17話
存分に採取をし尽くし、あなたは陸へと上がった。
服を乾かすために脱ぎながら、あなたは次の階層について思いを馳せた。
直径20キロメートルの円形の湖。
深さは50メートル。このいずこかにある次の階層への入り口。
くまなく探し回るのは相当無謀な気がする。
いったいどうやって次の階層を見つけ出せばいいのか……。
「『経路探知』の呪文を使いましょうか?」
不安をフィリアに零したところ、あっさりとそう答えられた。
あなたは首をねじった後、それはどういう呪文かを訪ねた。
「進むべき道を探知する魔法ですね。道中の障害までは探知してくれないんですけども……」
そんな魔法があるなら話が速い。
パッと探知して、パッと移動して終わりにしよう。
「んー。そうもいかないんですよ。この魔法は方向や道順を教えてくれる魔法であって、目的地への移動方法すべてを一瞬で理解できるわけではありません」
つまりなんだろう。
たとえば迷路に入り込んだとして。
この道は右に行くべきか、左に行くべきか。
その答えがわかるだけということだろうか?
「そうですね。繰り返していけばいずれは辿り着けるのですが……」
そう言ってフィリアが視線を向けた先は湖。
直径20キロはあろうかというバカでかい湖だ。
もし『経路探知』を使ったとしても、湖の中が示されるだけになるのだろう。
具体的にどれくらい泳げばいいのかは分からない。
なるほど、それではさっさと使おうとは思わないわけだ。
「加えて言いますと、たとえば湖の真ん中に次の階層の入り口があったとしましょう」
まぁ、可能性はあるというか、高いと思われる。
この迷宮では階層の出入り口を隠そうという意図はあまり感じない。
そう言う意味では一番わかりやすい中心にありそうではある。
「そうすると、片道10キロの水泳が要求されます」
それはそうだ。
「私も冒険者です。1キロやそこらなら、気合と根性で泳ぎ切って見せます。たとえそれが、フル装備でも」
真剣な覚悟と決意の籠ったまなざしだった。
フィリアはそう口にした以上、泳ぎ切って見せるのだろう。
フィリアは真摯で真面目だ。有言実行の人なのである。
「でも、10キロは無理です。死にます」
真摯で真面目なので、さすがに10キロは無理と正直に答えた。
まぁ、そうだろうなとは思った……。
レインは1キロ泳ぎ切れるかも怪しい。
サシャやフィリアは10キロ泳ぎ切れるかもしれないが……。
それがサメに襲われながらは無謀が過ぎるというもの。
「やるとしたら、下の滝壺から木を持って来ていかだを作るとか……」
しかし、いかだ程度でサメを避けられるだろうか。
メガロドンならいかだごと飲み込んできそうな気がする。
サメに襲われたら応戦するにしても、すぐ壊れそうな気が。
「ですが、頑丈な船をここで作るのは無謀ですよ」
それもそうだ。
すると、やはり魔法の道具を用立てる必要があるだろうか。
そうなると購入資金を用立てる必要がある。
「3層に到達してる人たちから情報収集をするにしても、お金は必要でしょうしね……」
価値ある情報は金がかかるものだ。
3層を突破できたものはそれなりにいる以上、知る者も多いのだろうが。
そうにしても、4層に到達できるのは上級冒険者と呼ばれると以前に聞いた。
つまり、3層を突破するのはそれなりに難しいことなのだ。
そのための情報を気軽に教えてくれるものはまずいないだろう。
「金策かぁ……」
冒険者の強さとは、その財力でもある。
あなたたちは全員が魔法使いと言うパーティーだ。
時間さえあれば安全かつ確実に稼げる。
3層突破のための金策はそう難しくはないだろう。
それをやりたいかと言うと、話はべつだが……。
あなたのありあまる財力を無制限に使わない以上、やむを得ないのだろうか……。
くさくさした気持ちを吹き飛ばすべく。
そしてサシャとした約束を果たすべく。
あなたはポークチョップを豪快に焼いていた。
豚の骨付きロース肉は、視覚的な美味しさの説得力が強い。
これがまずいわけがないという確信が滲み出ている。
それにリンゴの甘酸っぱいソースを絡めれば、もはや言葉は不要だ。
「金策ねぇ……たしか、信仰呪文には『水上歩行』があったわよね。それは?」
