18話

 次の玄室も慎重に内部の様子を伺う。

 が、放り込んだ『光棒』の明かりが照らし出すのはモンスターではない。

 大きな石棺が一段高くなった部屋の中央に置かれている。

 それ以外には先の部屋に繋がる扉が見えるばかりだった。


「なにかしらねー。ここからじゃ見えないわ」


「お姉さんはなにか見えるかしら?」


 あなたの方からも何も見えない。

 クラリッサらよりは背が高いとは言え。

 それこそ10センチやそこらくらいしか変わらない。

 視界もそう劇的に違いはないのだ。


「じゃあ、ドロレス。ゴー!」


「うん、いってくるね」


 ドロレスがすーっと突っ込んでいく。

 その瞬間、石棺が開き、飛び出す影。


 干からびた骨と皮の張り付いた、黄ばんだ骨。

 かつては上等な品だったろうローブはぼろぼろに朽ち果て、骨格に辛うじて引っかかっている。

 その虚ろな眼下には青白い光がぼんやりと輝いている。


 リッチ。高度な死霊術を用いるアンデッド。

 死霊術師が死の魔手から逃れるため自ら命を捨てた存在だ。

 この強大なモンスターは生前と変わらぬ強大な死霊術を用いる。


「うわぁぁぁぁ! リッチだぁぁぁぁ! 死ねぇぇぇ!」


 ドロレスが狂乱しながらも銃を乱射する。

 それによってリッチが滅多打ちにされるも、さして堪えた様子は見せない。

 干からびた腱の張り付いた指がドロレスを指し示す。


「『熱線』」


 放たれる3本の焼尽光線。

 それはドロレスに直撃すると一瞬にして火だるまにしてしまう。

 悲鳴を上げることすらできないままドロレスが燃え尽きていく。

 その美しいアッシュグレーの髪が燃え落ち、黒焦げの死体に変じていく。


「アンジェリカ、待機! ブリジット、スーサイドいくわよ!」


「了解なのです!」


 ブリジットが背嚢に手を突っ込む。

 取り出したのは、大型の手投げ爆弾だ。

 ブリジットとクラリッサが1つずつその爆弾を手に持つ。

 ピンを引っこ抜くと、2人がそのまま突っ込んでいった。

 そして、起爆。轟音と爆風があなたたちの元まで届く。


「あちゃあ……駄目ね。倒し切れてないわ」


 爆風によって起きた土煙が晴れる。

 内部のリッチはとても無事とは言い難いが、死んではいなかった。

 元ローブだった残骸は消し飛び、完全に骨格だけとなっている。

 右腕が消し飛び、両足も消し飛んでいるが、欠けた頭蓋に宿る光は健在。

 もう1回先ほどのと同じことをやれば倒し切れそうだが。


「それをやったら私も死んじゃうわ。私たちは全滅ね」


 誰でもいいから蘇生してやらせては?


「私たちの蘇生は、近ければ近いほど、そして損傷が少ないほどに蘇生が速いのだけど……迷宮の空間は特殊なの。すぐに蘇生はできないわ」


 なるほど、たしかに迷宮の部屋は普通ではない。

 そもそも出入口や、階層入口などもそうだ。

 占術が通らないことからわかるように、アレは完全に別次元に繋がっている。

 ごく短時間での蘇生できないというのも不思議ではない。


 時間を与えてしまえば、当然体勢は立て直されてしまうだろう。

 というより、迷宮のモンスターは時を隔てるとリセットされることがあったりする。

 数十分も待ったらリッチは完全な状態に戻ってしまうかもしれない。


「即時の蘇生のためには内部に入る必要があるけど……」


 まぁ、内部に入ったらリッチに攻撃されるだろう。当たり前だが。

 どうやら、内部に入らない限りは認識されないらしい。

 リッチはあなたたちに気付いた様子がない。

 そのため、このまま撤退することも可能だが……。

 その場合、クラリッサたちは蘇生出来ないのだろうか?


「迷宮から離脱すれば問題なくできるわ。ただ……」


 ただ?


