フィリア 4話
壮絶な激戦だった。
いずれの神々も笑覧あれと、そう謳われるほどの。
絶望的な強さの敵を相手に、誰もが一歩も退かずに戦い抜いた。
すべての戦士は斯くのごとくあるべしと謳われるほどに誇り高く。
武運拙く敗れ去った者もいた。
その神々をも泣かしむる壮絶な討ち死にはいずれの戦士も讃えてやまぬことだろう。
誰もがみな、持ち得るすべてを投じて戦い抜いた。
クロスボウのボルトを撃ち尽くし、手にした武器は折れ砕け。
身に纏う鎧はひしゃげ、潰れ、破壊されて、それでもなお退かず。
その激戦の果てに、ホワイト・ドラゴンはその巨躯を横たえていた。
年経たドラゴンの持つ環境すらも捻じ曲げる力により、周辺は極寒の大地と化している。
氷漬けにされた者、その爪で引き裂かれた者、その尾で押し潰された者。
氷の棺に封印されてしまった者はいったいどうやって解放してやればいいのかもわからない。
それでも、勝利した。
奇跡的な勝利と言うほかにない。
あの女たらしの補助魔法が無ければ、成す術もなく全滅していただろう。
そのことを一番強く実感しているフィリアは安堵から力が抜けそうになった。
「やった! やったぞぉぉぉ!」
「うおおおおおお! この歳になってドラゴンスレイヤーになれるとは思わなんだぞぉ!」
「ガハハハ! 孫に自慢しちゃろう! ガハハハ!」
「こりゃあ今晩の酒はうまいぞ!」
誰もが勝利に喜ぶ中、フィリアは持てる魔力を投じて次々に回復魔法を連発していた。
こういった時のためにと、金髪の女たらしから魔力の杖をもらっている。
エルグランドのワンドである魔力の杖は、使うだけで魔力が回復する。
この大陸ではまずお目にかかれない凄まじい効果のワンドである。
それによって魔力を補充しては、怪我人を次々と回復しているのだ。
「『大治癒』!」
6階梯魔法である『大治癒』はほぼすべての傷を拭い去る。
よほどの生命力の持ち主でない限りは、ほぼ全回復だろう。
ドワーフたちの生命力を満たし切ることも十分に可能だった。
「遺体は可能な限り保管してください! 損傷が激しい方もできる限り! お姉様ならば十分に蘇生可能です!」
むしろ塵1つ残っていなくても蘇生できるのだが。
それでも目印となると体の一部があった方がいいのはたしかだ。
そのため、フィリアは犠牲となった者の遺体を可能な限り保管するようにも頼んでいた。
ワンドの大盤振る舞いのお蔭で魔力に余裕があるため、アンデッド化保護の呪文も潤沢に使うことができる。
『力場の壁』の外では未だ激しい戦いが続いていることがわかる。
巨人とドラゴンの壁と言う信じ難いもののせいで、何が起きているかは伺い知れない。
時折、『力場の壁』に取り付いたドラゴンや巨人を引き剥がしてくれるので無事なのはわかるが。
ヒャンの都市、その全周を守るのは金髪の女たらしをして厳しい戦いのようだ。
ホワイト・ドラゴンを最後にいまだ侵入は許していないが、時間の問題とも思われた。
「いったい、どこからこれほどの軍勢が? このままでは対応のしようもないぞ」
「最終戦争でも起きたっちゅうんか……」
「世界の終わりとしか思えん。どうなっとるんじゃ」
だが、謎なのは、その軍勢がどこから現れているかだ。
いまだ開けぬ夜がゆえ、視界の全てを見渡すことは叶わないが。
どう考えても金髪の女たらしが屠り去る以上に敵が沸いている。
そうでなければ1分足らずで皆殺しにしておしまいのはずだ。
地面から火が吹き出し、死の風が吹く現象も不可解だ。
ただ浴びているだけで、生きる気力の萎えて来る異常な現象だ。
その都度に、どこからか巨人とドラゴンが沸いて来るのも異常だ。
なにか、自分たちの知らない異常な事態が引き起こされている。
「なにが起きてるかはどうでもええわい! いまは余裕のあるうちに、だれか町まで走れや! 鉱山組を引き上げさせるんじゃ!」
「おお! 儂がいってくらぁ! あいつらがおればもうちょっと楽に戦える!」
「魔法の触媒がもうねぇんじゃろ? 儂は魔法商店までひとっ走り行って、触媒を出させてくる!」
「誰でもええから手の空いてるやつらに炊き出しをさせるんじゃ! 身が保たんぞ!」
三々五々にドワーフが動き出す。
いつまで続くか分からない以上、必要な備えだ。
この状況で人数を削るのは恐ろしいが、やむを得ないだろう。
