」
「やったぁ!」
喜び勇んで愛用のジョッキでラガーを汲みに行こうとするレイン。
あなたはその前にレインを呼び止めた。
「なに? お礼なら、あとで、ね?」
これは、レインから夜のお誘い……!? あなたは突然のご褒美に驚く。
もしかすると夜のお誘いではないかもしれないが、ならばこの色気を含んだ流し目は……!?
あなたは内心ドギマギしつつも、特別に自分の愛用の酒用グラスを貸してあげようと提案した。ガラス製の特注品なのだ。
「へぇ? そんなもの持ってたのね。そんなにいいものなの?」
あなたは『ポケット』から愛用のグラスを取り出した。
ガラス工房にわざわざ特注した逸品であり、元はと言えばあなたが母に贈ったジョーク混じりの品だ。
4リッタービアグラスと言うバカの骨頂みたいな代物をレインへと渡す。
このクソデカグラスにはビールが4リッター入る。これだけ飲んだら普通はもう飲めない。
あなたの母も酒癖が大変悪く、主たる被害者である父から度々禁酒を言い渡されていた。
あなたの母も酒癖の悪さの自覚はあったし、父に対して大変な乱行を働いていた自覚はある。
なので泣く泣く禁酒をしていたが、たびたび温情として1杯だけなら……と申し渡されることもあった。
そうした時、1杯は1杯だから! と強弁して大量に飲むための道具としてプレゼントしたものだ。
もちろんそれが通用したのは1度だけで、バチバチにキレた父経由であなたに返品されたのがこれだ。
「ばっかじゃないの……! 本気でバカじゃないの……!」
笑い転げそうになっているのを堪えるかのようにレインが蹲る。
あなたもこんなバカの権化みたいな代物を出されたら、笑わずにいる自信がない。
唖然としているポーリンも相まって、シュールな空気が満ちている。
「はぁー……ミストレス、謀りましたね」
い、1杯は1杯だから……あなたは絞り出すように答えた。
「まぁ、いいでしょう。この場ならそう問題ではないでしょうし……女の方が数は多いわけですから」
たしかにそれはそうとあなたはうなずいた。
この面子の中で男性の数は片手の指で足りてしまうのだ。
その上であなたと言う戦力もいるのだから、男性陣が好き勝手な振舞いをすることはできない。
「ですけど、これっきりですからね」
あなたはうなずいた。
こういうのは1回しか通用しないのを前提として使うものだ。
その1回を通せるのが楽しいから使うのである。
「じゃあ、さっそく……」
「本当に、1杯だけよ、レイン」
「お母様、まさか2杯目を飲めると思うの……?」
「まぁ、無理でしょうけど」
2杯目を飲めるのはもう生物として何かがおかしい。
あなたは2杯目を飲めるようになる手立てがなくはないが、やりたいとは思わないし。
酒宴が大いに盛り上がる中、あなたは苦悩していた。
レインのあのお誘いはいったいどのような意図だったのか。
ふつうにお誘いと考えていいのか、あるいはあなたの勘違いなのか。
そもそも、よくよく考えてみると、いままでレインが痛飲しては酔いつぶれていたのも実はOKのサインだったのではないか……だとすると、あなたは今の今まで幾度となくレインのOKサインを見過ごしていたことになる。しかし、それについてレインが不満や不平を言うようなことはなかったため、単にレインの酒癖が悪いだけの可能性もある。だが同時にレインはやや気性の激しいところはあるが、それを御して理性的に振る舞える人間だ。あなたが気付かなかったことについて文句を言わずに飲み込むくらいはできるだろう。貴種の生まれなのだから腹芸のひとつやふたつはこなせてこそと言ったところもあるし。あなたがサシャに脳をとろんとろんに蕩かされていたせいで、ややレインとの逢瀬の機会が少なかったことは否めないので業を煮やして今になってアクションを起こしたと考えることは特段に不自然な話でもないし……。
あなたは大いに苦悩し、煩悶し、懊悩した。意味はすべていっしょだが、そのくらい苦しんだのだ。
苦しんだ末に、ラガーを好き放題に飲んでいるレインに直接聞くことにした。
「ぷはーっ……あら、いただいてるわよ」
バカのサイズのビアグラスからガバガバと飲んでいる姿は実に豪快だ。
どうして貴族の少女なのに、こうも飲み方が荒いのだろう?
