フィリア 5話
金髪の女たらしの突如の帰還。
そして瞬く間に巨人とドラゴンを薙ぎ払った。
知っていたことだが、無法なまでに強い。
自分たちが命を擲ってまで戦って、ようやく1体を倒すのに。
金髪の女たらしは鼻歌混じりに、10体も20体も薙ぎ倒してしまう。
鮮やかな赤を基調とした衣服には血汚れのひとつもなく。
その額には汗のひとつも浮かず、ただ手にした剣だけが血に濡れている。
対する自分たちは、どうしようもないほどに弱い。
衣服は自分の血と汗、そして転げた地面の土で汚れ。
汗だくになり、帰り血と泥で汚れた顔、武器は折れ砕け、どうしようもない。
フィリアは現実に打ちのめされて、項垂れた。
自分たちは、あまりにも弱かった。
「お姉様……私たちは、もう……」
生き残ったドワーフも、ただ項垂れている。
仲間が次々と斃れていく光景を間近で見せつけられ。
自分の自慢の武器も戦術も、圧倒的な力で跳ねのけられ。
狂騒と誉れ高い決意は、どこかへと消え去ってしまった。
「あらら。思った以上に参っちゃったか」
参ったなぁと、金髪の女たらしが頬を掻く。
金色のサイドテールを揺らして、考え込む。
「フィリア、これ」
「……?」
ひょいと差し出されたものを、フィリアが受け取る。
それはフィリアの振るっていたものと同じ種別の剣。
つまりは、バスタードソードであった。
だが、フィリアが手にしていたものとは次元の違う魔法のオーラが秘められていた。
「貸しとく」
「え、えっ?」
「それ持ってたら大体どうにかなると思うよ。巨人くらいなら、まぁ、なんとか」
それ以上に言うことはないと、次に金髪の女たらしがドワーフの方へと向かう。
そして『四次元ポケット』を開いたかと思うと、巨大な戦斧を取り出した。
項垂れているドワーフが思わず目を見開く。
虚空から突如として巨大な戦斧を取り出せば驚きもするだろう。
「これみんなに貸しとく……や、あげるね。たくさんあるから」
そう言って金髪の女たらしが次々と渡していくのはレリックである『破壊の戦斧』だ。
恐るべき力を持つミノタウロスの王が愛用の武器として振るった品だが。
復活しては金髪の女たらしに雑に処理されて、毎度武器を奪われている。
モンスターだろうがエルグランドの民であるから、復活するのは当然だ。
そんな微妙な経緯の武器だが、その性能は本物だ。
純粋な武具としての性能も高いが、何より致命の一撃を叩き込む直感が冴え渡る。
肉体能力を純粋に増強するエンチャントもあり、純戦士が使う上ではこの上なく強力な武器だった。
「い、いいのか? こんなにいい斧……」
「何百本もあるからね」
「なんでそんな持っとるんじゃ……」
「持って来てくれるから……」
なんとなく奪っているだけで、実のところそんな深い理由はない。
奪った以上は捨てるのもなんか勿体ないだけだ。
「私ももう少しがんばるから、みんなもがんばって。できる限り相手を足止めできるようにがんばるよ」
「でも、お姉様、私たちではもう……」
「できる限りがんばって。私もがんばる。朝になったら落ち着けるよ。仮に死んでも、蘇生してあげるから」
「……はい」
朝まではがんばる。がんばるしかない。
金髪の女たらしがよくできましたと笑い、フィリアの頭を撫でた。
そしてまた『次元跳躍』で結界の外に出て行った。
「…………」
朝になれば落ち着くことができる。
その言葉を頼りにフィリアは自分を奮い立たせる。
金髪の女たらしの言葉には、なんらの根拠もないように思えたが。
それだけがいまのフィリアの寄る辺だったのだ。
金髪の女たらしの宣言通り、敵の襲撃は大幅に散発的となった。
侵入する手立てを持つ者を最優先で処理するように動き出したらしい。
それでも、時折突入してくるドラゴンと巨人を相手に戦い続ける羽目になった。
