20話
あなたたちは迷宮の攻略に乗り出していた。
本格的なそれではなく、実戦訓練をするための冒険だ。
イミテルと言うニューフェイスが登場したため、その実力を詳細に見るためでもある。
模擬戦で実力を測ることも可能と言えばそうではあるのだが。
やはり、正真正銘の実戦と模擬戦では違うものだ。
長い行軍の後に実力を発揮できる人間はそう多くない。
とは言え、さすがにそこいらの熊やオークに負けるようなこともなく。
1層や2層は難なく踏破し、3層は元より戦闘がほぼ無い。
あなたたちはなんの苦戦もなく迷宮を踏破していった。
そして、この大陸の人間には厳しい環境である4層『氷河山』へと到達した。
「ううっ、相変わらず寒いわ……!」
「ほんとにこの寒さはどうにかならないでしょうか……」
「くちゅんっ! はう……」
あいかわらず寒がるEBTGメンバー。
そして、同様にガタガタ震えて寒がっているイミテル。
しかし、弱音を言うでもなく、歯を食い縛って耐えている。
「暑いとか、寒いとか……そんな弱音を言うことは許されんのだ……!」
で、本音は?
「寒いわぁ! し、死ぬぞ!」
だろうよ。あなたはイミテルに『環境耐性』の魔法をかけてやった。
あとはまぁ、吹き付ける寒さに凍り付く前にテントを設営して温まるだけだ。
あなたは1ミリも寒がっていない面々と共にテントを手早く設置していく。
「私はほら……暑いとか寒いとか、一応分かるけど、それで生理的反応が出る体でもないから……」
アンデッドであるコリントはそのあたりにはめっぽう強い。
一応、暑さ寒さは感じてはいるのだろうが、かなり鈍い。
そして、その上でそれらに堪えるような感覚も無いらしい。
「環境によるダメージに関するルールは都合のいいものを引っ張ってくれば大抵ノーダメージで済みます」
ジルはなんだかよく分からない理屈で平気らしい。
まぁ、少なくとも寒がってないし、凍傷にもなっていない。
本当に平気なのだろう。なにか魔法の装備とかのお蔭なのかも。
「このホットなドリンクを飲めば、寒さなんざ楽勝で耐えられるんだよ」
言いながらグビグビと赤い液体を飲み干すモモ。
あなたはいったい何のドリンクかと尋ねた。
「トウガラシ汁だが」
正気か?
「クッソ頑丈なボルボレスアスの民の中でも一等頑丈な狩人だからこそだ。よいこのみんなは真似するなよ。ケツが大破するぞ」
「私たちでも飲み過ぎればトイレで悶え苦しみますけどね。モモがそうなると、そこに突っ込むトモちんは竿が大破しますけど」
「下品な話はせんでええんじゃ!」
尻はともかくとして、竿にトウガラシのエキス……。
あの部位は相当神経が鋭敏と聞くので、凄まじくつらいと思われる。
いくら体が頑強になっても、やはり辛いものは辛いのである。
あなたの皮膚がギロチンを跳ね返すにもかかわらず、酒瓶でブン殴られれば痛いのと同じように。
テントを組み立て終える。
速やかに中に入り、火を熾し、暖かい飲み物を用意する。
さすがに人数が多いのでテント内は手狭だ。
「なかなか洒落たテントですね」
「中で火が焚けるの、便利でいいねー。キャンバス布を柱を使ってこういう風に組み立てて……」
「ティピーみたいで、異国情緒感じるなぁ」
アルトスレアから連れて来た面々はなんとものどかな反応だ。
ケイは魔法を使った様子もない割に、地表と変わらない服装で平然としている。
よほど寒さに強いらしい。北方の生まれなのだろうか?
