第43話
装備のチェックや荷物のチェックを済ませた後、あなたたちは王都へ向けて出発した。
いちおう、宿の者にモモとトモの特徴を伝え、王都に向かったことを言伝してくれるよう金を握らせた。
いずれはサシャの実家もあるスルラに戻るが、それは一時お預けだ。
投資した奴隷商のところに行って、新商品のチェックもしなくてはならないので戻るのは既定事項だが。
出発と言っても宿を出ただけで、町を出る前にあなたたちはフィリアの案内で馬商人のところへと向かっていた。
さっさと王都に行きたいのであればあなたは走ればいいが、他のメンバーがついていけない。
サシャ1人ならおんぶしていけばいいが、他の2人は無理だ。あなたが担げても2人がしがみ付いていられない。
ならば全員で馬に乗るのが楽である。あなたにしてみれば馬を担いだ方が楽だが。
「なに無茶苦茶言ってるのよ……それならあなたの分の馬は無しでいいじゃない」
言われてみればそうだ。馬を買っても価値など非常食用くらいにしかならない。
とは言え、足並みをそろえるという意味ではやはり全員分の馬を買った方がいい。
いや、馬車を買ってあなたが馬車を引いていけば早いのではないだろうか?
「出来るのかもしれないけど、絵面が最悪だからやめてちょうだい」
レインに止められてしまったのであなたはその考えを棄却した。
「お姉様、質を問わなければ馬4頭は売って頂けるそうです」
では買う。いくらだろうか?
「その辺りはお姉様が交渉してくださらないと……」
なるほど。あなたは頷くと、フィリアが話していた馬商人の下へと向かった。
馬商人は壮年の男性で、馬の世話を生業にしていることが風体からもありありと分かった。
沁みついた飼い葉の香りと、馬の生物臭、そして馬糞の臭いだ。
「あんたが馬を買うのか? なら、1頭につき金貨20枚もらおうかい」
本当に金貨20枚なのだろうか? あなたは激しく訝った。
エルグランドではどんなに安くても1頭あたり金貨1000枚が相場だ。
その50分の1と考えるとあまりにも安過ぎて詐欺を疑うレベルである。
この大陸の金相場が極めて高いことを踏まえてみても、安すぎる気がしてならない。
「金貨20枚じゃ納得いかねえか? なら、金貨500だな」
なんて言いながら壮年の男は笑い、まぁ、それなら多少は納得いかなくもないとあなたは頷いた。
最初に安めの値段を提示して、後になって本来の値段を提示するのはおかしい気もしたが。
ともあれ、あなたは『ポケット』から金貨2000枚を取り出し、それを男へと渡した。
「えっ」
では馬4頭はいただく。で、その馬はどこにいるのだろうか?
「ちょ、ちょっと待ってろ」
男は震える手で金貨を掻き集め、手近にあった袋に放り込んでから奥へと引っ込んでいった。
その後、奥から怒号やらなんやらが聞こえて来た後、外の牧場へと案内された。
牧場にはそれはそれは見事な馬体の馬が4頭揃えられていた。
毛艶もよく、相もいい。足腰もしっかりしているし、筋肉もよく整っている。
見事に鍛えられ、調教された軍馬だ。どの馬もすべて遜色なく鍛えられている。
「いま、うちにいる馬の中でもとびっきりのやつらだ」
これが金貨2000では安すぎるのではないだろうか?
エルグランドでは馬の値段は青天井であり、よければよいほどに高くなる。
荷車を曳かせる駄馬なら金貨1000程度が相場だが、競馬に使える馬となればザラに5倍はする。
その上、育成も調教も済ませてあるのであれば、何十倍にも跳ね上がる。
やはりこれはなにかの詐欺ではないか。あなたは訝った。
しかし、面倒になったのであなたは馬を受け取ることにした。
なにかの詐欺なら力づくで突破するだけだ。何事も暴力で解決するのが一番だ。
「いい馬ね。高かったでしょ?」
安かった。詐欺を疑うレベルで。馬具もついて金貨2000はやはり安すぎるのではないだろうか?
「高いわね。でも、このレベルの馬なら高過ぎるというわけではないわね」
そう言うものなのだろうか。エルグランドとはやはり相場が違い過ぎる。
まぁ、どうも馬の値段が結構なレベルで青天井なのは違わないようだが。
「そりゃそうよ。特に、頑丈な軍馬と競馬で強い馬は高いわよ。競馬と言ったら王侯貴族も愛する娯楽だもの」
エルグランドでは競馬と言えば庶民の娯楽だ。かつては貴族の娯楽だったとは聞くが。
あなたは馬を所有してレースをさせる側に立っていたので、金を賭けて一喜一憂と言う側ではなかったが。
「へぇ。競走馬を持ってたの。私は持ったことはないけれど、やっぱりレースを見るのは楽しいわよね」
その気持ちはあなたにも分かる。手塩にかけて育てた馬たちが一位入線する姿は何度見ても喜ばしい。
レインにもぜひエルグランドのレースを見て欲しいものだ。きっと一度で病みつきになってしまうだろう。
超音速の末脚で周辺を衝撃波で吹き飛ばしながら豪快に一位入線する姿は1度見れば鳥肌物だ。
同じく超音速の世界に入門した馬たちが衝撃波に耐えながら1位を狙って駆ける姿には胸が熱くなる。
「超音速って言うのは分からないけれど、よっぽど早いのね」
たしかに早い。早過ぎる。基本的に2マイル競走が基本だったが、4マイル競走も積極的に行われた程度には早い。
なにしろ2マイル競走では20秒足らずで終わってしまう。4マイル競争なら50秒くらいかかるので見る側も楽しめる。
ちなみにそう言った超音速の末脚を繰り出せる馬たちが出走するレースとは別に、能力増強を禁じたレースもある。
能力増強無しであれば、トレーニングと交配が物を言うので技術力勝負になる。こちらはあなたにしても早々勝ちの望めない難しいレースだった。
本当に、馬と言う生き物は奥が深い。馬のたてがみを撫でながら、あなたはそんな風に回顧するのだった。
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