6話

 サーン・ランドを撫ぜる潮風が、にわかに熱を帯び始めた頃。

 初夏の日に、学園対抗演習がはじまった。

 そして、まず大混乱が起きた。


 学園対抗演習は、王国内に存在する学園同士での演習だ。

 サーン・ランド冒険者学園は、ロモニス冒険者学園と。

 比較的距離の遠い学園同士が演習をするのが通例らしい。

 談合を防ぐとか、事前偵察を防ぐとか、そう言う意図があるらしい。


 昨年もロモニス冒険者学園と対抗演習が行われた。

 すると、昨年に2年次だった生徒は3年次となっている。

 昨年ぶつかり合い、敢闘を讃え合った相手がいるのだ。


 ところで、サーン・ランド冒険者学園はいま女学園と化している。

 昨年は男子生徒だったものが、すべて女子生徒になった。

 すると、何が起きるか。


「お、おまえ、女だったのか!?」


「いや、無理くない? 無理がありすぎない? 去年おまえ身長190センチくらいあるゴリラだったよね?」


「そもそも去年みんなで一緒に風呂入ったじゃあねえかよ! 1年後にみんな女になってるなんてそんなことがあるかよ!」


 と言ったような混乱が巻き起こっていた。

 学園側はあなたに演習の時だけでも戻してあげて欲しいと要請はしているのだが。

 1人あたり金貨10万枚を要求したら何も言わなくなった。


「すまない、欲望に弱いバカで本当にすまない……! いつか戻ろうとしていても目途が立っていなくて本当にすまない……!」


「だってよ……! メチャメチャ可愛い後輩が、エッチなことさせてくれるって言うんだぜ……! 断れるかよ……!」


「女の子の体は……いいぞ。肌が弱くなって痒かったり、月のモノがつらかったり、いろいろと大変なことはあるが……みんながちやほやしてくれて……いいぞ」


 なんとか男に戻ろうと足掻いている者。

 前向きに女子生徒をやっている者。

 むしろ適応しまくって、戻ろうと毛頭思っていない者。

 反応は種々様々だが、みんな違ってみんないい。


「ま、まぁ、いい。今年の勝ちはもらったようなもんだな! 全員が女子生徒なら、俺たちの方が有利だ!」


「なにを! こっちにはな、メチャ強イカれ色狂いの後輩であるセンパイちゃんがいるんだぞ!」


「なんのなんだって!? 後輩である先輩!?」


「センパイちゃんはな、強いんだぞ! ギロチンの刃が通らないくらい頑丈だし!」


「まず、ギロチンにかけられたのか!? なんで!?」


「毒も効かないからパスアウェイフィッシュをムシャムシャ食えるんだ!」


「えええええ……」


「海賊100人を小舟に乗せられるようにする魔法も使えるんだぞ!」


「どうやるんだよ!?」


「灰にして載せるに決まってるじゃん」


「え、なにそれ、怖……サーン・ランドの海賊に対するヘイトの高さなんなの……」


 港町だからか、サーン・ランドにおける海賊の扱いは手厳しい。

 殺しに慣れさせてやろうと山賊を捕まえた時もそうだった。

 海賊はリンチにして殺す。

 山賊は官憲に引き渡す。

 どちらも悪党なのにだ。

 不思議な話である。


「センパイちゃんにかかればな、おまえらなんかチョチョイのチョイだ!」


「学園の誰も勝ててねぇからな!」


「なんなら教師陣も勝ててねぇからな!」


「調子こいたOBだってそうだぜ!」


「センパイちゃんにわからされてOGになってるからな!」


 あなたの威を借るなんとやらになっている生徒たち。

 まぁ、冗談半分ではある。対抗演習は個人戦ではないので当たり前だが。


「ま、負けるかよ! こっちには期待のルーキーだっているんだぜ!」


「俺たちだって、おまえらに負けないために1年みっちり学んで来たんだ!」


「冒険者は個人の強さじゃなくてチームワークだってことを分からせてやる!」


 威勢よく声を上げ、士気を高めるロモニスの生徒たち。

 男子が主体だが、きちんと女子生徒もいる。

 まったく美味しそうなことこの上ない。

 対抗演習が終わるまでには口説き落としたいものだ。


 生徒ら同士の口上が終わる。

 名目上は生徒同士で正々堂々戦うことを誓う時間らしい。

 まぁ、だいたいは勝利宣言の場になっているそうだが。




 学園対抗演習の演習項目は多岐に渡る。

 序盤は冒険者らしさの薄い、各武器での試合。

 徒競走、荷物を背負っての移動、謎解きなどなど。