「一応北方ではあるかな。俺が寒さに強いのは、なんだろうね、体質かな」
特になにか明確な理由があって寒さに強いわけではないらしい。
まぁ、そう言う人間もたまにいる。先天的な特異体質と言うわけだ。
あなたたちはさしたる意味もない雑談を交わし合いながら体を温める。
お湯が湧いたら、それで茶を淹れるなどして体を内側から温める。
そうして人心地着いたら再出発である。
「この階層は今の私たちにとってはさしたる危険のある領域でもないし……イミテルにもさほど脅威ではないはずよ。それにつけても金が欲しいわ」
「は? あ、ああ、そうか……まぁ、油断は大敵だ。巨人族とは戦ったことがないので、気を引き締めてかからねばならないだろう」
「ええ、それがいいでしょうね。魔法の武具で武装していることもあって、そこいらのオーガやトロルとは格の違う強さよ。元より霜巨人は強い部類に入る巨人族だしね。それにつけても金が欲しいわ」
「う、む……」
「逆を言えば、倒せれば実入りが大きいことも確実ね。がっぽり稼ぎましょう。それにつけても金が欲しいわ」
「金を欲するのは……マフルージャにおける何か……独特な会話習慣かなにかか……?」
イミテルに尋ねられ、あなたはレインが金にがめついだけだと説明した。
金を稼ぐのに拘泥するのはまだいいとして、連呼するのはがめついだろう。
「がっぽり稼いで、装備を整えなきゃ成功もしないのよ……って言うか、訓練に励んでて忘れてたけど、前回の冒険の戦利品って捌いてないわね?」
言われてみればそうだ。
売り先をどこにすればいいのか悩んでいたのだが。
そのまますっかり頭から抜け落ちてしまい、忘れていた。
あなたはまったく金に困っていないので、その辺りのことは忘れがちだ。
エルグランドにおける冒険でも、冒険で稼ぐという考えはもはや頭にないし……。
なんせ『ハーヴェスト』の呪文を唱えれば、無から金が降ってくるので。
「まぁ、今回のと合算して捌けばいいわよね。今回は長丁場になるわけだし、その分だけ実入りも大きいはずだし」
レインの言う通り、今回手に入れるだろう戦利品の数はなかなか多くなることが予想される。
今までは最短最速で階層を抜けるのが目的だったが、今回の目的は純然たる戦闘。
正確に言えば、戦闘によって得られる経験が主目的ではあるが、やることが戦闘なのはたしか。
そうなれば、戦闘の副産物である戦利品の数が多数になるのは間違いないのである。
あなたたちはしばらく雪山を登る。
前回まで使っていた峻嶮極まりないルートではなく、穏やかなルートだ。
登るのが非常に楽な分、平坦な地形が多く、ひいては敵にも見つかりやすい。
あなたたちはあっと言う間に霜巨人に見つかり、遭遇戦がはじまった。
人数はたったの1人であり、引き連れた白い巨狼が3匹いるばかり。
修行の主体であるEBTGメンバーが前に出て、それら都合4体の相手に対峙する。
「イミテル、私たちは狼を。あなたには霜巨人を。危険そうなときは援護するわ」
「私も後ろで控えてますので、いざとなったら割って入ります」
「私は回復呪文を用意して待機していますから」
「じゃあ、私はおまえが負けた時には、無様な敗死をせず潔く死ねるように介錯を……」
「負けるつもりはないが、負けた時にトドメを刺すのはやめてもらえるか?」
レウナの変な気遣いを断りつつ、イミテルが矢面に立つ。
それを援護するべく、サシャとレインもまた戦闘へ。
「よーし、行きます!」
サシャがロングボウを手にし、その弦を引き絞る。
いままでは投石を主体にして来たが、弓も使えるようになりたいとのことで練習中なのだ。
弓はこの冒険に入る前に調達して来た新しいものだ。
サシャの剛力に合わせ、手に入る中で最も強力なものを調達した。
実にその張力80キロ超。並みの人間には引けぬ強弓から放たれる豪速の矢。
それは予想を超えた速度で狼の一体を射抜き、雪原を血潮が汚す。
「やった!」
サシャが喜ぶ。今のところ命中率は30%くらいである。今回はラッキーヒットだ。
しかし、そのラッキーヒットが自身の源になることもあるので、悪いことではない。
そのラッキーヒットが必然のヒットになるまで訓練する必要があるのは当然のこととしてだ。
「『連鎖雷撃』」
レインの指先から放たれる雷撃。
それは狼たちの手前の地面に着弾すると、そこから再度跳ねるように雷撃が奔る。
その雷撃に狼の1体が貫かれ、さらに再度飛び出す雷撃。
続けてもう1体の狼を雷撃が貫くと、2体の狼は黒焦げの肉塊となって転がる。
最初のひと当てで瞬く間に3体の狼が殲滅され、残るは霜巨人1体のみ。
その霜巨人へと向けて、力強く踏み込むイミテル。
『小賢しいぞちびめ!』
そう野太い声で叫び、手にしたバトルアックスを振るう霜巨人。
