第42話

 宿に戻ると、さすがに目が覚めたのかフィリアが起きていた。

 サシャとレインと共に、朝食を摂っていたようだ。


「おはよう。一体どこに行ってたの?」


 情熱的な一晩を過ごして来た、とだけあなたは答え、同席する。


「ご主人様は朝食は済ませましたか?」


 もう既に済ませたので朝食は不要とあなたは答えた。

 あなたはいつでもどこでも『四次元ポケット』にため込んだ食料で済ませられるのだ。

 他の面々が食事を済ませるのを待った後、あなたはこれからのことを考えた。


 そもそも、迷宮に挑むための実績を欲して仕事を熟していたのである。

 もっともっと仕事を熟さなくてはならないのだろうか?


「護衛依頼を1つ済ませただけではやはり……」


「山賊を一瞬で皆殺しにしたのを思うとだいぶ……」


 レインとサシャが難し気な顔をする。そもそも、レインはなんでまだここにいるのだろうか?

 生足魅惑の少女と、顔も覚えていない剣を持ってた青年とパーティーを組んでいたはずでは?


「ああ、あの2人? あの2人とは一時的に組んでただけよ。報酬のこともあるし、しばらく一緒に行動するわ」


 なるほど。あなたは頷いた。まぁ、パーティーが華やかになるのは大歓迎なのでなんら問題ない。


「お姉様は迷宮に挑みたいんですか?」


 フィリアの質問にあなたは頷く。冒険者たるもの迷宮に挑むのは嗜みである。

 やはりなにはともあれ迷宮探索だろう。迷宮を探索しない冒険者など二流もいいところだ。

 まぁ、それはあくまでもエルグランドの冒険者であればと言うことなのだが。


「であれば、私をリーダーにすれば挑めますよ」


 と言うと?


「あの、私は『銀牙』のメンバーでしたから。迷宮探索の実績もありますし、あくまでパーティーでの探索でしたから評価は落ちますけど、私を筆頭にしたパーティーなら許可は出ますよ」


 なるほど。あなたはフィリアを拾ってよかったと実感した。

 思わぬ拾い物だったわけだ。単なるペットでしかなかったが、今や迷宮への通行証と言うわけだ。


「なるほどね。それなら、ついでにザーラン伯爵家の推薦状もつけましょうか」


「レインさんのご実家ですよね?」


「ええ。貴族の推薦付きなら多少の横紙破りは可能よ。フィリアがザーラン伯爵家当主の護衛に失敗したということを差し引いても、まず間違いなく許可が出るわよ」


「レインさんはザーラン伯爵家の方だったんですか?」


「まぁね」


 その割にザーラン伯爵家の当主を殺したのか。と疑問気な顔をするフィリアだが、あなたはその辺りの事情に興味はない。

 重要なのは、ザーラン伯爵家とやらの推薦状を得られれば、まず間違いなく迷宮に挑戦できるということだ。

 ならば推薦状をぜひとも書いて欲しい。報酬としてなんでもしてくれるのだからそれくらいやってもらってもいいはずだ。


「ええ、もちろん構わないわよ。でも、それなら一度王都に行かないと」


 なぜだろうか。ザーラン伯爵家の人間がいいといえばそれでいいのではないのだろうか。


「ちゃんとした推薦状を書かないと。そのためにはザーラン伯爵家のザグラがいるわ」


 ザグラとは?


「ザグラって言うのは、書の一種……この場合の書って言うのは、書くことね。意匠化したサインをザグラって言うの。ザーラン伯爵家のザグラも書かないといけないのよね」


 モノグラムやサイファーの一種と言うわけかとあなたは理解した。

 複雑なサインを用いて本人確認とする文化はエルグランドにも存在する。

 あなたも幾つかの特殊なサインを持っている。そう言ったものが必要と言うことは理解した。

 しかし、それならばこの場で書けばいいのではないだろうか?