 やがて冒険者らしさを帯びていき、各種モンスターの特徴クイズ。

 例題に適した荷造りをする、荷造り競争。

 野営のための野営地の設営競争。


 合間には完全に娯楽目的の演目も催される。

 有志が集まってダンスを披露したり、自慢の冒険料理を振る舞ったり。

 特殊な呪歌まがうたと呼ばれる技法を用いての演奏。


 対抗演習とは言うが、実態としてはお祭りに近い。

 体育祭よりもずっと娯楽性の強い内容で、観客も多い。

 エルグランドの体育祭は、健全な肉体を育むための競争、試合なのだ。

 内容も円盤投げとか槍投げとかレスリングとか、実用的なものばかりだし。


 観客もそうだが、参加者たちも浮かれ気味だ。

 あなたも楽しみである。


「今年は凄いゲストを呼んでるってウワサよ。凄腕冒険者らしいわ」


「と言うことは、ご主人様が当たるってことですよね」


 基本的には全種目に全員が参加するのだが、一部の演目は選抜のものがある。

 最大の見せ場である、冒険者対抗試合もそうである。

 これは現役冒険者を招いて試合を行うものである。


 在校生側、卒業生側どちらもパーティー戦だが。

 普通は卒業生側が勝つ。当たり前ではあるが。

 まれに在校生側が勝つと大変盛り上がる。人はみな下剋上が好きなのだ。


 そして、あなたなら現役冒険者にも勝てるだろうと期待されているのだ。

 まぁ、実際にあなたに勝てない相手がいるかと言えば、まずいないだろう。


「ま、あなたなら問題ないでしょ。むしろやり過ぎないようにね」


「万一殺してしまったら、その時は私がいますからね」


 などとフィリアに安心するように言われた。

 どうもいまいち信用されていないらしい。

 あなたはどちらかと言うと、手加減は得意な方なのだが。




 最初の種目、武器種別対抗戦。

 同じ武器を使う者同士で試合をする。

 大別して、大型武器、小型武器、素手、遠距離武器、投擲武器部門に分かれる。


 あなたは学園側からの、人数が少ない部門に回って欲しいという要請。

 そして身近な人間からの「自分とこに来られると絶対に勝てないからよそにいけ」と言う要請を最大限考慮した。

 その結果、あなたは素手部門に回っていた。


 あなたは基本的には武器を使う。

 そっちの方が強いから当たり前だ。

 素手は最も短く、最も軽い武器なのだ。

 武器は長いほどに、そして重いほどに強い。

 使いこなせる程度に、と言う枕詞は必須だが。


 もちろんそれは、正面対決を考えてのこと。

 日常においては携帯性が問われたり、場所によっては取り回しのよさが尊ばれたり……。

 いろいろな要素があるものの、いずれの場合においても素手はあまり顧みられない技法だ。


 まぁ、指は簡単に折れるし、拳が砕ければ武器も握れなくなる。

 しかも素手で殴るよりも、そこらの木の棒でぶん殴った方がずっと強いのだ。


 そのため、あなたは素手での戦闘にはあまり自信がなかった。

 まぁ、それでもあなたはあまり不安は感じていなかった。

 なにしろ、基礎能力の次元が違い過ぎるのだ。




 武器種別対抗戦の順番が恙なく進んでいく。

 試合の回数は多数に渡るため、3分の時間制限があるのだ。

 決着がつかなければ、審判が優勢の判断を下してそちらの勝ちとなる。


 やがてあなたの出番がやって来て、試合のステージへと呼び出される。

 ロモニス冒険者学園の生徒が相手のようだ。

 鍛え抜かれていることがありありと分かる禿頭の男性だった。


 入学に年齢制限がないとはいえ、若年層が多いのだが。

 どうも見る限りは30を過ぎている壮年の男のようだった。

 相手は油断なく拳を握り、構える。


「両者、準備はいいですね。試合、開始!」


 男が鋭い脚捌きであなたへと一挙に肉薄する。

 瞬間移動でもしたのかと見紛う鋭さだ。

 そして繰り出される拳。


 あなたはそれをパシンと受け止める。

 そして相手の拳をそのまま握り締めると、持ち上げて地面に叩きつけた。


「ええ……しょ、勝負あり! 双方離れて!」


 審判のドン引きしたような声を聴きつつも、言われた通りに離れる。

 地面に叩きつけられた相手はグンニャリと伸びていた。



 相手を掴んでは地面に叩きつけてあなたは勝利を重ねた。

 まぁ、ちょっとイメージと違うが、素手であることに違いはない。

