11話

 ソーラスの迷宮、その第二層。

 岩窟とシンプルに銘打たれるその層は、まさに名の通りの岩窟である。

 つまりは洞窟。湿気を含んだ空気に満たされた洞窟は外部からの光を全て遮断している。

 尋常の生物は明かり無しで進むことすら不可能だろう。


 レインが『ポケット』からランタンを取り出す。

 シャッター付きのランタンだ。不用時にはシャッターを閉じて光を隠せる。

 隠密用であるとかに用いられるもので、冒険者の必携品と言うべきか。


 そのランタンを開くと、中から眩しいばかりの明かりが漏れ出した。

 火を使った明かりと言う感じではない。あなたは思わずランタンに顔を寄せて覗き込んだ。


「おっと、どうしたのよ?」


 これはいったいどういう理屈で光っているのだろうか?

 あなたは興味津々で尋ねた。


「これって、ただの『持続光』の魔法だけど……」


 それはどんな魔法なのだろう?


「どんなって、単に明かりをつけるだけの魔法よ。すごく明るいけど、それだけ。効果時間が永遠なことが特徴かしらね」


 永遠の明かり。あなたはぜひともその魔法を次に教えて欲しいとレインに熱望した。

 こんなに便利な魔法があるならぜひとも覚えたい。絶対に。

 あなたはエルグランドの生物の常として、非常に夜目が効く。

 だが、それもせいぜいが半径十数メートル程度のものだ。


 たしかな明かりがあるだけで、見通せる距離は何倍も広くなる。

 加えて、エルグランドの生物の夜目は、魔法の暗闇を見通すことはできない。

 魔法の暗闇を切り裂く光は、魔法による明かりでなければいけないのだ。


 しかし、エルグランドに明かりの魔法は存在しない。

 ないわけではないが、とんでもない殺傷力もあったりするので使い難い。

 なんで明かりの魔法にまで殺傷力を与えてしまうのか、エルグランドは物騒に過ぎる。

 実際のところを言うと、本来攻撃用の魔法を明かりに使っているだけなのかもしれないが……。


 ともあれ、殺傷力がなく、永続で、しかも物品に付与可能。

 これは非常に便利だ。持っておいて損がない。腰にぶら下げるランタンなど用意したい。

 魔法による明かりであれば熱もないはずなので、うっかり火傷をする心配もない。


「食いつきすごいわね……まぁ、それは次の機会にね」


 あなたは次の魔法講義を楽しみに待つことにした。

 おかえしにはとびっきりの魔法を教えてやらなくてはいけないだろう。

 ここは魔法使いがひとつの目標にする『マナストーム』の魔法などがいいのではないだろうか?

