18話

 あなたたちは存分に入浴したり、飲み食いしたり、遊んだりしてリフレッシュした。

 そして、翌日は昼までたっぷりと眠った。

 それからめいめい起き出して、のろのろとポリッジを啜るなどした。

 そうして、あなたたちは冒険から日常へと帰って来た。


「まずは、登山道具としてロープとアンカーの調達ね」


「そのあたりは多分、ソーラスで手に入ると思うんですよね」


「まぁ、そうでしょうね」


「船は……ソーラスよりはサーン・ランドとかの海辺の町の方が手に入りやすいと思うんですよね」


 あなたもその意見にはまったく同意だ。

 おそらく、ソーラスでも手に入らないことはないだろう。

 3層で使うのだから、需要自体はか細くともある。


 しかし、サーン・ランドなどではより膨大な需要がある。

 無論、その需要の多くは通常の船舶で満たされるが。

 サーン・ランドは最南端の町なだけあり、冬期のバカンス先としても人気なのだ。

 そのため、貴族の舟遊び用の道具として需要が見込まれる。


「ですので、登山道具や水袋と言った普通の道具は私たちが」


「で、魔法の船はあなたに頼むわ」


 まぁ、転移魔法が使えるので、それはわかるが。

 しかし、転移魔法はレインにも使えるはずだ。なぜわざわざあなた?


「魔法の道具って高いのよ」


 それはよく知っている。


「それを力の限り値切るのがあなたの仕事よ」


 なるほど納得。たしかにあなたが適任だ。

 というより、あなた以外に適任がいないと言うべきか。

 ただ、あなたは1つやりたいことがあった。


「なに?」


 あなたの知己の幾人かは3層を既に突破している。

 なので、情報収集ができないか試みたい。

 ついでにあなたが考えた案の実現可能性について聞いてみたい。

 カイラは博識なので、あなたの空想について回答があるかもしれない。


「まぁ、時間がかからないならいいんじゃない?」


 と言った是認がもらえたので、あなたはサーン・ランドに出向く前に、情報収集へと出向いた。





「3層の『大瀑布』か。なんの参考にもならないと思うが……」


 まず、あなたは広場の方に出向いてセリナを探した。

 セリナは大体、この手の広場でぶらついているか、剣を手にしているかだ。

 そしてあなたの目論見通りにセリナと出会えた。


「気功術の基本として、軽身功と言うものがある」


 セリナも冒険者であり、この町にいる以上、迷宮には挑んでいるだろう。

 そして、彼女の実力ならば、2層の突破は容易い。

 明らかな剣士である彼女が3層をどうクリアしているのか。

 内容次第だが、それなりに実りのある話を聞けると思ったのだが……。


「軽身功とはつまり、身を軽やかに運ぶ身体運用技術だが……内功を交えた気功術においては、物理的に体を軽くする技法だ。極めるほど軽く、軽やかになる」


 どうも、剣士ではあるが、かなりトンチキめいた方法で解決してるっぽい。

 話の流れから、あなたはそんな予想が出来た。


「極めれば、空を飛ぶことすら可能になる。私はその領域までは極めていないが、水面を走るくらいはできる。それで水面を走っている」


 なるほど、なんの参考にもなりやしない。

 フィリアに『水上歩行』を使ってもらえば同じことは出来るだろうが。

 あなたは4層に行くにあたっては、どうしているのかを聞いた。


「4層の入り口は、2層から3層の入り口と違って、位置変動制ではないからな。場所さえ分かれば向かって、あとは入るだけだ」


 場所さえ分かれば、その辺りは問題ではないということらしい。

 あなたはサメに襲われても問題ないのかと尋ねた。


「迷力風葬とかいう技があって、それがサメに抜群に効くんだ。なんで効くのかは知らないが、近くで雑に使うだけで逃げ出すんだ」


 セリナはサメ対策が万全ということらしい。

 あなたは一応、その迷力風葬なる技を教えて欲しいと頼んだ。


「ふむ。手を動かしてみろ」


 不思議に思いつつもあなたは手を動かした。


「では、次は手を動かそうとしつつも手を動かすな」


 あなたは意味が分からずに首を傾げた。

 何かの哲学か、なぞなぞだろうか?