町の方もおそらく、伝令を出して状況の理解に努めていると思われる。
その伝令役と会えれば、あとは自然と状況が把握されるはずだ。
そうなれば、よほどの業突く張りでもない限り、防衛戦への協力を申し出る。
「お姉様が倒れない限り、私たちが負けることはそうはないはずだし、触媒さえあれば『力場の壁』の張り直しもできるはずだから……」
まだ持ちこたえることができる。
そんな目算の下、ドワーフたちを鼓舞しようとしたところで、地響きがした。
「のわぁぁぁ! き、き、来た! 来たぞぉぉぉ!」
「巨人が! どうやって入って来たんじゃ!」
地響きをさせながら、巨人が城壁へと歩み寄って来る。
その時フィリアは、『力場の壁』の際に立つブルー・ドラゴンがにやりと笑ったのが見えた。
「『次元跳躍』は自分以外も転移させられる……!」
そして、ブルー・ドラゴンは狡猾な陰謀家であり、自らの意のままに生き物を操って駒とすることを好む。
巨人を『次元跳躍』 によって『力場の壁』の結界内に送り込み、暴れさせることとしたのだ。
必要とあらば撤退すらも厭わぬブルー・ドラゴンは、他者を戦わせることに恥など覚えもしないのだ。
「これは……なんの巨人……?」
そして、結界内部に侵入してきた巨人にフィリアが戸惑う。
自分の知るいかなる巨人にも合致しない異様な風体をしていたのだ。
それはまるで腰巻ひとつの野蛮人を、そのまま巨人サイズに拡大したかのようだ。
巨人族には種々の亜種がいるが、いずれもが独特の文化を持ち、服飾や武装に個性がある。
つまりは、フィリアの未知の種別の巨人族であり、その能力の一切が不明だった。
その巨人は背に負っていた巨大なグレートソードを引き抜くや、それを勢いよく振り下ろして来た。
重厚な鎧を纏いながらも、その動きを鈍らせないドワーフが回避のために走る。
フィリアもまた、そのグレートソードの一撃を回避するべく跳ぶ。
地面に激突したグレートソードが土砂を吹き飛ばす。
その土砂ですらも直撃すれば致命の一撃となり得る。
制御された攻撃ではないからか、不運にも犠牲者となったものはいなかったが、警戒すべき攻撃とフィリアは脳裏に刻み込む。
「オォ……■■■■■■■! ■■■■■■■■■■■■!!」
謎の言葉による怒鳴り声が響き渡る。
共通語ではない、巨人語でもない。
推定として、別次元出身の巨人か。
つまり、召喚された存在と言う推測が立つ。
「これほどの巨人族を多数召喚することが可能なんですか……?」
明らかにいにしえのドラゴンに匹敵、下手をすれば凌駕する巨人族だ。
これを多数連続的に召喚するなど、いったいどれほどの存在が可能とするというのか。
下手をすれば定命の存在の領域を超え、いずれかの悪神の関与が想定されるほどである。
神の手によるレリック、イモータル・レリック。
あるいはその神の寵愛を受けた英雄によって造られたレリック。
そう言ったものでなければこんなことは絶対に不可能だ。
制御などせず、術者を殺すような……単に召喚するだけのものならば。
そう、トラップ同然のマジックアイテムならばあるいは可能なのかもしれないが。
制御不能の軍勢を召喚する意味などほぼないのだから、考えにくいだろう。
「ザイン様、これはあなたのお示しになられる聖戦だというのですか……!」
ならば、これはいずれかの恐るべき魔の手によるもの。
フィリアはそうした確信を深めると、この戦いに身を投ずべきと理解した。
それは神託ではなかったが、フィリアにとっては神託も同然だ。
目の前には恐るべき軍勢がある。
自らの隣には誉れ高き戦士がある。
そして背後には守るべき民がある。
この状況を前にして奮い立たぬものはない。
「いきましょう、皆さん! 壁の外で戦う彼女に恥じぬ戦いを! 民人を守る戦いに必ず名誉はあります!」
「おおおおお! やぁったるわい!」
「儂らだけで倒したらぁ!」
「まだまだ儂は動けるぞ!」
もはや生きては帰れまい。薄々分かっていた事実を再認識する。
ならばあとは砕けるのみ。そう覚悟を決め、ドワーフたちは立ち上がる。
己の命を捨ててでも戦い抜き、かならずやこの町を守る。そんな決意を胸に。
それは戦いの狂騒が生み出した狂気であり、異常そのものであったが。
この町を守りたい気持ちは、まぎれもない彼らの本心であった。
