8話

 クロモリをめっちゃくちゃに虐めて。

 クロモリの度を越したマゾっぷりにドン引きし。

 これはサシャと相性抜群なのではと得心した。


 やはり、スルラの町には何か特殊な力場があるのかもしれない。

 こう、養豚が行われているので、豚を育成するのに最適とか、そう言う……。



 さておいて、あなたは朝食の席で昨晩の報告を聞く。

 『アルバトロス』チームの調査については聞いたが、イミテルとフィリアの話はまだだ。


「はい。ザイン様の教会建立についてですが……まず、いずれかの町から大工を招聘する必要があり、建築資材などの用意の概算はこのように」


 フィリアの差し出して来た紙を受け取る。

 紙面には大体の相場について記載がされていた。

 字は几帳面で綺麗な字だが、纏め方がうまくないので読みにくい。

 それでも内容を読み取って、基本は出来ているね、よく頑張ったと頷いた。


「はい、ありがとうございます」


 では、次は教会建立にあたって必要な人足、資材輸送のコスト。

 また、教会を建立するにあたって必要な儀式の費用、それを執り行う神官の招待費用。

 建立後、その神の御家を預かる神官の招待、教会運営にあたって必要な道具類、祭器などの購入費。

 最後に、その教会を預かる神官が耕すことになるだろう畑……。

 その辺りの見積もりを頑張って欲しい。あなたはそう言って紙をフィリアへと返した。


「……はい、がんばります!」


 頑張って欲しい。

 次に、イミテル。


「うむ。やはりだが、生活必需品と言えるもので不足はないようだな。塩も水も取れるし、食料にも困っておらん。飢える心配はそういらん土地だ」


 そうなると、施す慈悲としては嗜好品類になるだろうか。

 しかし、嗜好品は読んで字のごとく嗜好品なので、好まない者も居る。

 万人に愛される嗜好品なんて都合のいいものは早々ないのだからしょうがない。


 飢饉対策として頑健な穀物倉庫の建立などの公共事業の方がいいのかもしれない。

 民に寄り添う姿勢を見せる領主と言う信頼を得る方が効果があるかも。


「それもアリだな。野盗の心配はそういらんとは思うが、万一のことを思うと立てこもれる構造と分厚さの壁も欲しい」


 なるほど、そう言う視点もあったかとあなたは膝を打つ。

 民は守らないといけないのだった。その基本を忘れていた。

 なんせエルグランドでは蘇ってくるから守る意味がないので誰も真面目に守らないし……。


 しかし、そうなると村々に野盗対策のなにかを配するのもありだろうか。

 武具類、伝令用の馬、駐屯兵、いざという時のマジックアイテム……。


「そのあたりは信頼を培ってからの方がよいな。武具も馬もマジックアイテムも、不届き者が売り飛ばす恐れがある」


 その時は罰するだけの話だが……それだけではすまないのだろう。

 結局、領主が罰しないと回らないようでは効率が悪いのだから。

 そのあたりをちゃんと引き締めてくれる信頼できる者……つまり村長などの権力者が必要だ。


「駐屯兵はやめた方がいいな。兵士の汚職を防ぐ手段がない。所属派閥で分けるなどの母体のでかさがあればできなくはないのだがな……」


 相互監視で汚職を防ぐということだろう。

 この小規模の領地でそんな派閥作ったら内部分裂状態になるのでナシだ。


「だろうな。そもそも派閥とは勝手にできるものであって作るものではない……このような小規模の運営では意志が統一されている恩恵の方が大きい」


 その通りだ。意見が増えるのはいいが、それで烏合の衆になっては話にならない。

 今のところは無難な対応に終始するしかないのだろう。

 ひとまず、村々に嗜好品類を振る舞うくらいしかなさそうだ。


「せめて、タバコやら酒やら菓子やらを選べるようにするか」


 それくらいしか手はないだろう。振る舞い品は幼子であっても分け隔てなく配るように。

 また、配った下賜品を取り上げて村の共有財にすることは禁じる。

 いざという時の備えとかならまだ酌量するが、私腹を肥やすためならば極刑に処すことも広めて欲しい。


「ほう、そこまで手厳しくやるか。まぁ、それもありだな。では、そのようにしよう。資金を頼む。金貨300もあれば事足りる」


 そんなんでいいの? あなたは驚きつつイミテルに金貨300枚を渡す。


「感覚がマヒしているようだから言うが、このアノール子爵領の農作物を市場価格で換算しても、金貨100枚やそこらなのだぞ」


 そう言われると物凄い額……なのだろうか?

