37話

 飲んで食べて、満腹になってほろ酔いになった。

 あいかわらずあなたは酒に酔わないが、飲めば気分はよくなる。

 過ごしやすい庭にテーブルを出し、酒を酌み交わすのはなかなか心地よい。

 ティーパーティーと違って、気楽なのが特にいい。


「ほう。4層まで行ったのか」


「ええ。ちなみに、あなたは?」


「私は5層までだな」


「へぇ……あなたは4層ってどうやって踏破してるの?」


「寒さは内養功で耐え、高山病も同様だ。巨人やら狼やら竜は適当に切る」


「ただのゴリ押し……?」


「まぁ、そうだな」


 基本、セリナの攻略情報はセリナにしか役立たない。

 体得した武術の奥深い技によって、力づくで突破しているだけだ。

 一応同じことができなくもないあなたなら役立てることも可能だが。

 しかし、それは基礎スペックでゴリ押しするのと何が違うのか。


「結局のところ、私は冒険者ではなく、武芸者だからな。迷宮に挑むのも強敵との戦いを求めているだけだ」


「ふうん……」


「な、なんだかカッコいいですね……求めるのはただ強敵との戦いだけ……なんとなく、分かる気がします」


「戦うのが好きということか?」


「はい」


「そうか。私は嫌いだ」


「えっ」


 矛盾しているようなセリナの発言にサシャが驚く。

 あなたも首をねじって、どういうことなの? と尋ね返した。

 強敵との戦いを求めているのに、戦いは好きではない。

 戦いたいのに嫌いとは、いったいどういうことなのか。


「武とは悪だ。人を殺める兵器を扱う術が、悪の技でなくてなんだ。それを振るうこと、敵を殺めること、人を傷付けること、いずれも私は好きではない」


 セリナが酒を呷り、その器を机に転がす。

 現世のいずれでもない、心の深奥、そのどこかにあるなにかを求めるように。

 深淵をさまよう哲学者のようなまなざしで、セリナは俯いて机を見つめていた。


「その武威が入神の域に至らんと欲すること。私が求めているのはそれだけだ。戦いはただの過程で、手段だ。地面を叩いて技量が磨かれるなら、私はひたすら地面を叩くだろう」


 訓練のために戦いたいのであって、戦いたいから戦うのではない。

 セリナが言いたいのはそう言うことなのだろう。

 戦うのが嫌いなのに、戦うことを手段として鍛えるのもやや不思議だが。


「結局のところ、私はただの愚か者なのだ。武を極めんと、自らを追い込もうとしている。それに、なんの意味がある」


 今度は自分の行動を全否定し始めた。

 あなたはセリナが悪酔いしているのではと訝った。


「敵を効率的に殺すなら、もっといい手立てがある。武を極める意味などない。そこに求めるのは違うものであるはずなのだ。敵を見下すこと、自己欺瞞……敵が朽ちることでしか自分の価値を再確認できぬ愚か者……」


 セリナが机に突っ伏した。

 あなたはサシャと顔を見合わせる。

 サシャは「この人、酔ってません?」と言う顔をしていた。


「私は自分のことが嫌いだ。根暗で、臆病で、見栄っ張りで……とにかく頭が悪い馬鹿な女だ。どうして私は村を飛び出したんだろう。あのまま村で生きて、結婚して、子供を産んで……そう言うのが、私は嫌いじゃないのに……」