その一撃を紙一重で躱し、イミテルが霜巨人の足元へと肉薄した。
「フンッ!」
全体重を乗せた肘打ち。霜巨人の膝が砕けた音がした。
激痛に崩れ落ちる霜巨人の体を蹴って、イミテルが跳躍する。
戦闘用の小型のシックル、ウォーシックルが鋭く閃く。
修練によって培った気功のパワーが乗せられた連撃。
それが霜巨人を滅多撃ちにし、その肉を抉り、血を噴出させる。
「ちっ! 仕留めきれんか!」
一連の打撃を終えた後、イミテルが後方へと跳ぶ。
そして、満身創痍ながらも、その生命の火をありありと燃やす霜巨人が怒りに目を燃やしていた。
イミテルの打撃は相当な威力だったが、それでも霜巨人の膨大な生命力を削り切るには不足だった。
霜巨人が残された力の全てを振り絞って、手にしたバトルアックスを振るう。
生命を燃やす全力の打撃。岩をも砕き飛ばす一撃の軌道を見極め、イミテルがそれを潜り抜ける。
バトルアックス側面に肘打ちを叩き込んで軌道を反らし、さらに前へと。
だが、その時点では未だイミテルの体を深々と抉る軌道でバトルアックスは進む。
そのしなやかな細身の肉体を切り裂くかと思われた一撃が、逸れていく。
魔法の防具の力によって展開されている反発力場による力。
そして、それを理解していたイミテルは半身になって被弾面積を減らす。
2つの合わせ技によって創り出した安全地帯へと捻じ込まれる体。
まさに紙一重、命と命を削り合う戦技の妙味そのものの瞬間。
一歩間違えれば死に至る凌ぎあいの中、勝利の女神が微笑んだのは、イミテル。
『そんな、馬鹿な……』
「終わりだ」
イミテルの構えた手刀へと込められる気のパワー。
絶え間なき錬磨によって研ぎ澄まされた手刀は、肉身の一撃でありながら切れ味すらも纏う。
もはや気とは異なる超常のパワーすらも宿す貫手が霜巨人を貫く。
まるで防具をないかのように貫き、その強靭な肉をも裂いた。
まさに鍛え上げられた武僧だからこそ成せる、
「やはり、人間相手の戦争と、それ以外を相手にする冒険は違うな……」
血に汚れた手を洗われつつ、イミテルがそんなことをぼやく。
そんなイミテルに対し、血汚れは可能な限り早く洗うようにとあなたは注意する。
生物の血とはすばらしく栄養豊富であり、同時に恐ろしく汚い。
血にまみれるとは、そのまま細菌感染の温床になることを意味する。
すぐに衛生的な状況で療養出来るとは限らない冒険者にとり、血による汚染は避けるべきことだ。
「そう言う部分もあるのか……なるほど、勉強になるな。我が鼓動よ、冒険者としては貴様が先達だ。指導と
こんなところに連れ出してしまって悪いが、イミテルと言う戦力を捨て置くのはもったいないのだ。
積極的に協力してくれるなら、やはり使いたいのはたしかだ。
「なに、気にするな。貴様と肩を並べて戦えるのは……うん、悪くないぞ。私もやはりエルフであるからか、こうした戦場には心躍るところがあるのだ」
そう言って笑うイミテルに、であればよかったとあなたは笑った。
嫌がる相手を戦場に連れ出すのは、色んな意味でよろしくない。
戦うことに関して好意的であれば気にせず冒険に連れ出せると言うものだ。
「さぁ、次に行こうではないか。次は気を遣わずにやってみたい。霜巨人とやら、次はもう少しうまく潰せると思うのだ」
モチベーションも十分なようだ。
武僧として、自身の錬磨、研鑽への意欲が高いのだろう。
あなたはイミテルによりよい戦いの場を用意してやろうと気を張るのだった。
さらに進み、あなたが雇い入れたメンバーによるサポートを得ながら戦闘を繰り返す。
モモロウとメアリによる登山ルートの策定と、安全の確保。
コリントによるいざという時の魔法による援護と、ジルによるなんだかよく分からない知識由来のサポート。
そして、疲れてくればケイによって疲労回復効果のあるおやつや軽食が振る舞われる。
疲労が溜まってくれば野営の支度をし、ケイによる暖かく美味しいごはんをお腹いっぱい食べる。
そして、睡眠が不要だと言うコリントとレウナによる不寝番。
睡眠時間が短くて済むイミテルも不寝番には積極的に携わってくれた。
ノーラも不寝番と周辺警戒は積極的に行ってくれて、ベテラン冒険者のサポートのありがたさが骨身に染みる。
イミテルの実力はおおよそ測れた。
そして、EBTGメンバーの戦闘力も再確認できた。
やはり、もはやこの5層『氷河山』で苦戦の可能性は低い。
ならば、すべての冒険者の憧れたる難業へ挑もう。
この5層『氷河山』、その山頂の目前に潜む強敵への戦いを。
そう、ホワイトドラゴンを討伐する、
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