 『魔法の矢』に代表される純粋魔法属性――この大陸では力場属性と言うようだ――のボール系魔法だ。


 崩壊の音色に代表される範囲型の魔法の典型、ボール系魔法。

 そして、大抵の相手に攻撃が通じる純粋魔法属性。

 この2つを兼ね備えた『マナストーム』は魔法使いにとって最も頼れる魔法になるわけだ。

 ちなみに上位呪文に『マナフレア』や『大源の波動』などが存在する。



 さておき、あなたはランタンに照らされた洞穴の中を見渡す。

 天然石の、なんと言うことのない洞窟だ。本当になんということもない。

 特別な石と言うこともなく、試しに愛用の採掘道具で壁を叩くとガラリと崩れる。

 事前に集めた情報で、3日もすると崩れた場所が戻ってしまうため、新しい道を恒常的に開通させることはできないらしい。


「粘土でも削ってるのかってくらい手軽に壁を掘るわね」


「結構硬いんですけどね、この岩壁。まぁ、腕力のある人なら意外と楽なのかも」


 これに関しては腕力と言うか、技術の方が物を言う。

 あなたは通路を探すのがめんどいからとか程度の理由で壁をブチ抜くくらい採掘技術に熟達しているのだ。

 いざという時は壁をブチ抜くのに問題がないことが分かったので、あなたは採掘道具を仕舞った。


 洞窟の道幅はそれなり。少なくとも5人くらいは並んで歩けそうな程度だ。

 戦闘にあたっては長槍を過不足なく振り回すのはちょっと厳しいくらいだろうか。

 短めに作った手槍程度のものなら存分に振り回せそうだが、べつに使う予定はない。

 あなたならともかく、レインには範囲型の魔法は使わないように言っておくべきだろう。


「そうね。こんなところで『ファイアボール』なんか使ったら大惨事でしょうし」


 あなたならモロに喰らってもちょっと熱かったと文句を言う程度で済むが、サシャはこんがりと焼けてしまうだろう。

 フィリアはどうだろう。死にはしないと思うが、それなりの重傷は負うと思われる。


「でしょうね。ついでに言えば私もこんがり焼けるわ」


 なので、範囲型の魔法は使用禁止。投射型の魔法を主に使ってもらうことになる。

 貫通力に優れる部類の魔法ならば、むしろこの道幅の狭さは利点にもなりうる。

 相手の行動が制限されるので、複数を同時に討てる可能性が高まる。

 こうした環境を踏まえて戦うのも冒険者には大事な技能と言えるだろう。

 まぁ、環境を力づくで変えてしまうのも手段のひとつだが。


 また、あなたはサシャに対し、剣の振り方には気を付けるようにとも伝えた。

 振り回すような使い方をすると、壁に叩きつけてしまうこともある。

 べつに剣をへし折っても怒りはしないが、その場合大きな隙を晒してしまう。


「わかりました。ちなみに、対応策ってたとえばどんなのが?」


 振りをコンパクトにするというのは基本だろうか。

 突きを主体にするとか、あるいはいっそ武器を変えてしまうとか。

 柄が短めの手軽な打撃武器、メイスの類を使うのもいいだろう。

 あるいは、ちょっとくらいなら力づくで叩き切ってしまうとか。


「えーと……それは、壁をですか」


 壁をである。まぁ、相当な馬鹿力がないと無理だが……武器も頑丈なものが必要だろう。

 少なくとも、それなりの品質の普通の剣では無理だ。魔法がエンチャントされた頑強な武器が必須だ。


「むせ返るほどに濃厚な筋肉の香りがする対応策ですね……ううん、策って言えるのかな……?」


 ちなみにあなたなら、こう言った場面で戦わざるを得ないなら主にメイスなどを使う。

 または、弓を引くのに十分な広さはあるので、そもそも近接戦をしないとか。

 通路を通って出て来る手合いならば、好き放題に撃ち込めるだろう。


「なるほどー……えーと、この洞窟に出る敵は、主に人型生物なんでしたよね」


 あなたは集めた情報を思い起こす。


 ソーラス大迷宮第二層、岩窟。この階層は主に人型生物が出現する。

 ゴブリン、ホブゴブリン、オークと言ったような、それなりの知性を持つ手合いだ。

 ここは迷宮であるから常識の範疇にある生態系などはなく、まるで舞台装置のようにモンスターが出現する。

 知性はあっても意思疎通は不可能であり、常に敵対的で、殺意に狂っている。


 先ほど述べた連中はゴミのように出て来ては、ゴミのように片付けられているが……。

 ミノタウロスやトロルと言った巨人種に分類される類のモンスターすらも出現するという。

 たしかに人型生物の分類には入るわけだが、そうした手合いと遭遇すると極めて危険だ。


 大きいということは脅威であり、この閉所では余計に脅威になる。

 相手は大きいから動きが制限されるという都合もあるが、こちらも避ける範囲が制限される。

 平野ならば戦いようがある相手も閉所になると脅威になることがあるものだ。


「気を付けて進みましょう」


 今のところ道は一本なので、前だけを警戒していれば済む。疲労も抑えられるだろう。

 あなたはレインの言葉に頷くと、サシャの隣に立って歩きだした。



 湿った空気の漂う洞穴を歩くのは、それなり以上に不愉快である。

 暗所であることから足元の確認も難しく、またでこぼことして歩きにくい。

 こうした地形を歩くと、通常以上に疲労をため込んでしまう。

