23話

 レインを迎えに行き、月明かりの下でひとつダンスにしゃれ込むなどした。

 そしてもちろん、あなたの部屋でレインのドレスを脱がすなどする行為に耽った。


 まったくもって最高の時間だった。バカンス最高である。

 バカンスじゃなくてもさんざっぱらやらしい行為をしているが、バカンスの中でやるのが最高なのである。

 なんたってバカンスの最中ならば、いくら寝坊してもかまわないので朝寝をキメることが可能だ。


 いつかの時代の娼婦が、世の中すべてのカラスを殺して愛する人と朝寝をしたいなどと詠ったという。

 娼婦と客の逢瀬は一夜限りの夢のようなもの。朝がくれば、離れねばならぬ。

 この切ない恋の唄を詠った娼婦は、どんな気持ちで客を見送ったのだろう。

 そんな想いに満たされながら朝寝などをすると、自分がたいへんなぜいたくをしているように思えるのだ。


 たっぷりと朝寝をし、昼前にようやく起き出して朝食を摂り。

 本当ならそのままレインとイチャつくなどしたかったのだが……。

 レインがワンド作りなどに精を出すとのことで、部屋にこもるという。


 ついて行ってもよかったのだが、レインの作業風景を見るだけで終わるだろう。

 まぁ、それはそれで楽しいのだが、無防備な作業姿などいたずらしたくもなる。

 しかし、集中している人間の集中を乱してはいけないのは当然の話であるし。

 魔法などの危険なエネルギーの解放の恐れがある作業中にちょっかいを出してはいけない。


 それらの事項を胸に、大人しくレインの姿を眺めているだけでは悲し過ぎるだろう。

 ならば最初からべつのことをやっていたほうがまだしもマシというもの。

 そのため、あなたは今日はなにをするかなと散歩をしながら思索を湖畔に遊ばせていた。


「ほらほらァん! そんなへっぴり腰じゃ、ケツに穴が開くぜ!」


「へー。今晩はモモくんが攻めってこと?」


「あいやそういうことではなくてそのはい」


 しばらく歩いていると、湖のほぼ反対側で訓練に励んでいるハンターズの下に辿り着いた。

 ハンターズは普段の酒浸り喧嘩三昧のひどい有様からは意外なことに、こうした訓練は真面目らしい。


 あなたは1日のサボりが3日かけてようやく取り戻せる……と言う考えには割と懐疑的だ。

 しかし、ハンターズはその言説を信じているらしく、毎日ほんのすこしであっても訓練に励んでいるのだ。

 まぁ、3日かけて取り戻すというのが眉唾にしても、1日サボれば1日分の成長がなくなるのは当たり前だ。

 そのため毎日少しだけであっても訓練に励む、というのは当然と言えば当然の姿勢ではあった。


「お、主殿。なんか用でござるか?」


「おう、今日も暑いな」


 キヨとリンに手を挙げてあいさつなどしつつ、訓練に励むトモとモモを眺める。


「僕のお尻にモモくんの立派なヤツを突っ込んでくれるんでしょ? 大丈夫、僕は受けもいけるから」


「いや違……そんな、俺はそんなつもりじゃ、そんなつもりじゃなかったんだよ!」


「ふふ、ちゃんと処理しないとね。久し振りだから、ちょっとドキドキするなぁ。モモくんも溜めておいてね?」


「違う! 違うんだ! 俺はそんな疚しい気持ちでケツとか言ったわけじゃなくて!」


 どうも訓練と言うよりはセクハラされるモモと、セクハラするトモと言った調子である。

 先ほどまではたしかに訓練をしていたはずなのだが……。


 ただ、手はちゃんと動いており、お互いが握った木剣をぶつけ合っている。

 こうしてみると、トモもそれなり以上に剣の扱い方は弁えているのだろう。

 少なくとも迷いのあるような手つきではなく、専門の武器よりは劣るが十分使えているようだ。

 片手剣の専門家なのだろうモモとはやはり比べ物にならない腕ではあるが。


 そんな光景を眺めていて、ふと感じた気配に向けて手を伸ばす。

 あなたに向かってきた木剣をしっかりとキャッチする。飛んで来た方向を見れば、アトリの姿。


「眺めててもヒマだろう。どうだ?」


 仕草で試合をしようと誘いをかけて来たアトリに、あなたは笑ってうなずく。

