23話

 野営をし、ゆっくりと休んで、翌日。

 あいかわらず日の暮れないこの空間では日付感覚が狂う。

 3層の秘境部分では日が暮れたというのに……。


 ……そう言えば、この4層には秘境があったりするのだろうか?

 山頂付近から見渡せる光景は極めて広大で、いくらでも秘密の通路がありそうだ。

 正しいルートを探知できるフィリアの『経路探知』では秘境の道は探せないのだろうか?

 いずれ、4層の秘境を探し求める冒険をして見てもいいのかも……。


 そんな新たな冒険計画はさておいて、ダンジョン攻略を続行する。

 まず、昨日に討伐したドラゴンの死体は『四次元ポケット』へ。

 バラして運んでもいいが、バラす理由もさしてないし。

 なにより、丸ごと揃ったドラゴンの死体のインパクトは強い。

 やはり、視覚的インパクトと言うのは重要なのだ。


 そして、周辺を軽く探索して見つけたドラゴンのねぐらを探索する。

 ドラゴンと言えば宝だ。ドラゴンはねぐらに多数の宝を蔵するもの。

 雪と氷に満たされ、きらきらとまばゆく輝く空間の中、安置されたきらびやかな財宝の山。

 まさに宝の山。そうとしか言いようのない光景だった。


「最高ね! これだけあれば、使ったワンドの分なんか補填して余りあるわ!」


 まぁ、以前に大量消費した『空白の心』のスクロール代はまだまだ補填できていないが……。


「それを言わないで……」


 しおしおの表情になってしまうレイン。

 まぁ、ドラゴン素材と、8層の素材が高く売れるかもしれないし。

 それにこれから向かう5層は『大砂丘』でガッポリ大儲けができるかもしれないし。


「そう、そうよね! コピスを下賜しただろうラセツを見つけて討伐すれば、宝物庫は暴き放題よ! 大儲け出来るわ!」


「それってよぉ、俗に強盗殺人って言わねぇか?」


「モンスター相手だから! 人間じゃないから! 悪の種族だから! セーフよ!」


「そう言う問題かな……まぁいいか」


「ちなみにモモ、高貴な言い方だとなんになるんですか?」


「善意の寄付」


「なるほど、高貴ですね」


 ブラックジョークをかます2人は置いといて、あなたは宝を袋に詰め込んでいく。

 やがて宝を詰め込み終えたら、袋を『四次元ポケット』に回収する。

 出す時に煩雑にならないようにするための工夫というやつだ。


 ドラゴンも倒した、宝も回収した。

 もはや4層に用事はない。次は5層『大砂丘』である。

 そして、そこを攻略し終えたら、引き返す。


 あくまで訓練のために来たので、6層は期待薄なのである。

 隈なく探せば、バラケに捕食される前にモンスターを発見することも叶うかもしれないが。

 そこまでして6層で戦いたいとは思わないし、得るものがあるかも微妙だ。

 なので、5層を丹念に探索し、戦闘経験を積んだらそれで終わりなのだ。




 5層へと昇り、あなたたちはまず休息を取ることにした。

 それを前提に、あなたたちは起きるや否やのねぐら探索をしたのだ。

 まだ朝食も食べていないし、朝の身づくろいすらしていない。


 あなたの使うハイランダー伝統様式テントは内部で火が焚けるようになっている。

 だが、満足ゆくような煮炊きが出来るほどではない。

 10人規模の集団なので、必要な煮炊きの規模が大きいのも理由としてはあるが。

 そのため、どうせ5層に行くならそこで朝食にしようとケイが提案したのだ。


「さっそくご飯作ろうかな。ちょっと遅れたからブランチだな……うん、メニューが決まった。ノーラ、炭頼めるかな?」


「うん、いいよー。おいしい朝ご飯よろしくねー」


「任せといてくれ」


 ケイが携帯用の調理器具をアレコレと設置し始める。

 そこに放り込んでいくのは炭だ。ノーラに頼んで着火してもらっている。

 頼まれたノーラは快く頷いて、魔法を用いて炭に火をつけている。

 並んでいると、夫婦が仲睦まじく料理をしているようで微笑ましい。

 そして、その一方のケイとは寝たことがあると思うと興奮する。


「あー……孤島群思い出す」


「草食竜はいないですけどね。あー、オオガザミとかいないですかねぇ……」


「殻割るのだりぃけど、美味いんだよなぁ、あれ……ミソをツマミに飲むのがたまんねぇんだぁ……」


 近くの水辺で雑談をしながら身繕いをするモモとメアリ。

 カミソリを手になにやらしているので、毛剃りをしているらしい。

 モモのお肌がいつもつるつるもちもちなのは丁寧なお手入れが故なのだろうか。


「暑いですね……ぷはー」


「ちゃんと水飲んでおきなさいよ。寒いところから突然来たから、体の渇きを自覚にしにくいわ」