「それをすると、装備が回収できないの……! 3人分の装備買い直しよ!」


 なるほど、それは痛い。装備には金がかかるものだ。

 純粋な装備もそうだが、背嚢に入れてあるアイテムには高価な品もあるのだろう。


 先ほど、あなたはクラリッサを装備ごと消し飛ばした。

 しかし、蘇生によって戻って来たクラリッサは装備も服も元通りだった。

 だからカジュアルに死ねるが、撤退となるとすべて買い直し。

 アンジェリカが撤退をためらうのも分かる。


 アンジェリカを残して自爆しに行ったのもそう言う理由だろう。

 1人残っていれば、蘇生してもらえる。蘇生してもらえれば装備も元通り。

 蘇れる彼女らにとっては自爆は戦術のひとつでしかないのだろう。

 まぁ、装備を喪うリスクもあるので、ハイリスクな戦術ではあるのだろうが。


「でもまぁ、4人分の装備買い直しよりはマシだもの。ここは撤退するしかないわね」


 ため息を吐くアンジェリカ。

 玄室型だからこういう選択肢も発生するわけだ。

 ある意味で玄室型と相性がよく、ある意味で悪い。


 どれほどの犠牲を払ったとしても、1人生き残ればそれで勝ち。

 そこからはいかようにでも立て直しが効く。

 そう言う意味では1人を確実に生き残らせることが出来る玄室型は相性がいい。


 逆に、ソーラスのようなフィールド型の迷宮。

 ああいった場所では1人を確実に生き残らせるとはいかないが……。

 逆に戦闘中でも蘇生させながらの持久戦ができる。

 粘り強いと言えば聞こえのいい泥沼戦法ができるわけだ。


 じつに面白いチームである。

 あの意味不明な不死身、どうやって実現しているのだろうか?