 対飛竜戦を旨とするボルボレスアスの狩人たちは対人戦を完全に考慮の外に置いている。

 が、べつにやらないわけではなく、訓練の中では剣を交えることもある。


 まぁ、実戦となると戦闘出来ないように入念な措置がされていると聞くが。

 具体的にどういう手段でどれほど制限しているのかは不明だが、相当な制限がされているらしい。


「ああ、制限か。まぁ、簡単に言うと、薬物と催眠を併用した洗脳だな……人間に向けて武器を振るおうとすると、厭な思い出が無理やり想起させられるんだ」


 気になったので訪ねてみたところ、あっさりと答えてくれた。

 なるほど、トラウマの強制的な想起と言うのはたしかに非常に強力な措置だろう。


「内容は人に尋ねない方がいいだろう。かなりキツイ記憶の場合がほとんどだからな」


 では聞かない。聞いたところで楽しくもなさそうであるし。


「そうしておけ。では、やるとするか。盾はいるか?」


 あなたは盾は不要と首を振ると、木剣を正面に向けて構えた。

 盾の扱いは得意と自負しているが、あなたが扱うのは大型のタワーシールドが基本だ。

 アトリらの扱う剣に付属する盾は、ごく小型の手盾なのである。

 

 ボルボレスアスの狩人とやるのははじめてだ。

 あなたは油断しないようにと気を引き締めた。


 アトリが剣を手に挑みかかって来る。

 それを真正直に剣で迎え撃ち、これを捌く。

 アトリが右腕に装備したバックラータイプの盾が襲い掛かって来る。


 これを身をかがめて躱し、アトリの胴体へとコンパクトな振りの一撃を放つ。

 すると、アトリがシールドバッシュの勢いを殺さず、そのまま身を回転させながら後方に退く。


 ハンターズの中では最弱にあたるアトリだが、やはり並みの戦闘者ではない。

 具体的な力量で言えば、間違いなくサシャ以上の技巧があり、肉体の強靭さや生命力もかなり高い。

 モンスター専門と言うハンデこそあるが、このマフルージャ王国の中でも上位層の冒険者だろう。

 対大型モンスターと言う枠組みでは完全に専門家でもあるから、トップクラスと言ってもいいかもしれない。


 純粋な身体スペックで言えば、フィリアと同等くらいの力量ではないだろうか。

 ボルボレスアスの狩人であるとか、食事によって増強された身体能力などもあって、そうまで単純ではないかもだが……。


 あなたも適当に相手をできる相手ではない。

 負けることはないだろうが、へらへらしながら戦えば手痛い一撃くらいはもらうかもだ。

 少なくとも、アトリの肩や腕ではなく、胸やスカートの裾を注視していては痛い目に遭うだろう。


「ふむ、強いな。腕力でもそうだが、技量でも勝てそうにない」


 剣を交える中、アトリがなんでもないような調子でそう零す。

 あなたもその通りだろうと思いつつも、油断せずにアトリの剣戟を捌く。

 セリナに仕込んでもらった内功の成果が出ており、実に面白いように捌ける。

 予兆から見て、それに対し相反するような一撃で対応する。


 実に奥深い戦闘技術だ。いまだに木の葉で素焼きの容器を切り裂くような真似はできないが、あなたの戦闘技術の奥深さが広がった。

 まったくもって、こうした武とは深淵かつ広大だ。奥深すぎてやってられなくなる。かったるいことこの上ない。

 あなたは自分を磨くこと、研鑽することは好きであっても、べつに戦うことが大好きなわけではないのだ。



 ほどよく剣を交え、額に汗が浮いてきたあたりでどちらともなく剣を納める。

 アトリの戦闘技術は直球に言ってしまうと、モモの完全下位互換と言っていいだろう。

 強いて上回っているところと言えば、身長と手足の長さの違いからくるリーチの差くらいだ。


 身体能力、剣の運用技術、身体操術、勝負勘と言ったもの、それらすべてがモモに劣る。

 ただ、何か明白な欠点などがあるわけではなく、純粋に訓練不足、経験不足と言った感が強い。

 このまま順当に経験と訓練を積んでいけば、やがてはモモと同等にまで至るのではないだろうか?

