19話
イミテルがあなたの家に連絡役として居付き、訓練にも参加し。
どういう意図か読み切れていなかったが、連絡が続々と届いている。
どういう経路で受け取っているのか不明だが、イミテルがたびたび連絡を届けに来るのだ。
その内容と言うのが、あなたの爵位に関することなのだ。
まず王宮に出向いて国王に謁見、子爵位に叙される。ここはまだいい。
しかし、そのあとに晩餐会が行われ、国王ダイアが臨席する中であなたも参加しろとか。
舞踏会にも当然参加してダイアと踊れとか。そのあとは王宮に泊まれとか。
王宮に泊まった際に国王ダイアが渡って来たら出迎える作法とか……。
あなたは面倒くさくなってブッチしようかと思った。
子爵位はもらえなくなるかもしれないが、べつにいい。
イミテルと結婚はできなくなるが、そこらへんは諦めてもらうということで……。
「それはやめといた方がいいわよ」
あなた宛ての手紙類を検閲してくれているレインがそのように止めて来た。
あなたはやっぱり何か陰謀とか、めんどくさい企みがあるのかと尋ねた。
「どこまで私が読めたかはわからないけれど、まず間違いないわね」
言いながらレインが手にしていた手紙を机に放る。
「ひとつ言えることは……迷宮を踏破した冒険者と言うのは、ただそれだけで実力の証明なの」
それはそうだ。ヘボが出来ることではないのだから。
たとえそれが小型の迷宮であっても、生半な実力では無理だろう。
「それが大型迷宮なら絶大な実力の証明になるわ」
それもまた当然だ。あなたはソーラス以外の迷宮は知らないが……。
仮にソーラスの半分の難易度だとしても、英雄級の実力は保証される。
同等であれば、疑いようもなく英雄の中の英雄であり、国家筆頭戦力は確実だ。
「騎士団長になりたいと言ったら諸手を挙げて大歓迎だし、そうでなくとも国内居住をするだけで喜ぶわ。各国からの勧誘合戦がはじまることでしょうね」
すると、つまりなにか。
トイネどころか、それ以外の国もあなたの身柄が欲しいと?
「そりゃね。トイネがあなたに子爵位を贈るという話を内定していたのも、元々そう言う唾つけだったんでしょうね」
そのあたりはなんとなく察していたので分かっている。
あなたはエルグランドでも腕利き冒険者として知られた存在だ。
そう言った、貴族社会の政治力学に晒されたことだってあった。
しかし、性急に事を進めてきたのは、あなたの迷宮攻略速度が想定以上だったということだろうか?
「おそらくは。可能な限り早めに進めてはいたんでしょうけど、それですら間に合わなかったということね」
マフルージャ王国に所在しているので、自然な帰結としてはマフルージャ王国の所属になる。
だが、その前にトイネに勧誘してしまえばトイネに来てくれる可能性は高い。
おあつらえ向きにトイネの英雄として顔も知れ渡っている上、戦士団の人望も得ている。
なるほど、トイネに取り込める目算は十分に立っていると言えるだろう。
爵位と言う地位、イミテルと言う妻、そして戦士団からの声望。
人をひとつ所に縛り付けるにあたって、なんら不測のない布陣と言える。
しかも、あなたはフリーセックスライセンスまでもらっているのだ。
恋とは故郷すら捨てさせるものであり、女色に狂えば人生すら捨ててしまうこともある。
だが、実際のあなたにはそう言ったものはまず通用しない。
女で足止めは叶うが、永続的にひとつ所に留めることはできない。
そう言う意味では大変な徒労をしていることになるが……。
「あなたが勧誘に頷かなかったとしても、あなたに贈ったという事実があれば十分な成果が出てるのよ」
と言うと?
「子爵と言う地位に加え、ウルディア子爵家と言う建国以来の由緒ある家柄の姫君、挙句にトイネ国王からの特別な寵愛を名実ともに示される特別待遇……これと同等の物を差し出せる国が他にあると思う?」
差し出すものを用意することが出来る国はあるだろう。
だが、それを差し出すことを納得させられる国があるかは分からない。
あなたと言う特級戦力を得れたとして、国を割っては意味がないだろう。
まぁ、その国を割ることを前提としてあなたを取り込むという博打に近い手がなくはないが……。
「実際にトイネに帰属するかはともかくとして、トイネは周辺国に相当な牽制をしたことになるわ。少なくとも、あなたを勧誘するのに二の足を踏む程度には、ね」
なるほど、超絶的にめんどくさい。
なにもかもが嫌になって来た。
あなたはソーラスを踏破したら旅に出ることを提案した。
「いいわね。その気持ちはわかるわ」
言いながら、レインが『ポケット』から手紙の束を取り出した。
それをテーブルの上に放り投げると、深々と溜息を吐く。
「見合いの申し込みよ。下は騎士爵から上は公爵家まで、あちらこちらの家から結婚の誘いが来てるわ」
どでかい溜息を吐くレイン。
「本流ではなくなったけれど……いえ、本流ではないからこそ嫁に出しやすいと思われてるからこそ、結婚の誘いは多いわ。7層到達時点から来始めてたみたい……この家、どうやって調べたのかしら?」
あなたはレインに結婚するつもりはあるのかと尋ねた。
「んー……ないわね。我が子を腕に抱いて……と言う憧れがないと言えば嘘になるけれど、それよりは冒険と魔法よ。あと、酒もね! だいたい、子を産むだけなら結婚なんて必要ないじゃない」
そう言いながら、レインの足がテーブルの下であなたの足に絡む。
あなたのスカートの裾が持ち上げられ、ふとももをレインの足の甲が撫でる。
真っ昼間からアプローチしてくるなんて積極的だ。
そろそろ可愛がって欲しいのだろうか?
