17話

「お~……さすが東部地方。オリエンタルな感じだぜ。たまんねぇ~」


 カノエの里の道行く人が帯びている武具類も独特な様式だ。

 細身の両手剣が主流のようで、パワー系民族なのだろうか?

 それでいながら言葉はボルボレスアスの公用語がきちんと通じる。

 ボルボレスアスは広大なわりに、公用語は完全に統一されているのだ。


 ちなみに、ハウロが言うところのリリコーシャ大陸。そこ出身の人間。

 ボルボレスアスに近いということもあり、なんとなく意思疎通は成立する。

 公用語の文法やら話法は随分違うが、借用語が多いのでなんとなくは分かり合えるらしい。


 あなたは割と混乱している。リリコーシャの言語は、なぜか分かるし話せるのだ。

 おそらく、あの大陸に飛ばされた際に、なんらかの神格が言語を授けてくれたのだろうが。

 そのため、ボルボレスアスの公用語を習得しているあなたは、度々物凄い違和感のある光景を目にする。

 双方が分かるのに、その双方の話者は意思疎通が完全に成立しない光景を見せられるのだ。


「まずは宿取るかね。それから協会の方に出向いて、いい感じの開拓村を紹介してもらうかな~」


 ハウロの提案に異を唱える必要性は感じない。

 あなたはその意見に頷いて、まずは宿を取ることにした。



 異国情緒漂う街並みの家々は釉薬を縫った粘土瓦が用いられている。

 そのため、黒光りする屋根が多々見られ、非常に新鮮な光景だ。

 それでいて、店舗類の携帯を示す看板や標識の類はよく知ったものが下がっている。


 見知らぬ光景の中に、よく知るものがしれっと紛れ込んでいる。

 それは異国情緒を損ねる無粋な闖入者であると同時、自身がまったくの異邦人ではないと保障してくれるかのようだ。

 嬉しいような嬉しくないような。なんとも言えない不思議な気持ちにさせてくる。

 そして、その看板を頼りにあなたたちは宿を取って、とりあえず身を落ち着けた。


「へぇ~。草を編んだ床材? いえ、絨毯なのかしら?」


「固めではありますが、弾力があって落ち着ける座り心地ですね。硬いラグマットくらいの感触です」


「草木のいい香りがしますね。こういうのも新鮮な感じです!」


 宿の部屋には、草を編んで作られた独特の絨毯が敷き詰められている。

 そこに、ベッドではなく、綿入りの寝具を敷いて寝るらしい。

 部屋にはインテリア兼用の暖房器具として、たっぷりと灰を敷き詰めた陶製の壺が置かれている。

 この中で炭を焚くらしく、すぐ近くにたっぷり炭の入った木箱と、燃えないためか金属製のチョップスティックが灰に刺してある。

 そして、エルグランドの山岳地帯では度々見受けた着席用のマット、ザブトン。


 異国の風景の中に、まだしも見慣れたものがあると酷く愛しく感じる。

 あなたはそんなザブトンを敷いて、その上に座ってみる。

 すると、立ち上る草の香りが近くなり、自分がまるで自然の中にいるように感じられる。


 なるほど、屋内にあって自然の空間を感じられるとは。

 自然と人の調和を志向しているのだろうか? これはこれで心地よい。


「ほう……ほどよく硬く、それでいて体を痛めない程度に柔らかく……これは、闘技の鍛錬に最適だな」


「戦うな戦うな。宿で戦うんじゃない」


「分かっている。しかし、この床材はよいな。トイネに輸入したいくらいだ。戦士団のお歴々も気に入りそうだ……職人をトイネに連れ帰れんかな」


「拉致みたいなことはするなよ……?」


「しない。連れて行くにしても、貴種としてあこぎな真似はせぬ。ちゃんと高額の給金を約束して連れていこうではないか」


「それなら、いいが……」


 イミテルも気に入ったようで、手のひらでべしべし叩いている。

 まぁ、気に入った上での活用方法がちょっと他の面々と違うが……。

 そう言う闘技中心にものを考えるイミテルのことも嫌いではない。


 職人が連れ帰れそうになかった場合、たっぷりとこの床材を買いこんでいこう。

 見た感じ、この床材は1枚1枚が独立しており、剥がして入れ替えれられるようである。

 であれば予備のものを買い込んでおいて入れ替える……みたいな使い方も可能なはず。


 植物由来と言うこともあって経年劣化はなかなか激しそうだが……。

 それも『四次元ポケット』に突っ込むことでなんとかなるだろう。

 イミテルが欲するであろう、これを敷き詰めた訓練スペースも、しばらくは維持できると思われる。


「ふふ、我が鼓動は私の欲するところなどお見通しか」


「なかなかお熱いな。ま、夫婦仲が良好なのはいいことだな」


 うんうんと頷くレウナ。


「……ふむ。この香り、落ち着くな……私は山の中で暮らしていたので、こういう草の匂いが落ち着く……」