「うはははっ、この斧凄まじいのう! これがあれば、まだやれる!」
「よっぽどの業物じゃぞこれは!」
「ドラゴンの鱗がバターみたいに切れよる!」
「面白いように巨人の脚も叩き切れちまわぁ!」
生き残った4人のドワーフは、最精鋭に分類される者なのだろう。
そうでもなければ、ここまで生き残ってはいないだろうが。
そして、その精鋭は『破壊の戦斧』を手にした事で、いきいきと動き出した。
フィリアもまた、先ほどまでが嘘のように動きやすい。
剣そのものも高品質の業物であり、魔法で強化され尽くしている。
その上で、複数種類のエンチャントが施されており、凄まじいマジックウェポンと化している。
先ほどまで使っていたバスタードソードとは、攻撃力が目に見えて違っている。
攻撃力の不足。
それこそがフィリアたちを悩ませていたものだったのだ。
攻撃力は武器によって補われ、身体能力は補助魔法で補われた。
それにより、フィリアたちは辛うじて安定した戦いができるようになった。
そうするうちに、町へと援軍を呼びに向かったドワーフたちが戻って来た。
新たに精鋭と思わしきドワーフたちも入り混じっている。
「す、すごい戦いだ……!」
「怖気づくなぁ! バリスタにボルトを込めろ!」
「穴掘りが達者な連中もおるようじゃな! 魔法で地面を固めて、穴掘りが出来んようにせい!」
「くそっ、ほとんどみんな死んじまいおったのか……」
俄かに城壁が活気づき、応戦が始まる。
それと同時に、フィリアたちは自らの限界を察知した。
「気が緩んだせいかのう。足があがらんわい」
「儂は腕もあがらん」
「俺は腰が痛くなってきた」
「私も腕が上がらなくなってきてしまいました……」
およそ2時間近くに渡って散発的な襲撃を退け続けていたのだ。
補助魔法を受け、強力な武具を貸与されているのはフィリアたちだけ。
フィリアたちが動く以外に手立てはなく、疲労が限界に達するのは自然な話だった。
「『回復』……ふぅっ」
フィリアが持てる治癒魔法のひとつ『回復』を用いる。
この魔法には傷を癒す効能はなく、疲労や肉体的負荷を除去する。
これによってフィリアの体に凝っていた鉛のような疲労が溶けていく。
「儂にも頼む……」
「儂も」
「俺にも効くやつを頼む……」
ドワーフたちにも同様にそれをかけていく。
触媒のダイヤモンド粉末が凄まじい勢いで減っていく。
朝まで保つのだろうか。保ったとして、明日までは保つまい……。
フィリアは不安でいっぱいだった。
一度疲労を自覚すると、その疲労は恐るべき勢いで襲い掛かって来る。
疲労状態を回復したところで、全快までするわけではないのだから当然だ。
辛うじて疲労状態を脱したところで、動き続ければまた疲労困憊になる。
それでも戦わないわけにはいかず、疲労する都度に回復しての繰り返しだった。
それを繰り返していては、いくら魔力の杖による回復ソースがあってもキリがない。
フィリアの魔力を損耗し切るわけにはいかないと、ドワーフの神官が派遣されて来た。
フィリアと同じく、名誉と犠牲の神ザインを信仰する神官たちだった。
「この疲れ果てたる者たちの疲れを掬い取りくださりますよう……『下級回復』」
「ザイン様、この者に戦場に立ち返る活力を今一度お与えください……『下級回復』」
触媒を必要としない低級の回復だが、疲労状態を脱することは出来る。
フィリアの用いる『回復』よりも効果が低いため、かける頻度は倍以上となるが……。
「みんな、飯だよ! 食べた食べた! 食わなきゃ仕事はできないし、戦いだってできないだろうさ!」
「あたしのスープを飲んだら、疲れなんか一発で吹っ飛んじゃうからね!」
そしてドワーフのおかみ衆による炊き出し。
