21話
竜に挑むは騎士の誉れよな、と言ったのは誰だったろうか。
この言葉は、騎士の部分を種々の戦いを生業とする職業に変えても成立する。
ゆえに、冒険者の誉れたるは竜に挑むことである。
竜に挑むこと。勝利を前提としなくとも、ただそれだけで誉れ足りうる。
それは格言で言うところの、
きっと、竜に挑むことが誉れであるとは、そう言うことなのだろう。
なのでホワイトドラゴンを倒すのはきっといい経験になる。
倒したところでマフルジャー王国で壮絶に素材がダブついてるので金にはならないが。
まったくならないわけではないが、かなり損な取引ではある。
「我が鼓動よ」
なんだろう。
「たしか、貴様らは『四次元ポケット』なる魔法が使えるのだったな。中に入れることさえできれば、後は重量を無視して運べると」
その通りだ。どれくらい入れられるかは力量で魔法の威力次第だ。
あなたならば相当な重量のものも入れられる。
が、レインやフィリアでは樽1個入れるのが精一杯だろう。
まぁ、樽1個とは1バレルであり、150キロ超と言うことだが……。
「では、『四次元ポケット』にドラゴンの死体を入れて持ち出し、トイネで捌くというのはどうだ」
それは一般的には、抜け荷とか密貿易と言うのだが。
「ダメか?」
あなたはちょっと首を傾げてから、いいんじゃないかなと答えた。
マフルージャ王国の国法ではドラゴン素材を国外に持ち出すのは禁じられているが。
そもそも迷宮内においてマフルージャ王国の法が及ぶとは思えないし。
だいたい、供給をそのまま市場に流しまくって相場を破壊した連中が悪い。
ちゃんと統治者側でそのあたりは統制するべきだったのではないだろうか。
そこからすると、主たる供給者である冒険者は被害者なのである。
高く売れるところに売ってなにが悪いと言うのか。
壮絶にダブついた原因である『ヒャンの終末』を起こしたのは誰だという話ではあるが。
アレはたぶん自然現象とかそう言うアレなので、きっとあなたは悪くない。
「まぁ、専売品ってわけでもないものね。そもそも、拘束力のある法ってわけでもないし……」
「ドラゴンの鱗を使ったアミュレットなんかもありますが、それら全部精査とかできないですからね……」
一応、ザル法とは言え法だが、守らなくていいのだろうか?
「堂々と破るのは論外にせよ、バレなければいいんじゃないの」
「う~ん……守るべきではあるのですが……正当な報酬を約束しないマフルージャ王国の方に問題があると言えばそうなので……この場合、法を悪用していると言えるわけですから……」
なるほど、フィリアの言うことも一理ある。
まぁ、とりあえず問題なさそうなので、ホワイトドラゴンの素材はトイネで捌くということで……。
「ドラゴン素材を齎せば王の覚えもめでたくなるし、なにより新興の子爵家として箔がつくと言うものだ。いい選択だ」
この大陸では、ドラゴン素材は結構良品として扱われるらしい。
エルグランドでは数ある素材のひとつでしかなく、そこまで珍重はされなかったが……。
いや、決して装備品として悪いものではないというか、むしろよいのだが。
やはり、無法な性能のエンチャントこそが武具の本体と言うか。
素材による性能の差はもはや誤差でしかないというか……。
まぁ、喜ぶならそれでいいのではないだろうか。たぶん。
あなたたちは一路山頂を目指して登山をはじめる。
霜巨人を散々屠り、白い毛並みの巨狼も屠畜しまくり。
霜巨人が捕らえて使役していた年若いホワイトドラゴンも雑に狩ったり。
まだまだ子供と言える年齢のホワイトドラゴンだと、霜巨人の方が強いのだ。
「実際、今の私たちでホワイトドラゴンってどれくらい強敵なのでしょうか……?」
「話を聞くに、山頂付近にいるドラゴンはオールドクラスのドラゴンですので、脅威度は13程度です。EBTGの皆さんだとちょうどいい強敵かと思われます」
「ちょうどいいのに、強敵なの?」
「勝てない強敵とか、サクッと殺せる強敵ではないということです」
「サクッと殺せるなら強敵ではないのでは……?」
「脅威度なんてものをアテにしてはいけないということですね」
「……つまり、脅威度って言うのは、こう、アレね? フィーリングなのね?」
