43話
十分に体を温めた後は、食事を摂って野営をする。
そして、毎日500メートルのペースで登るルートを策定する。
「毎日500メートルなぞチンタラやっていては、巨人に襲われ放題だぞ」
「問題そこよね。やっぱり、霜巨人もいないような険しいルートを登るしかないのかしら……」
「うう、私のせいですみません……」
「こういうのは巡り合わせですよ。もしかしたら私が高山病になってたかもしれませんし、気に病まないでください」
そう言うわけで、以前の登りやすいルートは諦める。
峻嶮と言うか、絶望と言うべきルートを使う。
こんなの登れるわけないだろ……というルートならば霜巨人だっていないはずだ。
あなたはそう言ったルートをわざわざ探し、そこを進んだ。
全員が揃って登ったら、危険が危なくてデンジャラスだ。
なので、あなたが先に登って、ルートを確保。
その後にメンバーがそのルートを登る。
時間はかかるがこれが安全で確実だろう。
どうせ、1日500メートルしか登れない制限があるのだし。
あなたの負担が爆裂に重いが、体力的余裕も爆裂にあるので問題ない。
約4時間かけて、あなたたちは500メートルほど登山した。
途中で休憩をたくさん取ったこともあり、ペースは極めて遅い。
しかし、そのおかげもあってか、フィリアの体調に問題は出ていない。
「霜巨人にはまったく遭わなかったわね」
つまり収入もゼロだったということになる。
「そうなのよね……」
このルート、実入り的にはナシなのでは……?
あなたはそう思ったが、あまり細かいことは気にしないことにした。
きっと、5層ならもっとすごい実入りが期待できる。
なのでここはさっさと踏破するのが正解……なのだと思いたい。
「だと、いいんだけどね……」
レインが深く溜息を吐いた。
それから5日をかけて、あなたたちは登山を続けた。
わざわざ難所を見つけ出し、わざわざそこを攻略する。
自分で自分を追い詰めるセルフトーチャー登山だ。
この山は扁平な形をした山で、そう昇るのに苦労はない。
しかし、すべての個所が扁平なわけではない。
切り立った崖も探せばあるし、大小の石で足場が不安定だったり、細い足場を渡る必要がある場所もあったりする。
そうした難所ばかりを選んで進んでみると、巨人がまったくいない。
この山を住処にしているからこそ、危険もよく知っているのだろう。
そのため、わざわざこんな危険な場所に寄り付きはしないらしい。
進行的な意味での難易度を取るか。
戦闘的な意味での難易度を取るか。
チームによって意見は分かれるところだ。
EBTGの場合は戦闘的な難易度を取った方が楽だろう。
フィリアのためにゆっくりとした進行ルートを選んだ結果こうなったが。
次は巨人を片っ端から薙ぎ倒しながら進むことも考えてみよう。
戦闘の危険、襲撃の危険はあるが、実入りも期待できることだし。
極めて激しい傾斜の斜面を、なかば登攀するような形で登る。
それをおよそ1時間続けている。15分ごとに斜面にしがみついて休憩しての登山だ。
山頂付近となると、高度は4000メートル近くあり、酸素もかなり薄い。
酸素は『水中呼吸』の魔法で劇的に改善し、フィリアの高山病も改善されたので問題はないが。
以前の肺水腫ほどの重篤さはなかったものの、発症自体はしていたのだ。
頭痛を訴えたり、吐き気を訴えたりと言った、そう言った不調程度だったが。
しかし、登山ルートの困難さ、峻嶮さはどうにもならない。
いや、地形を変える魔法もいくつかあったりはするのだが。
さすがに山丸ごとを改変するほどの魔法はなかった。
それでも、あなたたちは諦めなかった。
ついにあなたたちは5層『氷河山』の山頂へと到達した。
見渡せば、下方には暑い雲に覆われた視界がある。
見上げれば、まばゆいばかりに輝く太陽の輝き。
「すごい……絶景だわ」
「どこまでもどこまでも、谷と丘と雪……きれい……」
「まるで、黒い海に白い魚が泳いでいるみたいです」
あなたたちはその絶景に目を奪われ、しばしその光景を堪能した。
一方で、レウナは登山して来たルートの反対側を見下ろしている。
あなたはいったい何を見ているのかと尋ねながら、レウナと同じく見下ろしてみる。
「あれ、ドラゴンじゃないか?」
およそ500メートルほど下方に、開けた地形がある。
そこに、白い雪に埋もれながら横たわっている影。
それはレウナの言う通り、ドラゴン以外にあり得ない姿をしていた。
ちょっと距離があるので正確な大きさが分からない。
だが、成体なのは間違いなく、既に老年期にまで入った強力な個体と思われた。
