第39話
ベッドに倒れ込み、夢を見ることもないほどに深い眠りに落ちたあなたが目覚めたのは日が暮れだした頃だった。
しばらくベッドの上でゴロゴロとし、微かに残った眠気を弄んでいた。
そのなんとも言えない心地よい時間を十分に堪能したあなたは寝室を出た。
寝室を出ると、そこではサシャがレインに何事かを教わっている姿があった。
「あ、おはようございます、ご主人様。と言っても、もう日暮れですが」
「おそようね」
レインも苦笑気味にあなたに挨拶をする。あなたは2人の手元を覗き込むと、本やら紙切れやらが散らばっている。
あなたは未だこの近辺の文字を完全に習得したとは言えない。そのため、具体的に何をしていたかはよく分からなかった。
「魔法を教わりたいって言うから。教えていたのよ」
「はい。使えるようになるかは分かりませんが……魔法のことを知っておいて損はないと思ったので」
なるほどとあなたは頷く。たしかに魔法のことを知っておいて損はないだろう。
エルグランドの魔法は、敵を倒すことができます、で粗方片付くので使えるようになることに意味はあっても、学ぶ意味はさほどない。
しかし、この辺りの魔法は違うかもしれない。あなたも学びたいくらいである。
「エルグランドの魔法ってそんなに物騒なの?」
エルグランドの魔法は基本的に攻撃用のものか、あるいは回復用のものしかない。
かつては存在したのだろうが、使用者が減って喪われてしまった魔法が多い。
一部、空間転移や、周辺探知の魔法もあるにはあるが、あまり便利なものではなかった。
「戦闘用の魔法と言うわけね……それだけで物騒って言うのはちょっと大げさじゃないかしら」
しかし、エルグランドの魔法には、限度とか常識がない。初めから投げ捨てて作られている。
当然、安全性に配慮するとか、そんな概念は考慮の余地なく切り捨てられている。
たとえば、エルグランドの魔法は魔力が空っぽになっていたとしても使うことが出来る。
「凄いわね。どうやるの?」
簡単である。生命力を魔力に変換するのだ。
「……それ、一般的には禁呪って言うんだけど?」
であればエルグランドの魔法は全て禁呪だろう。
術者が意図的にやろうとしなくとも、魔法にそう言う機能が組み込まれている。
魔力が足りなければ勝手に生命力を削り取って使うのだ。もちろん使い過ぎれば死ぬ。
生命力を削り過ぎると内部で魔力が暴走して肉体が爆散するのだ。
魔法を覚えたての者が汚い花火と化すのはよくあることだった。あなたも何回か破裂したことがある。
「そんな魔法しかないの……?」
そもそも魔法の基礎的な部分にそう言うシステムが組み込まれているので、そう言う魔法しか作れないというべきだろう。
別大陸の魔法を基礎に使えば安全性の高い魔法も作れるのだろうが、そうすると威力の低い魔法しか作れない。
威力を求め続けたエルグランドの魔法は、安全性や安定性を投げ捨てた代わりに絶大な威力を得たのだ。
「安定性もないって?」
魔法の練度が向上すると消費魔力が増えたりする。また、魔法が暴走して威力が数倍に跳ね上がり、消費魔力も跳ね上がったりする。
そのため、これくらい魔力が残っていれば大丈夫だろう、と思ったら爆散したりする。
「……エルグランドって絶対におかしいわ」
あなたにしてみればそれが普通なので、そう言われてもなんとも返答がしにくい。
とは言え、それを否定する材料もないので、あなたは静かに頷いた。
ただ頷くだけのあなたを見て、レインは乾いたような笑顔で乾いた笑い声を発していた。
とは言え、これは少し大げさに言ったためであり、威力を極限に追求しない限りはそれなりの安定性もある。
たとえば魔法の練度向上に伴う消費魔力増は術者の匙加減なので減らすことも可能だ。
魔法の暴走に関しては、上手く暴走させるための技術があるのだ。つまり、意図的に起こしているのである。
暴走させない限りは消費魔力が跳ね上がったりはしないのだ。まぁ、普通に難易度の高い魔法を使おうとして暴走することもあるが。
なんでまたそんな物騒な技術があるかと言えば、それが有用な者もいるからだ。
現にあなたは魔法の100発や200発で枯渇するような魔力量をしていない。
最も消費の多い魔法でも1000発だろうが撃てる。暴走させても問題はない。
あなたのように極めて潤沢な魔力の持ち主が使う技術というわけだ。
「そう……」
色んな環境がハチャメチャなエルグランドの理解は難しいようだった。
「とりあえず……頭痛がして来たような気がするから、魔法講義は終わりよ……」
頭痛なら大した問題ではない気もしたが、場合によっては死に至ることもあるのであなたは頷いた。
なお、エルグランドにおいて死に至るということは、風邪を引いて3日ほど動けない、とほぼ同じ意味である。
大したことがないと言えばそうではあるが、嫌な人は嫌だろう。あなたはそう言う理解をした。
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