7話

「ところでだが、我が鼓動よ」


 『アルバトロス』の面々と談笑しながら夕食を楽しんでいると、隣のイミテルが声をかけて来た。


「客人の紹介はしてもらえないのか?」


 客人? 少し考えてから、あなたはクロモリのことを指しているのだと理解した。

 そう言えばクロモリを蘇生することは話していたが、その先は話していない。

 いや、なにをどうやったら蘇生した人物を女にして奴隷にするなんて展開になると思うのか。

 あなたは普通にスルラの町にまで送り返してそれで終わりだと思っていたのだから。

 あなたは咳ばらいをして、クロモリに自己紹介をするように命じた。


「はい、あなた様。クロモリ・ダイと申します。以前は薬師をしておりましたが、稀なる奇縁を持ちまして旗下に加わらせていただくこととなりました。どうぞよろしくお願いいたします」


 そのようにクロモリが名乗り、着席する。


「ふむ、なるほど。クロモリ・ダイと言うと、サシャの読み書きの師であったという……たしかに蘇生すると話していたな」


 そうそう、その通りだ。


「だが、女にして配下にするとは聞いておらんぞ」


 あなただってそんな予定はなかった。

 クロモリが土下座して奴隷にしてくださいと頼むので仕方なく!

 あなたがそのようにイミテルに弁解をする。


「嘘をつくな。どこの誰が土下座して奴隷になることを懇願するのだ。あなたが罠に嵌めたとか、そう言うアレだろう?」


 分かってるから大丈夫だよ、と言わんばかりの顔でイミテルが言う。

 普段の行動が行動とは言え、こうまで信頼されていないのは悲しい。

 その上で気にしなくていいんだぞと優しい顔で本当のことを言えと促されるのも悲しい。


「あの、イミテルさん。薬師様が自分から懇願したのは本当なんです」


「なに?」


「私からお話させていただきます。実は……医者の不養生でございますが、私は不治の病を患っていたのです」


「不治の病だと?」


「魔法でも治癒できぬ死病です。しかし、神の奇跡ならば……そう、『ミラクルウィッシュ』のワンドならば治療可能なのです」


「『ミラクルウィッシュ』。我が夫の使う奇跡の魔法だったな。ふむ、それを譲り受ける代価として身売りをしたわけか」


「はい。私の遺産など、大して残ってはいないでしょうし。なにより、私の資産如きでは『ミラクルウィッシュ』のワンドを買い上げるなど、到底不可能ですので……」


 実際に無理だと思われる。

 エルグランドの相場が爆裂に高過ぎるのが問題ではあるが……。

 たぶん、この大陸の相場で言うと金貨1000枚くらいではないだろうか。

 それにしたって爆裂な値段であることはたしかだが……。


「しかし、そうまでして?」


「死にたくなかったので……私は120歳まで生きたいのです……!」


「壮絶な勢いで欲張って来たな。3倍も長生きするつもりなのか貴様」


 人間の寿命は諸説あるが、平均的には40歳ほどと言われている。

 もちろん平均であるから、もうちょっと長生きする者も珍しくはないが。

 実際のところ、50歳から60歳ほどと言うのが一般的な理解だろう。

 仮に60だとしても、クロモリはその倍も生きたいと思っていることになる。


「死にたくないのです! エルフの御方には分からないでしょうね! 年老いていく自分の体が、分かるのです! 徹夜が出来なくなり、階段を上ると息が切れ、トイレが我慢できなくなる感覚が……!」


「お、おう……な、なにやら、悪いことを言ったか……? その、なんだかすまんな……?」


 イミテルは100歳を超えているが、なんせエルフだ。

 人間換算では成人間もない年若い女性である。

 そもそも、エルフと人間では加齢の仕方が違うし。

 人間の老いに対する恐怖を理解できないのも当然だろう。


「……失礼、取り乱しました。そう言うわけですので、私は納得づくの上でここにおります。どうぞ、ご心配なきよう……」


「そうか。まぁ、貴様がいいというならそれで構わんがな……見たところ、腕もそれなりに立つようだしな。拒みはせん」


 加えて薬師としての技術もあるわけなので。

 この屋敷の専属薬師としても働いてもらおう。

 将来的には専任の役職を与えるつもりではあるが。

 現状のめぼしもついている。実際、その計画を進めるかは定かではないが……。



 さて、クロモリの紹介を交えた夕飯を終えて、入浴をして身を清め。

 それからあなたはクロモリを部屋へと連れ込んだ。


「あなた様の思召すままに……」


 クロモリはあなたの決定に従順だ。涙を誘うくらいに。

 いくら覚悟を決めて絶対服従宣言をしたとは言え、つらいだろう。

 サシャも恩人にはそうまで無体はしないと思っていたが、想定は甘かったようだ。

 あなたはクロモリにすまないことをしたと謝罪をした。


「いえ……覚悟の上です……」


 死にたくなかったというのは分かる。

 だが、そうだとしても、こうまで無体を働かれる筋合いはないはずだ。

 あなたは本当にすまないことをしたと再度謝罪をした。


「いえ、いえ……サシャ先輩に無体を働かれることは分かっていました」


 もしや、予知能力だろうか?