 手を動かしつつも動かすなとは?

 筋力で自分の骨を固定しろとかそう言うことだろうか?


「手を動かすようにしてもいいが、実際としては動かすな。筋肉に力を入れてもいけない」


 意味が分からな過ぎて、あなたはもうちょっと優しく頼むと懇願した。


「これ以上は説明しようがない。技が使える段階まで気功が掴めていれば、この説明でおおよそわかるはずだ」


 どうやらだが、あなたはまだ未熟と言うことらしい。

 しかし、そうだとすると気功と言うのはどれだけ奥深いのか。

 奥深すぎてめまいすらして来た。そもそも相性が悪いのだろう。

 あなたは元来、力の限りぶん殴るパワーファイターなのだ。


「手を動かそうとすることと、実際に動くことはまったく違うことだ。手を動かすための力を詳細に掴めれば、あとはそれを使うだけだ」


 あなたはしばらく理解しようと頑張った。

 頑張ったが、結局なにも分からないまま終わった。


「まぁ、そう言うものだ。この辺りまでくると、もう完全に感覚の世界になる。言葉で教えられないし、体感で教えることもできん。気功と勁、それをより詳細に理解していけば、いずれ使えるようになるさ」


 そのようにセリナは慰めてくれた。

 教えられることはもうないとは言っていたが。

 それは、教えようがないだけで、あなたがすべてを会得したとかそう言うわけではないらしかった。




 次にあなたはマロンちゃんのところに出向いた。


「俺は迷宮に挑んではいない。俺はここで日銭を稼ぐだけだ」


 とのことで、情報は得られなかった。

 なので、そのままカイラの下へと向かった。

 在宅か不安だったが、訪ねてみればすぐに屋敷に迎え入れられた。


「今日はどうしましたか~? 迷宮に行ったみたいですけど、剣に何か問題が~?」


 剣の方に問題はない。鞘の方には出たが。

 まぁ、それはどうでもいい。カイラに頼るほどではない。


「では、なにがありましたか~?」


 あなたはカイラに3層をどう突破しているかを尋ねた。

 7層まで到達しているというカイラの発言が真実ならば。

 この質問に対し答えることは可能だろう。可能だからと応えてくれるわけでもないだろうが……。


「そんなに難しいことじゃないんですよね~。サメはべつに人間が憎いとかで襲ってるわけではなくて~、お腹が空いてるだけなんですよ~」


 まぁ、そんなものではないだろうか。

 遊びで獲物を嬲り殺す動物もいることはいるが。

 大抵の動物は腹が減ったから襲うだけだ。


「ですので~、サメが寄ってきたら、エサをあげて気を反らすんです~。あとは気を惹くような真似をしなければ、そう襲われないですよ~」


 その際、人間はどこを移動しているのだろう?

 水面? 水中? それとも空を飛んでいるのだろうか?