戦いの緊張がフィリアたちから食欲を奪い去ってはいたが。
塩気の利いたスープをひと口飲むと、驚くほど乾いて飢えていることに気付かされる。
思わず貪るようにスープを飲み干してしまうと、すぐさまおかわりが注がれた。
「いい食べっぷりだね! あんた一番がんばって戦ってんだから、いちばんたくさん食べる権利があるよ!」
「パンも食べな! 山の上者取れない輸入小麦をたっぷり使ってるから、水みたいに柔らかいよ!」
「いっぱい働いたらいっぱい食べる! ドワーフの掟さ!」
「あ、あはは……ありがとうございます……」
食べっぷりを褒められると、女性の身ではちょっと恥ずかしい。
小鳥のように少しずつ啄んで食べるような上品ぶった真似こそしないものの。
貪るように食べるのはみっともないと思うくらいの常識はある。
しかし、ドワーフからすると人間の勤勉さと旺盛な食欲は理想の美徳だ。
大きな体でガツガツと食事を食べる姿は、ドワーフにとって好ましいものなのだろう。
「あんたらが頼りだよ、がんばっておくれな!」
「ポーションが山ほど届いたって話だよ。きっとすぐにあんたらにも渡るさ」
「足りないものがあったら、あたしらがすぐに調達して来てやるよ! なんでも言いな!」
そんな頼もしい髭もじゃのおかみたちに励まされ、フィリアの戦意は奮い立った。
この都市には善き人々の営みがある。すべての人が、必死で戦っている。
名誉と犠牲を重んずるザインのしもべたるならば、それを守ることこそが本懐ではないのか。
フィリアは思いくずおれ立ち止まろうとした自らを恥じた。
聖戦成すものたらんと、自らを定めて信仰の道を歩んだのではなかったのか。
自分の弱気をザイン様はきっと叱責することだろう。
これ以上、無様は晒せない。フィリアの中に信仰の炎が燃え上がった。
ヒャンの都市に住まう人々の援護と、物資の供出。
これらにより、にわかに活気づいた防衛活動。
時折、金髪の女たらしが結界外から戻り、補助魔法をかけ直してくれた。
町内部にある、遥か地下へ掘削する地下鉱山。
そこの採掘を行う者たちと、その護衛の戦士に魔法使いたち。
下手な騎士団よりも強力な彼らの参戦により、戦線は劇的に安定した。
それと同時、金髪の女たらしの防衛線を突破する巨人とドラゴンが増えた。
やはり、無理をして防衛をしていたのだろう。
城壁側に通しても持ちこたえられると判断された。
つまりは、あの女たらしに頼りにされている。
そう思えば戦意は奮い立つばかりだった。
ヒャンの都市を守る戦いは、夜明けが訪れるまで続いた。
明けの光が大地を照らし出すと、ヒャンの都市周囲に散らばる夥しい死骸に誰もが震え上がった。
フィリアたちが仕留めた巨人にドラゴンの死骸も、城壁際に散らばっているのだが。
それの何十倍、何百倍もの死骸が果てしなく広がっているのだ。
そして、奇妙なまでに静かな朝がやって来た。
夜通し聞こえた巨人の怒号も、ドラゴンの咆哮も聞こえない。
常ならば聞こえる小鳥の鳴き声や、小動物の鳴き声もない。
ただどこまでも静かで、なにもかも死に絶えたような……。
そんな悲しくも恐怖を抱きそうになるほどの静寂が満ちていた。
そんな中を、平然と歩いて帰ってくる少女。
白いブラウスの上に赤いケープを羽織った細身の体つき。
膝下まである黒の編み上げブーツと、白いサイハイソックスのコントラストが眩しい。
ご存知、サーン・ランドのセンパイちゃんであった。
「つかれた」
そんなことをぼやく。
ヒャンの都市を守った英雄にしては、しまらないセリフだった。
そして、ドワーフたちはそんなことお構いなしに歓声を上げた。
「あんた凄すぎるぜ!」
「とんでもない子だね! ほら、あたしの自慢のスープだよ、鍋ごと飲みな!」
「『我らの剣』だ! ヒャンの都市を守った英雄のおかえりだ!」
