45話
タ、タ……タ、なんとか。
記憶力は悪い方ではないのだが、刹那で忘れてしまった。
まぁ、いいだろう。あんなクソ外道。
さておき、タなんとかを嬲り殺しにしてしばらく。
あなたたちは巨大サソリの群れや、巨大アリの軍団と言った、とにかくべらぼうに数の多い敵と遭遇し続けた。
質はともかく、数がとにもかくにも多過ぎる。そんな具合だ。
苦戦しているわけでもないのに、とにかく時間がかかり過ぎる。
魔法を使えばいともたやすく薙ぎ倒せるのだが。
雑に戦っても薙ぎ倒せる相手を魔法まで使うのはもったいない。
そんな当然の論理で肉弾戦のみで片付けようとすると、時間がかかり過ぎる。
「思った以上に進めんな……6時間以上も活動しているが、移動距離は2キロ未満だぞ」
「でしょうね……だって、ほら」
レインが後ろを指差す。そちらを見やれば、マンティコアの死骸が多量に転がる砂丘が見えた。
つまり、この階層に入って間もない頃の位置が未だに見えるのだ。
そしてそこから少し進んだ先には、ブタほどのサイズのアリの死骸。
数千匹にも及ぶアリの群れは、小山となって砂丘に積み上がっている。
「実入り自体は悪くないどころか、かなりいいのだけどね……」
レインの言う通り、マンティコアからの実入りは最高によかった。
マンティコアは邪悪な知性を持った魔獣であり、高度な社会性を持つ。
なんらかの報酬――大抵はなにかしらの肉――と引き換えに契約を結ぶことすらある。
それと同じように、金銭が取引に使えることも、彼らはよく知っている。
そのためか、色とりどりの宝石のみならず、金銀と言った貨幣、種々の金属を用いたアクセサリーと、多彩な宝物を持っていたのだ。
そして、タなんとかなるラセツの装備品。
腰に括りつけていたコピスのような湾曲した短刀は恐ろしく高価そうだった。
込められた魔法自体はそう特筆すべきものではなかったのだが。
宝石や金銀による細工が施され、それ1つで金貨1000枚を超えそうなほどの価値があった。
手に入れたものは、少なく見積もっても金貨3000枚を超える収入だ。
まさに目もくらむような財宝であり、ここに至るまでの出費を打ち消して余りある。
サソリやアリの群れからは収入はなかったが……。
まぁ、同時に出費も全くと言っていいほどなかった。
時間こそかかったが、まぁ、悪くはないだろう。
「金に関してはいいのだが、移動距離がな……この調子では、水が保たんぞ」
「魔法で用立てることは可能ですけど……」
食事に関してはあなたが用意しているが、水に関しては各自でと言うことになっている。
そのため、各々が水袋を用意し、『ポケット』や『四次元ポケット』に入れている。
その数も各々の判断に委ねているため、余裕を持って持つレインや、最低限持つフィリアとサシャなどに別れる。
もちろんあなたも自分が飲むための水は自分で持っている。
3層『大瀑布』で汲んで来た水が『四次元ポケット』に大量に入っている。
「ふむ。最悪はあなたの水を出してもらえばなんとかなるか」
まぁ、なんとかはなると思う。
王都やスルラ、ソーラスで買い集めた樽450個に詰めた水があるのだ。
これで足りなくなるなんて早々はないはずだ。
「むしろなんでそんなに持ってるんだ」
エルグランドにお土産として持って帰りたかったので……。
「水がお土産になる土地柄か……ところ違えば変わるものだな」
レウナの故郷であるアルトスレアは、地域差もあるが水は豊富ではない。
しかし、かと言ってエルグランドほど水に困窮する土地柄ではない。
そのため、水が土産になる、というのは理解の外にあるのだろう。
「まぁ、水はなんとかなるからいいが……この辺りは完全に砂漠だからな」
レウナの言う通り、周辺は既に完全に砂漠と化している。
空から照り付ける凶悪な太陽光、地面から湧き上がる熱……。
まだ『環境耐性』は効果を発揮してくれているが、進むほど暑くなっている気がする。
『環境耐性』が力を喪うのも、そう遠い時ではない気がした。
「暑いのはまだいいとして、この迷宮の中は日が暮れない」
それはいままでの階層と変わらない、この迷宮そのものの特質だ。
というより、この大陸の迷宮のほとんどがそうだと言う。
時間そのものは経過するが、時間経過による変化がない。そう表現される。
