26話
屋敷に戻った後、軽く屋敷を見て回った。
その際には使用人たちの仕事ぶりを褒めてやる。
まぁ、雑な仕事がされていたりする部分もあるのだが……。
その辺りはひとまず置いて、しっかりと褒めてやる。
そして、後に侍従長であるマーサ。
あるいはスチュワードであるポーリンらに伝えておく。
部下の指導がなっていないと叱られること。
それもまた、高給をもらっている彼女らの仕事なのだ。
そして、部下を叱責するのもまた、彼女らの仕事なのである。
トップから直接叱責された平の使用人の心労も慮ると、こうなるのが自然であった。
軽い夕食の後、いつもの談話室にいつものメンバーで集まって茶など飲みながら雑談に耽った。
「あとは学園に戻って、新学期に備えるだけね」
「そうですね。終わってみるとあっと言う間でしたね、バカンス。楽しかったなぁ……」
「楽しかったですね。来年もみんなで行きましょうね、ご主人様」
あなたは無邪気に笑うサシャにもちろんとほほ笑んで答えた。
あなたも最高に楽しかったし、来年も行きたい気持ちはやまやまだ。
「私は来年の夏までには『環境耐性』を覚えたいですね。バカンスに行くまでも暑いですし……」
あの魔法は比較的低位の魔法なので、すぐに覚えられるらしい。
少なくとも、初歩の初歩の魔法を覚えたなら、そう遠くはないという。
「それだけに専念したなら1年あれば楽勝よ」
「夏が快適に過ごせるって言うだけで、覚える価値がありますよね……!」
「まぁ、魔法剣士らしい颯爽とした感じはないけど」
「それは、まぁ、はい」
魔法剣士と言えば剣技に攻撃魔法を交えると言うのが正統派でスマートな印象だ。
実際のところ、どちらも高度に熟達しない限りは魔法を補助に使った方が強いが。
魔法剣士の実戦的なスタイルとなると、補助魔法をかけられるだけかけて殴り込むのが一番強い。
魔法使いに補助魔法をかけてもらえばよいのでは、という意見もあるにはあるが。
魔法には自分専用のものも多々あり、そうしたものほど剣士向けな場合が多い。
外見や行動上は軽装の戦士っぽくなるのが自然なところなのだ。
「いずれはご主人様みたいに、スマートな魔法剣士になりたいですね……」
「私の記憶がたしかなら、力技で粉砕してるところしか見たことないんだけど」
「で、でも、前に全身を燃え上がらせながら戦う……って言うか、剣を振ってるところを見たことありますし……」
「へぇ、そんな魔法あるのね……どういう魔法なの?」
あなたはちょっと首を傾げて、サシャに見せた魔法を思い返す。
そして、あれのことかと得心し、レインに応えた。
極めて燃えやすい油を浴び、それに着火しただけであると。
「…………魔法?」
「それは一般に焼身自殺と言うのでは……?」
「えっ。いや、あの、ほら、あれですよ? 最初に私の訓練をしてた時の……」
とても熱いが、そのあたりはがんばってがまんすることで対処した。
「がんばってがまんした」
「ただの手品じゃないのよ」
「手品と言うか、お姉様の異常な頑健さでゴリ押しただけですよね」
あなたはうなずいた。エルグランドでは定番の宴会芸だ。
まぁ、たまにそのまま焼死してしまうお馬鹿さんもいるが。
「一発芸に命懸けすぎなのよ」
「単なる遊びにも命を懸けるエルグランドの民なら、一発芸に命くらい懸けても……」
「なんて嫌な説得力のある言葉なの……」
「わ、私……あの魔法を見て魔法剣士になろうって決心したのに……」
「…………あなた、責任取りなさいよ」
責任と言われても。あなたは頭を掻いてから、テーブルの上にズラリとワンドを並べた。
そろそろ必要になるかと思ってバカンス中に隙間時間を見て作っていたものだ。
エルグランドのワンドなので、チャージされている魔法の威力は一定だ。
いちおう祝福の儀式も施しておいたので、少しだが効力も上昇している。
あなたは順にワンドの効果を説明する。