 などと言って、ザブトンを枕にして身を横たえるレウナ。

 深呼吸をして、胸いっぱいに香りを吸い込むと、そのままどろりと身を床に沈める。


「ほう……やはりよい。うむ……いい気持ちだな……」


 今にも昼寝を始めそうな勢いのレウナ。

 まぁ、たまには昼寝もいいだろう。あれは時々やると死ぬほど気持ちいい。

 あなたもレウナに倣って、ザブトンを枕に身を床に沈める。


 すると、なるほど、たしかにこれはなかなか心地よい。

 ほどよく硬い床の感触と、立ち上る自然を感じさせるくの香り。

 この2つに囲まれた状態は、丁寧に整えられた普通の部屋よりも本能に訴えかけてくるものがある。


 かつて、人間が高度な文明を持たなかった頃。

 野山を駆け巡り、農耕ではなく狩猟で生活を創り上げていた時代。

 その時代を生きた、原始の人々はこんな気持ちで眠っていたのだろうか……。


 古代のロマンスを感じさせ、その身に流れる古の血脈を感じさせる。

 自然を征するのではなく、自然に調和する生活スタイル。

 なるほど、これはこれで、アリ、なのかもしれない……。



 部屋でくつろいだり、軽く昼寝をしたり。

 それから途中の宿場町で買った本を整理したり、レインの酒飲みに付き合う約束をしたり。

 ザイン神の教会がないなんて! と憤るフィリアをなだめたり。

 いまいち落ち着けない時間を過ごしていると、ハウロが戻って来た。


「いい感じの開拓村を紹介してもらったぜ。明日、さっそくいっちゃん近いところに出発するとしようぜ」


 そんな具合で、あっさりと旅程が決定された。

 文句はないが、なんと言うか、せめて1日くらいは準備期間と言うか、休養期間が欲しかった……。

 まぁ、ぼやいてもしょうがないので、休むなら行った先でと考えようではないか。




 あなたたちは開拓村に到着した。

 経緯も道程もなにもないが、実際何もなかったんだからしょうがない。

 街道とはそう言うもので、人の共同体とはそう言うものだ。

 事件や緊急事態の可能性を減らすために街道は作られる。

 そこでなにかしらの事件やら緊急事態が起こる方が珍しいのだ。


 なので、ただひたすらに歩いて歩いて歩きまくるに終始する。

 すると、何も書くことはない。なにせ備忘録の余白は無限ではない。

 どうでもいいことをつらつらと書き連ねると、情報の可読性が下がるのだし。


 さておき、到着した開拓村でハウロはひとまず狩人組合の出張所に顔を出した。

 各開拓村に組合の支部は存在しないが、組合の意向を汲むなんらかの組織はかならず存在する。

 人類の勢力圏を広げるのに開拓は必要だが、無軌道な開拓は飛竜の攻撃を招く。

 飛竜対策に最も実績ある組織、狩人組合の存在は開拓においても必須なのだ。


「開拓村の狩人は歓迎されるって言うけどマジだなぁ。家もらっちゃったし、食べ物もどっさり貰っちまったぜ」


 などと嬉しそうに笑うハウロ。

 狩人の存在は開拓村において福音となる。

 狩人なんか何人いてもいいのが開拓村だ。

 それを引き留めるためには最大限の待遇を用意するのだろう。


 そして、あなたたちも下にも置かぬ扱いをされていた。

 一時的な滞在を取りやめて永住してくれと言わんばかりの歓迎ぶりだ。

 なんでかってまぁ、フィリアがあることに気付いてしまったからだ。


 この大陸なら回復魔法をタダで施しても怒るお上がいないことにだ。


 無軌道な奇跡の乱用は神の嚇怒を招く可能性もある。

 だが、この開拓村においては日常生活こそが戦い。

 いわば、開拓と言う行為こそが人と怪物の戦いであり。

 その最前線が自然の中ならば、開拓村こそ後方基地!

 そこで人々を癒す回復魔法を振る舞うのは戦場司祭として当然のこと。

 そう、名誉と犠牲の神たるザインのしもべが張り切らぬわけにはいかないのだ!


 そのような自己弁護の下、フィリアは魔力の続く限り回復魔法を振る舞い出していた。


 それはアリなのかな? と思わなくもないが、たぶん問題ないのだろう。

 少なくとも、フィリアの信仰魔法はまだ剥奪されていない。

 信仰魔法は神が授けるものなので、授ける神側が授けないと使えない。

 つまり、神の怒りを買うと、普通に信仰魔法が使えなくなるのだ。

 それが使えているのだから、怒ってはいないのだろう。たぶん。


 あなたもそんなフィリアに倣って、回復魔法を大盤振る舞いしている。

 回復魔法を施術するついでにセクハラしたり、場合によってはそのまま食ったりしているとかそう言うことではない。

 いや、していないわけではないが、それが主目的ではない。

 少なくとも、あなたは善意の施しとして、人々に回復魔法を振る舞っている。

 9割9分の女があなたの毒牙にかかっているが、主目的はあくまで人々の救済……!