「あなたたちがどうかわからないが、私はいま結構眠い」
レウナの正直な発言にあなたもうなずく。
実を言うと、あなたも結構眠いのである。
「眠い? なんで?」
レインが疑問気に尋ねて来たが、何も不思議なことはない。
ごく普通に、長時間起きていたから眠いだけ。
明るさと戦闘による緊張で気付いていないのだろうが。
あなたたちが4層で起床してから、既に17時間が経過している。
「……言われてみると、疲れてる、かしら?」
「そう……ですね? そう言われてみると、疲れたような……?」
「うーん……?」
あなたとレウナを除いて、疲れへの自覚はあまりないらしい。
実際、肉体疲労は休息と食事で補えているので問題ない。
だが、長時間の覚醒からくる慢性的疲労は消えない。
おそらく、あと数時間ほどで、眼に見えて認知能力が衰える。
それからさらに半日経つと、今度は運動能力が低下する。
どんなに無理するにしても、1日のうち6時間は寝た方がいい。
欲を言えば7時間から8時間くらいは寝たいところだ。
すでにあなたたちの活動時間はイエローラインを超えている。
覚醒時間が丸1日を超えるレッドラインに至る前に、休息に入りたいところだ。
だが、日陰になる岩陰やオアシスなどがまるきり見当たらないのだ。
まさかこんなところでテントを張るわけにいかないし。
この砂漠のただなかでテントを張れば、瞬く間に内部温度が50度を超えてしまう。へたをすればそれ以上だ。
『環境耐性』のカバー範囲を超えてしまいかねないのだ。
「本来、砂漠のセオリー的には夜を待てばいいだけなのだがな……」
「そうね。日が落ちれば逆に寒いくらいなのが砂漠だもの」
「元々4層で使っていた防寒着も、そう言った砂漠向けのものですしね」
この階層の難しいところは、そうした休息にあるのかもしれない。
日が暮れず、時間経過も分かりにくいこの階層は、活動時間が長くなりがちだ。
それでいて満足に休息をすることも叶わないとなると、消耗が激しい。
「そうか、熱ね……基本的には『環境耐性』で補えるから、それ以上と言うのは考えたことがなかったわね」
「日を遮って、風を通す。これができるだけで50度を超えない環境は作れるんですが……ちょっと砂漠での野営は難しいですね」
帆布を上手く張って屋根を作れば、なんとかなるだろうか?
正直な話をすると、あなたはこうした乾燥気候の冒険に慣れていない。
基本的にはエルグランドのような寒冷気候での冒険が主だった。
ボルボレスアスやアルトスレアでも冒険こそしたが、熱帯は避けていた側面があるし。
「……そうだ。レインさん、思い出したことがあるんですけど」
「え? なに?」
「4層を探索するために、寒冷地用の魔法が見つからないから、むしろ極地用の魔法を調べた方がいいんじゃないかって探したじゃないですか。その時に見つけた魔法で……」
「ああ! そうね、そう言えばあったわ! テントと『環境耐性』で補えるなら使いどころがないって使わなかった魔法が!」
サシャの言葉に、レインが突如として何かを思い出したような反応をする。
あなたはなにかこの環境で快適に野営ができる魔法があるのかと尋ねた。
「ええ、いい魔法があったのよ。4層でも使えそうだったんだけど、5階梯魔法だからね……あなたのテントと『環境耐性』で補えるなら、使わないでおきたかったのよ」
なるほど、具体的な内容は不明だが、よさそうだ。
5階梯魔法と言うなら、それだけで強力なことが伺える。
あなたは既に時間的には野営の時間なので、さっそく使って欲しいと頼んでみた。
「ええ、構わないわ。少し時間のかかる魔法だから、周囲の警戒をお願いするわ」
お安い御用だと、あなたは快適に準備ができるようにレインに日傘を用意してやりつつ周囲の警戒をした。
おおよそ10分ほどの準備時間と詠唱時間を用い、レインが魔法を完成させた。
「『快適な宿』!」
レインの宣言詠唱。それと同時に、手にした一掴みの砂を放る。
すると、その砂の流れた先に、砂岩によるコテージが出来上がっていくではないか。
数十秒ほどの時間経過の後に、コテージが完成する。
レインが頑丈そうな扉を開け、中へとあなたたちを誘う。