魔法の
生命賦活の杖。大きな傷を癒す。
加速の杖。時の針を速める。
魔力の杖。魔力が回復する。
蜘蛛の巣の杖。蜘蛛の糸のような粘着質の物体を作りだして敵を足止めする。
鑑定の杖。未知のアイテムの効能を読み取る。
これら6本の杖を適宜使い分ければ、魔法剣士を名乗るに足る活躍は出来るのではないだろうか。
自分で魔法が使えるようになるまでの間の間に合わせ。
また、魔法が使えるようになっても魔力節約のために使える。
「おおっ……」
「いや、ちょっと待って。なんかすごい無法な説明のワンドが無かった?」
あなたはレインの言葉に深くうなずいた。
たしかに鑑定とひとくちに言うと不自然な話だが、実態は異なる。
これはアイテムに備わる魔法のエッセンスを読み取る魔法だ。
要するに低位の魔法にもある『魔法探知』と同様、感知の魔法だ。
エッセンスを感じ取り、これを理解するのには術者の技量が必要である。
まぁ、これらの魔法が使えるレベルの術者なら、問題なく理解できるはずだが。
ワンドの場合はそうもいかないので、そのあたりを練習するのも課題だろうか。
「そっちじゃなくて! 魔力が回復するって言わなかった!?」
言った。それがどうしたのだろうか。
魔力回復の装備品だってあるのだから、魔力回復のワンドくらいあったっていいだろう。
「そんな手軽な代物じゃないのよ! うそでしょ!?」
本当だが。
「これ自作できるってことよね……ええ……どれくらい回復するの?」
どれくらいと言われてもちょっと困る。
魔力を定量化できる指標などあっただろうか。
「あー、そうね……じゃあ、たとえば私の魔力を全回復させるには何回くらい必要?
1回使った時点で8割くらい。
2回で満タンまで回復するだろう。
フィリアなら3回で満タンではないだろうか。
「結構な回復量ね……ワンドを使って回復させるというアクションが必要と言うことを踏まえても、相当なアドバンテージよ」
「冒険者なら大金を積んでも手に入れたいワンドですね……」
「私だとあんまり使いこなせそうにないですね……1回分で私5人分くらい回復しそう……」
まぁ、その辺りも含めて気長に練習して欲しい。
このワンドをどのように装備し、どのように運用するかも課題としよう。
「ああ、たしかに必要ね。魔法剣士って、剣士と魔法使いどっちの道具も必要で装備がゴチャゴチャするでしょ? そのあたりを上手く整理するのも重要ポイントよ」
「なるほど。たしか、学園の売店にワンドホルスターとか売ってましたよね……」
「ものは悪くないと思うわよ。安かったし」
「ちょっと作りが華奢かなって感じはしましたけど、学園の実習で使う分には全然問題ないと思いますよ。はじめて使うにはちょうどいいかもです」
あなたからすると、べつに『ポケット』に入れててよくないか? と思うのだが。
どうも、レインたちは咄嗟に『ポケット』から出して使う、というようなことができないらしい。
物心つく前から使っていたあなたはもはや呼吸同然に使えるので、その差だろうか。
「うーん……なんだか、こんな話をしてたせいか、勉強したい気持ちがむくむくと湧いてきました」
「勤勉ねぇ、ほんと」
「いいことだと思いますよ。やっぱり勤勉な人が成長しますし」
「まぁ、そうだけども」
まぁ、明日には学園に戻るのだ。
復習などに勤しむのはそれからでも遅くはないだろう。
今日はひとまず、バカンスを振り返って、雑談などに耽るのもいい。
「そうね。あの湖畔の涼しさと言ったら、最高だったわね」
「それに綺麗でしたしね」
「でも、お魚はちょっと小ぶりでしたね」
「あはは、確かに食べ応えはちょっと薄かったかも」
酒宴のようなものではなく、酒を舐めるようにしながらゆっくりと過ごす。
夜に咲く話の花を愛でるようにしながら、あなたたちは夜更けまで語り明かした。
翌朝、使用人たちに見送られてあなたたちは学園へと出立する。