 ストライカーではなく、グラップラーだったというだけの話だ。


 やがて決勝戦となり、やはり地面に叩きつけてあなたは勝利する。

 周囲からの「まぁそうなるな……」と言った視線を感じつつも、あなたは勝利を称えられる。

 その最中、あなたは自分へと向けられている鋭い視線を感じ、そちらをさりげなく確認した。


 真白い髪に白い目をした、少年とも少女とも取れない人物があなたを注視していた。

 たたずまいだけで、なんとなく強いことが分かる相手だった。

 この学園、あるいはロモニスのOB、あるいはOGだろうか?


 あなたの見る限りでは少女のように見えるのだが。

 なんとなく少年のような気もして、あなたは首を傾げた。

 パッと見であっても、あなたに性別を見抜かせないとは。

 いったいどういう技術かは分からないが、すごい技術と言えた。


 ともあれ、この後はサシャとフィリアの試合を見に行く約束だ。

 あなたは祝福されつつも場を辞し、可愛いペットたちの試合を見に向かった。





「どうだった、ジル」


「バケモンですね。とにかくあらゆるステータスが超高レベルで纏まっています。まさにエルグランドの冒険者って感じです」


「で、そのバケモンを倒す手立てに心当たりは?」


「あります」


「すげぇな。あるのか」


「まぁ、心当たりがあってもそれを実行できるかはまた別の話ではあるのですが」


「そうだな。全部避けて全部当てればノーリスクで大金持ちになれるんだから狩人なんかチョロい仕事だもんな……」


「彼女の底が見えなかったので、とりあえずサクラさんと同程度と見積もって話します」


「ああ。エルグランドの子供好きのクソ女な」


「はい。彼女の脅威は、とにかくファッティなステータスです。特殊な法則を働かせるような類の技や能力はありませんが、次元違いに基礎能力が高い。あと毎ラウンド30回くらい追加ラウンド叩き込んで来る無法なスピード能力ですね」


「そうだよな、あのクソ女、剣が刺さんねーんだもん」


「厳密に言うと刺さってはいるのですけど、ヒットポイントがあまりに高過ぎて真っ当にやってたら話にならないんです」


「んで、どうやったら倒せるんだ」


「そのファッティなステータスを無視できる戦い方をする、これに尽きます」


「それで、その戦い方は出来んのか?」


「はい。幸い、レイザーエッジは予備を用意していたのでなんとかなります。後はこれを参加者全員がなんとか装備するだけです」


「なんとか装備って……装備するのになんか障害あんの?」


「対策なしで装備すると8割くらいの確率で死んじゃうんですよね、あれ」


「なんでだよ……」


「そう言うものだからとしか。生命判定をなんとか潜り抜ける必要があるので、そこからですね。まぁ、そのあたりのインチキは得意な方です。なんとでもしますよ」


「そうか。で、それが出来ればなんとかなるのか?」


「いえ、攻撃を届かせるという部分は装備だけでなんとかなる程度には容易いのですが、問題はこっちが死なないようにする手立てです」


「難しいのか」


「はい。確定回避の効果を発揮できる種類の呪文を連発するか、もしくは相手の攻撃をなんらかの手段で無効化するか。攻撃範囲外に離脱するという手段は不可能です」


「手立ては?」


「呪文で補い続ければなんとか……しかし、私1人では無理です。最低でも防御のためだけに術者が2人、前衛が1人欲しいです」


「すると後2人でなんとかこっちが攻撃を届かせる必要があると」


「はい。それさえクリアできればなんとかなると思いますよ。試合の上でなら」


「実戦じゃなけりゃ勝ち筋はいくらでもあるからな。よし、指揮官役はジルに任せた。好きなように命令してくれ」


「わかりました。なんとかします。幸い、こちらもドリームチームですからね。無法なことこの上ない追加ラウンドの暴力さえ乗り越えられれば、こっちの勝ちの目の方が多いですよ」


「へへへへ、あのメスガキをキャン言わせるのが楽しみだぜ」


「レベルがレベルなので、経験点がすごそうで私も楽しみです。成長回数が500を超えると、1回や2回ではもはや誤差ですが、やはり成長は歓びですから」


「よく分かんねーけど、やったろうぜ」


「はい」

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