7話

「サシャ、久し振りだね……」


「あ、ライリー。ライリーはロモニスの冒険者学園にいったのね」


「むしろ、サシャがサーン・ランドの冒険者学園にいるのが変だと思うんだけど……?」


「そう言われるとその通りなんだけども」


 サシャを探していたところ、ロモニスの生徒と話し込んでいるところだった。

 腰に剣を吊った少年だが、どこで知り合ったのだろう?


「あ、ご主人様」


「あ、あなたは……ど、どうも」


 どうも、ライリーと呼ばれている少年はあなたに覚えがあるらしい。

 サシャと顔見知りと言うことは、スルラの町の人間だろうか?

 スルラの町について思い出していると、そう言えばサシャの幼馴染と言う少年がいたことを思い出す。


 あなたはライリーに向けて、サシャは強いぞと忠告を送った。

 これは身内びいきなどではなく、本当にサシャは強いのだ。

 軽装の剣士としては現状サーン・ランド冒険者学園でもトップ層だ。

 魔法もすでに第1階梯の呪文の多くを習得し、魔法剣士を名乗れる。


「そうであっても負けるつもりはありませんから……サシャ、本気でやって欲しい」


「もちろん。ちゃんと勝ち上がって来てね」


「あたりまえさ」


 サシャは間違いなく勝ち上がれるだろうが、ライリー少年はどうだろう。

 まぁ、その辺り含めて、楽しんで観戦するとしよう。

 年若い少年少女の青春ほど楽しめるものはない。




 サシャが危なげなく勝ち上がって行く。

 そのほかにも、あなたが手ほどきをした生徒たちが勝ち上がって行く。

 あなたが指導した生徒は飛躍的に成長するため、頭ひとつ抜けているのが分かる。

 あなたからすると、あなたが指導した以外の者の成長が鈍いのだが。


 あなたは基本的に優しく手取り足取り教えるタイプだ。

 エルグランドでは手緩いと言われるほどに穏当なやり方をする。

 しかし、基本事項として鬼畜の入っているエルグランドが基準である。


 サシャをイノシシやクマにけしかけて、瀕死になるまで戦わせたり。

 サシャを意図的に見殺しにするために防具を与えなかったり。

 こんな真似をしていても、エルグランドでは優しいのである。

 つまり、あなたは自覚なき地獄のスパルタ指導をしていた。



 サーン・ランドの生徒の勝ち上がり率が高い。

 ロモニスの生徒も頑張ってはいるのだが。

 まぁ、頑張った程度で勝てたら誰も苦労はしないと言うことだ。

 頑張りは決して無駄ではないし、尊い。

 でもかならず結果に結びつくわけではない。

 悔しいだろうが仕方ないのだ。


「さすが、強いわねぇ」


「魔法無しとは言え、サシャちゃんは圧倒的ですからね……」


 魔法使いのレインは武器種別対抗戦は免除組だ。

 フィリアは遠距離武器部門で出場している。

 ちなみに遠距離部門はお互いを射撃したら手加減もクソもないので、的当てでの試合形式だ。

 他の武器を使う部門も、ちゃんと模擬武器を使っての試合をしているのだし。


「この場合、サシャに天性の才能があるの? あなたに指導の才能があるの?」


「お姉様の方だと思いますよ。サシャちゃん自身、並み以上の才能はありますけど……」


 まぁ、サシャが強いのは身体能力を爆裂に増強したのが強いだろう。

 そして技量自体も決して低くはない。高くもないが、他に見劣りはしない。

 身体能力が増強されていなくても、順当に勝ち上がれるくらいの水準にあるだろう。


「なるほど」


「身体能力が高いと、それだけで他の難を補って余りありますからね……」


 加えて言うと地味に強いのが『ポケット』だろう。

 サシャは結構いろいろ荷物を入れているらしく、かなり重い。

 サシャの体重と『ポケット』の荷物を合わせ、100キロ超えくらいだ。

 体重が重いと、それだけで打撃の威力が劇的に向上する。


「思うんだけど『ポケット』って実は戦士向け補助魔法なんじゃないの?」


「それはありますね」


 フィリアが感慨深く頷いた。


「『ポケット』の魔法って、装備品もすぐに仕舞えるし、逆に身に着けることもできるんですよ。一瞬で鎧が脱ぎ着できちゃうんですよね」


「便利ね、それ」


「はい、すごく。気付いたの最近なんですけどね」


 もっと早く知りたかった。

 そんな顔をするフィリア。

 もちろんあなたはそうした応用は出来たのだが。

 エルグランドではだれでもできたので、教えるという発想がなかったのである。


「っと、そろそろ決勝ね。サシャと……ロモニスのライリー……どこかで見覚えがある顔ね」


「そうですか?」