「じゃあ、撤退しましょうか」


 そう言うアンジェリカに、あなたはまだ自分がいるではないかと答えた。

 ほぼ半死半生のリッチだ。ここからあなたが仕留めるのは容易い。

 あなたは玄室に突入し、随分お見限りだった『頭蓋砕き』でぶん殴った。

 その一撃でリッチが木っ端微塵に砕け散る。

 あなたは一応念入りにリッチの破片をガスガス殴っておく。


 『頭蓋砕き』は『三つ砕き』の特別なエンチャントがある。

 どれほど弱い打撃でも、3回殴ればアンデッドを『粉砕』する。

 それはどれほど特別なアンデッドでも変わりなく発揮される。


 リッチは己の魂を特別な器物に封印することで不死身を実現する。

 たとえその骨の体を砕いても、その特別な器物『聖句箱』がある限りリッチは蘇る。

 『三つ砕き』のエンチャントはそれすらも粉砕するのだ。

 迷宮のリッチなので心配いらないかもだが、念には念を入れておくべきだろう。


「うわぁ。あっさり倒しちゃったわね!」


 既に死に体だったのでトドメを刺しただけだ。

 それなり以上の腕のある戦士ならば余裕だったろう。


「おかげで助かっちゃったわ! デルタ! 集まって!」


 アンジェリカが大音声での号令を発する。

 その号令に呼応するように、飛び散った肉片が集い出す。

 それは瞬く間にブリジットとクラリッサの姿形を取る。


 同様に、黒焦げになった上に、2人の自爆に巻き込まれてバラバラになったドロレス。

 その黒焦げの炭化物が瑞々しい肉片になると、それが集ってドロレスになった。


 なんと言うか無茶にもほどがある蘇生だ。

 ヴァンパイアやリッチも高度な不死性を持つが。

 明らかにそれよりも不死性が高い上に、再生速度も速い。

 本当に人間に括っていいのだろうか、彼女らは。


「ふぅ! 助かったわ!」


「死ぬかと思ったのです!」


「三途の川が見えたよ」


 あっさりと3人とも元通りになり、装備を整え直す。

 ドロレスは銃弾を装填し、クラリッサとブリジットは背嚢の位置を調節。


「じゃあ、次にいきましょう」


「なのです」


「次で玄室が終わりだといいんだけど」


「油断せずにいきましょう!」


 4人はそんな平然とした調子で。

 先ほど木っ端みじんになったなどとは欠片も伺わせない。

 エルグランドでも上手くやっていけそうな姉妹だ。

 まぁ、あの不死身っぷりでは悪用されそうだが。


 いくら食べても無くならない肉として。

 人肉が好物なモンスターの育成に使われたりとかしそう……。

 あまりにも悲惨すぎるが、それに好適すぎる能力だ。

 エルグランドに行く予定があるなら止めてやった方が親切だろうか……。




 あなたたちは次の玄室へと向かう。

 が、開いた扉の先は無明の闇。

 これはどうやら次の階層に繋がる扉のようだ。


「ギミックで開錠して、いくつか玄室で戦闘。ギミック解除と戦闘力、どちらもほどほどに求められる感じね」


「この手の迷宮は深層迷宮な場合が多いね。以前は20層まであったこともあったよ」


「広大なフィールド型の迷宮だと5層程度が多いから、そのあたりのバランスが取れている印象はあるのです」


「私たちでも割となんとかなるタイプの迷宮ね! 私たちは大迷宮だといいとこ4~5層くらいまでしか通じないもの!」


 たしかにその通りかもとあなたは内心で頷く。

 クラリッサらの戦闘力は間違っても低くないが、決して高くはない。

 あなたが連れている『アルバトロス』チームと戦ったら瞬殺されるだろう。


 ギリギリ腕利き、一流を名乗れるライン。

 ベテラン冒険者と称して恥ずかしくない。

 そんなほどよく強いくらいのチームだ。

 先ほどのリッチには1歩か2歩ほど劣るだろう。


 6階梯呪文が使えるのがリッチなので。

 まぁ、魔法使いの換算で言うと5階梯が使えるくらい。

 探せばいるけど、ごろごろいるほどではない。

 十分腕利きだし、一流なのは間違いない。

 しかし超一流と名乗るには憚られる。そのくらいだ。


 ソーラス迷宮で言えば、4層『氷河山』は突破できるだろう。

 5層『大砂丘』は4層よりも敵が弱い代わりに環境が厳しかった。

 しかし、ラセツの宮殿に挑んだら間違いなく負けるだろう。

 ラセツ・アヌシャラと戦ったら成すすべなく殺されて終わりだ。


「私たちでどこまで通用するかしらね。まぁ、深く潜れれば潜れるほどボーナスが出るわ!」


「いけるところまでいきましょーなのです!」


「そうだね。豊かな晩酌のためにも、頑張ろう」


「じゃあ、次の階層にいきましょうか!」


 言って、アンジェリカが次の階層に顔を突っ込む。

 数秒ほどその状態のまま止まって、顔を引っ込める。


「この階層と同じように、ギミックの部屋みたい」


「罠はない感じなのです?」


「少なくとも弓では撃たれなかったわね」


 あなたは次は自分が偵察しようかと提案した。

 

