44話
マンティコアはさほど強力な魔獣ではない。
この大陸では3階梯が使える程度の冒険者チームなら討伐可能と言われる。
5階梯が使えるレイン、7階梯が使えるフィリア、3階梯が使えるサシャ。
EBTGにとってはカモ同然、ただの雑魚と言ってもいいだろう。
真正面からちゃんと戦えば一撃で仕留められる。
それはサシャでもあなたでも同じで、レウナもフィリアもだ。
レインは魔法使いなので、単体相手への強烈な打撃力はさほどでもない。
だが、単独で対峙でもしない限り、そう苦戦するほどの相手でもないだろう。
そんなマンティコアだが、雑に薙ぎ倒せるほど弱くはない。
EBTGの強さは50体にも及ぶマンティコアを一挙に溶かせるほどではないのだ。
数とは力だ。これはあらゆる場面における絶対の原則である。
あまりに弱過ぎると物の数にすらならないが、マンティコアはその最低限の強さを持っていた。
「『火球』!」
威力が最大限に強化されたレインの『火球』が飛ぶ。
それは炸裂すると、数体のマンティコアを薙ぎ倒す。
生き残ったマンティコアも、致命的な重傷を負って倒れ伏している。
レウナの恐るべき連射が次々とマンティコアに突き立つ。
フィリアがその間隙を縫うようにクロスボウを放つ。
あなたとサシャはレインが啓開したマンティコアの空白地帯へと切り込む。
そして、おたがいが持てる最大の戦技を放った。
『
その周囲すべてを薙ぎ払う一撃はお互いを避けて放たれる。
あなたとサシャの剣戟が重なり合い、範囲内のマンティコアが薙ぎ払われる。
シンプルかつダイナミックな暴力の嵐が血風を吹き散らかす。
「あはっ」
サシャが思わずと言った調子で笑い声を漏らす。
成した戦果にご満悦のサシャへとマンティコアが襲い掛かる。
そのご自慢の牙によって喰いつかんと、最前面のマンティコアが踏み込む。
「しつけのなってない猫ね!」
その顎をサシャが強烈に蹴り上げた。
強制的に噛み合わされた衝撃で牙が砕け散り、血が舞う。
さらに翻って放たれた剣戟がマンティコアの頭部を深々と切りつけた。
あなたはと言うと、飛んで来た複数本のスパイクを適当に切り払う。
マンティコアはそのサソリのような尾に、猛毒を持ったスパイクを生やす。
尾の振りと共に放たれるスパイクは強力な遠距離武器として役立つのだ。
無論、あなたに通じるほど鋭い一撃ではない。
あなたどころかサシャにもフィリアにも通じはしまい。
そこであなたは、戦闘中ゆえに拡大された知覚になにかを捉えた。
砂丘の向こう側に隠れて見えない先に、なにかがいる。
あなたはそれを脳裏に置いて、一時捨て置いた。後で考える。
「くっ」
サシャがスパイクを切り払って躱すが、いくつかが体に突き立つ。
こうした防御技術がサシャはまだ未熟だ。性格的なものもあるだろうが。
もっと根本的なことを言うと、あなたとサシャでは速度が違う。
肉体の持つ時の針、その速度自体は制限して標準速度で活動しているが。
身体制御技術と言う意味では、あなたの方が格段に上なのだ。
1つの時間単位の中で取れるアクションの数はあなたの方が多かった。
「はぁぁぁっ!」
しかし、サシャはそうした痛み、苦しみを力に変えることができる。
より一層強く、激しく、サシャの剣戟は鋭さを増してゆく。
毒に侵されているはずだが、そんな様子をおくびにも見せない。
獣人には精神が肉体を超越するような類の特質があるのかもしれない。
放たれる剣戟がマンティコアを一撃のもとに切り伏せる。
漆黒の剣が奔り、その都度に血がしぶき、死が降り注ぐ。
あなたはその殺戮の剣風に乗るかのように、より前へと進む。
魔力を制限して放たれる『魔力の球』。
純粋魔力属性、この大陸で言う力場属性の爆破だ。
レインの『火球』とそう変わらない威力の爆破がマンティコアを薙ぎ払う。
数が多いのでやや時間はかかるが、負けはありえない。
この調子でいけば、問題なく殲滅し終えることだろう。
そう安堵した直後、あなたが先ほど察知したなにかが姿を現した。
それは砂丘の丘を駆け下りるや、マンティコアの群れへと切り込んで来た。
それは荒々しい肉体を持ち、端正な衣装を纏った女性だった。