さておき、あなたはいつもより体半分ほど近い距離でレインの隣に腰掛ける。
「あなたも飲んでる?」
もちろんとあなたはうなずいた。酒肴を前にしながら飲まないのは損である。
塩茹でしたザリガニはまったくもって絶品であり、思わず無言になって殻を剥いては口に運んでしまう。
とは言え、ザリガニはどちらかと言うと水気が多く、甘みの強い酒肴だ。
ラガーを飲む時は、強烈な塩気がある方が嬉しい。そのため、あなたは手早くもう1品追加することにした。
と言ってもやることは酷く単純で、イモを薄切りにして、これを油で揚げる。
そして、揚げたてのイモに対し、やりすぎでは? というほどに塩をまぶす。
ザックリと混ぜて塩を行き渡らせてから、これをパリンと齧ると抜群にうまいのだ。
「へぇー? フライドチップスって言うべきかしら。うっ、しょっぱぁ……んぐっ、んぐ……ぷはぁーっ!」
強烈なしょっぱさでだらだらと唾液が溢れて来て、塩気と唾液を洗い流すようにラガーをグイッとやる。
そうすると最高の喉越しと苦味があなたを恍惚の園へと運んでくれるのだ。
「うーん……ラガーも悪くないけど、ねぇ、あなたが前に呑ませてくれたアレって、もうないの?」
もちろんある。あなたは『ポケット』からスタッフエールのビンを取り出す。
レインも美味しく飲んだエルグランドの地酒だ。白くとろりとした質感で、じわりとした甘みが特徴でたいへん飲みやすい。
さぁ、さっそく1杯と注いでやろうとしたところで、あなたはつい先ほど交わした約束を思い出す。
そう言えば、ポーリンとの約束は1杯だけというものだったが……レインの手にはバカでかいビアグラス。スタッフエールは2杯目と言うことになってしまう。
「そ、それはその、内密に……だめぇ?」
それは出来ない約束だとあなたは首を振った。バレた時のポーリンが怖い。
なので、あなたはボトルから直接酒を呷ってから、そっとレインの顎に手をやって口づけをした。
少し身をこわばらせたレインだったが、すぐに落ち着いてあなたの唇を受け入れる。
「ん、んん!? んっ、んん……」
そして、あなたが口移しで流し込んだ酒にレインがビックリしたが、すぐに酒だと気付いた。
酒に関しては大変に感度の高いレインだ。流しこまれる酒を大人しく受け入れる。
「ん、もう……ばか……女たらし……口移しなら、セーフだって言うつもり?」
酒とはまた違った理由で頬を赤く染めるレインがしおらしく悪態をついて来る。
1杯ではないから、セーフではないだろうか? などとあなたがすっとぼけたことを言う。
すると、レインが勢いよくあなたの手からスタッフエールのビンを奪い取ると、一気にそれを呷った。
そして、あなたの襟元をつかんだかと思うと、そっと唇を合わせて来る。
サシャよりもぎこちない、もういっそヘタクソと言って差し支えない不器用なキスだ。
そして、そっと流し込まれるのは、甘い甘いスタッフエール。
「おばか……嫁に行けないような体にした責任、ちゃんと取りなさいよね……」
大人びているが、実のところレインがかなり年若いことをあなたは知っている。
具体的な年齢は聞いていないのだが、体の発育の様子などからすると若いのは間違いない。
外見的にはフィリアとそう変わらないように見えるが……実のところ、サシャより年下なのではないだろうか?
そんないまだ幼いと言ってもいい純な少女が、いじらしくあなたに抗議をしてくる。
まったく、この大陸に来てからと言うもの、出会える女の子が大当たりばかりだ。
サシャはもちろん、フィリアもレインも最高に大当たりだし、ポーリンやブレウも最高だ。
特にレインは希少価値がある。なんたって、エルグランドではめんどくさいが故に滅多に抱けない貴族の少女なのだ。
こんなにおいしい少女、存分に味わわねば損と言うものである。
あなたはレインの背に手を回して、優しく熱を分けるように撫ぜつつも、仰せのままにと優しく囁いた。
「……今夜……迎えに、来てくれる?」
それは、そう言う意味と考えていいのだろうか?
もちろん、最高にロマンティックなエスコートをしてあげようではないか。
「あなたが着て欲しいって言ってたドレスを着て、待ってるから……ちゃんと、迎えにきて」
あなたはもちろんとうなずくと、空へと向けて酒杯を掲げた。
かがり火に照らされる湖畔、あなたを空から見下ろす、ほの白い月。
澄んだ湖面に映る月明かりは美しく、月に浮かぶ女神の横顔はさんざめくあなたの心を嗜めるように冷たく見えた。
今日もよい夜だ。
月光を帯びて揺らめくスタッフエールの白い水面。
月明かりを映した酒杯を乾かせば、知恵が身につくという。
たしか、アルトスレアで聞き覚えた話だったように思う。
アルトスレアにおける月女神は叡智の女神であるが、同時に娼婦の守護女神でもあった。
あなたは自分とレインには相応しいように思えて、月に向けて乾杯をした。
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