ホワイト・ドラゴンはあまり強力なドラゴンではないが、歳を重ねればドラゴンは強大になる。
あのくらいの年齢までいくと、EBTGでも相当な激戦が予想される。
というより、メンバーの半分くらい死ぬのではないだろうか。
ドラゴンはそれほどまでに強力な存在なのだ。
牧場で雑に増やしたり、ちょっと珍しい肉くらいの扱いをするあなたが例外なのである。
「なるほど……地形が厳しい代わりに、ドラゴンとの戦いは避けられるルートだったのね、こっちは」
同じく下を覗き込んでいるレインがそのように言う。
実際のところ、ドラゴンとの戦いを完全に避けられるかは分からないが。
それでも、反対側の楽なルートを登っていたら、戦いは避けられなかっただろう。
そう言う意味で言えば、ドラゴンと戦わずに済むルートなのはたしかだ。
「この階層の最後を飾る強敵と言う意味では相応しいんですけど……戦うメリットがないんですよね」
フィリアがぼやくように、ドラゴンと戦うメリットはほぼ無い。
無論、強敵との戦いは素晴らしい経験となって、後々の糧となる。
しかし、マフルージャ王国のドラゴン素材は壮絶な暴落中なのである。
ヒャンの『終末』で、それはもう膨大なドラゴン素材が国内に出回った。
国外輸出は禁じられているため、国内在庫は凄いことになっている。
そのため、ドラゴン素材はまったくこれっぽっちも売れないほどに出回っている。
あのドラゴンが貯めこんだ財宝でもあれば、実入りはあるだろうが……。
「ドラゴンかぁ……」
サシャは憧憬を孕んだ眼でドラゴンを眺めている。
たぶん、戦って、倒してみたいのだろう。
以前のヒャンでの戦いは、集団戦そのものだったし。
少人数の仲間でドラゴン1体を壮絶な激戦の末に討ち取る……。
そう言う物語の英雄みたいな戦いをしてみたいのだろう。
まぁ、気持ちはわかる。そう言うのは憧れる。
「挑みたいと言うなら挑んでもいいが」
レウナがそのように訪ねて来たが、もちろんあなたは首を横に振った。
べつにドラゴンと戦いたい理由なんてないし。
さっさと次の階層に行こうではないか。
「そうだな。で、入り口は……やはり、あれか」
ほんの数メートル程度の広さしかない山頂。
その中心に堂々と鎮座するドア。まぁ、これが次の階層への入り口だろう。
あなたはドアに手をかけ、さっそく中へと入ってみる。
今までの通路と同じく、真っ暗い光景が続く。
そして、突如としてその景色が晴れ、あなたの肌に焼けるような熱が奔った。
痛みと言うほどではなく、あなたは呻きながら前へと進む。
今までの雪を踏みしめていた感触から一転、滑るような砂の感触。
見渡せば、ところどころに僅かな緑のある景色。空には灼熱の太陽が輝く。
熱を孕んだ風があなたの頬を撫で、足元の砂をさらって行く。
第5層『大砂丘』。そこは砂と熱の大地だった。
「うわぉ……雪山から一転、ステップ地帯とはね。まさに分かりやすい乾燥地帯だわ」
「うわー。乾燥地帯ですね。防寒着は脱ぎましょうか」
「見渡しが良すぎて不安ですね……敵に集まられないように気をつけなきゃ……」
「ほう、狩りが捗りそうな地形だな」
あなた以外はみんな余裕そうな態度だった。
こんなに暑いのに……と思ったが、よく考えたらみんな『環境耐性』を使っているのだ。
あれは寒暑どちらにも対応するので、この乾燥地帯の熱さも耐えられるわけだ。
あなたはさっそく自分に『環境耐性』をかける。
すると瞬く間に周囲は快適な気候に感じられ、あなたは額に浮いていた汗を拭った。
「向こうの方、水があるわね」
「ありますね。可能なら、体を洗いたいですね……いきます?」
「賛成です。暖かいところに来たと思うと、途端に気持ち悪く感じちゃって……あちこち痒いし……」
5日間、あなたたちは入浴をしていない。
たっぷりの水も無ければ、入浴に適した地形もなかった。
そもそもあんなところで入浴したら凍えてしまう。
あなたは平気でも他の面々は風邪を引きかねない。
まぁ、寒くて乾燥していたので、体の汚れはさほど気にならなかったが。
しかし、こんなところに来てしまうと、それも気になるもので。
あなたたちは遠目に見えた水源へと移動することとした。
「水は……まぁ、綺麗ね。寄生虫とかの可能性も否めないけど……」
「あまり飲まないようにしましょう。体を洗うだけに留めるのが安全だと思います」
水源はなかなかの大きさの湖、あるいは巨大な水たまりだ。
草の茂った水中の様子を見るに、おそらく水たまりだと思われた。
こうした水たまりには危険な人食い魚などが潜んでいることは少ない。
飲用は危険な可能性もあるが、体を浸けるのはそこまで危険ではないだろう。