切り込んで来た女性の拳脚が振るわれ、マンティコアの頭部が叩き潰される。
手練れの武僧を思わせるキレのある動きだった。
「手を貸そう」
べつにいらない。
そう思ったが、あなたは特に何も言わなかった。
手伝ってくれるなら手伝ってもらおうではないか。
助力を得たあなたたちは、それから1分と経たずにマンティコアを殲滅し終えた。
「タルパーシャという。仲間たちとはぐれてな」
手を貸してくれた女性はそのように名乗った。
豪壮な体躯に似つかわしく、豪壮な顔立ちをしている。
作りの大きな体に、作りの大きい顔。精悍さが前面に出た女性だった。
「こんなところではぐれたなんて、大変だったわね。喉乾いてない?」
「いや、問題ない」
そのように言うが、タルパーシャは水筒を持っているようには見えない。
腰につけているポーチが魔法のかばんなのだろうか。
「おい、タルパーシャと言ったか」
「ああ」
「私はおまえを信用していない。よって、これから複数種類の魔法をかける。抵抗するようであれば、敵とみなす。よいな」
「ああ」
レウナがそのように宣言した。
あなたもその点は疑っていた。
突然現れて助太刀したなら味方とは思うが。
そう思わせるために助太刀した敵と言う可能性もある。
4層『氷河山』の霜巨人は、こちらを騙そうとして来た。
そう言った姑息な戦略を考える可能性は否めない。
「『信仰探知/ディテクト・フェイス』……無宗教か。『蛮族探知/ディテクト・バルバロイ』『魂の浄化/ピュリファイ・ソウル』……ふむ」
複数の魔法を使い終え、レウナが頷く。
「少なくとも蛮族ではないらしい。だが、知恵あるモンスターが化けている可能性は否めんな。フィリア、たしか『真実の眼』が使えたな?」
「あ、はい。それならたしかに化けているのも見抜けますね」
「では、それを使ってくれ」
そのようにレウナが言って、タルパーシャが拳を握った。
あなたはフィリアの前に割り込み、タルパーシャの拳を受け止めた。
普通に殺意を感じるほどの威力があり、冗談や威嚇ではないだろう。
「ちいっ!」
タルパーシャが舌打ちをし、拳を引く。
それと同時、めりめりと体が膨れ上がって行くではないか!
レウナが見込んだ通り、変身したモンスターだったらしい。
あなたはせっかくなら面を拝んでやるかと、元の姿に戻るのを見守った。
やがてタルパーシャは身長約3.5メートルほどもあろうかという巨人へと変じた。
それは蛇の頭部を持ち、人間の肉体を持った異形の生命体だ。
拳脚はより大きくなり、その凶悪な威力を伺わせる姿となっている。
「死ねい!」
その拳でもって、タルパーシャであったモンスターがあなたへと殴り掛かって来る。
あなたはそれを片手で受け止めた。
「ふんっ! ぬっ!?」
押し切ろうとするタルパーシャ。
そして1ミリも動かないあなたの手。
あなたはタルパーシャの足を払った。
ぼきりと足のへし折れる音がし、タルパーシャが悲鳴を上げて飛び退った。
片足だけで軽く5メートルは跳躍するとはなかなかの脚力である。
「お、おおっ……! 『大治癒』……!」
タルパーシャが魔法を使い、自分の傷を癒す。
あなたは首を傾げ、フィリアへと尋ねた。
無宗教なのに信仰魔法が使えるのはなぜなのかと。
特定神格を信仰する必要はないにしても、なにかしらを信じ祈る必要はあるはずだ。
先ほどレウナが『信仰探知/ディテクト・フェイス』で無宗教と判じたはずだ。
この探知は欺くことが不可能なはずである。
「えっ、今その話しますか!?」
「ああ、あれはたぶん、信仰魔法っぽいが、そうではないんだろう。信仰魔法と同様に作用するが、そうでない力を使える者もいる。だから無宗教と出たんだろうな」
レウナが教えてくれた。
なるほど、そんな力があるとは。
叶うことなら身に着けたいものだが……。
たぶん、種族固有の能力とかその類なのだろう。
「余裕だな人間風情が……神なんぞ、ただ力を持っただけの存在だろうが! そんなものの教えに身を捧げるまぬけな貴様らとは違うのだ!」
あ?
あなたはキレた。
あなたはウカノの教えに奉ずる信仰者だ。
ウカノという神の教えは絶対である。
それを、そんなもの呼ばわり?