もはや、どうにもならないとは分かっていた。
ブルー・ドラゴンは1日に5回や6回は『次元跳躍』を使えるはずだ。
ブルー・ドラゴン1体あたり、5~6体の巨人かドラゴンを。
そして、ホワイト・ドラゴンも数は劣るだろうが送り込める。
なにより『力場の壁』を潜り抜けられるよう地面に穴を掘られたらおしまいだ。
地面を瞬く間に埋め戻せる秘術はいくつかあるが、その使い手がいるかは分からない。
既に夜半のこの時間、鉱山組も魔力の大半を使い切ってしまっているだろう。
そんな、敗北必至の戦いであるにせよ。
なにもせずにいることは、出来なかったのだ。
フィリアを先頭に、ドワーフたちが巨人へと挑みかかる。
それは死への行軍そのもので。命を燃やし尽くさんとする、戦場に咲く徒花の心意気であった。
一方その頃、金髪の女たらしは適当に戦っていた。
手にした『神々の黄昏』で雑に敵を薙ぎ払う。
いろんな色のドラゴンと巨人が雑に死んでいく。
そして大地から火が吹き上がり、死の風が吹く。
ドラゴンと巨人が湧き出て来る。
エルグランドではよくあることだ。
「思った以上にヤバいかな……」
ぼんやりとこぼした言葉は、ドワーフとフィリアが苦戦していることに関するものだった。
視線の先では、巨人に薙ぎ払われたドワーフが即死しているところだった。
フィリアはなんとか持ちこたえているが、時間の問題と思われた。
既に勢力も5人足らずと言った有様で、もはや瓦解しているも同然だった。
ドワーフはともかく、フィリアはもう少し頑張れると思ったのだが。
フィリアが思ったより弱いのか、ドラゴンや巨人が思ったより強いのか。
どちらかと言うと後者ではないかと思われた。
エルグランドでは、山のように敵が押し寄せるのはよくあることだ。
そして誰もが死なば諸共と言った勢いで気の違った突進をしてくる。
だが、この大陸では敵の徒党もほどほどであり、気の狂った突撃はしない。
死んだらおしまいだから当然だ。誰だって死にたくない。
無謀な突撃を繰り返す巨人やドラゴン。
その対処に戸惑っているのが大きいだろう。
とにかく質量が大きいので、受け止めたりできない。
なのでうまく流すしかないのだが、そんな巨大サイズと戦ったことがない。
スケール感、スピード感、パワー感、そのあたりの差だろうか。
なにより、命を惜しまない死兵同然の突撃を見たことがないのか。
巨人やドラゴン側の方が強いので、あまり無謀には見えていないが。
敵集団の内側に突撃するのは常識的に考えて無謀なことこの上ない行為だ。
「手伝ってあげないとダメか」
やむを得ないと、金髪の女たらしは手札をひとつ切った。
『ポケット』から取り出したもの。
それは禍々しい戦鎌であった。
白と緑と灰に彩られた異様なカラーリング。
農作物の刈り取りなどとてもこなせそうにない形状。
黒い瘴気を放ち、おぞましい病毒汚染を垂れ流す。
究極破壊兵器のひとつ、『疫病黒死』。
病毒をばら撒き、すべてを狂奔に至らせる。
おぞましき死の具現。解き放てば地上の4分の1を死に至らしめる。
実際のところ、4分の1どころではなかったりする。
上手くやれば9割くらいは問答無用でぶっ殺せる。
何回かやってみたが、4分の1に抑える方が難しいくらいだった。
まぁ、その辺りはたぶんフィーリングなのだろう。
「プレイグブラックデスって言うのも、安直だけど、ねっ!」
恐るべき疫病の名を冠すその鎌を振り払い、病毒がふりまかれた。
抵抗力をいとも容易く貫通し、巨人とドラゴンたちが病毒に感染していく。
巨人の皮膚に次々と疱瘡が浮き上がり、大量の内出血によって皮膚が黒ずんでいく。
ドラゴンが唾液を飲み込めなくなり、よだれを垂らしてふらつきまわり、細胞の水と言う水が糞便として垂れ流され出した。
その強靭な生命力ゆえに即座の死には至らないものの、緩慢な死に向かうばかりであった。
1つ1つが死に至るほどの凶悪な疫病の多重感染。
それらによって身動きが出来なくなったのを見計らうと、金髪の女たらしは結界内へと『次元跳躍』の呪文で帰還した。
残されたドラゴンと巨人たちの呻く声だけが響いている。
新たな死の風が吹くことはなく、ドラゴンと巨人が湧き出ることもなかった。
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