「水面ですね~。水上歩行の呪文で移動します~。いちばん楽ですけど、いちばん危険な移動方法ですね~」


 まぁ、それはそうだろう。

 飛べばサメだって襲ってこれない。

 船なら脆いものでない限りは壊せない。

 水上歩行だと水面に近すぎるので襲い易い。


「最初にやった時は大変でしたね~。サメって光ってるものに興味を惹かれるので、全身鎧を纏ってるリゼラが半分食べられちゃって~」


 などとカイラがあっけらかんとした調子で言う。

 上級冒険者の多くが浮世離れした生死の感覚を持つが、カイラもその例に漏れないようだ。


「あの時は大変でしたね~。結局、そのままリーゼとチーも食い殺されちゃいまして~。まぁ、その3人がエサになったので4層にはいけたんですけども~」


 さすがに仲間をエサにするのはなしだろう。

 べつにしたくてしたわけではないのだろうが。


「それはそうです~。普通はエサは現地調達ですね~。まぁ、サメの気を惹くのは哺乳類の方がいいので、可能ならブタとかヒツジを持ち込むのが一番いいんですけどね~」


 なるほど、ブタとかヒツジ。

 ブタなら比較的手軽に購入可能だ。値段もそう高くない。

 普通に考えればそれなりに高価だが、冒険道具と考えれば安い。

 なにせ銀貨2枚で買える。冒険道具としてみれば普通の範疇だろう。

 まぁ、ブタも肥え具合や年齢、性別で値段はピンキリなので、もっと高いのもあるだろうが。

 どうせサメに食わせるので、高価な豚はもったいない。安い豚で十分だろう。


「まぁ、本当にいちばん楽な方法はサメを始末することですけどね。そんなに数はいないので」


 サメの気を惹くエサについて考えていたら、身も蓋もないことを言われた。

 確かにその通りではあるのだが、それができないからエサで気を惹くわけで。

 まぁ、あなたが仲間の成長のための手加減をやめればすぐにもできるが……。


「そう言うのナシなら、やっぱりエサ戦法がいちばん手軽じゃないでしょうか~。絶対確実に安全とは言えませんけども~。下手をするとサメを刺激することもありますし~」


 あなたたちにはアリな選択肢かもしれない。

 なるほど、いい意見が聞けた。


 では次にと、あなたは思い付きの実現性について口にした。

 つまり、氷で船を造るというのが可能どうか、という疑問だ。

 北方の冷たい海では氷山が浮かんでいることもあるし。

 グラスの水に氷を投げ込んでも、そうすぐに消えてなくなりはしない。

 使い捨てにはなるだろうが、多少は使えるのではないだろうか?


「氷で船ですか~。あ~……ああ~……英国面ブリティッシュサイド~……」


 ブリティッシュサイド……?

 あなたはカイラの謎発言に首を傾げた。


「フォースのトンチキ面というか、未来に生きてると言うか、発想が狂っているというか、紅茶は危険な液体というか。きっと、あの国は紅茶を静注して発展してきたんだろうなぁ……って」


 紅茶はべつに危険な液体ではないと思うが……。


「いえ、まぁ、ジョークです~……ええと、氷山空母もとい氷山ボートでしたね~。可能か不可能かで言えば……可能です~」


 可能らしい。単なる思い付きだったが、悪くない線だったろうか。

 ただ、カイラの微妙に口ごもる様子からして、実現性が微妙っぽい感じはする。


「あの湖の水温は約28度なんですよね~。遊泳には適した温度でしたよね~」


 たしかにその通りだ。泳ぐのには最適な温度だったように思う。

 滝壺の温度はもう少し低い。20度くらいではないだろうか。

 この大陸の人間からすると、冷たすぎて泳いでいられない温度だろう。

 北方出身のあなたなら、水が冷たく澄んでて気持ちいい! で済むが。


「そのくらいの温度だと、氷はすぐ溶けてしまうんですよね~。10分保たないと思います~」


 10分。あなたは船には詳しくないが、それでどれくらい移動できるのだろう。


「高速性能を重視した船体形状にしても、10分だと2キロ移動できればいい方でしょうね~。冒険者の馬鹿力と体力なら、もうちょっといけるかもしれませんけど~」


 あなたは体力と馬鹿力には自信がある。

 常人の何百倍もの身体能力がある。

 それでもどうにもならないだろうか?