 そう言う意味で言うと、モモとアトリは適正も性格も感覚も非常によく似ていると言えるだろう。


「ほれ、一杯」


「ああ」


 こちらの訓練風景を眺めながら、昼食の下ごしらえなどしていたリンらの下に戻ると、リンが大型のデキャンタを手にしていた。

 そしてリンが目も覚めるほどに涼やかな器に並々とデキャンタから琥珀色の液体を注ぎ入れ、アトリへと渡した。

 そして、アトリが勢いよくそれを呷った。ゴクゴクと喉が鳴るほどの勢いだ。

 なかなかの酒豪とは思っていたが、信じ難い真似をしているなとあなたは目を瞠った。


「ふぅっ……うむ、夏はこれだ」


「もう一杯行っておくか?」


「もらおう」


 しかもおかわりするらしい。アトリの肝臓はどうなっているのだろう?

 あなたがボルボレスアスの狩人は内臓まで鉄でできているのかと訝っていると、モモとトモが戻って来た。


「うあー、暑い……汗でびしょびしょの美少年なんだが」


「あとで水浴びしよーね」


「あうんでも俺のケツに穴開けるのやめてくれるか? マジでやめてくれるか?」


 そして、モモがリンからデキャンタを受け取ると、手近にあったジョッキに勢いよく中身を注ぎ入れる。

 おそらくはトモの分であろうジョッキにもだ。なんと言う無茶をしているのだろうか。

 あなたは自分を相当な酒豪であると自負しているし、事実として蒸留酒の瓶を10本や20本開けた程度ではロクに酔いもしない。

 しかし、水か何かのような勢いで濃厚な蒸留酒をグビグビ飲むような真似はしない。


「んぐ、うぐ……ぶはぁっ! やっぱ夏はこれだな!」


「これ、すっきりしてて美味しいよねー。僕もお気に入りなんだ」


 モモとトモが勢いよくジョッキを傾け、中身をグビグビと飲み干していく。

 モモのしなやかな喉を汗が伝っていき、上下動する仕草が見えた。本気で飲んでいるようだ。

 ハンターズのあまりにも凄まじい豪傑っぷりにあなたは慄いていた。まさか、ウイスキーを水のような勢いで飲むなんて……。


 …………エルグランドには、炒った大麦を煮出して作る麦茶は存在しなかった。



 あなたが麦茶をウイスキーと誤認していることに誰も気付かないまま時は過ぎる。

 まぁ、それで誰かが不幸になることもない。ただハンターズが信じ難い豪傑だという確信があなたの中で堅固になるだけだ。

 実際、ハンターズのメンバーがフィジカル面においてぶっちぎりで優れているのはたしかなので問題ない。


「ふぅ、あっついねー。僕は午後は水泳でもしようかな。みんなも午後は水泳の訓練する?」


「水中で戦うことなんかねぇでござるよ。いや、まったくないとは言わんでござるが、まずねぇでござるよ」


「そうかな、そうかも」


「どれくらいないかっつうたら、20年間で15回くらい機会があるとして、そのうち2~3回が水中戦とか、そんな感じでござるよ」


「回数が妙に具体的だね」


「まぁ、拙者らには関係ない話でござるよ」


「そうかなぁ?」


「拙者らはモンスターのケツを鈍器でしばくと脳震盪を起こす世界線で生きてるでござるからなー」


「どういうこと……お尻に脳があるってこと……? どういう生物なのそれは……」


「わからんでござる。でもそういうことはあるんでござる」


「そんな生物いるんだ……」


 尻に脳のあるモンスター。不思議な存在もいたものである。


「まぁ、午後に水泳やるのはともかくとして、トモちんも剣の訓練もうちょいしようぜ」


「えー? 僕やっぱり軽量武器は苦手だよ」


「まぁまぁ。先っぽだけ。先っぽだけだから」


「剣の練習で先っぽだけってなに……?」