口々に賞賛され、金髪の女たらしが目をぱちくりとさせる。
そうすると、普段のアルカイックスマイルとは印象が変わり、幼げな顔をしていることが分かる。
「あはは、なんか照れるなぁ」
なんて、自分のしたことが、なんでもないような態度で。
その謙虚な態度に、ドワーフたちはますます盛り上がった。
「いったい何が起きているのか……君は分かるか?」
「いえ、まったく……」
あれからしばらく。追加の襲撃がない事に皆が安堵し切った頃、ヒャンの市議会が出張って来た。
そして、事情聴取と言うか、状況確認のため、フィリアに問いが投げかけられた。
なんで自分? フィリアはそう思うのだが、はた目から見るとフィリアがリーダーに見えたのだ。
なにしろ、本来のリーダーである女たらしは『力場の壁』による結界の外側。
しかも夜なのでほとんど見えず、奇跡の孤軍奮闘をじかに見た者は誰もいない。
そうすると、内側で戦っていたフィリアが最も先頭に立っていたように見えるわけで。
しかし問われたって分からないので、フィリアはあくびをしている女たらしに水を向ける。
「お姉様はなにか……」
「なにかっていうと?」
「あの巨人やドラゴンがどこから来たか……」
「いや、さっぱりわかんない」
「あれを呼び出した術者を見かけたりは」
「見てないね」
「召喚に使われたマジックアイテムみたいなものがあったりは」
「マジックアイテムはなかったよ」
「だ、そうです」
市議会の代表であろうドワーフがちょっと驚いたような顔をしつつも頷く。
「姉妹だったのか。あまり似ておらんね」
「あ、いえ……」
「原因が分からぬ以上、また明日も起きるものと思って備えた方がいい……私はそう思うのだが、君はどう思うね」
「あ、はい、えと、サーン・ランドに応援を要請すべきだと思います……」
姉妹じゃないと訂正する間もなく話が進んでしまう。
せっかちなのか、焦っているのか。まぁ、この状況で焦らない人間の方が稀有だろうか。
「うむ……幸い、この都市には『転移』の使える魔法使いもいる。サーン・ランドへ応援を要請することは可能だが……そう多人数を連れ帰って来ることはできん。君たちはサーン・ランドの腕利きに心当たりなどは……」
「でしたら、冒険者学園にレインと言う生徒がいるはずです。彼女はちょっと特殊な転移魔法を会得していて、かなりの大人数を運べますよ。彼女に協力を要請するのがいいと思います」
「ほう! そんな生徒が!」
「1度彼女をここに連れて来て、彼女に往復してもらう……そんな形になると思いますが、相当の数を運べますよ。ね、お姉様」
「うん。サーン・ランドの筆頭戦力を連れて来るくらいは楽勝だね」
金髪の女たらしは一挙に50人近い人数を運んだこともある。
『引き上げ』の魔法はそれができる基礎性能がある魔法なのだ。
練度によって人数が左右されるような魔法でもないので、レインでも50人やそこらは一挙に運べる。
「希望が見えて来たな……希望ある限り、私は諦めんよ。市の金庫を空っぽにしてでも、腕利きの冒険者を掻き集める!」
冒険者たちはその覚悟に応えるだろう。
とびきりの報酬、至難の戦場、恐るべき危険。
勝利の暁には尽きせぬ栄光と称賛。
そのどれもが冒険者の大好物だった。
ヒャンの都市が戦いのために稼働を始める。
周辺都市から冒険者を掻き集め。
戦いの熱狂に誰もが突き動かされていく。
「……なんか、大ごとになって来たなぁ」
1人、そんなことをぼやく金髪の女たらしだけが、ちょっと冷めていた。
もちろん、ヒャンのために戦うつもりはあるのだが。
1人だけどうしても熱狂の渦に乗れずにいた。
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