フィリア 3話

「うわ~。エルグランドに帰って来たみたいだ。テンション上がるなぁ」


「エルグランドってこんなところなんですか!?」


 神話の軍勢と言って差し支えない凄まじい威容を誇る敵群。

 それを前にして、妙に能天気なことを口走る女たらし。

 内容に聞き捨てならないことがありすぎて、思わずフィリアが突っ込む。


「うん、いつでもどこでもこんな感じではないけど、結構こんな感じかな」


「冗談ですよね?」


「ある炭鉱町でモンスターが出たりすると、最終的にこうなることが結構あるかなー」


「ええええええ……」


 いったいどんな地獄なのかそこは。

 しかし、そんなことを話しているうちに、敵群が歩を進めだした。

 15メートル超級の巨人は体格にばらつきがあり、歩幅にもばらつきがある。

 地響きが連続して響き、凄まじい数の軍勢が走るがごときだ。


 その音に、歓声を上げていたドワーフも気付く。

 そして、ドワーフのさして広くもない暗視の範囲に巨人とドラゴンが入ったらしい。


「ほっ、ほっ、ほわぁぁぁぁ! 終わったぁぁぁ!」


「神よ! 夜だから眠っているのですか!」


「早く起きて! 起きてくださいザイン様! イスタウーフ様! ローニエス様! アレイガナルア様! ふおっほっほっほぉぉぉ!」


「こ、こんなことなら秘蔵のウイスキーを全部飲んでおくべきだった……!」


 絶望に打ちひしがれる声、錯乱する声、悔やむ声が響く。

 そして、それを無視して金髪の女たらしが連続詠唱によって力場の壁を展開しだした。

 宝石粉末を盛大にばらまいては、それが瞬く間に力場の壁へと変じていく。


 それはすぐさまに周囲の城壁を覆い尽くしていく。

 寄って来た巨人が、それを手にした武具で力強く叩く。

 だが、力場の壁はまるで揺るぎもせずにそこに在った。


「お、おおっ!」


「助かったか!」


「すごい! 冒険者学園の生徒すごい!」


 ドワーフたちが歓声を上げ、フィリアも思わずほっと息を吐く。

 同時に、見覚えのある魔法に、その効果を思い出して気が重くなる。


「あの、お姉様……それってどれくらい保ちます……?」


「1日半くらいかな? ついでに言うと触媒はもうないよ」


 『力場の壁』凄まじい強度を持った、力場による防壁を展開する魔法。

 5階梯の魔法であり、レインが使えるようになった魔法である。

 そして、レイン経由で金髪の女たらしも会得した。つまり、この大陸の魔法だ。


 『力場の壁』の本来の効果時間はそう長いものではない。

 術者の力量によって大分効果時間は左右されるが、本来は数分程度しか保たない。

 女たらしの異次元の力量でバカみたいな長さまで伸びてはいるが……。


「そ、そうだ! お姉様の転移魔法で助けを呼びに行ってもらえば……」


「どこの、誰に?」


「…………どうしましょう?」


 救援を呼びに行く提案はいい。実に正しい。

 だが、この事態を解決できる超英雄がどこにいるのか。

 それを問われると、フィリアには答えがなかった。


 以前、金髪の女たらしを試合で負かしたアルトスレアの冒険者たち。

 彼ら彼女らならば、なんとかなるのではないかとフィリアは思ったが。

 問題は、その彼ら彼女らがいったいどこにいるのかだった。

 というか、彼女らがいたとして本当に解決できるかは保障がない。


「お、お姉様は心当たりがありませんか……? この敵の軍勢を倒し切って、ヒャンを守れる英雄に……!」


「エルグランドの友達を連れてくればなんとかなると思うけど」


「おお! さすがはお姉様!」


「ヒャンが更地になるくらいの副次被害は許容してもらえるかな?」


「守れてない~!!」


「いや、守るよ? でも『ナイン』とか『メテオスウォーム』とか、その辺りで応戦したらやっぱり町にも被害が出るでしょ? 最終的な帰結はヒャンの消滅かなって」


「それ以外で応戦する術はないのですか!」


「あるんじゃない? でもほら、めんどいから……」


「おお……! もう私たちは終わりです……!」


「私が戦えばいいだけの話じゃないの?」


「……そう言えばそうでした!」


 考えてみれば、そのエルグランドのイカれ超級冒険者が目の前にいたのである。

 フィリアはあまりにも抜けた自分の思考に思わず苦笑してしまう。

 そう、頼れる最強女たらしがここにはいたのだ。


「でもね、問題がいくつかあるんだ」


「そ、それはいったい?」


「私は1人しかいないってこと。被害を抑える以上、私は『力場の壁』の外側で戦わないといけないわけだけど」


「はい……」


「『力場の壁』は、あくまでその面での移動を妨げるだけの魔法。地中移動や転移魔法で内部に侵入することは出来るし、そうでなくとも高空まで上がられれば入れちゃうからね」