「大丈夫! たぶん私は3人目だから!」


「命なんて安いものだよ。特に私たちのはね」


「直近に自殺の予定がある人だけついてくるといいのです」


「特攻女郎デルタ・チームを舐めてもらっちゃ困るわ!」


 意気軒高なようなので、手出しする筋合いではないようだ。

 まぁ、彼女らも粉骨砕身頑張ったと思えば晩餐も美味かろう。

 あまりとやかく言うのも悪いか……あなたはそう理解した。


 今回の探索行で、あなたの役割はバックアップだ。

 それもいざという時のバックアップ。出しゃばるべきではない。


「じゃあ、次は私がいくわね! 突撃!」


 アンジェリカが突っ込んでいった。

 しばらく待ち、1分ほど経ったところでクラリッサが中を覗く。

 そしてすぐに顔を引っ込めて来る。


「アンジェリカ、生きてたわ。心配いらなさそうね」


 とのことなので、あなたたちは揃って次の階層へ。

 アンジェリカは広々とした部屋の中を探索していた。


 部屋にはいくつもの篝火が焚かれており、明るい。

 部屋の中央には、大きなゴブレットを恭しく捧げ持つ石像が置かれている。

 その足元には、生命の通貨を捧げよ、と記されている。


「また、血?」


「なにかの宗教的意図でもあるのでしょうか?」


「今回はゴブレットは1つだけだね」


「1人でいいのかしら?」


 言いつつも、アンジェリカが手首を切って血を流し込む。

 かなり景気よく切っただけあり、大型のゴブレットが瞬く間に血で満ちていく。

 だが、溢れ出し始めてもなお、ギミックが作動する兆候はなかった。


「あら?」


「おかしいわね」


「また5人で血を流しいれないといけないのかな」


「うーん……? お姉さん、なにかわかりませんか?」


 ブリジットに促され、あなたは石像の調査をする。

 魔法的な要素みたいなものは見えなかったのだが……。

 実際、あなたがアレコレと魔法で調査してみても何も分からなかった。


 石像に、というよりは、手にしたゴブレット。

 それになんらかの超常的なパワーが備わっていること。

 あなたに分かったのはそれだけだ。

 魔法ではないので、サイキックだろうとか。

 条件は血液自体の量ではないとか。

 そんな憶測が幾つかあるだけだ。


「ひとまず、みんなの血も入れてみましょうなのです」


「そうね」


 各々が手首を切って血を流しいれる。

 既に溢れ出しているので、どんどん溢れていくばかりだ。

 そして、あなたが血を流し込んだところ、ガチャンと音を立てて扉が開いた。


「……あれ? クラリッサ、君、血を入れたかい?」


「まだよ?」


 ゴブレットはそう大きくはない。

 なので、順々に血を流し入れていたのだが。

 クラリッサが入れる前、あなたが入れた段階でギミックが作動した。


 あなたは少し考え、試しにとゴブレットの中身を魔法で吹き飛ばした。

 その瞬間、ギミックが停止し、扉が閉まる。

 それを確認してから、あなたは手首を切って血を流し入れた。


 そして、あなたの血でゴブレットが10分の1ほど満たされたろうか。

 そのタイミングでギミックが作動、扉が開いた。


「あれぇ?」


「これ、どういうことなのかしら?」


「魔法使いの血じゃないとダメ……とかでしょうか?」


「私たちの血、魔力とかほぼ入ってなさそうだものね」


 たぶんだが、そのあたりの線が濃厚だ。

 量による起動ラインもあるのだろうが、それは10分の1程度でいい少量。

 そこに、一定以上の力が含まれている必要があるのだろう。

 それが生命力か、魔力かはなんとも言えないが……。


 生命力は血液に自然と含まれるし。

 魔力も自然回復で得られる分が血液に溶け込んでいるはずだ。

 それを思うと相当な量の魔力を流し込んだことになる。


 普通、魔法使い無しのチームはあまりない。

 やはり複雑な状況への対応に魔法は欲しいし。

 傷付いた者たちを癒す神の奇跡も重要だ。

 ベテラン冒険者のチームほど、魔法詠唱者がいる。

 普通のチームならば気づかず起動させそうだ。


「……まぁ、私たちが特殊なのよね、この場合」


「私たち、RPGで言うと戦士4人組パーティーなのです」


「武闘家の線もあるけど、いずれにせよ魔法使いはいないね」


「なるほどねー。パーティーのバランスのよさを確認するギミック、ってことかしら?」


 その辺りの意図は不明だが、得難い情報と言えるだろう。

 魔法使いがいないと2層の攻略に乗り出すこともできない。

 攻略チームの編成を考慮する必要がある。


「たしかに! ちゃんとメモっておかないとだわ!」


「これはボーナス貰ってもいい情報なのです!」


「今日は3本くらい開けても許されるね!」


「それどころか、缶詰のおつまみ開けてもいいかも!」


 全員はしゃいでいる。

 有益な情報があると、追加報酬がもらえるのだろう。

 偵察班に対する成果報酬としては妥当か。


 さて、ギミックは開錠出来た。

 次に進むとしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る