「はい」
「頷いていいのか、それは」
「はい。だって、頭が3つあって腕が9本ある化け物ナメクジは脅威度8だし、筋力26の筋肉モリモリマッチョのヘビは脅威度5なのですよ。算数とかお出来でいらっしゃらないらしいです」
「筋力26ってなによ……それどういう数値なの?」
「約300ポンド、130キロ。まぁ、水が満載の樽を片手で投擲出来る馬鹿力と考えてください」
「化け物じゃないの」
「ちなみにサシャさんの筋力は28です」
「化け物じゃないの」
「レインさん……?」
「サシャ、自覚なさい。片手で水が満載の樽を投げられるのは十分化け物なのよ……」
「うう、分かってはいたけど面と向かって言われるといい気持ちにはなれない……」
「で、話を戻すけど、脅威度5だの8ってどれくらいなのよ」
「マンティコアが脅威度5ですね。で、脅威度と言うのはざっくり4~5人ほどの、そのレベルの冒険者のチームで戦えば手堅く倒せるということになります」
「レベルと言うのは? あなたが私たちの強さを数値で表現してるのは分かるけど、あれはどういう基準で決められた数値なの?」
「基準ですか。デザイナーのさじ加減と言うべきですが、魔法使いの場合は使える階梯で表現できます。5レベルならば3階梯が使えるようになります」
「3階梯ならそこそこの魔法使いね。4階梯ならレベルはいくつなの?」
「7です」
「5階梯は9?」
「はい」
「……あれ? だとすると、以前に13って言われてた私は7階梯が使えるんじゃないの?」
「使えると思いますよ。しかし、力量的には使えても、呪文を知らなければ使えません。それと同じように、使おうとしなければ使えるとわかりません」
「そう言われてみればそうね……たしかに7階梯呪文を使おうと試してみたわけじゃないもの。後で試してみましょう……」
「それで、マンティコアはざっくりと3階梯が使える魔法使いと、それと同等の剣士や弓使いが居れば倒せるわけですね」
「まぁ、なんとなくそれくらいのイメージはあるわね。それで、筋力26あるとか言う蛇も、脅威度が5だからそれくらいのメンバーで倒せるってこと?」
「一応の目安としてはそうですが、まず間違いなく無理です。だから脅威度はあくまで目安なんです」
「ふーん……どれくらい強いの?」
「ムキムキヘビは筋力26ありつつ、6レベルウィザードとクレリックとしての呪文発動能力を持ち、フリーアクションで音声要素のみで魔法を放ち、しかも口の周りに生えている触手で魔法のアイテムを使うことが可能です」
「洒落にならない能力をしれっと2~3個くらい出して来たわね……」
「これらの特徴からこの害悪ムキムキヘビの許されざる戦法としては、移動アクションでガン逃げしつつ、標準アクションでワンドを使い、フリーアクションで魔法を使うという害悪殺法が想定されます」
「ずる過ぎない……?」
「無論、遠隔攻撃や呪文、足の速いバーバリアンやモンクが追いかけるなどの手はありますが、それならそれで組みつきながらフリーアクションで呪文撃ちますね」
「遠近に隙がないわね。強敵じゃないの」
「はい。こんな化け物平均レベル5のチームに出していいわけないです。強い英雄には邪悪な敵がお似合いだとしても、限度と言うものがあります」
レベルと言う表現は度々聞いていたが、脅威度と互換性のある概念ではないらしい。
どちらも強さに由来する数値なので、単に呼び名が違うか、視点が違うかの言葉だと思っていたのだが。
「いえ、たまに脅威度詐欺みたいなやつがいるだけで、基本的には互換性のある言葉ですよ。実際、13レベルのメンバーが5人居れば、オールドクラスのホワイトドラゴンはまず倒せるはずですし」
合計レベル12のサシャ。
13レベルのレイン。
合計レベル15のフィリア。
合計レベル23のレウナ。
合計レベル11のイミテル。
平均で言うと、13は大幅に超えていることになる。
すると、油断しなければ問題ないということだろうか。
「レウナさんはもうちょっと低いですね。システムが混成なので正確には計算できませんが、17レベルくらいかなと」
いずれにせよ、このメンバーの中では最も強い。
やはり、