あなたはひとまず、靴を履いたまま中へと入り込んでみた。
ぬるい水が肌に触れ、あまり気持ちよくはない。
水中には生命の気配はほとんど感じられない。
あなたは数メートルほど進んで、水中に身を横たえた。
ぬるいとは言え、体温よりは冷たい水だ。全身を浸ければそれなりに心地よい。
「どう?」
大丈夫そうだから水浴びをしよう。
あなたはそう提案した。
全員が服を脱いで、水たまりに体を浸す。
危険生物が体内に侵入する可能性も鑑みて、下着は着用したままだ。
ぬるいし、澄んだ水でもないが、たっぷりの水量で体を洗う心地よさは何物にも代えられない。
「あー……さほど綺麗な水でもないのに、気持ちいいですねー……」
「うむ、心地よいな。やはり、体をがっつり洗うには豊かな水がないとな」
レウナが実に豪快に体を洗っている。
あんなにごしごし擦ったら肌が傷みそうなものだが。
全員が心行くまで体を清めたら、次に洗濯をした。
あなたは洗濯と言う行為そのものが割と好きだ。
そのため、洗える機会があれば、こまめに洗濯をする。
「魔法で綺麗にすればよくない? ついでにやってあげるわよ?」
「私も手伝いますよ」
その一方で、レインとサシャは魔法を使っていた。
あなたは洗濯は自分の手でやってこそと言う持論がある。
使用人を何人抱えていても、洗濯は自分でやる派だ。
綺麗になった衣服を見るのは気持ちいい。
それを干しておくのも気持ちいいものだ。
「いえ、お洗濯ものを干すのが気持ちいいのはわかりますけど……迷宮の中ではやめた方がいいんじゃ……」
「一応聞くんだけどあなた、もしかして干してる自分の下着に欲情してるなんて言わないわよね?」
さすがにそこまで倒錯的ではない。
いくらなんでも自分の下着では楽しめない。
あなたはただ洗濯物が翻る光景が好きなのだ。
それはあなたが自分の家で見る馴染み深い光景だったからかもしれない。
家族がいる。それこそが洗濯物のある光景。
あなたにとってはそんな印象があるのだ。だから好きなのかもしれない。
「あなたにとっての暖かな家庭の象徴なのだな。とても素敵なことだ」
レウナがそのように微笑んで頷いてくれた。
分かってくれる? とあなたは尋ねた。
「ああ。私の場合は家族ではないがな。たくさんの洗濯物が風に揺れ、スープを煮込む香りがし、騒がしいやつらの語らう声……私にとっての幸せはそう言う形をしていた」
それはとても素朴で、とても暖かな幸せのかたちだ。
あなたとレウナの感性は似ているのかもしれない。
「皆、元気にしているだろうか……頭のおかしいやつらばかりだったが、いいやつらも多……いや、どうだろうな……」
微妙に自信なさげだが、きっといい仲間たちだったのだろう。
とりあえず、紹介はしてくれなくてもいい。
いや、女の子がいたら紹介してくれると助かる。
「ああ、まぁ、会えたら紹介してやる」
そんな気軽な調子で約束をした。
洗濯物が乾くまで軽く食事を摂って、乾いた洗濯物を取り込んだら出発だ。
フィリアの『経路探知』によって次の階層の入り口を探知し。
あとは一直線にそちらへと向かって進むだけ。簡単な話だ。
そして、そう簡単にはいかないのが迷宮なわけで。
あなたたちを見つけるや、襲い掛かって来たのは大型のネコ科動物の類型であった。
だが、その顔は動物のそれではなく、あからさまな人面であり。
残忍で酷薄な笑みを浮かべた姿には嗜虐的な悦楽が浮かぶ。
肉食獣のそれそのものである牙を剥き出しにし、サソリのような尾をくねらせる。
マンティコア。恐るべき人食いの魔獣であった。
しかして、それは本来、あなたたちにとって恐れるべき相手ではない。
マンティコアはそれほど強大な魔獣ではない。
無論、ただの村人が勝てるような相手でもないが。
十分に熟達した冒険者であれば、いとも容易く倒せる相手だ。
それが、1匹ならば……。
あなたは剣を抜き、鋭く指示の声を飛ばす。
レウナとフィリアはレインの守りに。
サシャとあなたは前面に出る。
常に前面移動をしながら行動する。
「わかりました!」
サシャが力強い返事を返し、相対するマンティコアを切り捨てる。
あなたも同様に剣で以てマンティコアを切り捨てる。
あなたたちは現在、50を超えるマンティコアの群れに囲まれていた。
最初に会敵した相手がこの規模とは。
まさか、こんなものが標準とは思いたくないものだが……。
あなたは状況を切り抜けるべく戦いながら、そんなことを考えた。
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