 ドーム状にヒャンの都市を覆うことはできない。

 既に触媒切れで『力場の壁』を使うことはできないからだ。

 まだドラゴンたちが『力場の壁』の切れ目を探している段階だということ。

 そして、巨人を一瞬で屠った女たらしを警戒しているため動き出していないだけだ。


「つまり、内側はフィリアとドワーフのみんなだけで対応しなきゃいけないんだけど、どうにかできる?」


「……なんとか、してみせます!」


「ん。よく言えました。みんな、集合!」


 金髪の女たらしが力強く宣言し、ドワーフたちをひとつ所に集めた。

 指揮官であるはずのドワーフですらも、自然とその声に従っていた。


「今からみんなに私が補助魔法をかける。ドラゴンや巨人と応戦できるくらいにはなると思う」


「こ、このまま耐久戦はできんのか?」


「できるかもしれないけど、いつか『力場の壁』は破られる。その消耗を抑えるためにも私が打って出ないとね」


 そもそもの話、『力場の壁』は1日半しか保たないのだ。

 敵の軍勢を1日半で退けられるとはとてもじゃないが思えない。

 金髪の女たらしなら全て皆殺しにできるかもしれないが、援軍が来ないとは限らない。


「重要なのは、都市を守ること。『力場の壁』の内側に入り込んで来た敵を迎え撃つ。それがみんなの役目」


 金髪の女たらしはそのように告げながら、範囲化した各種の強化魔法をかけた。

 エルグランド特有の爆裂に威力のぶっ壊れた魔法だ。

 が、強化し過ぎると、感覚がついてこれない。そのため威力はほどほどに抑えられていた。


 女たらしのような超級冒険者はその辺りには慣れているのだが。

 フィリアやドワーフたちにそれを求めるのは酷と言うか、普通に無理だろう。

 そのため、常識の範囲内で強化された程度でしかない。


 とは言え、圧倒的な巨躯を持つ巨人族に匹敵する筋力に耐久力。

 そして賦活された生命力や精神力は、十分に襲い来る敵と戦える領域まで引き上げられる。

 元々、英雄クラスの人材ならば、これら巨人やドラゴンとも戦えるのだ。

 そのくらいの領域ならば、まだ人間の至れる範疇として感覚も追いつく。


「じゃあ、私は行ってくるね。みんなも、がんばって。できる限り通さないようにはするけど」


 そう言って、金髪の女たらしの姿が掻き消えた。

 それとほぼ同時に『力場の壁』の外側で巨人の怒号とドラゴンの咆哮が響き渡った。

 血飛沫が『力場の壁』に降りかかり、壮絶な激突音とブレスの放たれる音。

 魔法ではなく肉弾戦を主体に応戦しているらしいことが窺い知れる。


 あの軍勢を前にして、純粋な身体能力と剣技のみを頼りに単独で勝負する。

 普通に考えて無謀だが、それを可能とするどころか圧勝して見せる身体能力が金髪の女たらしにはあった。


「皆さん! 気合を入れて! 誇りを胸に! このヒャンの都市を守れるのは、あなたたちしかいません!」


 金髪の女たらしが外側で戦う以上、自分たちは内側で戦う。

 より難易度の低い方を請け負ったのだから、それに応えないわけにはいかない。


「私たちならば、できます!」


 それは何の根拠もない断言だったけれど。

 その根拠のない断言は、たしかにドワーフたちの胸を打った。

 その言葉には、たしかな確信があったからだ。


 きっとお姉様ならば、生き残る。

 である以上、私たちは勝てる。

 その時、自分は生きていないかもしれないが……。


 フィリアの胸にあったのは、そんな考えだったが。

 このヒャンの都市を守り抜けるのならば、それでいい。

 絶望的な戦いを前に、名誉と犠牲を尊ぶ神、ザイン。

 その神官の本懐たるは、名誉ある戦死である。

 かならずや神ザインは暖かい抱擁でお迎えくださるのだから。


「私たちは、できます!」


 大地から炎が上がる。間欠泉のごとき勢いで炎が猛り狂う。

 血風と死風がぞっとするほどの冷たさで大地を舐めていく。

 巨人とドラゴンのおぞましい絶命の咆哮が響き渡っている。


 絶望的な、神話の戦いだった。

 英雄たりえないドワーフたちでは、参画することすらも許されない。

 それでも戦わねば、愛する故郷であるヒャンの都市を守れない。


「や、やったるか……儂らだってドワーフの戦士だ!」


「ちくしょう、終わったら死ぬほど飲んだるわい!」


「ザイン様、どうか儂の献身を笑覧あれ……!」


 口々に覚悟を決め、震える手で武器を構える。

 そして、それを待っていたかのように、『力場の壁』の内側に現れたのは、ホワイト・ドラゴンだった。

 次元の揺れを感じ取ったフィリアは、それが4階梯魔法『次元跳躍』による短距離転移であることを悟る。


 ドラゴンの多くは妖術師として、生来の呪文行使能力を備える。

