26話
状況を打破したのはサシャだった。
対峙するアヌシャラをヌメヌメの脂まみれにした後、ジャベリン乱れ打ちをはじめたのだ。
超人的な筋力を有するサシャの遠隔武器の威力はすさまじい。
特に、手で直接投げる投石や、投げ槍と言った武器は如実に威力に差が出る。
特に、投石よりも威力の出るジャベリンは強力だ。
プレートメイルを余裕でブチ抜き、頑健な野生動物の骨格を砕くほどの威力がある。
まぁ、穂先が耐えられれば、と言う前提は必要であるが。
そのジャベリンをサシャは『ポケット』にたっぷりと入れてある。
また、予備のジャベリンも『四次元ポケット』にたっぷりと。
1本銀貨1枚と、消耗品にしてはなかなか高価な品ではあるのだが。
高い攻撃力を発揮できれば安いと投げまくるのだ。
高い筋力に裏打ちされた投擲速度と威力。
サシャの剣戟も投擲も、避けるのも受けるのもなかなか難しいものがある。
アヌシャラがジャベリンで滅多打ちにされても仕方ないと言うべきか。
「ぬおおおおっ!」
脂まみれの地面をなんとかかんとか脱出するアヌシャラ。
それを前にサシャが自分の剣に『鋭い刃』をかけるや、アヌシャラを迎え撃つ。
ジャベリンで滅多打ちにしたアヌシャラの生命力は随分と削れている。
そして、サシャはそのまま3合4合と剣を合わせ、都合8度の剣戟でアヌシャラを打破した。
アヌシャラが肉体戦闘に秀でるも、モンクのような素手での打撃を武器とする者ではないのも理由だろう。
アヌシャラの打撃は一方的に押し潰すものであって、交錯を征するものではない。
つまり、相手の反撃を押し潰しながら殴りつける、と言うような技術はないのだった。
サシャはアヌシャラに倍する勢いで切り返し、その肉体の頑健さは超人的なものだ。
ダメージを与えるという意味でも、ダメージに耐えるという意味でも、サシャは強い。
アヌシャラは回復魔法も使えるので、そう言う総合的なダメージへの耐性は高いのだろうが。
悠長に回復魔法を使う相手を見逃すほど、サシャは甘くないし、アヌシャラは敵を眼前において使えるほどの術者ではない。
近接型剣士に1対1で戦えば、使う間もなく戦いが終わるのは当然のことだった。
「援護します!」
アヌシャラを仕留め終えたサシャがイミテルの援護に入る。
横から殴り掛かって、そのまま攻撃の矢面に立つ。
イミテルはようやっと敵に集中的に狙われる状況から脱して動けるようになる。
そこからは話が速い。
サシャとイミテル、そしてレウナとレインが協力してアヌシャラを撃破。
さらにほとんど終わりかけていたフィリアを援護。
それを見て、最後にあなたが相手をしていたアヌシャラを処理って終わりだ。
激戦と言って差し支えない戦いだったろう。
1歩間違えたら、どこかから瓦解していてもおかしくなかった。
特にイミテルが危険だったろうか? それは同時にレインがもっとも危険だったと言える。
まぁ、イミテルが死んだとしても、レウナが一応迎撃はできるが。
ただ、レウナはやはり本職の戦士ではないので、かなり厳しかったろう。
総合的技量はイミテルより遥か格上でも、純粋な肉弾戦では同等か、やや劣る程度だ。
イミテルが苦闘する相手に勝てるかと言えば、無理だと思われる。
「はぁー……肝が冷えた……」
「なかなか厳しい戦いでしたね……『大治癒』」
やや無理していたフィリアがボコボコになった自分を魔法で癒す。
EBTGで唯一の重武装なので傷は比較的軽いが、それに任せた戦闘をするところもあるので数は多い。
「皆さん実によい連携でした。脅威度15の相手を4体同時に……実質3体ですが、3体同時に相手取れるのはかなりのものですよ」
「まぁ……私たちが微妙に援護してたみたいな感じになってたところはあるけれどね……」
コリントが言うように、僅かながらもコリントたちの援護があったと言えなくもない。
なにしろ、EBTGのメンバーよりも遥かに格上の者が5人もいるのだ。
普通に参戦して来たらその瞬間に敗死確定であるので、注意を払うのも当然である。
その分だけ、やや注意がおろそかになっており、僅かながらも優位に戦えたわけだ。
あなたたちは手早く治療と補給を済ませ、戦闘準備を整え終える。
そうすると、あなたたちが侵攻している宮殿の様子が一変していることに気付く。
まるですべての生命が死に絶えたかのような――実際片っ端から殺しまくったけど――静寂に満ちている。
酷く華美で豪奢な宮殿の中には、あなたたちが齎した血臭以外の退廃の香りが立ち込めている。
美しい彫刻の施された柱は数多の金細工で飾られている。
壁にはすばらしく精緻なタペストリーが数多飾られている。
ラセツたちの伝説的な指導者か、あるいはこの宮殿の主かなにか。
それとも神話の一場面であるのか、ある特徴を持った獣頭の人型が一貫して描かれている。
見たことも無いような特徴を持ったモンスターの剥製や、頭部の剥製が飾られている。
あるいは、獣のように見えて、それは実のところ獣頭のモンスターか……。
それはもしやもすると、失態を演じたラセツが懲罰ゆえに飾られているのだろうか?
調度品のことごとくに暴虐と悪意の匂いが染み付いている。
それを成したこの宮殿の主の力は凄まじいのだろう。
あのアヌシャラを10人を超えて従えていたのだから当然と言える。
ジルの言うところの脅威度15と言う数値はいまいちよく分からないが。
先日戦ったホワイト・ドラゴンとアヌシャラならば、単純な強さではアヌシャラの方が強いだろう。
サイズの差や周辺環境、特殊能力の差などもあって、勝敗については一概には言えないが。
単純な強さの比較で言えば、アヌシャラの方が強いのは間違いない。
それを束ねる王の威風は生半なものではない。
アヌシャラたちが怯え、懲罰を恐れてあなたたちに決死の覚悟で襲い掛かったように。
種族を同じくするラセツたちにも恐れられ、それでいて仕えられる支配者。
間違っても油断してよい相手ではないだろう。
あなたたちは静けさに満ちた宮殿を進む。
先ほどまで多数現れていたラセツたちの姿はもはやない。
あなたたちが殺し尽くしたのか、あるいは逃げ出したのか。
打ち捨てられた宝物は、この宮殿の主の凋落を示しているかのようですらある。
だが、しかし。
宮殿の奥底からひしひしと迫りくる強烈なプレッシャー。
それは、この宮殿の主が未だ健在であり、あなたたちを待ち構えていることを如実に物語る。
獣人の感性ゆえか、強者の気配に敏感なサシャは緊張に満ちた面持ちだ。
それに感化されてか、EBTGのメンバーたちには張り詰めた空気が立ち込めている。
あなたたちの後ろで、今日の晩ご飯なに? などと気楽な会話をしている連中とは対照的だ。
ジルやコリント、ノーラからすれば、取るに足らない相手だろうことは分かるが……。
もうちょっとこう、緊張感と言うか、雰囲気と言うか……。
「ですが、いちばん緊張感ないのはあなただと思いますよ」
「そうよね」
軽くジルに苦言を呈したところ、そのように言われた。
まぁ、それはたしかにそうではあるのだが……。
たとえばあなたはこの宮殿の中で昼寝をしてもまず死にはすまい。
ギロチンにかけられたところで平然としているあなたの肉体強度は凄まじい。
アヌシャラたちが渾身の力を込めて殴ったところで、1万発殴られても平気だ。
まぁ、殴られて痛くないとかそういう事ではないが、死にはしない。
そんなあなたであるから、周辺をちゃんと警戒していても、やや緊張感に欠ける。
ジルやコリントも正直大差ないと思うが、たしかにあなたの方が緊張感がないかもしれなかった。
宮殿を進んだあなたたちは、ついに最奥へと到達する。
そこにはより一層豪奢な調度で纏められ、足元はきらびやかな財宝で満たされている。
山を成す白銀のコインはプラチナ製のコインであることは間違いない。
1枚1枚が金貨10枚分はくだらない価値があり、それが山となっているのだ。
一山で一生遊んで暮らせるほどの財貨であることは間違いなかった。
そして、その財宝をちょろまかそうとでもしたのだろうか?
左右の壁には、明らかにラセツと分かる頭部が剥製にされて飾られている。
剥製の壮絶な苦悶の表情が苦痛に満ちた終わりを迎えたことを如実に物語っている。
そして、部屋の奥部に
すばらしく美しい無数の従者たちに囲まれた、獣頭の人型生物。
意外なことに、その体躯は通常の人間とさほど変わらないものだった。
だが、恐ろしい悪のエネルギーに満ち満ちた肉体はおぞましいほどに強靱であることが伺える。
豹の頭部から覗く牙は恐ろしく鋭く。
脇に置いた剣には素晴らしい細工と同時、強力な魔法のオーラ。
身から立ち上る魔力の気配は、魔法使いであることを如実に物語っている。
風変わりな装飾品に身を包んだ王者があなたたちを睥睨する。
「おまえたちか。私の居城を荒らす不届き者は」
それは落ち着いた声音で、あなたたちに語り掛けて来る。
不浄の気配立ち込める存在にしては、奇妙なほどに魅力的な音色の声に思えた。
あなたたちはそれに警戒の色を強め、手にした武器を握り締める。
「懲罰を受けた者の姿を見てもなお己の愚かさに気付けぬ者には、特別な懲罰が必要だ」
ゆっくりとした動作で寝台を降り、その王者は歩を進める。
従者たちが恭しい動作で、その身を次々と飾り立てていく。
瞬く間に非の打ち所がないほどに美しく身なりは整えられ。
手にしたファルシオンは、破壊のエネルギーを放射する。
「おまえたちには、安らぎなき終わりをくれてやろう。永劫の責め苦の中、己が愚かさを悔やむがよい!」
ラセツの比類なき王者、マハラジャ。
不浄なる王、そして、悪の権化たるもの。
神々の領域に足を踏み入れんとする強者。
それはあなたたちを打ち据える懲愚の剣のごとく。
あなたたちへと襲い掛かって来た。
「死ぬがよい」
振るわれたファルシオンの一撃がサシャを襲う。
剣戟は恐ろしく鋭く、目にも留まらぬほどに速い。
その軌跡にサシャが辛うじて剣を割り込ませる。
「うぐっ!」
「ほう。なかなかの力。褒めてやろう」
サシャの剣が押し込まれるも、辛うじてそれを押し返す。
サシャは戸惑いの感情を抱いていることがありありと分かった。
マハラジャの膂力は恐るべきことに、サシャに伍する領域にある。
それでいて、剣技の技量、戦闘技術はマハラジャが上なのだ。
するりと振るわれたファルシオンの一撃が、サシャの胴体を深々と抉った。
魔法剣士ゆえに軽装なサシャの身を守る防具は酷く薄く。
ただの一撃でサシャの生命力がごっそりと抉られた。
「ぐぅぅっ……!」
「させません!」
それに割り込むのはフィリア。
カイトシールドによって剣戟を受け止める。
反撃を諦めての完全防御態勢。
剣を受け流し、受け止め、弾く。
その間隙を縫うように迫るのはイミテル。
手にしたウォーシックルによる連撃と、拳足を用いた打撃が放たれる。
それをマハラジャは身のこなしと剣による迎撃で華麗に捌き切る。
そして、終わり際に合わせた蹴りがイミテルの胴を穿ち、吹き飛ばす。
「くっ……! 『過労』!」
レインの手から放たれる光線がマハラジャへと襲い掛かる。
魔力を大量に消費する高速化により、さらにもう1発。
2発放たれた光線は、命中すれば対象を疲弊させる呪文だ。
効果を発揮させることができれば、それだけで相手を過労状態にまで持ち込む。
しかして、その光線はマハラジャの体表で弾かれて消える。
その身に備わる驚異的な魔法への抵抗力は、レインの魔法を涼し気に受け止めてしまったのだ。
あなたは剣を手に前へと出て、フィリアと共にマハラジャを抑え込むのに回る。
あなたが1人で勝ってもしょうがないので、あくまで抑え込むのみだが。
それにマハラジャが怪訝な顔をする。あなたが手加減をしていることが分かったのだろう。
「しっかりしろ! 傷は浅いぞ! 『傷害治癒/キュア・インジャリー』!」
「うあ……た、助かりました……」
その間に、サシャがレウナの手によって治療される。
マハラジャとEBTGの交錯、その初手はマハラジャの圧倒的優位に推移した。
さて、ここからこの状況を覆せるか。
覆したとして、そのまま勝利まで持ち込めるか。
あなたは仲間たちの奮闘を期待して、そっと笑った。
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