 あなたはレインに、以前にスルラの町でサシャの家に尋ねて来た少年だと教えた。


「ああ、あの時の。そう言えば冒険者になるとか言ってたわね」


「へぇ、サシャちゃんの幼馴染。お姉様、木っ端微塵にしちゃだめですよ」


 どうにもあなたへの信頼が薄い。

 あなたはべつに男嫌いではない。

 ペットに手を出す男を始末するほど狭量でもない。

 無論、合意なしの暴行なら話はべつだが……。




 サシャとライリーの試合がはじまる。

 サシャは右手で剣を握り、左手は空けている。

 両手で剣を握らないなら盾を持ってはどうかと提案したのだが。


 左手は空いていない。

 自分の背中を持っている。

 これ以外に持つ余裕はない。

 とのことらしい。


 サシャが勢いよく駆け寄り、ライリーへと剣を叩きつける。

 ライリーはそれを見るや、盾の縁で受け止め、流す。

 木剣で殴りつけたにも関わらず、金属で補強された盾が歪んでいる。


「ぐっ! まだっ!」


 ライリーが呻きながらも、裂ぱくの気合と共に剣を振るう。

 サシャが身を翻してそれをかわすと、掬いあげるように斬撃を放つ。


 通常、剣は重力を味方にした方が威力も速度もでる。

 だが、サシャの超人的な膂力はその常識をも覆す。

 ライリーの盾が弾き飛ばされ、宙を舞った。


「まだだっ!」


 続けざまの剣がライリーを襲ったが、ライリーが後方に跳んでかわす。

 剣の技量はサシャに何歩か及ばないようだが、防御の技術がいい。

 受けと避け、どちらの防御もよく仕上がっているのがわかる。

 サシャは性格的に攻撃偏重型のようで、避けはともかく受けが粗末なのだ。

 性癖がサドだからではないと思いたいところだが……。


「よく避ける!」


 吼えながらサシャが舞うように剣を振るう。

 体重移動と重心移動がきわめて巧みだ。

 両手で制動をかけているかのように揺るぎない動作だ。


 磨かれた剣速も感嘆の息がでるほどすばらしい。

 剣の威力や巧みさは、才能や素質で割とどうにでもなる。

 だが、速度。これだけは数えるのも億劫なほどに剣を振らなければいけない。

 磨きに磨き抜いた技量だけが、奇跡のような剣速を実現するのだ。

 サシャの努力がよくうかがえる剣と言えるだろう。


 訓練期間や、訓練に臨む環境、そして周囲の人間。

 どちらもサシャの方が恵まれているが、ライリーもそれに食らいついている。

 才能的にはライリーの方が上と考えるのが自然だろう。


 ライリーがサシャの剣を受け流しつつ、さらに肉薄する。

 肩と肩がぶつかり合うほどの超インファイトだ。これは厳しいか。

 サシャには冒険向けの剣技を……対人外用の剣技を中心に教えている。

 そのため、取っ組み合いの距離まで行った際。

 その場合の戦技はさわり程度しか教えていない。


「うああぁっ!」


「うっ!」


 そして、ライリーの気合の頭突きがサシャの鼻っ柱を襲った。

 人体で一番硬い部分で、人体急所のひとつでもある鼻を叩かれたのだ。

 その威力はすさまじく、並の人間ならば目が眩んでのけぞるだろう。


 が、サシャはそこを気合か本能か、あるいは反射か。

 いずれにせよ、余人には伺い知れぬ流れで捻じ伏せた。

 殴られた直後、拳をライリーのこめかみに叩き込んだのだ。


 ライリーが地面を2~3度ほどバウンドして飛んでいく。

 あの勢いと、殴られた位置。死んだんじゃないか?

 サシャは目が眩んでいるのか、ふらふらしつつ鼻を抑えている。


 ライリーは吹き飛んだ先でグニャグニャと変な動きで後転している。

 勢いよくのけぞったら、そのまま吹き飛んでしまったみたいな動きだ。

 おそらく殴られた衝撃で頭か神経のどっちかがやられたのだろう。

 残念ながら、このまま死ぬか、廃人となって一生寝たきりだろう。


「救護班急いで! 手早く助けてあげてください!」


「ウッス! 回復魔法いくッスよ!! 『重傷治癒』ッス!」


 まぁ、魔法による治療があれば、話は別だが。


 すぐ傍で待機していた信仰魔法の使い手がステージへ。

 そして地面で痙攣しているライリーを手早く治療する。

 ぼんやりと淡く光る手を押し付けられたライリーの陥没した頭が戻って行く。


 まぁ、回復魔法で助かる程度でよかった。

 サシャが万全だったら頭が弾けていただろう。

 そうなったらフィリアじゃなければ助けられなかった。


 いちおうあなたも蘇生魔法の持ち合わせはあるのだが。

 使ったらストックが減る。なので使いたくない。

 アンデッドになって蘇るかもしれないから様子見ではダメだろうか?