「もう少し取り繕え」


 レウナに呆れた顔で見られた。レウナもまた回復魔法を無料で施している。

 ザイン神と違い、ラズル神は死の神と言うこともあり、教義の思想がやや強い。

 そのせいなのか、あるいは教義を語るレウナの眼がヤバいせいか、やや敬遠されている。

 いや、正直に言うと、直球で危険人物扱いされている。

 死後の世界を真剣に信じてるタイプの人間なのでやむなしと言うべきか。

 実際、死後の世界は間違いなくあるのだが、この大陸では信じてもらえまい。


 しかし、レウナの回復魔法は強力だ。

 そのため、背に腹は代えられんとレウナを頼る者も少なくはない。

 如何なる傷病も立ちどころに治癒させる癒しの力は絶大なのでしょうがない。


「だんだん治る傷の度合いがよくなってきました」


 そして、治療にはサシャも参加している。

 エルグランドの初級の回復魔法を教えているので、その練習のためだ。


 エルグランドの魔法はこなれ度合いによって威力が段違いだ。

 別大陸の魔法でもそうした特性はあるが、エルグランドの魔法は特に顕著である。

 実際、あなたが使えば『軽傷治癒』でも瀕死のサシャを楽々癒せる。

 フィリアの6階梯魔法『大治癒』でもサシャを全快に出来ないことを思うと、その威力の破格さが分かるだろう。

 魔力消費は同じでも威力が上がるなら練習しない手はない。そう言うことだ。


「魔法いいな~。便利だな~。俺も使いてぇ~」


 そんな魔法の使用を度々見ているハウロは羨ましそうだ。

 この大陸の人間の魔法的センスのなさは絶望的な領域にある。

 丁寧に教えてやっても初歩の初歩の魔法が使えるまで何年かかることか。


 しかし、習得が絶対に無理と言うわけでもない。

 少なくとも、ボルボレスアス出身の狩人が魔法を会得しているのは見た。

 2年近くかけてようやく初歩の初歩の魔法を会得と絶望的なセンスのなさをありありと見せつけていたが。


 ちゃんと丁寧に教えれば、大体の人間は遅くとも3カ月もあれば初歩の初歩は会得できる。

 それを親切丁寧に教えられ、あなたの手で魔法を肌感で覚え、魔力の感覚を掴むための装備を貸して……。

 そんな涙ぐましい努力を数多重ね、それでようやく会得したのだ。


 本当にセンスがなかった。才能なし! 死ね! と怒鳴りたくなるほどにだ。

 女に激甘のあなたが思わず理性を投げ捨てて怒鳴りたくなるほどだ。

 もういっそわざとやっているんでしょう? と言いたかったくらいである。

 しかし、ハンターズが真剣にやっているのはありありと分かった。

 ただただ、ひたすらにセンスがなかった……。


「そんなに。怖ぇなぁ……つーか、ボルボレスアスの狩人そっちの大陸いんのね……なんてやつ?」


 リーダーの名はアトリと言う。チーム名はハンターズ。


「ほう、アトリね……なんとなく親近感覚えるな。どんくらいの腕だ?」


 上級狩人に絶妙になれないくらいのラインである。

 つまり、ベテランには今1歩足りないくらい。十分強くはある。