食事をしながらレインとサシャにも話を振ったところ、レインからはそんな返事があった。
「水中のモンスターに襲われることに変わりはありませんから。足元全方位から襲われるのは厳しいですよ」
「ああ、そうね……船なら足元から丸飲みってことはないものね」
「入口が中心部以外にある可能性に賭けるにしても、往復できる移動手段は必要ですよね」
「ほかのチームはどうやって解決してるんでしょう?」
「まぁ、船じゃないかしら。私たちは『ポケット』があるからいいけど、普通は食糧輸送も必要なんだし」
「ここまで来れる神官がいれば、食料と水は魔法で賄えなくもないですが……」
「その理屈でいけば、秘術使いであっても同じよ。異次元にものを仕舞う魔法もあるわけだし」
「そもそも、ここまで来れる腕があれば時間をかければ稼ぐことは出来ますし、魔法のかばんで事足りません?」
「ああ、それもそうね。魔法のかばんはちゃんと閉じておけば水も入らないし……」
食事をしながら活発に意見が交わされる。
じつによい光景だ。あなたは深く頷いた。
侃々諤々に議論が交わされたものの、あまり進展はなかった。
結局、船が無いと進行するのが厳しいこと。
そして、ここに持ち込むには魔法によって小さくできるものでないと厳しいこと。
それを買うには相当額の金貨が必要だと言うことくらいしか実りはない。
まぁ、総じて言えば、すぐには進めない。
議論の結果は、そう言う結論だった。
「一応聞くんだけど。あなたがなんでもアリでやるなら、解決方法ってある?」
議論終了後、熱いお茶で喉を潤していると、そんな話を振られた。
もちろん、あなたがなんでもアリでやるなら解決手段は無数にある。
まず、あなたがこの湖の生物を全滅させる。
あとは安全な水中をゆっくりと探索するだけ。
一番穏当なのはこのあたりだろうか。
「穏当にやる場合、直径20キロの湖の生物を皆殺しにするんですって」
「穏当……?」
「不穏なやり方だとどうなるんですかね……」
壁を破壊し、下層の滝壺に湖の水を全部流し込む。
全部は入らないものの、相当水位が下がってくれるだろう。
「ええ……」
「それ、下の方に冒険者居たらそれも死ぬわよね……」
問題ない。少なくとも本人たちが抗議をしてくることはないはずだ。
「そりゃ死人は喋らないものね……」
「もうちょっとこう……ほかには?」
湖の水を全部抜く。
『四次元ポケット』に入れれば簡単だ。
飲める真水というだけで入れる価値はあるし。
エルグランドに帰っても、しばらくは水に困らない生活を送れる。
やる場合、本気装備を使う必要はあるだろうが、他に準備は不要だ。
「この水を全部……」
「お姉様ならやれそうなのが怖いところですね」
「外で全部出したらソーラスを更地に出来そうですね……」
もったいないからそんなことはしない。
もし更地にするなら『ナイン』でやる。
「そう言うことを言いたいのでは……いえ、いいです……他の手段はなにかありますか?」
あなたたちが背にしている岩壁。
これは相当硬い岩盤だが、削れないわけではない。
なので、湖と同等の容積を持つ空洞を掘る。
あとはそこに水を全部流し込む。
下層の滝壺に水を流し込む手段の、より穏当な方法だ。
「……この規模の湖と同じだけの穴を掘るって?」
「一生かかっても終わりそうにないんですけど」
「お姉様でもさすがに数カ月くらいかかりそうですね……」
普通に一晩あれば終わる。
ある程度掘ったら、あとは『ナイン』で発破掘削すればいいのだ。
ほかにも採掘に適した魔法はいくつかあるし。
まぁ、さすがに速度を上げる必要はあるが。
「それでも一晩で終わるのは……」
「逆を言うと、お姉様って平原に一晩で直径20キロ、深さ50メートルの落とし穴を掘れる……?」
「落とし穴……? 湖を水たまりって言うくらいの過少表現だと思うんですけど」
ほかに手軽な方法となると、湖を凍らせるとかだろうか。
凍らせれば上を歩けるし、水中の生物も襲ってこない。
フィリアの『経路探知』で次の階層入口を探し、辿り着いたら氷を溶かせばいい。
「この量の水を凍らせるの……」
「上を歩くのがつらそうですね」
「うっかり転んだら2度と立てないかも……」
他にもいろいろあるが、手軽なのはこの辺りだろうか。