 酷く知性の欠如して見えるホワイト・ドラゴンでも、その程度は軽々とこなす。

 そも、エンシェント級にまで達したならば、並の人間を遥かに凌駕する知性程度は備えている。


「ザイン様! あなたのしもべを暖かくお迎えください……!」


 そう決意の祈りを発しながら、フィリアはバスタードソードを抜きながら城壁から飛び降りる。

 城壁の上でホワイト・ドラゴンと戦うことはできない。

 敵のほぼすべてが最低でもエンシェントクラスのドラゴンだ。大き過ぎるのである。


 対峙した15メートルほどの巨躯を持つホワイト・ドラゴン。

 格の違いを思い知らされるような、そんな恐怖が湧き上がってくる。

 ドラゴンの周囲に畏怖すべきオーラが漂っているようにさえ思える。


 かつて『銀牙』の一員として子供のホワイト・ドラゴンを討伐したことがあった。

 それとはくらべものにならないほどの威圧感!

 いまの自分では手も足も出ないと分からされてしまう。


 プリモーディアル・クラス。ドラゴンの頂点。

 遥か上古、原始の時代より存在していたドラゴン。

 世界創生の頃より存在しているとまでも言われる。

 真実がどうにせよ、そう謳われるほどに古いドラゴンだ。


 年経たドラゴンであるがゆえか、かつて戦ったホワイト・ドラゴンとは種々の特徴が異なる。

 スリムな体に、優美ですらある手足、そして圧倒する巨翼。

 そうした特徴であったはずが、下肢がガッシリとして、やや肥満体にも見える体つきだ。

 巨大に成長した体躯を支えるために、そうした下肢に成長したのだろう。


 その屈強な足を踏み込み、ドラゴンが尾を振るった。

 その巨木をも一撃でへし折る圧倒的な威力の込められた薙ぎ払い!

 跳躍して避けるほかにない凄まじい攻撃範囲の攻撃だが、フィリアにその手の軽業の技能はなく。

 それゆえにできることは、歯を食いしばって受け止めることのみ。


「はぁぁぁぁ!」


 裂帛の気合と共に、手にしたカイトシールドを前面に押し出す。

 そして、恐ろしい衝撃が全身に襲い掛かり、地面に足がめり込む。

 全身の骨が軋みを上げ、重苦しい痛みが襲い掛かって来る。

 吹き飛ばされそうになっても、それを必死でこらえ、やがて圧力は収まった。


 だが、体は潰されていない。死んでもいない。まだ体も動く。

 ゆえに、フィリアは手にしたバスタードソードを掲げ、すべてを賭して振り下ろす。


「我が『一撃』に加護を!」


 エルグランドの魔法により強化された肉体。

 そして持てる限りの資産を使って強化されたバスタードソード。

 その合わせ技は、ドラゴンの強靭な鱗を突破し、その肉を切り裂くほどの一撃となった。


 生半な鎧を大幅に超える竜鱗の防御を超える一撃など、想像もしていなかったのだろう。

 血を噴き出しながら、ドラゴンが傷みに悶えて体をうねらせる。

 それと同時に、ドワーフたちの援護射撃が次々と降り注いだ。


「撃て撃て! 撃ちまくれぇ! 嬢ちゃんだけに戦わせるな!」


「儂は降りる! もうボルトがないんじゃい!」


「イスタウーフ様! 儂に狂える膂力をお授けください!」


「バリスタのボルトを誰か持ってこい!」


「信仰魔法の使い手を死なせるな! 儂らが身代わりになるんじゃ!」


「蘇生の代金は負けてくれんか! おれの老後の貯金で払えるくらいで頼むぞ!」


 口々に叫びながらドワーフが戦いに参画する。

 ヒャンの都市は、彼らの生まれ故郷なのだ。

 それを守るために命など惜しいわけもない。

 元よりそれは、ドワーフたちの戦いであるはずなのだから。


「ドワーフの斧はドラゴンの鱗も貫けるってことを教えてやらぁよ!」


「てめぇなんぞ儂らの酒のつまみにしてやるわぁ!」


「鱗は鎧職人どものところに卸してやるから覚悟しとけや!」


 ホワイト・ドラゴンは雑多な抵抗を試みんとする人間を冷笑的に見下ろす。

 人語を解し、発することも容易い彼らは嘲る言葉を漏らした。

 生憎と、用いる言語が異なったため、それをフィリアらが理解することはなかったが。


 たとえ理解できたところで、誰も諦めはしなかったろう。

 それは金髪の女たらしの強化魔法のお蔭でもあったのだろうが。

 湧き上がる恐怖を、それ以上の勇気で抑え込んで。

 彼らもまた、この神話の戦いに挑む勇士たらんと誇りを胸に戦いへと挑んでいた。


「いずれの神々も笑覧あれ! 我らの献身と名誉、この雄姿を見届けたまえ!」


 もはや怖いものなどなにもなく。

 フィリアのうちに勇気が満たされ、誰よりも勇ましくドラゴンに対峙する。


 戦いの一夜目は始まったばかりだった。

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