「そうですね、ドラゴンはやはり、力の象徴みたいなところありますからね」
まさにその通りだ。
あなたは雑にドラゴンを処理ってしまえるようになったが。
かつてはドラゴンの強大さに心折られたこともあった。
今一度初心に立ち返って、ドラゴンへと挑んでみようではないか。
あなたたちは登山を終え、山頂、その目前にまで到達した。
雪に埋もれるようにして眠っていたドラゴンがのっそりと身を起こす。
その超常的な知覚能力により、ドラゴンはあなたたちの存在を幾分か前から探知していたのだろう。
霜のように白く美しい鱗は剣も矢もことごとく跳ね返す堅固な城砦の如き強度を持ち。
その力強い翼はその身を空へと舞わせ、敵対者を捻り潰す槌でもあり。
勇壮な巨躯に満ち満ちるパワーは生半な戦士を真っ向から捻り潰す。
内に秘めたる氷雪の強大なエナジーは氷雪のオーラを発するにまで至っている。
「GRRR……」
唸るような鳴き声と共に、王冠のごとく生えた角と、それを繋ぐかのような被膜が震える。
ホワイトドラゴンは水中生活にも適応したドラゴンであり、水かきのような被膜をあちらこちらに持つ。
「ドラゴンスレイヤー……胸が躍りますね、ご主人様」
しなやかな動作で剣を抜き払うサシャがそのように言う。
あなたは笑って、サシャの伝奇とか自伝で華々しく描けるような大活躍を期待すると応えた。
「ふふ……じゃあ、やってやりますか!」
サシャが剣を手に走る。
その動作にドラゴンが重苦しく圧倒するような咆哮を放つ。
氷雪のオーラが炸裂し、猛吹雪が駆け抜ける。
その中を真っ向から突破し、サシャが剣を振りかぶる。
「はぁぁぁっ!」
振るわれる剣。身を捻るドラゴン。
鱗を割り砕き、その肉を裂く剣。
その中にあって、恐るべき狂暴性のままに反撃をするドラゴン。
「ぐっ!」
ドラゴンの断頭台の如き咬撃に晒され、身を捻って辛うじて躱すサシャ。
その隙間を縫うようにして、イミテルが鋭い足さばきで接近していた。
「ハッ!」
疾駆の勢いのままに放たれる飛び膝蹴り。
牙を砕くほどの勢いにドラゴンがのけぞる。
「赤字覚悟の『熱線』乱れ打ちよ!」
レインが手にしたスタッフを振るう。
ロッド・オブ・マルチプル・ワンド。
3本のワンドが仕込まれており、同時に3本のワンドが使える。
最高に頭がよくて最高にバカなスタッフである。
放たれるのは、総計9本にも及ぶ灼熱の光線。
十分な力量を得れば『熱線』は放てる数が増える。
レインの今の力量ならば3本放てるのだ。
その力量で作ったワンドを、3つ同時に使う。
金貨を投げつけるがごときその戦法は、その分だけ強力だった。
「GYAAAAAAAAAAAAAAA――――!」
霜巨人を一撃で焼き殺せるだけの火力に晒され、ドラゴンが絶叫する。
ホワイトドラゴンは火炎に対する脆弱性を持つ。効果は抜群だ。
「ザイン様、我が聖戦成すにお力を……! 『正義執行』!」
フィリアが魔法を発動させた、その瞬間、フィリアがぐんぐんでかくなっていく。
あなたが思わず自分の目を疑うも、でかくなっていくのは現実だった。
身長が倍になり、巨人族に匹敵する巨躯にまでフィリアが巨大化する。
たしかに体が大きくなれば重量も増えて、ドラゴン相手の肉弾戦は有利になるとは思うが、まさか本当にでかくなるとは思わなかった。
「『ホーリーブレッシング/聖なる恵み』!」
レウナがフィリアへと何か魔法をかける。
フィリアの生命力がいや増したのを感じたので、生命力の増強なのだろう。
いい流れだ。
ひと当てして、既に半分近くドラゴンの生命力を削り取った。
このまま押し切れる、とは思わないものの。
決して、EBTGがドラゴンを相手に無力な存在ではないことがわかる。
本当によく育った。
サシャもレインもフィリアもイミテルも。
みんなみんなあなたが育てたようなものだ。
後進を育てることに意義を見出しているわけではないが。
冒険者として成長し、肩を並べて冒険出来るようになる姿を見ると。
なんだか熱いものが胸に込み上げてくるのを感じる。
あなたは本当にいい仲間を得たと笑いながら、自身も剣を抜いた。
さぁ、
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