 これ完全に酔ってるな。

 あなたとレインは思わず顔を見合わせる。

 レインも同意見のようだった。


「料理を真面目に習ったことも、こんな家を建てたのも……スーニャンみたいな良妻賢母に憧れたからじゃないのか……? どうして、私は武なんか……」


 考え過ぎると、思考が悪い方に向くタイプなのだろう。

 酒のせいで余計に悪い方に傾き、自己否定にまで行くタイプだ。

 こういうのは考えさせずにひたすら運動させた方が健全に生きられる。

 以前、血の小便が出るまで毎日訓練をさせられたといっていたが、案外それが合っていたのかも。


 あなたはとりあえず、空になったラガーの瓶を地面に叩きつけて割った。

 甲高い破壊音が響き渡り、セリナが顔を上げた。

 そして、あなたはセリナに、実にいい乳してるね! と直球のセクハラをした。


「……スーニャンがな。体にいいからと、ハスマと言うデザートをよく用意してくれた。それに胸を大きくする効能があるらしい……おかげで、この通りだ……」


 そう言って自分の胸を誇示するように体を反らすセリナ。うおでっけ。

 意識を反らすことには成功したようだ。

 あなたはよかったよかったと頷いた。

 サシャとレインのやや冷たい視線は無視した。


「ハスマを知っているか。ぷるぷるした食感の、透明なゼリーのようなもので……甘いスープに入れたり、温めた果物といっしょに食べたり……」


「なんだかおいしそうですね」


「ああ、うまい……スーニャンは、私を実の娘のように可愛がってくれた……毎日これ以上食ったら死ぬというくらいたらふく食事を食べさせてくれた……」


「ハスマってデザートも、その一環と言うわけね」


「ああ……シンレンと言うデザートに並んで、本当は高貴な身分の者しか食べれないものだったとか……」


「貴重な材料ってこと?」


「ハスマはカエルの内臓で……」


「突然気持ち悪い話しないでくれる?」


 カエルの内臓を使ったデザート。

 あなたはいったいどんな代物なのか想像がつかずに首を捻った。


「私もそれを知った時は、スーニャンをちょっと恨んだ。だが、ハスマとパパイヤのホットデザートは本当に美味いんだぁ……」


 しまりのない顔で空を見上げるセリナ。よだれでも垂らしそうなほどだ。

 よっぽど美味しいらしい。あなたは味が気になった。

 しかし、カエルの内臓……いったいどこの部位を食べるのだろう?


「3層でハスマが獲れればなぁ。でも、オイスターが獲れるからなぁ。オイスターを天ぷらにして、酒とか砂糖とか醤油で酢を入れて、とろみをつけて、トウガラシでピリ辛炒めにすると最高にうまいんだ……」