「無理に動くと体調を崩しますからね……慣れるところからはじめましょう」


 サシャにレインにフィリアは環境に慣れるところから始めている。

 基本的には『環境耐性』で暑さ寒さに耐性を得ているわけだが。

 やはり、気温の急激な変化は体調を崩すことに繋がりがちだ。用心するに越したことはない。


「血が飲みたい……ここ最近訓練ばかりしていて狩りをしていない。なんでもいいから血を啜りたい。血はどんなものよりも旨いんだ……」


「吸血鬼みたいなこと言ってるわね……」


 暑さ避けに布を被りつつ、そんなことをぼやくレウナ。

 血に飢えた異常者みたいな発言に苦笑するコリント。逆では?

 そう言えば、コリントが血を飲んでいるところを見たことがない。

 ヴァンパイアは血の渇きに苛まされる種族で、吸血が必須のはずだが……。


「なぁ、ガゼルとかヌーが居たら狩ってもいいか」


 許可する。ただし、狩りに行く際は報告すること。

 また、帰還があまりにも遅い際には置いていく。


「当然の条件だな。任せておけ。たっぷり肉を食わせてやろう……血は私のものだぞ」


 血はレウナが独り占めしていい。

 どうせ、血はすぐさま腐敗するので保存もできない。

 狩った者だけが処理の最中に飲める特別な食材と言える。


「ふーむ、なるほど……」


 ジルはあれやこれやと魔法を連打している。

 占術を多数発動して、なにかを探っているようだ。

 もしかすると、ラセツの首魁たる存在を探っているのかもしれない。

 吉報を期待したいところである。


「我が鼓動よ。我らがエルフの祖が何処いずこよりきたるか、知っているか?」


 遠く平原を見つめるイミテルが、そんな質問を投げかけて来た。

 アルトスレアやエルグランドはともかく、この大陸のエルフには詳しくない。

 他大陸のエルフに比べると、随分と尚武しょうぶの気風漂う蛮族風味の種族としか。


「我らエルフは、このような見渡す限りの平原より来た。馬を駆り、家畜を育てて暮らしていた……私が産まれるより以前、トイネ王国成立以前の話だ」


 そう言えば、エルフはトイネを人間から簒奪したというような話を聞いた覚えがある。

 そうして今のトイネ王国があるのだと。たしか、クローナ王子が激憤しながら溢していたような。


「その通りだ。私は町の中で育ったし、マフルージャ王国の文化にほど近いものに囲まれていた。こんな草原で家畜と戯れたことなどない……はずなのだがな」


 イミテルの瞳には望郷の念のようなものが浮かんでいた。

 目の前に広がる草原に、故郷を思わせるものなどないはずなのに。


「我らエルフの魂に刻まれた原風景……それは、このような草原なのだろうな。なぜだか、酷く懐かしい……」


 イミテルはそう呟き、しばらく飽きもせずに草原を見つめていた。

 それはイミテルが祖先から受け継いだ魂の記憶だったのだろうか。

 かつて、エルフたちが今よりもずっと原始に生きていた頃の……。




「ごはんだぞー!」


 散らばっていた面々に、ケイがそう呼びかける。

 すると、めいめい好きに過ごしていた面々が集う。


「さぁ、いっぱい食べて頑張ろうな!」


 どでかい鋳鉄製の鍋からよそわれるのは、芳しい香りを放つチーズリゾット。

 そして同じく鋳鉄製の鍋から取り出されるのは、ばかでかいオムレツ。

 カップに注がれているのはジャガイモの冷製ポタージュのようだ。

 そして、テーブルのど真ん中に置かれた籠には山盛りのパン。


 野外で食べる食事とは思えないような豪勢な食卓だ。

 あなたはジャガイモやハム、ドライトマトが入ったオムレツを受け取る。

 メインディッシュと言っても過言ではない料理だ。


「ほう。主食、副菜、野菜料理、スープと野外料理とは思えない整い方ですね」


「おいしそう! ケイくんの特製オムレツは最高なんだよね!」


「褒めてもお代わりしか出ないぞ。ほらほら、冷めないうちにな」


 あなたたちは促されるまま食事に手を付ける。

 まず手始めにオムレツを食べてみる。ボリュームがじつにすごい。

 塩気の効いた卵の生地に、少量のベーコン、そしてたくさんの野菜。

 旨味溢れるドライトマトがいいアクセントになっていくらでも食べれそうだ。


「ところでよぉ、ジル」


「なんでしょう」


「野菜料理ってどれだよ?」


「ご存じありませんでしたか。アルトスレアではリゾットは野菜料理です」


「知らなかった……」


 あなたも知らなかった。リゾットは主食だろうに。

 と言うことは、リゾットを食べながらパンを食べるのだろうか……?

