第78話
サシャとフィリアに教え込んでいる技術はそれなりにサマになってきた。
実戦で使えるレベルかと言えばそうでもないが、少なくともできる。
あとはもう実戦の中で鍛えつつ、練習も欠かさないだけだ。
あなたが教わった呪文並列起動の訓練も十分に進んでいる。
つまりは、大量の魔力を消費して呪文を超高速で発動させる一連の技術だ。
宣言詠唱だけで発動するエルグランドの魔法とは相性が悪かった。
ただ、それは魔法書と言う物品を介した補助があるからこそだ。
既に形成され切った魔法が体内に蓄積されていて、それを解放するだけ。
そうした手順を踏んでいるからこそ早いのである。
こちらの大陸の魔法は形成され切っていない魔法をストックして発動しているようだ……というのがあなたの見立て。
ただ、9割方の形成は終わっており、動作や詠唱の部分の形成を終えていないと言った調子。
その、動作と詠唱部分を大量の魔力を用いることで強引に省略しているようである。
つまり、形成され切った魔法をストックするやり方ではまったく意味がないのである。
最後の仕上げを超高速で終わらせ、宣言詠唱だけで発動させるのと同様の手間で発動させる。
並列起動の呪文はそう言ったカラクリで発動しているわけである。
まぁ、まったくの無意味とは言わないが、あまり役には立たなかった。
だが、隠し芸とかには割と使えそうだ。この大陸で覚えた魔法は魔法書が無いので高速起動できるようにする価値もある。そのため訓練には余念がなかった。
レインに教えた魔力制御の技術は難航しているようだ。
ただ、それなりに成果は見えているので、今後の成長に期待だろう。
そろそろ冒険の出発も見えて来たか、と言ったところで、ザーラン伯爵家の継承権についての問題が持ち上がってきた。
要するに継承権を持っている連中が、暫定当主のレインにその座を寄越せとわざわざ王都くんだりまでやってきているのだ。ヒマなのだろうか?
「ヒマではないでしょうけどね……どうする? 私はこの家を引き払ってもなんの問題もないんだけど」
信頼に値する相手はいないのだろうか?
この場合の信頼とは、ザーラン伯爵家を繁栄に導いてくれる有能な相手と言う意味ではない。
素直に継承権を渡した後、変な疑心を抱いて妙なちょっかいをかけてこない相手と言う意味だ。
「まぁ、いないことはないけど……どうして?」
なら、そいつに継承権をあげてしまえばいい。
あなたはザーラン伯爵家が滅ぼうが繁栄しようがどうでもいい。
たとえ超ド級の無能だろうが、信頼できる相手に投げてしまえばいいのだ。
「いいの? 私も正直それでいいのだけど。貴族としての権力は使えなくなるわよ?」
既にロクに使っていないのだからどうでもいい。
あなたがザーラン伯爵家の権力を使った例など、せいぜい馬車を町中で使ったくらいである。
荷馬車はともかく、人が乗る専用の箱馬車に町中で乗れるのは貴族の特権らしい。町の外なら乞食だろうが好きにしろということらしいが。
「そう。じゃあ、適当な相手に当主の座はくれてやりましょうか。けど、お母様たちのことはどうする?」
現状当主は行方不明なだけなのだし、その愛人や家屋敷を好き勝手するだろうか?
とりあえずは現状維持にしてもらえるよう、その投げる相手に頼めばいいのではないだろうか。
「まぁ、そうなのだけど。既に死んだことを前提で動いて、前当主が戻れないようにすることもあるし……」
であれば、新しい家屋敷一軒を買えるだけの金を渡すので、この屋敷を丸ごと買うことは可能だろうか?
「できるかもだけど……相当かかるわよ?」
この屋敷の居心地はいいのでこのまま使いたい。
どうせ王都には度々来るのだから、この屋敷は買っても損がないだろう。
本拠をソーラスにするか、王都にするかは未だ未定だが、王都に屋敷を買うことは確定事項にしてもいいかもしれない。
その場合、以前に話したこの屋敷の使用人やポーリンを雇う件は、この屋敷での話になる。
「そう……そうね、それが可能なら……あまり、いい思い出がない家ではあるけど、私の育った家でもあるから……」
なによりそうすれば迅速に問題が解決する。つまり、ソーラスにいける。
あなたはザーラン伯爵家の問題を穏便に、後腐れなく解決するより、冒険の旅に出たかった。
べつにザーラン伯爵家なんか滅んでもよくね? 程度のスタンスでいるのも理由だが。
「あなたって人は……ほんとに骨の髄まで冒険者ね」
そう言って苦笑するレインだが、呆れと信頼の色があった。
無尽蔵の性欲を持つあなたに対する呆れこそあれ、冒険者としての真摯さと実力は信頼してくれているらしい。
「お金に関してだけど、査定してもらわないと金額はなんとも言えないわ。相当吹っ掛けられるかもしれないから、鑑定人を雇う?」
相手の言い値でいい。金貨1億枚とかでもべつにいい。普通に払う。
「金貨1億枚なんて王都を丸ごと買えるわよ……とりあえず、譲れないものはある?」
この屋敷の使用人と、ポーリン。それ以外は特にない。
強いて言うなら最低限ベッドだけは残して欲しい。
ただ、可能なら家具も全部そのままにしておいて欲しい。
家宝の武具とかがあるなら別にそれは譲ってもいい。家財道具と使用人さえあればそれでよし
「分かった。その線で交渉してみるわね」
その後、レインは信頼がおけるという相手にザーラン伯爵家当主の座を譲ったらしい。
継承権の順位的にも、現在までの実績的にも、それなりの妥当性がある人選だったらしい。
屋敷の買い取りに関しても、幾つかの武具や馬などを差し出した程度でそのまま渡された。
当主に抜擢してくれた礼としてほとんどタダだったらしい。
こうして、極めて雑にザーラン伯爵家の問題は片付いた。
つまり、冒険の準備は整った。
であれば、あなたがやることは決まっていた。
ヤり納めである。
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