ブチキレたあなたは『
『神技』。
エルグランドの信仰に生きる者が神より賜る力。
敬虔なる者の抱く、深く強い信仰心がその力を増大させる。
その信仰の力により、あなたは増えた。
ウカノ神の授ける『神技』がひとつ『影分身の術』である。
「は?」
だれかが思わずと言った調子で言葉をこぼす。
それも当然だろう。突如としてあなたが増えたのだから。
総計8人となったあなたはタルパーシャを取り囲む。
装備は同じではないものの、能力は全員同じだ。
先ほど楽々捻られたタルパーシャが勝てるわけもない。
あなたはタルパーシャを8人がかりで嬲りものにした。
ボロクズのようにいたぶられたタルパーシャ。
最初は威勢よく殺してやるとか思い知らせてやるとか叫んでいたが。
1分と経たずに許しを乞い出し、5分と経たずに怯え泣き叫び始めた。
やがては命乞いをはじめ、必死であなたの慈悲に縋り出した。
もちろん、いくら泣こうが喚こうが意味などない。
命乞いと言うのは慈悲のある相手にやるから意味がある。
慈悲なき者に命乞いをしたところで、それは暴言を喚くのと大差がない。
あなたの神経を逆撫でし、より一層苛烈な苛みの眼に遭うだけだ。
もっと泣いて、喚き、無様に這いつくばればいい。
しかし、さすがに嬲り過ぎてロクな反応もなくなるとつまらない。
まぁ、気丈にも10分以上も喚き続けたのだ。頑張った方だろう。
あなたはニッコリ笑って、これからトドメを刺してやると説明した。
「して……殺……して……」
お望み通り殺してやろうではないか。
あなたはタルパーシャに永遠の安息をプレゼントしてやる。
ついでに、素敵な来世を約束してやろうではないか。
「え……?」
『
あなたが会得している技、あるいは魔法だ。
魔法とも技能とも説明のし難い力であり、あなたの父から習い覚えた技だ。
この技能の効果はシンプルで、相手を殺害する際に『強制的』に『輪廻転生』させることにある。
じつはエルグランドの民相手にはなんの効果もなかったりする。
最強戦技『かっこいい技名』にしかならない技だが、ここでは違う。
タルパーシャはおそらく、輪廻転生する邪悪な魂の権化、ラセツだ。
この大陸に根付く悪の種族であり、罪を犯した者より産まれるという。
このラセツは死してもその魂を維持し、再度生まれて来るという。
つまりだが、『輪廻転変厭離穢土』を使えば、それを阻める……はずだ。
あなたはタルパーシャにそれを懇切丁寧に説明してやった。
これからおまえをブチ殺したら、そこらへんのカエルとかトンボになるぞ、と。
そうなればあなたの嚇怒も晴れ、心穏やかに生きれるだろう。
あなたもそうヒマではない。虫けら風情に本気になったりはしないのだ。
「う、うそだ。そんなわけが。ただの、ハッタリだ……」
そうだといいね。そうじゃなかったら、面白いね?
あなたはもはや動けないタルパーシャの心をさらに嬲った。
来世はどうしようもなく弱っちい取るに足らない虫けらになるのだ。
きっと死ぬほど苦しくて、吐きそうなほどにみじめで、死にたいくらいに無様だ。
「いやだ……いやだ! わ、私は……!」
まぁ、実際に試してみようではないか。
あなたは泣いて嫌がるタルパーシャを無視して剣を振り上げた。
『輪廻転変厭離穢土』を発動させ、タルパーシャの首を切り離す。
壮絶な絶望の表情を浮かべた顔が転がり、ぽたりと涙が零れていく。
あなたはその頭部を蹴り飛ばし、無様な死を嘲笑った。
実際のところどうなったかは不明である。
殺した相手の魂を知覚できるわけではないので。
父から教わった通りなら、無作為な何かに転生しているはずではある。
ただ、ラセツの魂の特異性を考えると、転生こそすれどラセツのままかもしれない。
まぁ、どうでもいい。
絶望と共に死んだならそれで。
それなりに溜飲が下がったのでよしとしよう。
「ようやく終わったか」
なにやら傘を手にしているレウナに呆れたような目で見られた。
「信仰する神を粗略に扱われて怒る気持ちも分かるが、この環境で放置される身にもなって欲しかったな」
言われて、あなたは悪いことをしたと申し訳なくなった。
この炎天下で10分以上も放置したのは悪かった。
気温はよくとも、降り注ぐ熱射の光は避けられないのだ。
レウナが日傘を持っていてよかったというべきか。
「まぁ、いい。しかと殺したか。殺したな。ならいい」
よく考えると、あなた1人で逸って殺すのもよくなかった。
この階層にいるのだから、どう考えても迷宮の敵なのだ。
ちゃんと5人で対応し、戦闘し、勝利した、それから嬲り殺しにすればよかった。
「まぁ、信仰を穢されて怒らない人もそうはいないでしょうしね。私たちの分はあなたが代弁してくれたってことで」
レインが苦笑気味にフォローしてくれた。
レインはサシャと同じく、学園の在学中にウカノに信仰を捧げている。
サシャも含め、3人分と言うことにしてくれるらしい。
ついでにフィリアはと言うと、こちらは比較的に落ち着いていた。
ウカノのみならず、ザイン神も含め嘲っていたように思ったが。
「悪との戦いでは、信仰を嘲る者との遭遇は珍しいことではありませんからね。よいことではありませんが、慣れてしまいました」
そんなのがゴロゴロいるとは。嫌な大陸である。
あなたはこれからもこんなのと遭遇するのかと思うと憂鬱になった。
あなたはいら立ち紛れにタルパーシャの死体を蹴り飛ばした。
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