22話
ぷくりと膨れ上がるドラゴンの喉。
放たれるは氷雪のドラゴンブレス。
それを受けたあなたたちはしかし、ほとんど痛痒を感じていない。
『元素抵抗』の呪文により、あなたたちは氷雪のエネルギーに耐性を得ている。
以前のドゥレムフィロアではほとんど役に立たなかったが、今回は上手く働いている。
加えて、主たる標的とされたサシャとイミテルは身のこなしに優れる。
氷雪エネルギーの乱舞の中にあって、正しくそれを軽減してのけた。
『元素抵抗』の効力を貫くことができないまでに威力を軽減出来たのだ。
「もういっちょ行くわよ!」
ブレスの影響が掻き消える中、レインがスタッフを振るう。
そして、再び放たれる9本の灼熱光線。溢れる熱が氷雪を霧散させて奔る。
しかし、その光線が直撃する刹那、ドラゴンの体表をエネルギーの防護が覆う。
先ほど壮絶なダメージを与えた熱線は、今度はドラゴンの鱗を微かに焼き焦がしただけで終わる。
「なんてことしてくれてんのよ! 1回使うだけで金貨100枚もかかるのよ!?」
みみっちくキレるレイン。まぁ、相当な出費なのは確かだが……。
ドラゴンの多くは、成長するにつれて術者としての力を得る。
脆弱性を持つ属性への対策に『元素抵抗』を習得するのは自然なことと言える。
元より、ドラゴンは種族特性として優れた魔法への抵抗力を持つ。
高い術者としての力量と、9本と言う数から十分通用させてはいたが。
この状態に持ち込まれては、呪文の多くは通用しないと考えるべきだろう。
「ああっ! 逃げるなぁ!」
ドラゴンがその翼をはためかせ、空へと舞い上がる。
吹き付ける氷雪の中を舞う、純白のドラゴンの巨躯。
連なる山脈の中、雪を照らして輝く太陽、いっそ幻想的ですらある光景だった。
劣悪な機動性の飛翔能力ながらも、その速度は速い。
そして、上空から放たれる氷雪のブレス。汚い。
高度はほんの10メートル程度だが、その10メートルが壮絶なまでに遠い。
ほとんど通じてはいないが、それでもノーダーメージではないのだ。
「くそっ、ドラゴンにしては姑息ではないか!」
言いながら矢を放つレウナだが、上空への矢な上に、相手がドラゴンだ。
ほとんど通用せずに弾かれ、矢の無駄遣いにしかなっていない。
「降りてこい卑怯者めが!」
「『魔法の矢』ぁー!」
レインが『魔法の矢』を放つ。そして、上空のドラゴンへと殺到する。
しかし、直撃する前に形成された秘術の盾がそれを阻む。
初歩の魔法である『盾』だ。秘術使いなら大抵誰でも使えるだろう。
さして強力な呪文ではないが、『魔法の矢』をシャットアウト出来るという点に壮絶な価値がある。
この調子で延々と上空からブレスを吐かれてはいずれあなたたちは瓦解する。
ドラゴンは生得能力でアレをやっているので、半日でも続けられるのだ。
そこであなたはこの場面で使えそうな魔法をようやく思い出した。
あなたは『重力』の魔法を唱え、ドラゴンへとそれを放った。
瞬間、落下して来て地面に叩きつけられるドラゴン。効果てきめんだった。
「ナイス! そんな魔法あったのね!」
レインが褒めてくれるが、まさかこんなところで日の目を見ることになるとは。
『重力』の魔法はこの大陸の魔法ではなく、エルグランドの魔法だ。
殺意に溢れ、まったく殺傷に適した魔法の中にあって異彩を放つデバフ系魔法である。
対象に強力な重力を付与し、飛行を阻害するというなんとも言えない効果である。
空を飛ばれれば魔法とか石で適当に撃墜して来たのでまったく使ったことがなかった。
それくらいなんとも言えない魔法である。動きが鈍くなったりとかの効果はないのだ。
本当に飛行を阻害することにしか役立たない。
「GRAAAAAAAR!」
地面に叩き落とされたドラゴンが激怒の咆哮を放つ。
それはドラゴンと言うものが絶対強者であり、畏怖すべき存在であることを示す。
聞いた者の心胆を寒からしめ、うぬぼれはそこまでだと心魂をへし折る恐怖の波動。
だが、EBTGにその程度のものに怯え、竦む者など、居はしなかった。
それを討ち破ってこそ、英雄。
その心を奮い立たせる勇気のシャウトを放ちながら、サシャが立ち向かう。
手にした漆黒の剣の軌跡が白く澄んだドラゴンを捉える。
あなたたちは英雄になる準備ができていた。
剣がドラゴンの鱗を突破し、その体を深々と切り裂く。
噴き出す熱い血潮が雪原を汚し、じわじわと雪を溶かした。
ドラゴンが身を翻し、尾でサシャを打ち据えんと振るう。
「そこです!」
そこへ飛び込んだのは、巨大化したフィリア。
その巨躯と膂力、なによりも何倍にも増えた体重。
それらの併せ技により、手にしたカイトシールドで尾の一撃を真っ向から受け止める。
同時、振るわれるのは巨大に拡大されたバスタードソードの一撃。
切り落とされる寸前にまで深々と切り裂かれ、尾が力なく垂れる。
「よし、絶好のチャンスよ! 食らいなさい! 『魔流星』!」
レインがわざわざそう宣言し、使えないはずの魔法を使おうとする。
だが、レインの手からは4つの火球が放たれるではないか!