 今度は思考が食欲の方に向いたようだ。

 食欲は生きる意志だ。ポジティブな方に向いたと考えていいだろう。


「そう言う手の込んだやつと違って、シンプルな刺身で酒を飲むのもなぁ……ねぎま鍋もいい……だが、3層ではマグロが獲れないからなぁ……久し振りに食べたいなぁ……」


「ねぎまってなんですか?」


「ネギとマグロで、ねぎまだ」


「あー、なるほど」


 シンプルな略称だ。あなたはそれがどういう料理か尋ねた。


「簡単だ。醤油を甘口と辛口の酒で割り、それでねぎを煮込む。あとはマグロを少しシャブシャブとして、食う。うまいんだ……」


 しみじみと語るセリナ。あんまりおいしそうには感じられない。

 シンプル過ぎる気がするというか、味の予想がつくというか。

 まぁ、セリナが食べたいというなら、用意しよう。


 あなたは以前に釣ったマグロを『四次元ポケット』から取り出す。

 ドラード・ルージュを釣る際に副産物として手に入るのだが。

 大き過ぎて持て余すので、かなりの量が『四次元ポケット』に死蔵されているのだ。


「おおっ!? ホンマグロか!? で、でかい! 300キロ級だぞ!」


 セリナのテンションが凄い。

 あなたはこのマグロを進呈するとセリナに伝えた。


「なるほど……美人だとは思っていたが、女神とかそう言う類だったんだな。よし、今度からおまえを信仰しよう!」


 さらっとあなたは信仰対象にされた。

 セリナの信仰の考え方がすごく雑。


「さっそく捌いて食べよう。マグロはうまいぞ」


「そうなんですか?」


「ああ、最高にうまい。しかし、さすがにこのサイズのマグロを捌いたことはないな……よし、ケント呼ぶか」


 ケントとは、この間も行った店のオーナーのことだ。

 相当変な人間だったが、魚介類料理店のオーナーだけあり、魚の扱いはお手の物らしい。

 セリナがどこからともなく便箋を取り出し、それになにか書きつけて放ると、消える。

 ついでにもう1枚書きつけて、再度放った。魔法の便箋だろう。


「よし、すぐ来るだろ」


「マグロってそんなおいしいの?」


「ああ、最高にうまい」


 すごい自信だった。

 そこまで豪語するなら、味を見るとしようではないか。

 きっとなにか、凄い調理方法があるのだろう。


 それからしばらく酒は控えて、茶を酌み交わした。

 セリナは酒よりも茶と言うタイプのようで、意外といろんな茶を取り揃えていたのだ。

 意外な一面に驚いていると、やがてセリナの家に来客があった。


「おいすー! ケントだよっ!」


「お、来たか、ケント」


 以前に店の前で客引きをしていた変人オーナー、ケント氏だ。

 その姿を見て、セリナが一時仕舞っていたマグロを机の上に出した。


「うわ、マジでマグロがあるじゃーん。なんでぇ?」


 以前行ったとき、マグロを出していたあたり、入手手段はあるのだろうが。

 それでも驚く程度には貴重なものらしい。


「さぁ、捌いてくれ。半分やるぞ」


「マジぃ? さっそく捌かせていただきまーす! 」


 そう言ってどこからともなく包丁を取り出すケント氏。

 どうやら、このままテーブルの上で捌くらしい。

 あなたたちは一時退避し、その解体風景を眺めることにした。


 鮮やかな手付きで捌かれていくマグロ。

 複数種類の包丁を使い分けて捌くようだ。

 刺身が好きじゃない癖に、魚の扱いはじつに上手い。


「あら~、ほんとにマグロがありますね~」


 聞き覚えのある声にあなたは驚いてそちらを向く。

 いつの間にか、あなたのすぐ横にカイラが立っていた。

 ヤンデレが突然現れると心臓に悪すぎるので勘弁してほしい。


「おお、カイラ。見ろ、あそこで捌かれてるマグロを。あれは私のだぞ。知らなかっただろう」


「あらら~、セリナさん若干酔ってますね~」


「ふふん、おまえにも特別に食わせてやるぞ」


「はい~。お招きありがとうございます~。これは手土産です~」


 そう言ってカイラが取り出したのは、瓶に入った液体。

 ラベルなどは張られていないが、どうやら酒のようだ。

 先ほどの便箋で呼んでいたのはケント氏とカイラだったらしい。


 しかし、これは好都合かもしれない。

 酒席と言うのは口が緩むものだ。

 情報収集にはうってつけの場面だ。


 セリナの情報は参考にならなかったが、カイラからの情報は役立つだろう。

 ケント氏がどうかは知らないが、腕利きと知られている以上、4層の情報くらいは持ってそうだ。

 あなたは自分も酒を出すと宣言し、種々の酒を取り出した。


「宴会はこれからが本番だな。よし、提灯出して来るぞ」


「夜まで飲む感じですね~。まぁ、これだけたくさんマグロがあったらいくらでもいけますね~」


 カイラもマグロにはテンションが上がるらしい。

 エルグランドではあまり好まれる種類の魚ではなかった。

 脂が多いので塩分が入り込まず塩蔵できないからだ。

 タラやサーモンと言った塩蔵しやすい魚が好まれた。


 この大陸では尚更に保存が効かなさそうだが。

 だからこそ鮮度の良いものが尊ばれるのだろうか。

 よく分からないが、魚好きには垂涎の品と言うことは分かった。





 ケント氏がマグロを捌き、それをカイラとセリナが手分けして調理していく。

 ケント氏は捌いたら後はノータッチらしい。


「いや、調理自体はできるって言うか、たぶん料理は俺が一番うまいよ。なぜなら俺は海の男で、海の戦士だから。いや、むしろ海の王だね」


 海の戦士だと料理ができるらしい。

 やや意味不明だが、なんとなくは分かる。

 漁師なら魚の扱いはお手の物とかそう言うことだろう。


「でもね、女の子が作ってくれた料理はそれだけで価値があるんだ。分かってくれる?」


 超分かる。

 あなたは全力で頷いた。


「だから俺は作らない。セリナとカイラの手料理が食べたいからだ」


 ケント氏は実に分かっている。

 あなたはケント氏と固く握手を交わした。


「マグロの刺身盛り合わせ、一丁上がりだ」


「彩海鮮ちらし寿司ですよ~」


 そんなバカなことをしてたら、料理が完成しだした。

 生の魚と言うきつい人にはきついものだが、あなたは平気だ。

 ちらし寿司と言うのは、彩り豊かな米料理のようだ。

 たしか、ケント氏の店で食べたような記憶がある。


「綺麗な料理ですね……これはエビですか?」


「そうですよ~。ご飯にもお酢で味がついていて食べやすいですよ~」


 言いながらカイラが料理を取り分けてくれる。

 シンプルな調理方法のようで、あまり手の込んだものには見えない。

 たしかに彩り豊かだが、彩り豊かな食材を使っているだけだ。


 食べてみると、やはりシンプルなものだった。

 彩りよく、味のバランスもよく、悪くはない。

 というか目にも舌にも楽しくおいしい味で、旨いとは思う。

 だが、そんなにテンション上がるほどかというと……。


 やはり、マグロ自体はそう劇的に旨いものとは思えなかった。

 べつにまずいわけではないし、普通に旨いとは思うのだが。

 他の魚と隔絶した味の差があるほどではないというか。

 思い出補正と言うか、そう言う心理が影響するものなのだろう。


「ああ~、おいしい~……マグロおいしいです~」


「うん、うまい。無限に食える。うますぎる。大トロより赤身の方がうまい」


「漬けマグロも作ろう。うますぎる。ガリ欲しいな。今度作ろう。うまいうまい」


 3人とも異様な熱意で刺身を食べている。

 よっぽど魚が好きなのだろう。

 刺身が好きじゃないと言っていたケント氏もバクバク食べている。

 酢で味付けした米に、刺身を載せては食べている。独特な食べ方だ。

 まぁ、こんなにも喜んでくれるならうれしい限りだ。


 ふと空を眺めれば、夕焼けが沈んでいくところだった。

 もともと昼ご飯を食べたのも遅かったが、長居してしまった。

 そして、これからさらに酒宴は続くことだろう。宴はこれからが本番だ。



 夜の帳が落ちても、賑やかな酒宴は続いた。

 セリナたちは本当に散々マグロを食べていた。

 手を変え、品を変え、よくぞここまで調理方法を見出したなと言いたくなるほど食べていた。


 セリナが秘蔵の酒とやらを出し。

 ケント氏も同様に秘蔵の酒とやらを出し。

 カイラは種々様々の酒を出してくれた。


 酒も料理も尽きることなく、宴は朝まで続いた。

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