 うんうん、冒険とはこのようなもの……あなたは内心でそんなことを考えていた。


「ご主人様、なにかいます」


 サシャが声をあげる。あなたは周囲に意識を巡らすと、なるほどたしかにいる。

 一本道の先に、2体の人型生物。大きさは、人間基準で言えば巨躯と言えるだろう。

 こちらへと向かって歩いて来ている。1分もせずに遭遇するだろう。

 あなたの感知範囲ではあるものの、サシャはどうして気付いたのだろう。サシャが気付ける距離ではない気がする。


「すごく臭います。これ、たぶんオークの臭いです。独特の……苦い? 感じの香りがするって聞いてます」


 あなたは鼻をくんくんと鳴らす。特に何も感じなかった。

 獣人と言うのは本当に感覚が鋭いのだなぁとあなたは感心した。

 あなたの身体能力は超人のそれだが、五感は鋭敏であれど人の域を超えないのだ。

 そう言う意味では、サシャの嗅覚と言う身体能力はあなたを超えているのだ。


「敵ってわけね。さぁ、どうする?」


 あなたはちょっと考えた後、1体ずつ自分とサシャで倒すと提案した。

 フィリアとレインには後ろから援護をして欲しいと。ここで魔法を使って消耗しても面白くない。

 その際には、フィリアはサシャの援護を。レインには自分の援護をして欲しいとも付け加えた。


「了解です、お姉様」


「分かったわ。やりましょう」


 こんな風に相談してから戦闘に入れるとは、なんとも恵まれた戦闘だ。

 あなたは内心で苦笑しつつ、腰に下げていた刀を抜き払った。


 そして、歩いていた相手が距離が近付くにつれ、足を速める。

 こちらは明かりで周囲がよく見えるが、逆に言えばそれは遠方からでも相手はこちらが見えるということ。

 相手の周辺にも光が届き始め、周囲の様子を伺えるようになったのだろう。それが足を速めたのだ。


 インクを零したように真っ黒い闇の中から、染み出るように現れたのは、醜い人型生物だった。

 これがこの大陸のオークかとあなたは感心した。まるでブタと人間を混ぜ合わせたような醜い生物だった。

 エルグランドのオークは酷く醜いことと、腐ったような肌の色以外は人間のような外見をしている。大きさも体格も人間に等しい。

 知能こそあれ、創造的なことができる知性はなく、破壊と殺戮しかできず、そのくせ繁殖力だけは優れた惨めな生物である。


 こちらのオークはブタと人間を混ぜ合わせた上で、極めて屈強な体躯を持っている。

 分厚い筋肉の上に、たっぷりと脂肪を乗せた、レスリングを得意とする者たちのような体形だ。

 これはなるほど、生まれながらの戦士の種族と言われるだけはあるだろう。彼らは野蛮でこそあれ戦士なのだ。

 こちらの大陸のオークは文化的な生活を営める知性があるというので、いずれオークの共同体などを見るのが楽しみである。


 そんなことを考えつつ、一気に肉薄し、手にした粗末な槍を突き出してくるオークにあなたは応戦する。

 立ち位置を3歩ほど変え、突き出されて来た槍を、斜めに構えた刀で上方へと打ち払って止める。


 返す刀に振るった刃がオークの胸を深々と切り裂き、どぷりと赤い血が溢れ出した。

 しかし、オークはその負傷を意にも介さず、槍を振り上げて打ち下ろして来た。

 なるほど、賢い。慣れていない者は槍で突きたがるが、槍で強いのは打ち下ろしだ。

 視界の外に穂先を出された状態で振り下ろされると、非常に対応しにくく、威力は重力も相まって強力なのである。


 まぁ、狭く天井も低い洞穴であるから、さほどの高さまで振り上げられてはいないのだが。

 生粋の戦士の種族とは、こんな場所で発生する連中であっても変わらない種族の定めなのだろうか?

 そんなことを考えつつも横に一歩躱し、後頭部に石の直撃を受けながら刀を振るい、オークの腕を切り飛ばす。


「ブォオオオ!」


 オークが咆哮を上げながら、残った手で槍を握って捻りを加えてながら突き出して来た。

 あなたはこれをまた躱し、上空を飛んでいく石ころを見送りながら、雷光の如き刺突を繰り出す。

 その一撃はオークの心臓部を貫いた。普通なら即死だが、オークは生存本能か、あるいは闘争本能か、あなたの刀を槍を棄てた手で掴み止めた。

 ほう、と感嘆の溜息を吐いたあなたは刀を捻って心臓を抉ると、刀を引き抜いてオークの頭を刎ね飛ばした。

 あなたは刀に豪快な血ぶりをくれてやった後、ボロ布を『ポケット』から取り出して刀を拭った。


「ご、ごめんなさい……」


 戦闘が終わったことを察知したレインがそのように謝って来た。

 先ほど後頭部に叩き込まれた石のことだろう。次に投げた石は掠りもしなかった。まぁ、味方に当てるよりはいいが。

 コントロールの練習もしましょう、とあなたはレインに端的に告げた。


「そうするわ……」


 一方のサシャの方を見やると、肩口を血で濡らした状態ながら戦闘を終えていた。

 返り血と言うわけではないだろう。返り血ならば、肩を手で押さえて蹲りはしない。

 オークの胸に2本のボルトが突き刺さっているあたり、フィリアの援護がだいぶ利いたようだ。


 まだまだ課題の多いパーティーだ。だから面白い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る