あなたがその光景に驚いている中、ドラゴンもまた驚き必死の対処を試みる。
『魔流星』は『熱線』の乱舞よりも数は少ないが、秘めた火炎のエネルギーはより強力だ。
つまり、『元素抵抗』を貫ける可能性も高いということ。
元より火を苦手とするホワイトドラゴンであるから、決して喰らいたくない攻撃だろう。
それゆえ、ドラゴンがその身に宿す神秘のエナジーを用い、眼前へと氷の壁を創り出す。
『魔流星』は遮蔽物によって炸裂させることが可能で、そのエネルギーは回り込む。
つまり、回り込めないだけの長さの壁を作れば、完全に防ぐことが可能なのだ。
火球が氷の壁へと激突し、炸裂……しない。
どころか、飛んでいた火球はまるで霞のごとく消える。
それは放った術者であるレインも例外ではなく、空気に溶けるようにレインが消えていく。
あなたはそれがなんらかの幻術によって再現された、実態なき幻であることにようやく気付いた。
「バレなかったということは、感知能力外から仕掛けられたということね。私の距離感覚も案外信用がおけるじゃない」
いつの間にかあなたの横に回っていたレインがそう零しながら、魔法を放った。
たっぷりの魔力を込めた、暴走気味の『火球』だ。
まるで見当違いの位置に造られた氷の壁は、『火球』を防ぐことはできず。
ドラゴンへと直撃した『火球』が強烈な火のエネルギーを撒き散らす。
ドラゴンの展開した『元素抵抗』を易々と貫くほどの火力だった。
「もらったァ!」
肉薄するのはイミテル。ここで戦いを決すると捨身の猛攻だ。
それを援護するように矢を連射するレウナ。
先ほど通じなかった鬱憤を晴らすかのような渾身の連射だ。
ドラゴンの白亜の体躯が、自らの血でしとどに濡れる。
それでもなお、絶対強者たる威厳を示すかのごとく屹立し。
その鋭い顔貌によって、あなたたちEBTGを睥睨する。
しかし、ドラゴンは力なくひとつ咆哮を放つと、やがてその身を横たえた。
「……殺せ」
そうぽつりと零したのは、身を横たえたホワイトドラゴン。
ホワイトドラゴンは強力なドラゴンではないが、それでもドラゴンだ。
並みの人間を圧倒する絶大な知恵を持っているのは間違いない。人語如きを解せぬわけもない。
「強者の庇護の下でなくば戦えぬような……こんな、誉れ無き者に……私の宝が、奪われる、のか……気に、食わん……」
まぁ、後ろにコリントやジル、そしてモモを引き連れていては、そう言われても仕方ない。
もっと言えば、あなたと言う無茶苦茶な存在も戦いに参戦しているわけで……。
「だが、人間なぞに情けをかけられて、生き恥を晒したくもない……殺せ……」
ではお望み通りにと剣を抜こうとしたところで、あなたは自制した。
此処はたぶん、矢面に立ったサシャがキメる場面だ、たぶん。
レインと出会った当初の依頼で失敗したので学習済みだ。
そう思った通り、サシャが剣を抜くとドラゴンの傍に歩み寄る。
卑怯な真似したらブチ殺し確定ねと内心で決め、あなたはそれを見守る。
「とても強かったです。次は、私たちだけで」
「次など、無いがな……ふん……」
「さようなら」
簡潔な別れの言葉の後、サシャが剣にて慈悲の一撃を施した。
ドラゴンの体がくたりと崩れ、その体から生命の息吹が消えた。
あなたたちEBTGは、
「お疲れさま。とりあえず、休みましょうか」
戦いを終えて、コリントがそのように労ってくれた。
あなたはそれを受けてこのまま野営にしようかと提案した。
誰からも反対の意見はなく、あなたはテントを張り始めた。
次の階層に行けば寒さはないが、今度はクソ暑いのでここで野営だ。
「いやぁ、なかなか見ごたえのあるドラゴン戦だったな。超速かった」
「ですね。こっちの大陸は全体的に戦闘が速いですよね。文化の差かな」
テントに入るやモモとメアリがくつろぎだす。
こういう切り替えの早さと言うか。