と言っても、あなたの魔法を用いての移動なので、旅路は一瞬だ。
転移が終わると、襲い掛かって来るのは突き刺すような日光だった。
もはや熱いとかを通り越して、痛いとかの領域に至っている。
あなたは装備に温度耐性があるのでなんら問題ないが、他のメンバーはうめき声をあげている。
「うっ……あ、あづい……」
「い、命に差し障るほどの暑さを感じるわね……『環境耐性』」
「れ、レインさん、私にも……」
「はいはい、お安い御用よ。お金はもらうけどね」
「な、なんのこれしきのことで……ざ、ザイン様、私の戦いをどうか笑覧あれ……」
サシャは大人しくレインに魔法をかけてもらっている。
一方、フィリアは首から下げていた聖印を握り締めて、祈りの言葉を捧げている。
しかし、暑さに耐えるのは戦いなのだろうか。
頑張るのはいいが、無理をして倒れてもよくはないのだが。
「大丈夫です……私は、ザイン様の敬虔なしもべですから……!」
などと言いながら、サムズアップをするフィリア。
どうも、言動がちょっとおかしいような気がする。
暑さでおかしくなってしまったのだろうか。
あとで水などに漬け込んだ方がいいかもしれない。
「速く寮に入りましょ。日差しがきつ過ぎるのよ」
レインに促されて、もっともだとあなたはうなずくと急ぎ足で寮に向かった。
寮ではほどほどの数の生徒がいた。
夏季休暇初期に出て行った生徒の姿もちらほらある。
みんなそれなりに余裕をもって戻って来たらしい。
「あ、センパイちゃん! おかえり! これ毒サソリ漬けのお酒! どんな病気にも効くから!」
「センパイちゃん、これ私の故郷のお土産! スイフル繊維って言う特別な繊維でできた布! 魔法に強いんだよ!」
「これうちの庭のオリーブで作ったピクルス。センパイちゃんの口に合うといいんだけど」
戻って来たあなたの姿に気付くと、みんなが土産を手に殺到してきた。
あなたは笑って受け付けると、それぞれに選んで来た土産を交換していく。
カンガルーの革で作った種々の革製品や、湖水地方特有の織物などなど。
湖水地方では万能薬と重用されるタールの瓶詰め。
擦り傷やできものに効くというが、それ以外にも木材の防腐や防虫薬品としても使える。
レインやサシャ、フィリアも同様に見知った相手と土産を交換している。
あなたほど節操無しに交友を広げてはいないが、それなりの友人はできているらしい。
「うーん、お土産足りなかったでしょうか……先生にも配ろうと思ってたけど……」
「いいこと教えてあげるわ。小さい酒樽を先生たちに届けて、みんなで飲んでくださいって言って渡すのよ。そうすると全員分が一気に終わるわ」
「か、かしこい……! そんなお土産の渡しかたが……!」
「ちなみにここにその小さめの酒樽があるわ。いくらで買う?」
「せ、せこい……! そんな商売のやりかたが……!」
まさかそのために酒を買いこんでいたとは。
たしかに、贈答用と思われる小樽も買っていて不思議だったのだが。
レインは酒となったら独り占めするか、売り捌くかだ。
贈答用を買うとは思えなかったが、そのためだったらしい。
やはりレインは世渡りがうまい。あと、せこい商売もうまい。
ひと通り土産を交換し、まだ帰っていないものらのための土産は取って置き。
それから教員らにも顔を見せに行き、土産などを渡しに行った。
生徒数が少ないわりに、教員数が多いので、割と関係は近い。
多分、有事となれば軍の指揮下に入れるために教員数が多いのだろう。
教員たちからも同様に交換で土産をもらう。
年の功か、学園に勤めていると土産をたくさんもらうからセンスが磨かれるのか。
教員たちから交換で渡される土産はセンスのいいものが多かった。
「改めてみると教員の人たちも結構な女所帯になってたわね……」
「それはまぁ……生徒と先生を区別する理由がご主人様にはありませんし……」