「絶妙になんとも言えねぇラインだな……しかし、名前からして女だろ。よくぞまぁ女だてらに1人で別大陸渡ったもんだ」


 1人ではない。他に何人か同郷の仲間がいる。

 加えて言うと、女4人、男2人の大所帯でもある。

 現在は女6人の女所帯になったが、たぶんあなたは悪くないだろう。


「へぇ、結構大所帯じゃねえの。猟団とかで渡ったんかな? それなら名前聞けば絞れるかな……一番腕利きのやつは?」


 名はモモロウと言い、ドラゴニュートの青年だ。

 腕前は相当な領域で、特級狩人の領域にギリギリ入っている。

 まぁ、単独では率直に言ってマスタークラスの上澄みくらいなものだが……。


 マスタークラスでも凄まじい強さの超人ではあるのだが。

 やはり、特例の中の特例たる特級狩人には見劣りするのである。


「モモロウでござるよ!」


 モモロウの名を聞いたハウロが突然そんなことを叫び出した。

 突然キヨみたいな喋り方をして、いったいどうしたのだろう?


「モモロウってのは、こう、あれか? 桃色の髪にとび色の瞳をしてて、体格は小柄なドラゴニュートか?」


 もしかして知り合いだったのだろうか?

 あなたはハウロにその通りだと頷いた。


「???????」


 ハウロがなぜか混乱している。なんで?

 あなたはハンターズと知り合いかと尋ねた。


「あ、いや、うん、知り合いではない。一方的に知っているだけだ。こう……なんと言うか、キヨとかリンとかメアリってのもいるか?」


 あなたは頷いた。ここまで知っているとなると深い間柄だったのだろうか?

 しかし、考えてみるとモモロウたちは不可思議な現象でアルトスレアで合流したとの話……。

 すると、同一時間軸には存在していなかったはずだ。

 にもかかわらず、それらの名前を知っているということは……。


 あなたは少し考えてから、尋ねた。

 ハウロは本名はシンと言うのか、と。

 かつてモモロウに聞いた、モモロウたちの本来の名。


「……誰に聞いた?」


 モモロウから。


「なるほど……よほど親密な間柄になったんだな」


 あなたは頷いた。

 ハンターズのメンバーは全員食った。

 女は当然そのまま、そして男は女にして食った。

 モモロウもトモも最高においしかったと。


「ほう……興味あるね。スゴイあるね。マヤさんに似てるのか……?」


 そう言えば以前にメアリからトモの姉の名を聞いたような。

 たしか……マヤ、と言ったはずだ。なるほど。

 あなたは少し考えて、ここにモモロウを呼ぼうかと提案した。


「そうだな、頼めるか? いろいろ、聞きたいことがある」


 あなたも聞きたいことがある。

 しかし、モモロウらを交えての会話にした方がよかろう。

 その方が説明とかの手間が省けるので。


 あなたは仲間たちに1度戻ることを告げてから、サーン・ランドへと転移するのだった。

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