「う~ん……試したことがないのでなんとも言えませんが~。あなたの身体能力なら、もしかしたらもっと出るかも……オールを漕ぐ際の造波抵抗って、どうなんでしょう……」


 カイラもいまいち自信のない問題と言うことらしい。

 

「まぁ、あなたの力で速度はなんとかなるにせよ~、移動した先で探索することも考慮すると、10分しか保たない船は厳しいと思いますよ~」


 それはそう。あなたは横たわる諸問題の多さに頭を抱えた。

 やはり、馬鹿の考えは休むも同然と言うことなのだろうか。

 考えがあることは、その人間の愚かさを否定してくれるわけではない。

 難しいことは考えず、腕力で解決すべきなのかもしれない。

 つまり、もっと強くなって、水中戦に適応し、サメをぶちのめす。これだ。


「脳筋的解決方は少し待ってくださいな~。ちょっといい知恵がありますので~」


 知恵を貸してもらえるのだろうか?

 あなたはカイラの慈悲に縋ることにした。


「おがくずをですね~。氷にその総量の6分の1ほど混ぜ込むと、飛躍的に温度耐性が向上するんですよ~。強度も上がりますしね~」


 そんな手軽なもので?

 まぁ、カイラが言う以上はそれなりに効果はあるのだろうが。

 おがくずなら現地調達できるので、試してみてもいいだろう。


「融点は15度と言われていますので、やはり溶けはしますけど~。ただの氷よりはずっと保つはずです~。それに溶けるにしても、私のあなたなら、魔法で再冷凍できますよね~?」


 基本、魔法は使わずに探索をすることにしているのだが。

 そのくらいの利用ならセーフだろうか?

 ちょっと難しいラインな気もするが、アリな気はする。


「まぁ、どこまで使えるかはわかりませんが~、面白いアイデアですね~。私のあなたのトンチキアイデアのお蔭で、私もいいアイデアが浮かんできました~」


 トンチキ言われてしまった。

 しかし、カイラの方の助けになったならそれはよかっただろう。

 それで、そのアイデアと言うのは?


「あ、いえ~、今回の件には関係ないんですけどね~……パイクリートは黒歴史と言うかジョーク同然ですけど~、同時代の複合素材にメタライトがあったなぁ、と思いまして~」


 パイクリート、メタライト。

 どちらも聞き覚えのない単語で、あなたは首を傾げた。


「パイクリートは先ほど説明した、おがくず入りの氷ですね~。それを使って作った船は、様式美としてハバクックと呼ばれます~」


 素材どころか、作った船の名前まであるらしい。

 まぁ、呼び名に困らないのはいいことかもしれない。


「メタライトはバルサとアルミの合材ですね~。どっちも脳みそ紅茶漬けのライミー野郎が考案したものですけど~」


 なんだかよくわからないが、結構凄いものらしい。

 バルサとかアルミとかはよくわからないが、なにかすごそう。

 その、いいアイデアが結実したら見せて欲しい。

 どういうものになるかは分からないが、ものによってはあなたも欲しい。

 もし開発費用とかが必要なら、あなたが出資してもいいし。


「大丈夫です~。私のあなたからは既に金貨1000万枚近くも売り上げてますしね~。マフルージャ王国をインフレで滅ぼせますよ~。マンサ・ムーサかなにかですかね~」


 マンサ・ムーサなる人物のことは知らない。

 だが、金持ちだったらしいことはなんとなくわかる。

 この大陸の歴史上の人物かなにかだろうか?

 よほどの豪遊をしたか、よほどの資産を持っていたのだろう。


「まぁ、物理的に滅ぼした方が手っ取り早いのでそんなことしませんけども~。木材を金属並みに強化する魔法もありますし、それも含めてメタライトを作れば……木材に耐火・耐熱性を与える錬金術道具もありますし……ふふ、面白いものが作れそうですね! インスピレーションが沸いてきましたよー!」


 カイラがワクワクしてて楽しそうだ。

 カイラが嬉しそうだとあなたもうれしい。


「じゃあ、実験に取りかかるので、帰ってください。さようなら。しばらく来ないでください」


 そして、嬉しそうなカイラに家を追い出された。

 あまりにも冷たい扱いに、あなたは思わず呆然とする。

 屋敷の前であなたはちょっと落ち込んだ……。

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