「ライリーくん、いい線いってたんですけどね……」


「サシャのラッキーパンチがいいとこに入っちゃったものねぇ」


「まぁ、サシャちゃんの膂力ならどこに入っても致命傷ですけどね……」


「言われてみればそうだわ」


 それでも、ライリーはかなり健闘した部類に入るだろう。

 サシャに1発2発入れるのはそう難しくはないのだが。

 サシャの攻撃を受け流したのはなかなかにできないことだ。

 後半戦に入っていたため、サシャの試合を観戦できていたのも要因としては大きかろうが。


「これでサシャの優勝ね。いまのところサーン・ランドの連勝ね」


「大型武器部門はどうでしょうね」


「フィリアも遠距離攻撃部門を獲って欲しいわね」


「ええー……がんばりますけども……」


 などと自信なさげな雰囲気を醸し出すフィリア。

 しかし、小型武器部門に出場しなかった時点で勝つ気満々なのが分かる。

 フィリアは冒険者学園では戦士としての訓練に励んでいるのだ。

 その成果を試すなら小型武器部門に行くのが無難なのである。

 なのに遠距離武器部門に出場したのはそう言うことだろう。


「さて、そろそろ時間ね。私はリドルの方に出場してくるわ」


「私は徒競走ですね。ちょっといってきます」


「フィリアは1000メートル走だったわね。あなたは?」


 あなたは3000メートルである。


「また長いの選んだわね……」


 まぁ、あなたなら30秒で走破できるわけだが。


「あなたならそうでしょうね……」


 長距離はみんな好まないのであなたにお鉢が回ったのだ。

 あなただって、べつに3000メートルに出たかったわけではない。


「まぁ、そうでしょうけども。じゃ、行って来るわ」


「がんばってくださいね。私も行ってきます」


 2人が去って行ったのを見送る。

 あなたもあなたで出場する荷運び競争の会場へと急いだ。




 用意されていた模擬荷物が満載の荷車を丸ごと担いでブッチギリの優勝を決めた。

 サーン・ランドの生徒は爆笑し、ロモニスの生徒は眼をしきりに擦っていた。

 あなたの出番が終わった後にサシャの番なので、ついでに見学する。

 こちらも同様に荷運び競争で無双するサシャ。やはり身体能力の差が如実に出る。


 謎解きや荷作り競争、設営競争などを順当にこなしていく。

 やがて、日が傾き出し、そろそろ夕暮れと言った頃合い。

 ついにメインイベントたる、冒険者対抗試合の時間がやって来た。



 サーン・ランドを代表する冒険者チームが2つ。

 そして、ロモニスを代表する冒険者チームが2つ。

 それぞれの学園を代表する猛者たちだ。


 あなたのチームは、あなたを筆頭にサーン・ランドの成績優秀組だ。

 残念ながら、チームのメンバーはEBTGのメンバーではない。

 サシャは残念ながら選抜試合に負けてしまい、選考落ち。

 レインも同様に……と言うか出たくなくてサボった節がある。

 フィリアは真面目に頑張っていたのだが……戦士枠で出場しようとしていたため、残念ながら選考落ちだ。


 まぁ、選抜されたメンバーは決して弱くない。

 弱くはないのだ。そう、間違っても弱くはない。


「今回、我々冒険者学園に胸を貸してくれるのは、大型モンスターとの戦闘を専門とする冒険者チーム、ハンターズです!」


 そのように紹介されるモモロウ。見間違いと思いたかったが、本物のようだ。

 あれを冒険者学園の生徒相手に出すのは卑怯が過ぎると思われる。

 冗談抜きで、冒険者学園の全生徒を纏めてぶつけても勝てないだろう。


「ハンターズの皆さんは誰もが超一流の腕利き。皆さん大変おきれいな方ばかりですが、へらへらと戦わないように!」


 などと釘を刺す司会進行役。

 しかし、どうみてもメンバーがハンターズじゃない。


 黒と金のリボンで目元を覆い隠した白銀の髪の美女。

 そして真っ白な髪はともかく、真っ白な目をした少年とも少女ともつかない人物。

 ぬめるような金属光沢を持った頭髪の紫眼のエルフ。

 黒髪に黒目の野生味溢れる獣人の美女。


 どう考えてもハンターズじゃない。どこから引っ張って来たのだろう?

 しかし、全員が見るからに強そうなのである。

 これはへらへらと戦ってはいられないだろう。


 あなたがへらへらしていられないところから分かるように。

 この学園の冒険者見習いでは、逆立ちしても、天地がひっくり返っても、勝ち目はなかった。


 招くにしても人選ミスが過ぎるだろう。

 あなたは学園上層部の正気を訝った。

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