「え、ほら、それは……こう、強さのピラミッドを描いたとして、その先っぽ?」


「気軽に頂点極めさせようとするじゃん。なんで僕に剣やらせたいのさ?」


「ばかでかい鈍器よりも片手剣の方が美少年感が出るからだが」


「ごめん、その理屈よくわかんない」


「だってでかい鈍器とか使ってると、お、オデぜんぶこわす、ぜんいんころすど! とか言い出しそうじゃん」


「とんでもない偏見出して来たね……」


「でも細身の剣を使ってると、剣の先っぽから氷とか雷とか出しそうだし、スマート感あるじゃん?」


「それは正直ちょっとわかる」


「だから剣だ」


「うーん……でも、スマート感出すなら、対飛竜用片手剣はダメだと思うんだよね」


「俺もそう思う」


「モモくんもそう思ってたんじゃん……」


 ボルボレスアスでは対人用と対飛竜用で武器が分けられている。

 対人用武器は飛竜にはほぼ通じないし、対飛竜用武器は対人では大げさ過ぎるのだ。


 例で言えばだが、キヨの使っている弓はおそらく張力は300キロを超えているだろう。専門家だからなのか、あなたの使っているものよりも強いと思われる。

 下手に引けば指が千切れるし、放たれた矢は当たった部位の肉が弾け飛ぶほどの威力だ。

 これほどの威力がないと飛竜には通じないのだ。それほど飛竜とは強靭なのだ。

 が、対人戦なら、強靭なボルボレスアス人であっても半分の張力でも余裕で殺せる。


 同じようにモモの使っている片手剣は重量で言えば10キロ近いだろう。

 こんなものを片手で振り回せてしまえる時点でボルボレスアスの民が超人的なことが分かる。

 人間に向けて叩きつけるなら、この5分の1の重さでも過剰な重さである。

 他大陸で言う実用的な両手剣の軽く3倍の重さと言えば異常性が分かるだろう。


 そんな代物であるから、見た目からして重厚で巨大だ。スマート感はほぼない。

 モモの片手剣など、刀身の厚さなどは剣と言うより伐採用の斧に近い代物だ。

 これをトモが振り回していたとしても、豪傑が特殊武器を使っているようにしか見えない。


 この大陸でロングソードやらレイピアあたりでも調達してはどうだろうか。

 あるいは、どこぞでオーダーメイドでもしてもらうとか。


「ファッション用にそんな真似するかって言うと……なぁ」


「見栄えのために武器提げるとか馬鹿みたいだしね」


 トモとモモがあまりにも正論なことを言い出した。

 見た目がどうこうで剣を使えとか言い出したのはモモだったはずなのだが。


「いや、そうなんだけどさ。あくまでこう、おふざけの範疇内の話だから……高い金払って武器買ってまでやるかって言うと……なぁ?」


 それはたしかにそう。一般的に武器は高いものであるし。

 戦闘用のナイフとかとなると、金貨5枚とかするのだ。

 冒険者にしてみれば、はした金だ。だが、一般目線で言えばすさまじい額だ。

 鉄自体が高いし、その鉄を精錬し鍛えた鋼にした上で、刃をつけるまで磨くのだ。高額になるのは当たり前である。


「もう竹光でもいいんじゃないか。ダメか?」


「タケミツってなに?」


「竹で作った偽物の剣だ」


「あー、そう言うお飾り用の……まぁ、いいんじゃないの」


「そう言うわけで竹が欲しい」


「竹不可避でござる」


「竹生える」


「それは竹」


「大竹林不可避ですね」


「なんでみんな竹に勢いよく反応するの?」


 相変わらずハンターズのメンバーはおもしろい。

 おもしろいのだが、会話をしているだけで無限に時が浪費され往くのは問題な気もした。

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