「おあつらえ向きに、うちには女同士で子供が作れるとか言うとんでもないやつもいることだし……ね」
つまり、将来的にはそうなりたいということだろうか?
レインが求めるならばやぶさかではないが、あまり気軽に考えられるのも困る。
妊娠と出産は生命の奇跡であり、新たなる命の誕生だ。
だが、同時にその誕生の奇跡は、死にもまた近しい。
世の中には出産の最中に死に至る女性もいる。
そうでなくとも、産褥熱から回復できないこともある。
健康で頑健な肉体の持ち主であっても、そうなることはある。
運が悪ければ、大量の出血からの死と言う可能性もあるのだ。
「腕利きの助産師を呼べば、そう危険はないわよ。簡単な魔法の使える助産師なら探せばいることだし」
なるほどとあなたは頷く。
たしかに、この大陸では幅広い職種の人間が魔法を使うことができる。
低位の回復魔法を1回か2回使えるくらいの助産師は探せばいるのかもしれない。
エルグランドではまず需要のない職業なので、頭から抜けていた。
「まぁ、そのあたりの妊娠出産はともかくとして……ソーラスを踏破したら、本当に旅に出るつもりなの?」
あなたは頷いた。
どこに行くかはともかくとして。
この大陸にはマフルージャやトイネ以外にも国がある。
そして、それらの国にはやはり迷宮が存在する。
この大陸の全ての迷宮を踏破することを目論んだっていいはずだ。
また、サシャやレイン、フィリアに経験を積ませるという意味でも、旅は必要だ。
迷宮探索しかできない冒険者というのも、いることはいるのだろうが。
やはり、野外でも活動し、冒険のできる冒険者になって欲しい。
地上に存在する熱気林を探索し、未知のダンジョンを探し求めてもみたい。
別大陸に出向くのも悪くない。異文化圏で活動する妙味も知って欲しい。
エルグランドは……もうちょっと後でもいいんじゃないかな!
「そうね。世界には未知があり、冒険者とはその未知を探し求めるもの……私も楽しみになって来たわ」
それに、異国では異国情緒あふれる女の子ともお知り合いになれる。
マフルージャの露出多めの服装でありつつも貞淑な女の子たちはじつによかった。
トイネのエルフの美女たちもまったくたまらない。
それ以外にもたくさんの国があり、国ごとに色んな女の子が居る。
それらを追い求めるのもまた、冒険者……と言うべきか!