「はい。本来ならば辿っていたかもしれない未来も……」


 本来ならば?


「もし、私が死なずにいたら……きっと、サシャ先輩はあなた様に買われてすぐに、私の元にあなた様を誘ってくれたでしょう」


 なにかその辺りを言い含めていたのだろうか。

 まぁ、あなたの来訪をサシャが産まれる以前から察知していたというのだから。

 そのあたりの布石は打っていてもなんらおかしくはない。

 命への執着度合いからして、死んでしまったのも不慮の事故か何かなのだろうし。

 生き残るために最大限の手を打っていたのはむしろ自然なことだろう。


「私と、サシャ先輩と、あなた様……その3人で冒険をはじめる未来が、私には見えていました……今となっては、ありえない追憶ですが……」


 それはそれで楽しそうだ。

 サシャ1人しかいなくて欲求不満だった最初の頃。

 その時に、クロモリの細い体にたぷんとついたおっぱい……。

 それはもうたまらない食べ応えだったことだろう。


「いつか、そんな冒険を再度送れる日が来ると信じて、病と闘いながらあなた様を一日千秋いちじつせんしゅうの思いで待ち続けておりました」


 しかし、その願いが叶うことはなく、クロモリは死んだ。

 こうして蘇生されたからよかったとはいえ……。


「はい。その結果、3人での冒険もなくなってしまいました。少し、残念に思います」


 あなたも少し残念だ。サシャとクロモリの3人での冒険もきっと楽しかったろう。

 特にクロモリは元冒険者と言うから、随分と助けられたことだろう。

 もしかしたら、初手で冒険者学園に通うという選択肢も取ったかもしれない。

 そうなったら、あなたたちはどんな未来を歩んでいたのだろう?


「お話しましょうか?」


 それはいいなとあなたは笑い、『ポケット』から酒瓶を取り出した。

 それをカップに注いで、一息に飲み干す。濃ゆい酒精のパンチが喉を襲う。

 あなたはさらにもう1つカップに酒を注ぎ、それをクロモリへ。


「いただきます」


 恭しくカップを受け取り、クロモリがぐいっと酒を干す。

 なんとも荒々しい飲り方だ。冒険者臭いと言えばそう。

 あなたも、そう言う飲み方をするやつは嫌いではない。


 サシャとクロモリ、そしてあなたの3人での冒険。

 もしかしたら辿っていたかもしれない未来の話を聞かせて欲しい。


「はい、もちろん構いません。ですが、さほど変わり映えのしない話だとは思います」


 その口ぶりだと、クロモリはあなたたちの旅路を知っているらしい。

 サシャから聞いたのだろうか? ……あれだけ痛めつけられながら?

 情事じゃなくて、拷問でもされたのかと思ったくらいだったのに。


「いえ……私の力は、過去も俯瞰することができるのです。未来よりはよほど見やすい……」


 未来予知は割と大雑把だが、過去視はもっと楽に見えるということだろうか?