「無理よ。ザーラン伯爵家の人間だけど、その手の教育はまだ受けてないもの。家に保管してある記録帳からザグラの書き方を調べるか、ハンコを探さないと」


 そう言うことかとあなたは頷いた。面倒ではあるが、必要と言うならば王都に行くほかあるまい。

 元々、ザーラン伯爵家のメイド食べ放題をする予定だったのだから、それが早まるだけのことだ。


「なら、とりあえず王都に出発と言うことね」


「分かりました。ご主人様、冒険の準備はどうしましょう?」


 武器の手入れだけ済ませればそれでいい。と言っても、既に済ませているだろうが。

 人間を2人ほど叩き切っているので、手入れはしなくてはいけないだろう。


「はい、もちろん済ませてあります」


「私もすぐにでも出発できるけど……フィリアは?」


「ええと……はい。私も問題ないです。何もできないまま倒されましたし……」


 乾いた笑いを浮かべるフィリア。たしかにいわゆる冒険中に襲撃したのだから、準備は整っているだろう。

 しかし、フィリアは何も持っているようには見えない。杖は持っていたが、それだけだ。


「ああ、ええと、これです」


 そう言ってフィリアが腰につけていた小さなかばんを示して見せる。

 魔法のニュアンスを感じるので魔法の品とは思っていたが、それがどうしたのだろうか。


「魔法のかばんですよ。中にはたくさんのものが入るんです。重さも一定以上にはならないんですよ」


 そんな便利なものがあるのかとあなたは驚く。

 エルグランドには存在しなかった技術だ。


「まぁ、あんなに便利な魔法があればね……」


 『ポケット』の魔法を知っているレインが納得したような顔で頷く。

 上位魔法の『四次元ポケット』についても知っているのだから納得もするだろう。

 しかし、その魔法が使えなかった頃ならば喉から手が出るほどに欲しい品だ。

 特に重量を無視出来るというのがすばらしい。サシャに買い与えてやらなくてはいけないだろう。


「高価ですよ?」


 しかし、サシャの命には代えられない。


「へぅ……で、でも、それ、きっと私より高価ですよ……」


 照れたような顔をするサシャ。あなたはフィリアに具体的な値段はいくらかと尋ねた。


「これは金貨300枚ほどでしたね」


「うちの荘園の総収入と同じくらいね……やっぱり高価な品だわ」


 なるほど、たしかに多少高価ではあるらしい。

 しかし、サシャよりも安い。なんら問題ない。


「……え? サシャってそんなに高級な奴隷だったの?」


「金貨300枚よりも高い、奴隷……?」


 具体的な値段で言うと金貨500枚を支払ってあなたはサシャを手に入れた。

 実際は最初に払った値段はもっと少なかったが、最終的に払った値段はそれだ。


「……ぼったくられてない? いえ、字の読み書きができる技能奴隷だから多少高額なのは分かるけど……どう考えても相場の100倍くらいの値段よね、それ」


「お姉様、それ、絶対にぼったくられてますよ……」


 決してぼったくられてなどいない。あなたは納得して金貨500枚を払った。

 こんなにも可愛い獣人の少女がたったの金貨500枚で買えたのだ最高である。

 さらに1000倍の額を請求されてもあなたは笑って払ったことだろう。

 エルグランドでは1000倍以上の額で奴隷が取引されていたので、安すぎると思ったくらいである。


「そう……ま、まぁ、あなたが納得してるならそれでいいんじゃない?」


「私、金貨、500枚……? え……?」


「ま、まぁ、冒険者をやっていれば金貨500枚くらいならすぐ……すぐ、は無理かもしれませんけど、割と早めに溜まりますよ、サシャさん」


「そう、ですよね……い、いつかは、自分を買い戻せますよね……」


 あなたはサシャに頑張ってと無責任に応援した。

 別にあなたはサシャが自分を買い戻すことを止めはしない。

 それまでに堕とすだけだ。男相手では満足できない体にする。

 まぁ、サシャが夫を持ったりするのは多少業腹だが、夫がいる女を抱くというのも最高に滾るものがある。

 シチュエーション的に極めて満足できる要素が揃うので、むしろ推奨したいまであるかもしれない。


「はうぅ……が、がんばりましゅ……」


 気落ちした様子ながらもサシャが気合を入れる。その姿をあなたは満足げに見ていた。

 まぁ、サシャに報酬を分配するのはあなたなので、いくら頑張っても堕ちるまでは自分を買い戻せる額など得られはしないのだが。

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