 たしかに米をサラダに使うこともあるので野菜料理と言えばそうなのだろうが……。


「お好み焼き定食を彷彿とさせるな……実を言うと、俺は未だに慣れてない」


 オコノミヤキテイショクとやらがなにかは不明だが、ケイも違和感があるらしい。

 仕事柄、その様式に整えるようにしているだけで、当人はしたくないのだろう。


「あ、そのリゾットだが。たくさん作ったから目いっぱいお代わりしてくれよ」


「あ、私もらいます!」


「では、私もいただきますね」


「俺も貰うわ」


「やばいです、このリゾット無限に食えます。追いチーズしたいです」


 野菜料理であるリゾットがどんどん売れていく。

 まぁ、野菜料理と認識しているのはジルとノーラくらいなようだが。

 異文化に触れつつ、あなたたちのブランチは和やかに終わった。





「私があれやらこれやらと占術を連打して偵察した結果ですが」


「はい」


「事前に聞いていた次の階層の反対側。そちら方面に多数の占術防御の施された城塞、と思しきものを発見しました。厳密に言えば、発見は出来なかったのですが、分かりました」


「発見できなかったのに分かった?」


「占術防御の結果と言うのはいろいろですが、大抵の場合は視覚妨害です。ですが、それを見抜くことも可能ですし、見えないからこそ見えるものもあります」


「見えないから……見える?」


「対象を不可視可する防御術で占術防御をした場合、町中では突如として空っぽの土地があるし、町の外ではその部分だけやたら丁寧に整地された空間があるように見えます」


「あ、なるほど。建物が見えなくなっても、その下の地面は見えるものね……そうか、なるほど……」


「その辺りを考慮して防御術を使い分けるのがデキる術者なのですが、残念ながらそう言うやつはいないようですね」


「なるほどね……防御術を施した後、自分で占術で確認するって手順も必要そうね……勉強になるわ」


 占術防御の施された城塞と言うのは面白そうではないか。

 あなたはぜひともそこに侵攻してみたかった。

 そんな金のかかる施術のされた屋敷ならば、主が金持ちか、あるいは凄腕の魔法使いだ。

 ここに来てそれを狙わずに、マンティコアだのジャイアント・アントだのを駆除してお茶を濁すのはナシだろう。


「ええ。まず間違いなく、ラセツとやらの居城でしょう。それも、アヌシャラと呼ばれる種類の」


「聞いたことないモンスターだね。ジルくんは知ってたの?」


「そのものではないですが、限りなく似通ったモンスターは知っています。そして、今のEBTGの皆さんならいい感じの歯ごたえある相手ですよ」


「どれくらい強いのか、参考に聞いてもいいですか?」


「いい質問ですね、サシャさん。ラセツ・アヌシャラの脅威度は15です。そして、アヌシャラが少なくとも20体くらいいるっぽいです」


「20体」


「そこからすると、ほぼ確実にアヌシャラを従える王、ラセツ・マハラジャが居ます。コレの脅威度が20」


「それはもはや神話の存在では?」


「そうですね。大丈夫ですよ。20レベルくらいなら物質界にもいてもおかしくはないですから。グレートワーム・グリーンドラゴンとか。あとほら、神格が遣わすエンジェル・オブ・アルターサンとか物質界に稀にいますけど、あれは脅威度23とかありますし」


「いてもおかしくはないとか、そう言う問題ではなくてですね……」


「大丈夫ですよ。いざとなったら私が秒であの世から引きずり戻して来て戦闘再開させますから。負のレベルも無いのでレベリングに最適です」


「あの、私も死者蘇生が使えるから分かるんですが、アレは発動に時間がかかるはずでは……?」


「大丈夫ですよ、『秘術の願い/アーケイン・ウィッシュ』を使えば『死者蘇生/リザレクション』を1標準アクションで再現可能ですし、負のレベルを取り除く『上級回復術/グレーター・リカバリー』も使ってあげます。私がやれば、あなたたちを2秒で戦線復帰させられます。まるで『完全なる死者の復活/レイズデッド・フーリー』のようです。すばらしい」


「私たち、壮絶な戦いに送り込まれるみたいです……」


 ジルの鬼畜な督戦指導がはじまるらしい。

 逃げることも死ぬことも許されず、ただひたすら戦い続けるのみ。

 嬲り殺して鍛えるよりも、ずっとずっと身になりそうだ。


 それほど高速で復活させられるなら、あなたもその手順を覚えたい。

 エルグランドの魔法だとストックを消費するのであまり連打出来ないので控えていたのだ。


「じゃ、行きましょうか」


 ジルの提案の下、あなたたちは移動を始めた。

 レインとレウナは逃げてもいいが、帰るなら1人で帰ってもらう。

 そして、サシャとフィリアに拒否権は認めない。

 2人の生殺与奪の権は、あなたのものなのだ。

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