「学園長も女性になってたのにはびっくりしましたね……お年を召してるからか、見た目じゃわからなくて……」
ちなみにどうでもいいが、学園長は84歳らしい。
80代は滅多にいないので、あなたにしても大満足だった。
学園長も、冥途の土産に女の悦びを知れてよかっただろう。
「ま、お土産も渡したし、挨拶もしたし。あとは新学期を迎えるだけね」
「そうですね。新学期に備えて、学用品を買い足さないと。お土産でいっぱいもらっちゃいましたけど、まだまだ欲しいですし」
「私もそろそろインクを買い足さないとなので、あとでいっしょに購買に行きましょうか、サシャちゃん」
「はいっ」
サシャは文房具や、故郷の工房で造られたという羊皮紙など、学用品の土産が多かった。
フィリアは菓子や布地、またその地方の食器や民芸品などの無難な物が多かったようだ。
レインは酒。酒一辺倒だ。たまに酒肴が混じっていたくらいで、いずれにせよ酒だった。
まったくもって人柄を見切られているというほかない。
あなたは逆に種々様々だった。酒はもちろん、菓子や工芸品、民芸品などなど。
あなたの大好きなものは誰もがみな身をもって知っているのだが。
さすがに女そのものを土産にする剛の者はいなかった。
「新学期になったら、秋になって、あっという間に冬になるわね。冬期休暇もあればいいのに」
「あったとしても1週間とかくらいになりそうですけどね」
「休みはたとえ1日であってもうれしいわよ」
「そうですかね?」
「なにしろ二日酔いの回復期間に使えるもの」
「二日酔いになること前提で飲むのはどうかと思いますよ」
「私は平日の方がご主人様に訓練をつけて貰えてうれしいですねー」
「お休みの日は結構外出してますもんね、お姉様」
あなたはうなずいた。カイラと言う特級地雷女の処理をしないといけないのだ。
もちろんそれ以外にも娼館に入り浸るためとかにも使っているが。
「次の休暇は来年度前の春休みね。来年か……来年は私たちも2年生だから。学園対抗演習に参加できるのよね」
学園対抗演習。夏前に行われる学園の行事である。
エルグランドでは体育祭などと称されていた行事に近い。
エルグランドと違って殺人はご法度の大人しい行事らしい。
「各学園の人が集まって演習をするんですよね。まだまだ先ですけど、楽しみですねー」
「OBの冒険者を招いてのトーナメント戦なんかもあるらしいわよ。楽しみね」
「へぇー。有名な冒険者の人とか来るんでしょうか?」
「どうでしょう……? 私たち『銀牙』は招待は来てましたけど、応じてはなかったですし……」
「まぁそもそも、有名な冒険者の情報を集めてないから、本当に有名かもわかりかねるけどね……」
「それですね……」
そんな雑談を交わしながら、あなたたちは寮へと向かう。
ふと窓の外を見やれば、夕焼けに空は燃えていた。
日差しの強さは変わらずとも、日没は早くなっている。
秋の足音が、しずかにしずかに近付いている。
エルグランドでは、そのままごく僅かな秋の恵みが齎され、極寒の冬が来る。
貧しい者、弱い者を刈り取る、死の冬だ。
蘇っても成す術なくまた死ぬ。
そして、蘇ることを諦めて埋まる。
エルグランドにおいて、真の意味で死ぬ者が増える時期。それが冬だ。
この温暖極まりない大陸では、きっとそんなことはないのだろう。
むしろ、気温が落ち着いて、1年で最も過ごしやすい時期になるかもしれない。
ボルボレスアスでは、最も寒い時期がエルグランドの初夏くらいの気候だった。
ボルボレスアスに気候の似るこの大陸でも、そうなるのだろう。
夏が終わる。黄金の秋が来て、穏やかな冬が来る。
この大陸での1年の終わりが見えて来た。
あなたはこの大陸に刻んだ足跡を思い返しながら、未来への希望を抱いた。
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