第77話
サシャとフィリアの訓練の傍ら、あなたは自身を高める努力にも十分な労力を払っていた。
自分自身の能力を高めるのは、多くの冒険者にとって最大の関心ごとだろう。
まぁ、中には莫大な財宝やら、酒池肉林の放蕩の日々こそが最大の関心ごとの人間もいるのだろうが。
少なくとも、あなたにとって最大の関心ごとは、自己研鑽にこそあった。
まったくそうは見えないし、誰に言っても信じてもらえないが、そうなのだ。
世の女性に対する興味が100あるとしたら、自己鍛錬は105くらいの興味がある。それくらいだ。
「どう? これが変化形の基礎みたいな魔法の『魔法武器化』ね」
あなたはレインの使える魔法を片っ端から教えてもらっていた。
ほとんどの魔法は利用価値の薄い代物だったり、エルグランドに似たような――そしてより絶大な力を持つ――魔法があったりする。
だが、エルグランドにはなく、極めて利用価値の高い魔法もある。
残念ながら、今教えられた『魔法武器化』の価値は低い。
魔法の力が付与されていない武器の方が珍しいと言えるくらい、エルグランドの武具にはエンチャントが施されている。
つまり、この魔法は極めてレアな何の付与もされていない武器を、よくある平凡な武器に仕立て上げるだけという代物だ。
既にエンチャントのされた武器にさらにエンチャントできるという点は凄い。凄いのだが、何分付与される力が弱過ぎて誤差である。
100万や200万の力が付与されている剣に対し、5や10の力を付与しても意味がないのと同じ感じだ。
利用価値は全くないと言わざるを得ない。
「そう。まぁ、そんなもんでしょうね。低位の魔法ならそのくらいのものよ。ほら、あなたの番よ」
レインにこちらの魔法を教えてもらった場合、逆にあなたが1つ魔法を教える。
そのような取引の下、この訓練は行われている。
あなたは少し考えてから、エルグランドでよく使っていた魔法を発動させる。
瞬間、あなたを中心として、低く鈍い破裂音が響いた。
感覚からするとその程度だが、実際には強烈な破壊の波動が齎されている。
『崩壊の音色』。音属性と言う珍しい種類の属性の魔法である。
自分を中心に放たれた崩壊の波動は、叩き込まれた者の聴覚を破壊する。
これで殺害された者は外傷はないのに、体の穴と言う穴から血を噴き出して死ぬ。
これに対して抵抗を持つ相手は少ないので使うものの多い魔法でもある。
「へぇ。あなたの範囲攻撃系の魔法は初めて見たかも。これ、威力はどうなの?」
目標用として置かれていた素焼きの壺が砕けているのを見て、レインが興味深げに聞いてくる。
エルグランドの魔法は術者の力量で割とあっさり威力が変わってしまうので何とも説明はしづらい。
ただ、同じ属性の魔法の中では強力な部類に入る魔法なのは確かだ。
「ふんふん。仲間は巻き込まないの?」
余裕で巻き込む。今のはレインに被害が行かないよう、あなたが魔力をうまく制御しただけだ。
というか、エルグランドの魔法に味方識別なんて洒落た機能はない。
気にせず巻き込む、知恵を凝らして巻き込まないように工夫する、巻き込みつつも極めて高度な魔力制御を用いて力づくで味方にだけ被害を与えない、などの方法をとる。
「そんな技術があるんだ……その技術の方が利用価値は高いかもしれないわね」
教えるのは難しい。この技術は仲間を巻き込みまくって習得するものだ。
あなたならレインの魔法に巻き込まれたくらいではさほど痛くもない。
だが、サシャやフィリアは普通に大ダメージだし、下手すれば即死である。
「習得の仕方が無茶過ぎない……?」
エルグランドではそう言うものだったので、そうとしか言いようがない。
「どこの誰が巻き込むことを許容してくれるのよ……」
よくあるやり方としては『支配』の魔法で洗脳したモンスターを巻き込みまくるのだ。
もしくは、一時的に召喚したモンスターの類を巻き込む。これなら自分側の戦力の被害は少ない。
「ああ、なるほど。たしかに招請したモンスターを巻き込んで鍛えるのはありなのかしらね……ねぇ、それ、教えてもらえる?」
あなたは頷いて、魔力制御の技術のさわりについて教えた。
基本的には、魔力の濃淡と、威力の発揮、そして魔法の性質への理解が根底にある。
こうした範囲系魔法の影響の及ぼし方には種類がある。
つまり、空間に対する発動であるもの、発動地点を基点とした放射であるもの、同様に放射でありつつ遮れるもの。
『崩壊の音色』は発動地点を基点とした放射であり、また、遮ることができない。
一応の遮断はできるものの、魔法の仕組みが音によるものであるため、遮蔽を回り込むのだ。
多少威力は減衰するが、十分な殺傷力を保って回り込んで来るので遮蔽の意味は薄い。
そのため、仲間を巻き込むにあたり、『崩壊の音色』は単純な魔力の濃淡では防げない。
そこで理解すべきは、『崩壊の音色』のダメージの根源が音色にあると言うことである。
つまり音であり、波動である。これをいかに減衰させるかであり、単純なところでは仲間中心基点で同様の魔法を発動させて相殺させる、である。
魔法による音波であるから音を強引に捻じ伏せるなどの手もあるが、強大な魔力の持ち主でないと難しい……。
「かなり難しいわね……」
正直を言えば『崩壊の音色』の魔力制御は、同種の魔法の中では最も難しい部類に入る。
そのため、手軽にできる『火球』や『氷球』の魔力制御で練習してからの方がよいのではないだろうか。
「そっちはどういう理屈でやるの?」
エルグランドの『火球』は自分中心に、火炎の炸裂を放つ魔法だ。
ダメージとしての主体は火だが、性質で言うと爆発に近いものである。
つまり乱流である。荒れ狂うエネルギーの中で、比較的にダメージの低い位置に紛れ込めばダメージを軽減できたりもする。
この特徴を利用し、仲間がいる地点で、解放されたエネルギーの密度が非常に低い地帯を作る。
爆心地にありつつも安全地帯と言う矛盾した場所を、どれだけ小さく、そして確実に作れるかが『火球』の魔力制御のキモである。
「かなり難しそうね……でも、習得する価値はありそうね。仲間の巻き込みを気にせずに魔法が使えるって、すごいことだもの」
それはたしかだ。魔法は強力なだけに、発射地点や着弾地点に制限が出来る場合がある。
この魔力制御の技術はそうした煩雑さを一挙に解決できる魅力があるのだ。
「もしかしたら、魔法を教えてもらうよりも、こうした魔法関連の技術の方が利用価値が高いかもしれないわね……」
それはたしかにありえることだ。
こちら特有の運用技術にはあなたも興味があった。
「そうよね。んー……あ、呪文並列起動とか」
それはどういう技術なのだろう?
「大量の魔力を使って、魔法を2つ同時に発動させる技術よ。本当に大量に使うから中々使えないけど……」
一挙動において2つの魔法を使うということだろうか?
それは途轍もない技術だと言える。多少大量の魔力を使うのがなんだというのだろうか。
あなたはぜひともその技術を習得したかった。
「まぁ、あなたならそうでしょうね……教えるのは構わないわ。あなたには巻き込み防止の方法を教えてもらったし」
あなたはウキウキしながらレインに呪文並列起動の技術を教わるのだった。
やはり、こうして自分を高めるのは気分がいい。あなたは未知の技術に大変ご満悦だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます