25話

 城門である。ノックしてもしもししたところで、開けてくれるはずもなく。

 さりとて、内部に忍び込んで開けようなんて殊勝な真似をするわけもなく。

 魔法で開けようにも、城門がでかすぎて範囲が及ばないし魔力が勿体ない。

 なので、あなたたちは力技で開けようぜと言う結論に達した。


「では、ジル・ボレンハイム。参ります」


 言いながら、ジルが初動も見切れぬすさまじい速度で拳を放った。

 すこっ、と間抜けな音が響いたかと思うと、城門には拳大の穴が開いていた。

 鍛え上げた武僧の拳は刃の如き鋭さすら帯びると言うが、ジルは武僧としての心得もあったらしい。


「ふむ。城門とか城壁のHPがべらぼうに多いのはこういう……なるほど」


「規模が大き過ぎて、多少壊したところで侵入できない……つまり、致命傷を避ける能力ではなく、侵入者を通さない総合能力をHPとして表現している、と言うことなのね」


 ジルとコリントが言及するように、破壊した箇所が小さすぎて侵入はできない。

 あなたは続けてどんどん穴を開けていけばいずれ入れるだろうと頷いた。


「腰から上、顔あたりまではともかく、足元あたりをこの威力で殴るのはちょっと」


 言われてみるとたしかにそれはむずかしい。

 人間の肉体構造的にそれは無理がある。蹴りでは厳しいだろうか。


「ここはひとつ、あなたの無法な身体能力を見て見たいです。おねがいします」


 とのことなので、あなたは城門の取っ手を掴む。

 そして普通に引っ張った。木の裂ける悲鳴のような音がし、そのまま力づくで門扉は開いた。


「なるほど。溢れかえるほどにパワーですね」


「そしてむせ返るほどに筋肉ね」


 などと言う面々は置いて、あなたは内へと入り込む。

 あなたが城門を開けたせいか、内部では騒然とした様子であなたたちを迎撃するべく兵が集まって来ていた。


「『火球』」


 レインが無造作に呪文を唱え、指先から火球を放つ。

 それは敵集団の内部で炸裂すると、爆圧で敵を吹き飛ばし、焼き払った。

 小型のラセツや、それらが使役する通常の獣、爬虫類などは瞬殺だ。


 人間と同等サイズの、いわゆるところの普通のラセツも半死半生の有様。

 レインの『火球』の威力も目覚ましいものになった。

 撃ち漏らしをサシャとレウナが弓で適当に射抜いていく。

 この程度では足止めにもならない。

 もうちょっと本気で迎撃してもらわなくては。


「いい威力だ、レイン。さっさと進むとしよう」


「待ちなさいよ、イミテル。戦利品を回収しないと……」


「あとで構わんだろう。皆殺しにすれば誰も拾えん。あの世に金を持っていけるなら話はべつだがな」


「たしかに、それもそうね……」


 ここから離脱するにせよ、そう大したものは持っていけないだろう。

 そもそも離脱するにしてもどこに逃げるのだという話だし。

 あなたたちはひとまず戦利品の回収は捨て置いて先に進むことにした。



 城門を抜けた先の中庭と思しき空間、そこを通り抜けていく。

 上階の渡り廊下、あるいは迎撃用櫓なのか、そこから時折弓などが放たれる。

 それらを肉弾戦を主軸とするサシャやイミテル、あなたが迎撃する。

 術者が主軸であるはずのレイン、フィリア、レウナを守ってやらなくては。


「6人パーティーの安定感ハンパないですね」


「やっぱり人数が多いと強いよね。まぁ、だからこそ学園の授業では4人パーティーまでなんだけど……」


「6人もいるなら……ちょっとくらいクソ強モンスターこっそり出してもセーフかなって感じになりますよね」


「なにするつもりだジル」


「なにもしません」


「ほんとかよ……」


 なお、同行してくれている面々には特になにもしていない。

 なにかしようとしなくても、どうせ各々勝手に生き残るだろうし。

 唯一自衛が難しいだろうケイはノーラやジルがカバーしてくれるだろう。

 まぁ、ケイに関してはあなたも気を払ってはいる。いざという時は守ってやらなくては。


 あなたたちは城内構造へと侵入を果たす。

 そして、襲ってくるモンスター、隠れ潜むモンスターを片っ端から狩っていく。

 アヌシャラに関しては油断すればEBTGメンバーの敗死もあり得る。

 一瞬で勝負を決して見せたサシャの『雷切』もしばらくは品切れだ。


 とは言え、肉弾戦ができる3人がかりでやれば余裕でなんとかなる。

 6人もいる都合上、少々格上であってもむしろ有利に戦えるくらいだ。


「アヌシャラって言うのは、どうも幹部クラスのモンスターみたいね」


「まぁ、強さがハンパではないですしね……」


「それ以外は鎧袖一触と言ったところだけど、最後まで保つかしら……」


 先ほどからワンドやスクロールを主軸に戦闘をしているレインがそうぼやく。

 魔力を温存しつつも戦闘力を落とさないための手立てだろうが。

 もちろんそれをやればやるほどに金が目減りしていくので痛しかゆしだ。


「サシャも少し厳しいんじゃない?」


「体力的にはまだ……ですが、体のあちこちが疲れて来たというのは正直なところですね」


 剣を握っていた手をぷらぷらさせながらサシャが言う。

 サシャの剣は特注品な上に素材が素材なので、非常に重い。

 そのため握力への負担も桁違いに重く、振り続ければすぐ疲れてしまう。


 体を動かす体力は残っていても、各所の力が摩耗してしまう。

 魔法で癒すことはできてもリソースの消費を招くと、なかなかつらいところだ。

 このあたりは戦士組の面々で金を出し合って『下級回復』のワンドでも買うべきだろうか?

 使用に関してはフィリアかレウナにやってもらい、戦士組の疲労を癒してもらうのだ。


「ご主人様はこの場合はどう対処を?」


 あなたは魔法が使えたので自分に回復魔法を使う。

 あるいは、スパークソーダやブルーカプセルなどの疲労回復効果のある薬品を使う。

 最終手段としては、もうその場で野営して休む。


「時間に余裕さえあれば確実かつ最強ですね……」


 もちろんそんなことが出来る場面は早々ない。

 魔法が使えない者だっているし、疲労回復効果のある薬品は入手性に難がある。

 実際のところ、ごまかしごまかし戦うしかないのが現実だ。

 

 まぁ、疲れた時に高いパフォーマンスを出せてこそ真価が問われるというもの。

 あなたはこういう疲れた時こそ根性の見せ所だと激励した。


「た、ただの精神論……でも、それしかないですよね……」


 サシャが深々と溜息を吐いた。

 その気持ちはわかるが、それが現実なので諦めて欲しい。




 場内を探索し、敵と出会えば殺し、宝があればめぼしをつけていく。

 もう言い訳のしようがないほどの押し込み強盗だが、ダンジョンに官憲はいないので問題ない。


「これ以上進ませるな!」


「殺せ! これ以上進ませたら私たちがどうなるか!」


「動きを止める! 私に構わず殺れ!」


「仕置きを受けるよりは……!」


 アヌシャラが4人出てきた。

 あなたはさすがにこれは荷が重いかと、1体受け持つことを宣言する。

 なので、残りの3人は適当にEBTGのみんなで対処してもらう。


「厳しいわね……! サシャ、フィリア! 1体ずつ頼むわ! イミテル、レウナ! 援護するわ!」


「了解です!」


「早めに頼みますよ!」


 レインの手短な指示に指示を受けた者が動き出す。

 サシャとフィリアが前に突出して、1体ずつアヌシャラを受け持ち。

 この中では現状もっとも力量に劣るイミテルがレウナと共に前へと。

 あなたはアヌシャラを適当に足止めしつつ、さてお手並み拝見と見物にしゃれ込んだ。



 サシャは攻撃に偏った剣士であるが、べつに防御ができないわけではない。

 そもそも、あなたが丹念に教え込んだこともあり、基礎はできている。

 ただ、性格と言うか、性癖的に攻撃偏重型の剣士になったと言うだけで……。

 そして、相手をいたぶるにあたっては、クレバーな動きもできる。


 サシャは剣を抜きつつも、手の震えを自覚して顔を顰める。

 その動きに相手のアヌシャラも気付き、自身の優位に顔を綻ばせる。

 サシャは難しい顔のままに迎え撃とうとし、アヌシャラが様子を伺っていることに気付いた。


 ここまで好き勝手に侵攻して来た相手が、本当に疲弊しているのか……。

 そんな不安があるのだろう。おそらくは。


「……右腕がイカれた。おまえでも勝てる……来いよ、ラセツ。余裕ぶってないでかかってこい」


 サシャは剣を足元に捨て、挑発を試みた。

 そして、いかにも殴ってくれと言わんばかりに腕を広げてみせた。

 この危険極まりない捨て身の挑発行為は、もちろん誘いだ。

 機転の利く一流の戦士……あるいは、やたら頑強な戦士でもなければ使いこなせない。


 女サシャ大勝負、あるいはサシャの大博打。

 あなたが教え込んだチェスで好んで使うギャンビットのような。

 自身の持つ有意を意図的に投げ捨てることで、他で優位を得る博打めいた戦法だ。


「楽に殺したら……つまらないでしょ? 手指を千切り取って、私が苦しみもがいて、泣き叫んで許しを乞う姿を見たいでしょ?」


 自分なら見たいとサシャの顔にありありと浮かんでいる。

 なんでこんな狂人めいたサディストになってしまったのだろう。

 かつての無垢で愛らしく、可愛く甘えて来るサシャが懐かしい……。


「さぁ、1対1で、楽しみましょう?」


 それとも……なんて言葉を口には出さずに。

 その顔に、ありありとした嘲笑めいた表情を浮かべて、サシャは挑発する。


「おいで、アヌシャラ……怖いの?」


 その言葉に、アヌシャラの顔に憤怒が浮かんだ。

 ここまで人間を相手にコケにされては黙ってはいられないのだろう。


「この、ガキめが……! ぶっ殺してやる!」


 繰り出されるのはステップインと同時の渾身のストレート。

 直撃すれば一撃で頭から上を吹き飛ばすだろう威力の拳撃だった。

 それを、サシャは直撃の軌道に手を割り込ませるのみで、ほぼ無防備に受けた。


「むっ!?」


 だが、それこそがサシャの狙いだ。

 サシャは殴りつけられると同時、それを全力で掴み止めた。

 そして、そのままアヌシャラの腕を取ったのだ。


「くっ、離せっ!」


「うぎッ……! どっ、せぇい!」


 アヌシャラの膝蹴りが脇腹に打ち込まれるが、サシャは歯を食いしばって耐える。

 そして、アヌシャラの腕をその驚異の剛力で掴み止めると、それをぶん投げた。

 身長3メートル、体重500キロはくだらないアヌシャラが宙を舞う。


 サシャの膂力ならば可能とは言え、なかなかすごい光景だ。

 数メートル投げ飛ばされたアヌシャラが地面に落着。

 その場で体勢を立て直して立ち上がろうとする前に、サシャがアヌシャラの足元を指差した。


「『脂』!」


 魔法によって創り出されるのは、ねっとりとした分厚い脂の層。

 それがアヌシャラの足元を覆うと、アヌシャラがその場でひっくり返った。


「なんだこれは!?」


 ぬめぬめ滑る足元にアヌシャラが驚き戸惑っている。

 サシャが使ったのは1階梯魔法『脂』だ。ねっとりオイリーな脂を召喚する。

 かなりしょうもない魔法に見えて、その効力は絶大だ。

 足元が不安定では戦うのにも苦労するし、逃げ出すのも苦労する。

 サシャは相手の行動を制限する形で足止めを試みたようだ。



「おおおおぉぉぉっ!」


「ぬんっ! はっ! ぜぁ!」


 フィリアは真っ向勝負の足止めを試みている。

 って言うか、あれはもう足止めの領域を超えて殺しにかかっている。

 ホワイトドラゴン戦でも使った魔法で巨大化し、アヌシャラと伍する巨躯で真っ向からやり合っている。


 巨大な剣と拳が激突し合い、激しい打撃音が響き渡る。

 アヌシャラもフィリアも、一直線に相手の命を狙っているのが分かる。


 手早く仕留めて、どちらかの援護に向かおうとしているのだろう。

 しかし、フィリアはどちらかと言うと防御寄りの剣技を使う。

 攻撃に偏重しようにも、攻防一体の動きとか、盾で巧みに殴るとかが出来ていない。

 あの調子ではなかなか苦戦するだろうことは間違いない。




「むんっ!」


「ぐわぁぁぁー!」


「『傷害治癒/キュア・インジャリー』!」


「『知能消滅』!」


 アヌシャラに殴り掛かるも、殴り返されてイミテルの腕がへし折れる。

 しかし、即座にレウナが回復魔法でイミテルを回復させる。

 そして、それに被せるかのようにレインがアヌシャラへ魔法を放つが、アヌシャラは耐えた。


「小賢しい! 退け!」


「ぎゃあぁ――!」


「『傷害治癒/キュア・インジャリー』!」


「『力強き手』!」


 またも殴られて腕がへし折れるイミテル。

 やっぱりそれを回復させるレウナ。

 魔法によって創り出した手でアヌシャラを押し退けるレイン。


「ま、待て……私に戦士みたいな足止めを要求するな! 無理だ! 見ろ、腕が2回も折れた!」


「うるさい、泣き言を言うヒマがあったら戦え! 『祝福』!」


「そうよ頑張りなさいよ! 私たちはもっと足止めなんてできないのよ!」


「我が鼓動! 早く来てくれぇー!」


 イミテルが泣き言を叫んでいる。

 あなたは観戦しつつも、ちょっと具合が悪くて! と叫んでごまかした。


「調子が悪い程度で負けるほど弱いか貴様は!」


 あなたは政治の具合が悪くて! とダイア女王への不満を持ち出した。

 具体的に言うとこう……ダイア女王があなたを政治利用するのを目論んでるのが具合がよくない。


「政治批判で戦闘力を落とすな!」


 ごもっともだが、安易に助けられないのでしょうがない。

 あなたはこの膠着状況を誰が打破してくれるかなと期待した。

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