第76話
「お姉様、オークショニアから連絡が来ましたよ。今晩のオークションに魔法のかばんが出るそうです」
訓練と下着の仕立て、それからレイン主導の馬車の手配。
冒険の準備が着々と進む中、ある朝にフィリアがそんなことを言い出した。
魔法のかばんは必ず買う予定のものだ。では行こう。あなたは即決で提案した。
「わかりました。では、今晩はオークションですね」
そう言うフィリアに、あなたは一歩踏み寄る。
いつも会話する距離より、一歩分近い距離。
そして、今晩はデートだね、とフィリアに笑いかけた。
「は、はい。そうですね! お姉様とデート……ふふっ」
そうと決まれば町中の宿に予約を取らなくてはならない。
夜にデートとなれば、最後はそう言う展開になって然るべきだ。
わざわざ伯爵家まで戻ってからというのでは少々風情がない。
オークションに際して、特筆すべきことはなにもなかった。
あなたのあり余る金貨からすれば、始まる前からゲームセットである。
お目当ての魔法のかばんを軽々と落札しておしまいである。
興味深かったのは、未開封のかばん、という出品があったことだ。
魔法のかばんは発見された時に中身入りの場合がある。まぁ、誰かの落とし物、あるいは遺品というわけだ。
そのため、場合によっては中にはかばんよりも遥かに価値のあるものが入っていることもある。
ギャンブル要素も相まってか、未開封のかばんは驚くほどの値段がつけられていた。
ちょっと興味が惹かれたものの、自分で手に入れた方が色々と楽しい。
そのため、開封済みで中身なしのかばんを購入してオークションは終わった。
「かばんだけでよかったんですか?」
帰りの馬車の中、フィリアのそんな疑問にあなたは頷く。
かばんの他、各種の武具やマジックアイテムの出品もあった。
エルグランドには存在しないマジックアイテムもあった。
水中呼吸の指輪や、魔法貯蓄の指輪などは非常に気になった。
また、食料が産み出せるスプーンや、エルグランドには存在しない動物の肉などの出品もあった。
強力なモンスターの肉には希少価値があるらしく、オークションの対象になるんだとか。
とは言え、自分で手に入れることができるならば、オークションで落札するのは少々無粋。
冒険の中で手に入れることに期待を込めて、あなたは魔法のかばんの落札だけに済ませた。
これに関しては、サシャに与える装備品なので問題ない。
元々からして曖昧な自分ルールによるお遊びであるから、そこまで厳密に考えてはいないのだ。
「ふふ、お姉様ったら、やんちゃな冒険者そのものですね」
そんな心情を話すと、フィリアはそう言って笑った。
あなたは、でなければ未だに冒険者なんてやっていないと笑って答えた。
馬車が予約していた宿に到着する。
コネなしで取れる宿の中では最高の宿だ。
冒険者向けでない、普通の旅行者などが利用する宿だ。
金貨十数枚もの宿泊費を払える者が普通の旅行者と言えるかはともかく。
案内されて部屋に入った時、あなたは案内のボーイに金貨を握らせた。
素敵な夜を過ごす予定なので、だれにも邪魔させないで欲しい、と告げて。
ボーイはあなたに握らされた金貨を握り締めて、笑顔で頷いた。
「わぁ……素敵なお部屋。こんなすごい宿、泊まったことないです」
名を馳せていた冒険者チームだった割に、フィリアの普段の生活はかなり大人しいものだ。
元々、修道院で育った孤児だったと言うから、纏うものは高級でも、感覚は貧民のそれなのだろう。
稼いだ金の多くは次の冒険のために注ぎ込まれ、幾分かを育った修道院へ恩返しとして喜捨しているんだとか。
「ふふ……なんだか、レインさんとサシャさんに黙ってこんなところに来ていると思うと、悪いことをしてる気分になっちゃいます」
では、そのままもっと悪い子になってしまうのはどうだろう?
そう言って、あなたはベッドを指さした。
「もう……ベッドの中でも悪い子になっちゃいますよ?」
その時はよくしつけをして、いい子になってもらわなくては。
冗談めかしてそう告げると、フィリアも笑って答えた。
「きゃあ♪ いい子にされちゃったら、もうお姉様のお誘いに答えなくなっちゃうかも……だって、いい子は女の子同士なんて不道徳はしないんですから」
では悪い子のままでいい。極悪人になるべきである。
さしあたって、無理やり抱かれているのに喜んでしまう悪い子になるというのはどうだろう?
「ふふっ、じゃあ、悪い子になっちゃおうかな……ね、お姉様」
存分に悪い子になってもらいたい。
あなたはそんな思いを込めて、ちょっと乱暴にフィリアをベッドに押し倒した。
初体験があんな経緯だったせいか、フィリアは少し乱暴にされるのが好きなのだ。
ただ、今晩は特別なデートなので、少し乱暴で……けれど、とびきりロマンティックに。
あなたは熱い夜のはじまりに胸をときめかせ、フィリアの服に手をかけるのだった。
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