岩壁から岩の船を削り出すとか、面倒な手段もあるにはあるが。
「なにかの参考になればと思ったけど、なんの参考にもなりゃしない……」
「でも、水を凍らせるって言うのは面白いですよ」
「氷で船でも作るって言うの? 氷が水に浮く以上、浮力の強い船にはなりそうだけど……」
「サメは冷たい水が苦手なので、サメ避け効果があるかもしれませんよ」
「あー、なるほど? でも、それだけの大きい氷をどうやって作るのよ?」
「そこはこう……ご主人様から習うとか?」
「それだけの威力を絞り出せる日がいつになるかしら……」
氷で船。意外と面白い発想かもしれない。
現地調達できる材料の中では一番手軽だろう。
意外と、水を凍らせる威力さえ絞り出せればありかもしれない。
あなたは真剣に考えだした。
野営をし、開けて翌日。
夕飯の時からわかっていたが、レインは復調していた。
これで冒険が再開できるが、さてどうしたものか。
「まぁ、引き上げよね」
「それしかないですよね」
「そうなりますね」
実際それしかないのは分かっていたが、あなたはがっくりと来た。
冒険に挑んだはいいが、まさかこんなところでつまずくとは。
だが、やむを得ないことである。
1度引き上げて、すぐに準備を整えて再チャレンジだ。
あなたは決意すると、急いで引き上げようと号令を発した。
「はいはい」
「うー……次はサメなんかに負けない……」
「まぁ、水の補給がここで無尽蔵にできると分かりましたし、次の階層のために水袋を買い足しましょうか」
「戻る時は降りればいいだけだし、なんとかなるわね」
「次は登攀用の道具を買ってきましょう。岩壁に打ち込める金具をたくさん用意して」
「20メートル級の崖を30回となると、相当な数の金具がいるわね……注文した方がいいかしら」
「レインさんとお姉様は比較的自由に飛べるじゃないですか。どちらかが昇って、アンカーを打ち込んでロープを垂らせばいいんです」
「ああ、なるほど。その場合、自前で飛べるあなたが確保役よ」
なるほど、それはアリだ。
こうして情報を集め、少しずつ進むのも冒険の醍醐味だ。
なに、3層には辿り着けたのだ。
3層の情報を収集して帰還した、と考えればいい。
決して失敗ではなく、これは成功への第一歩。
あなたは気分が前向きになった。
帰り道は実に気楽だった。なにせ上から下に降りるわけだ。
自ら飛び降りるわけだし、下は滝壺で水。
よっぽど運が悪くなければ無傷でいける。
滝壺に落ちない場合は、1階梯呪文の『軟着陸』を使えばいい。
落下速度を3分の1に低下させて安全に降りることができる。
1階梯ならばサシャでも何十回と使えるし、この呪文は他人にもかけられる。
そのため、サシャの魔力が枯渇してもレインにかけてもらえる。
そうでなくとも、無尽蔵の魔力を持つあなたが使ってもいいのだ。
わずか1時間であっと言う間に降り切った。
3日もかけて上ったことを思うと、ちょっともやもやするものを感じた。
そして2層はなにも言うべきことはない。
遭遇する敵を雑に薙ぎ倒して帰るだけだ。
サシャが鬱憤を晴らすべく、大変果敢に戦っていた。
1層はなおさら何も言うことがない。
ソーラスベアと出くわすこともなく。
毒撒き蝶を見かけたら適当に避けて帰るだけ。
そうして、あなたたちはほんの4時間ほどで町へと帰り着いた。
「……3日の行程が、帰りは4時間なのね」
「まぁ、そう言うものですよ。それに次は、行きの行程も大幅に短縮できる見込みですよ」
「崖を登るのは普通の道具でもいいですけど、湖の移動はどうしましょうね?」
「うーん、その辺りはまず予算との相談かと……」
「冒険の話は後にしましょうよ。今は宿に帰って、一杯ひっかけたいわ」
「おじさんみたいなこと言いますね……でも、ゆっくりお風呂に浸かりたい気分です」
「私も……落ち着いて目いっぱいご飯食べたいですね」
そうとなれば、行き先は決まっている。
あなたたちは宿に帰るや、すぐさま『水晶の輝き』へと出向いて行った。
飲んで食べてゆっくり風呂に浸かり、冒険の疲れを癒すのだ。
色々考えるのは、明日からでいい。
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