 そのあたりの力はフィーリング的なものがあるので、なんとも言えないところだ。

 まぁ、細かいことはいい。ぜひ聞かせてくれとあなたはクロモリに促した。


「はい。はじめに、サシャ先輩は買われて間もなく、私の診療所にあなた様をお連れし……」


 それから、クロモリはあなたの知らない冒険の話を始めた。

 意外なことに、その冒険の流れはあなたの知るそれと大きくは変わらなかった。

 ただ、冒険の流れは大差なくとも、人間関係がだいぶ違ってはいた。

 それはまぁ、当然と言えばそうだ。なにしろ1人多いのだから、相手の対応も違ってくるだろう。


「私は、あなた様の気を惹く最善の方法がなにかを知っていました……だから、私は選んだのです」


 レインとの出会い、そしてモモロウとの出会い。

 最初の依頼をこなした後の、あの町での飲みの話だ。

 あなたとサシャとクロモリ、そしてモモロウとトモの5人で酒を飲み。


 あなたの知る歴史では、あなたはサシャを連れて宿へと戻った。

 だが、クロモリの語る歴史では、そうではなかった。


「一盗二婢三妓四妾五妻……あなた様の仰っていた、興奮する順位です」


 たしかにそんな話があり、あなたもそのランキングには妥当性があると感じていた。


「だから私は……私は、モモロウさんに抱かれることで、あなた様に対して浮気をし、寝取られることにしたのです……!」


 性癖が壮絶な骨折をしていた。こいつ頭おかしいんじゃないの。

 あなたの気を惹くために、よその男に抱かれる。意味が分からない。

 いや、理屈は分かる。分かるが、普通に意味は分からない。分かりたくない。


「モモロウさんは人間基準で言えば成人していますが、ドラゴニュートの基準では幼い少年です……まだ、女を孕ませる能力はありません」


 つまり、浮気をするにしても好適な相手と。


「はい……モモロウさんに抱かれ、女の悦びに目覚めさせられるほどに、あなた様は興奮し、モモロウさんから寝取り返そうと私を激しく抱きました……」


 陶然とした眼で、クロモリがどこにも存在しない追憶を語る。


「可憐でいながら強い男性に求められ、美しく強い女性に求められ、私の胸は酷く高鳴りました」


 まぁ、なんとなく気持ちは分からなくもない。

 あなただって可愛い女の子に激しく求められたら最高にうれしいし。


「行為はエスカレートし、激しく、熱く……壊れるほどに愛されて、私は……」


 あなたは酒を飲む。酒がないと聞くのがしんどくなってきた。

 なにを聞かされているのだろう。冒険譚が聞きたかったはずなのだが。

 猥談も大好物だが、その対象が自分と言うのは、少し、気まずい……。


「……そうして、王都の酒場にいるモモロウさんに抱かれ、帰ればあなた様に抱かれる中……私はサシャ先輩の性癖を目覚めさせてしまいます」


 と言うと、あの度を越したサディストぶりを?


「はい。偶然から私の腕を折ってしまい、サシャ先輩は嗜虐の喜びを知りました……そして、私の胸は高鳴りました……」


 ……なんて?


「小枝のように折られる私の腕……ただ痛くなるよう揉まれ、搾られる乳房……従順になるまで張られる頬……サシャ先輩が、私を虐めてくださる……」


 陶然とした面持ちでクロモリは呟く。

 とろんと欲情した瞳には、被虐の快楽に打ち震える色が。

 吐息も熱く、痛みを思い出して身を震わせる。


「たくさん、いじめて欲しい……私は、変態マゾ女で……優しくされると、苦しいんです……」


 クロモリは自分の胸を抱きながら、そんな要求を口にした。

 あなたは思わず天を仰ぎ、ひとつ深呼吸をした。

 レズのサディストの師匠が、レズのマゾヒストだった。

 なんだこれ。地獄か? どうなってるんだスルラの町は。


 あの町には変態を生産する特殊な力場でも存在するのか。

 それともクロモリが自分に見合った最強のサディストを育成したのか。

 どちらであっても分かることは、クロモリが度を越した変態だと言うことだ。


 未来予知を使って自分をセルフ調教。

 能力のロクでもない使い方にも限度がある。


 あなたもモモロウもサシャも何の認知もしていない。

 にもかかわらず、その3名に調教された自覚のあるクロモリ。

 そして、そのクロモリは本来40過ぎの不治の病を患った壮年男性であるとする。


 なるほど、意味が分からん。


「はぁ、はぁ……あ、ん……あなた、様……いじめて、欲しいです……」


 なんか1人で出来上がって来てるし。

 クロモリが自分の胸を揉みながら盛り上がっている。

 どうやらクロモリのスイートスポットは胸らしい。


 あなたは深呼吸をして気を取り直す。

 そして立ち上がると、クロモリの頬を平手打ちした。


「あっ……」


 嬉しそうな声で悲鳴を上げるクロモリ。

 頬を手で押さえ、あなたを陶然とした面持ちで見上げる。


「あなた様……もっと、もっと虐めてください……殴られると、気持ちよくなってしまうんです……もっと、虐めて……甚振って……!」


 なるほど、どうやらこれはあなたの方にも覚悟がいるようだ。

 あなたは基本的には和姦が好きだし、イチャイチャラブラブな行為が好きだ。

 ひたすら快楽を求めあうのも大好物だが、あんまり特殊な性癖は好んでいない。


 基本的なサドマゾプレイ。それこそ尻を叩いたり、言葉できつくなじったり。

 そんな感じの羞恥や、甘い痛みを味わったりするくらいなら、愉しんでやれるが。

 サシャのように、大怪我するレベルに痛めつけたり、痛めつけられたりは……。

 少なくとも、あなたはサシャのように相手の骨を折って笑っていられる性格ではない。


 だが、どうも……クロモリはそのレベルの被虐を愉しんでいるような……。

 回復魔法があるとはいえ、そのレベルまで愉しむのは人としてちょっと……。

 性癖関連であなたに人道を説かれるなんて、まずありえることではないのに……。

 なんかもうふて寝したくなってきた、どうしてこうなってしまったのか……。


 今夜は眠りたいな……!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る