休める時に目いっぱい休む根性は歴戦の狩人ならではだろうか。
「おつかれさまでした。これで皆さんも晴れてドラゴンスレイヤーですね。おめでとうございます」
意外なことに、丁寧に祝福してくれたのはジルだった。
いつものようにあっさりと流すかと思ったのだが。
「まぁ、様式美と言いましょうか。やはり、ドラゴンとの戦いは個人的にも思い入れがあります」
「ジルくんもそう言う男の子らしいところあったんだね」
「懐かしいものです。分厚くてやたらと高い本を買って、まるでエロ本を読もうと試みる悪ガキのようにドキドキとしながらページを捲った……あの黄金時代の思い出が蘇ります」
目を閉じて、なにかを思い起こすジル。
どこか人格が希薄ながらも、ジルはなかなかの趣味人だ。
なんせ伯爵にまで成り上がったくせに、まだ冒険者をやっている。
「厳ついオッサンやキショいモンスターのイラストを眺め、ウヘウヘと笑いながら最強ビルドを夢想し、武器名を見てはどんな装備だと自作イラストを描いたり……」
アルトスレアの冒険者と言う職業は社会貢献度の高いものだ。
社会的地位も決して低いものではなく、堂々と名乗れる仕事ではある。
だからとて、それをいつまでも続けるのは、やはり趣味人と言うほかない。
そこになにを見出しているかは分からないが……。
それはきっと、ジルの幼心の憧れが原動力なのだろう。
「そんな楽しい夢の到達点のひとつが、ドラゴンなのですよ」
なんだかよくわからないが、ジルにとって思い入れのあることなのだろう。
ドラゴンと言えば力の象徴でありながら、知の象徴でもある。
それを紋章や装飾品のモチーフにする者や、信奉する者も珍しくはない。
ジルのように、ドラゴンになにかしら思い入れのある者はごまんといる。
あなたもなんだかんだと思い入れはある。
竜に挑むは冒険者の誉れよな。
「まさにその通りで」
うんうんとジルが頷く。
そして、ジル以外にもコリントやレインが同調して頷いた。
「そうよね。冒険者と言えばドラゴン、ドラゴンと言えば冒険者だもの。そう言うのって、大事よね」
「魔法使いが輝く場面と言えば建築現場なんて話もあるけれど、やっぱり冒険よ、冒険。特にドラゴンと対峙して魔法を使う瞬間……あれほど充実した戦いはなかったわ」
熱く語るレインに、コリントも頷いている。
その一方で、とんと冷めている者も居る。
レウナはいつものように弓の手入れをした後、リンゴを齧ってくつろいでいる。
フィリアはいつも通りとまではいわないが、はしゃぐ様子はなかった。
かと言って、熱に浮かされる者たちに水を差すほど空気の読めない2人ではなく、黙りこくるばかりだが。
「私たち、ドラゴンスレイヤーになったんですね」
感慨深く呟くサシャに、あなたは頷く。
あなたは大分昔からドラゴンスレイヤーであるし。
戦いに参加したという意味では、あの卒業試験のヒャンの時点でそうだが。
EBTGと言う枠組みで挑んだのは、これが初だ。
EBTGはドラゴンスレイヤー。間違いのない事実である。
イミテルがトイネで捌くにあたって王室と連携して……などと皮算用をしている。
きっと、トイネは新興の子爵であるあなたを、ドラゴンスレイヤーと持てはやすことだろう。
分かりやすい功績、顕著な名誉があれば、人はこぞってそれを持ち上げるものだ。
そう遠からぬうちに、あなたたちがドラゴンスレイヤーと多くの者が知ることになるだろう。
「ふふ、ドラゴンスレイヤー、かぁ……」
サシャが剣で割り砕いたドラゴンの鱗を手の中で弄ぶ。
売り捌くにも不都合な破片なので、それには何の価値もない。
だが、それはきっと、サシャにとって何よりも誉れ高きトロフィーになったことだろう。
あなたはもっとも新しきドラゴンスレイヤーを祝福した。
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