そう述べたところ、レインが大きく溜息を吐いた。
そして、『ポケット』から酒瓶を取り出すと、それをラッパ飲みしだした。
大丈夫か? と思ったものの、中身はほとんど入っていなかったらしく、一口飲んで終わりだった。
「クソボケが――――っ!」
あなたは酒瓶でぶん殴られた。やや痛い。
ガラスが飛び散り、酒精の匂いが舞う。
「まぁ、漁色家にして恋多き女のあなただもの、旅と言えばそうなのかもしれないわね」
などと理解ある友人のようなことを言うレイン。
じゃあ、先ほど酒瓶でぶん殴られたのはなんだったのか。
あなただからいいが、常人だったら頭蓋が割れるか、首が折れるかと言うほどの威力があった。
「ツッコミよ」
ツッコミならしょうがない。
あなたはそう言うことにしておいてやった。
でも飛び散ったガラス屑は片付けておいて欲しい……。
あなたは夕食前に行われているジルやノーラ、コリントの開催する秘術講座に参加していた。
こちらの大陸ではまったく一般的ではない魔法が知れたりもするのだ。
特にジルが見も知らぬ魔法を大量に知っており、それが非常に勉強になる。
「ウィンド&クラウドストライク。それは……実戦剣技と魔法を組み合わせた全く新しい戦技です」
「そんなのがあるの!?」
「いえ、無いです」
「ないの!?」
「冗談はさておいて、実戦剣技と魔法を組み合わせた戦技は強力ですが、特に使い易く強力なものについてお教えしましょう」
「ジルくんは元々は神官戦士として活躍してたし、学園では秘術と剣技を使う魔法剣士として有名だったもんね」
「まぁ、実際の冒険ではワォーハンマーを手にしたレゲーアーマー装備の戦士をやってた時期が長かったですがね。やはり単独行では戦士系技能が必須ですから」
「聞いたことない武器と防具だね……」
「つまり、第1世代のソレのごとく殺し合いしかしていなかったということです。私の冒険初期は非常に殺伐としていましたよ」
「そんなに? 毎日必死でお金を稼ぐので精一杯だったとか?」
「いえ、経験点高そうな相手を探し求めて蛮族の村を襲撃したり、数をこなすべく野生の狼や猪を片っ端から殺して回ったりしていました」
「本当にドえぐい感じで殺伐としてるね……でも、今は魔法剣士になったことで華麗にスマート、そして綺麗なエルフのお姉さんも傍に居てうるおいある生活だね!」
「そうですね。魔法剣士がスマートかはともかく、たしかにライリーと言う綺麗なエルフのお姉さんもいますしね」
「私は? わーたーしーはー? 私、綺麗だよね?」
「ええ、とても綺麗ですよ、ノーラ。綺麗なエルフの“おばさん”ですね」
「泣くよ?」
「ですがね、ノーラ。あなた人間換算ですでに30手前くらいなんですよ。ライリーは人間換算で20歳くらいです。つまり、一般的に考えるとライリーは既に言葉を喋れる幼児の母であってもおかしくない年齢なのですよ」
「やめてよ、その仮定は私に効く」
ジルとノーラの会話は漫才として見てもなかなか楽しい。
ノーラは結婚したいという割に実際の活動に行動を移していない。
本当に結婚したいのかは割と怪しいような気もする。
あるいは、ケイと言う彼女に好意的な青年がいるのも理由かもしれない。
ノーラがどうしても相手を見つけられなかったら結婚して上げるとも言っていたし。
2人ともまだ仕事が楽しくてしょうがない時期とか、そう言う感じなのかも。
ノーラは知っての通りエルフで長命種だ。
アルトスレアのエルフの寿命は500年と言われる。
それで200歳少しなので、まだまだ余命は300年以上もある。
それに500年もあくまで目安なので、800年くらいまで生きるエルフも割と居るし。
そしてケイは寿命自体存在しないと言われる種族だ。
少なくとも500年やそこらはザラに生きるというので、エルフと共に生きることは容易い。
そんな2人だからこそ、結婚に対しては気長に気楽に考えているのかもしれない。
「さて、では授業をはじめましょう。まずは魔法剣士が連打すべき魔法である『幽鬼の一撃/ゴースト・ストライク』ですが……」
「ジルくんホントに見たことも聞いたこともない魔法知ってるけど、どこで覚えてくるの……?」
「ウィザーズライブラリーとかマジックコンペンディウムとかですかね」
「聞いたことない魔法書だ……」
「とても栄養のあるサプリですよ。さて、この『幽鬼の一撃/ゴースト・ストライク』は即行アクションで使用可能……つまり、『軟着陸/フェザーフォール』のように素早く行使可能な魔法です」
「咄嗟の時にパッと使えるように意識を研ぎ澄ませておく必要はあるけど、素早く使えるのは魔法戦士にとって重要なポイントだね!」
「はい。やはり主動作でチンタラやっていては妨害もされますからね。効果はおよそ5秒ほどの間、近接攻撃を接触攻撃扱いにするというものです」
「えーと……それはどういう効果なのかな?」
「防具をすり抜けると考えてください」
「それ無茶苦茶強くない……?」
「強いですよ」
「しかもそれが即座に使えるんだよね? たしかに魔法戦士なら連打すべき魔法だね……どうして今まで教えてくれなかったの?」
「あ、ごめんなさい。それソーサラー限定なんですよ。ごめんなさいね」
「がーん……って、私ソーサラーの魔法も使えるように訓練したよ?」
「ですからごめんなさい。ソーサラー呪文リストが使えないとダメなんですよ。まだフェアリーテイマー呪文リストばかりですからどうも」
「そっか……じゃあ、今から覚えればいいよね!」
「そうですね。では、皆さんに呪文回路からお教えしますので、皆さん私の呪文回路を真似してください……」
その後、あなたは『幽鬼の一撃/ゴースト・ストライク』を覚えた。
本当に鎧をすり抜けて攻撃を打ち込めるのだ。
これを利用すれば、貞操帯を貫いて愛撫が出来るかもしれない……。
あなたはしょうもなさ過ぎる利用方法を考えた……。
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