さっそく中へと入ってみると、あなたは冷涼な空気に包まれた。
深呼吸をすると、肺の中に流れ込む空気が酷く心地よい。
ひんやりとした滑らかで平坦な床は、裸足で歩きたくなるような快適さだ。
「『快適な宿』。4階梯魔法の『安全なシェルター』の強化版なんだけどね。内部の気温が快適に保たれるわ」
あなたは最高の宿に思わずにんまりと笑った。
冒険中に、快適な気温に保たれた家屋に泊まれる。
扉や窓には魔法の防護があるし、暖炉は下から見上げる限り鉄格子が嵌っていて侵入不能だ。
加えて警報の呪文がかかっているので、侵入者がいればすぐわかる。
しかも不可視の従者がいるようで、世話も焼いてくれる。
第5階梯と言う消耗は大きいが……。
砂漠や雪山と言う極地環境では使いどころは多いだろう。
じつにいい魔法を見つけ出してくれたものだ。
あなたはサシャとレインを激賞した。
「そ、そんなに?」
「たしかに便利そうだと覚えてはいたんですが、そこまで褒められることでしたか?」
レインとサシャは分かってなさそうだが、これは実に大きい。
レウナもじつに感慨深げに頷いているし、フィリアもそうだった。
「いや、これすごくいい魔法ですよ。たしかに『安全なシェルター』でいいと言えばそうなんですが……快適に眠れるというのは、すごく大きいです」
「間違いない。ちゃんとした睡眠をとれないと人間は衰弱するんだ。見ろ」
言って、レウナが突然スカートを捲り上げた。
あなたは間近にしゃがみ込んで真剣に見つめた。
なんと赤! 鮮やかな色合いで、白い太ももとのコントラストが最高!
「バカ野郎」
レウナの膝蹴りがあなたの額に炸裂した。ふつうに痛い。
あなたは野郎じゃなくて女郎だし、見ろと言ったのはレウナのはずだと反論した。
「誰が私の下着を見ろと言った! ここだここ! 古傷を見ろと言ったんだ!」
そう言ってレウナが指差す先の内ももには、なるほどたしかに古傷があった。
それも、すごく大きい。軽く10センチ以上は抉られたような傷だ。
しかも縫合したような痕跡がなく、自然治癒したことがありありと分かる。
よくぞまぁ生きていたものだ。動脈すれすれの位置である。
あと数ミリ深く抉られていたら即死だったろう。
「この傷は私が5歳の時に負ったものだ。イノシシにやられた。あなたの言う通り、あと少しずれていたら死んでいただろうな」
5歳の時と言うのも凄い話である。
むしろ、そのくらいの年齢だったら腹を抉られていた可能性が高いような。
「木に登って逃げるところだったのでな。まぁ、腹を抉られていたら絶対に助からなかっただろうがな」
「よく無事だったわね……」
「私はこの時、冬支度のためにほとんど不眠不休で狩りに明け暮れていた。睡眠不足からくる判断力の衰えで、引き際を誤った。そもそも、仕掛けどころも間違えた。それどころか冬支度の計画そのものすら間違えていた」
相当な錯誤の下に負った傷と言うことらしい。
5歳では仕方ないような気もするが……。
「このように、睡眠不足ではこんな無様な傷を負うほどに判断力が落ちる。暑さ寒さからくる寝苦しさは、案外と恐ろしいものなのだぞ」
「ははぁ……いえ、本当に大きい傷ですね……よく生きてましたね……」
そう言ってレウナの太ももを覗き込むサシャ。
ちらちらと視線が下着に注がれている。その気持ち、わかるよ。
「この宿は冒険にあたっての危険性を下げてくれる。実に得難い魔法だ。便利に使うといい」
「そう言うものなのね……気候が極端な時は使うことにするわ」
「ああ、それがいい」
では、今日はこのまま野営と言うか、宿泊としよう。
安全なシェルターもあることだし、今日はしっかりと眠ろうではないか。
さらに、安全性も確保されているので、多少の飲酒もいいだろう。
「お、いいな。私も少し飲もうかな」
「話せるわね! じゃあ、飲みましょうか!」
5日かけての登山の間、あなたは飲酒を許可しなかった。
そのあたりに不平は言わなかったレインだが、鬱憤は溜まっていたのだろう。
嬉々として『四次元ポケット』から蒸留酒の瓶を出し始めている。
あなたは苦笑すると、2日酔いにならない程度にね、と釘を刺した。
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