 莫大な財産で戦う冒険者なので、どうにもシケた額に思えてくる。


「まぁ、その辺りの感覚は追々身につけろ」


 努力はしようではないか。

 あなたはそのように返し、次にサシャの報告を聞く。


「はい。まず、近隣領地の情報については収集しました。出す手紙のテンプレートも出来ました。頃合いを見て出すだけですが……届ける人はいるんですか?」


 そこはちょっと悩みどころではあるのだ。

 なんせ、よその貴族に対する挨拶だ。

 そこらの下男にもっていかせていいものではない。


 すると、それなりに古参の使用人か。

 あるいは順当に位の高い使用人、はたまた高名な冒険者……。

 そう言った者に配達を頼む必要が出て来る。


 まだ立ち上げたばかりのアノール子爵領にそんな使用人はほぼいない。

 高名な冒険者とのツテもあんまりないのだ。

 マフルージャ王国なら知り合いが多いが、トイネはそうでもないし……。


 そうなると、この屋敷にいまいる人間で配達に適した人間はイミテルしかいない。

 レインも居ればレインにも頼めたが、生憎とベランサに居るので無理だ。

 あなたがいければ一番楽なのだが、領主が軽挙妄動するわけにもいかないし……。


 新興の貴族と言うことを思うとあなたが行った方が好適ではあるのだが。

 なんせあなたはトイネ救国の英雄な上、ウルディア子爵家の令嬢であるイミテルを娶っている。

 新興の貴族でこそあれ、軽挙していいほど身軽でもないと難しい立場なのだ。


 まぁ、ウルディア子爵家の令嬢であるイミテルを使者に使っていいかと言うと……。

 かなり、なんと言うか、ウルディア子爵家に微妙に不義理なところもあるのだが……。

 しかし、それ以外に打てる手があるかと言うと、無いわけで……。


 ウルディア子爵家に信頼のおける使用人を融通してもらうよう頼むべきだったろうか。

 まぁ、今さらな話ではある。どうにもならないので諦めるしかない。

 イミテルには申し訳ないが、嗜好品の振る舞いが終わったら外交行脚に出向いてもらおう。


「私か。まぁ、仕方あるまいな。しかし、使用人の増員は急務だな。そこらは王宮にも話を振るか」


「貴族間のことですから、あまり性急にことを進めるのもよろしくはないとは思いますけどね……」


「サシャはその辺りの心得もあるのか」


「薬師様から漏れ聞いていただけですが……遅くてもダメだけど、早すぎるとそれはそれで適当にやったんじゃないかと思われるとか……」


「ああ、そのあたりの力加減はなんとも言えんところがあるな……」


 イミテルがどでかい溜息を吐く。

 貴種の生まれであっても面倒なのだろうな……。


「まぁ、大身の貴族をはじめに、それから血縁と優先順位順に持っていくことさえ間違わなければ、多少の遅れは問題ない」


 あなたはあまりのめんどくささに、この辺りの貴族を全員暗殺しようかと思った。

 全員消せば楽になる。そんな危険な思考を振り払い、溜息をひとつ。

 あなたは気を取り直し、次にクロモリに話を振る。薬師として仕事を始められるかと。


「なにもかもすべてをここから立ち上げるのですよね……時間をください……」


 そりゃそうだ。さすがに今日から営業開始しろとは言わない。

 ただ、営業開始までどれくらいかかるかの見積もりくらいは欲しい。


「その前に、よろしいでしょうか」


 なんだろう。


「私は渇水病専門なので、それ以外は通り一遍のことしかできませんが……」


 たとえそうであっても、ド素人よりはマシだろう。

 少なくとも武器軟膏とか怪しげなものを使わなければそれでいい。

 まぁ、武器軟膏の方がマシだと思えるような医療も存在するが……。


「ご主人様、武器軟膏ってなんですか?」


 人を傷つけた武器に塗ると、傷が治る薬だ。


「…………??? あの、どういう理屈ですか? 魔法ですか?」


 ただの迷信である。効果などない。


「ええ……」


 しかし、世の中にはそれよりひどい迷信も存在するので……。

 かつて、エルグランドにおいては火薬は猛毒だと信じられていたことがある。

 厳密に言うと、焼けた金属についた火薬は猛毒になるのだと信じられていた。

 つまり、銃撃された傷には猛毒が付着していると考えられていた。


 そのため、銃創を負った際は強力な消毒が必須とされた。

 その消毒方法こそが、松の油を煮え滾らせて傷口に注ぐというものだ。


「……やけどしません?」


 もちろん大やけどだ。まぁ、止血にはなるかも。

 この治療、1分後に失血死するとかでもない限りは傷を悪化させる一方だった。

 そのため、そうした無茶苦茶な治療法よりは武器軟膏の方がマシだ。


「迷信なのに、武器軟膏の方がマシなんですか?」


 大やけどさせるよりは、何もしない方がマシじゃない?


「なるほど……」


 そう言う無茶苦茶な治療をされるよりはマシだ。

 そう言う意味で、専門分野以外は最低限しかできなくとも薬師であるだけマシなのだ。


「かしこまりました。おまかせくださいませ、あなた様」


 恭しくクロモリが頷く。

 さて、今朝の報告はこんなところか。

 では、今日も1日頑張るとしよう。




 さて、あなたは『アルバトロス』チームを引き連れ、領内の村へと出向いていた。

 村と言っても規模はピンキリであり、特にトイネの村々は規模がかなり大きい。

 現在訪れている、岩塩鉱山近傍の村も人口1000人を軽く超えていることが分かる。


「不毛の地だからだろうな。やはり砂漠は過酷だ。人がオアシスを独占すれば、その周辺で野生動物は生きていけん。昆虫程度ならともかく、大型肉食動物は不可能だろうな」


 なるほど、そう言う。外敵がいないので規模を大きくしやすいわけだ。

 逆に、マフルージャのような豊饒の大地だと外敵も多くなると……。


「あとはまあ、産業の問題だろう。やはり農業に人手はいくらあっても困らんからな。そして農閑期は塩鉱山に行けば現金収入になる」


 農繁期に必要な多大な人手が農閑期には不要になることがある。

 そうした村の場合、農閑期には出稼ぎに行く者も少なくないが……。

 そのまま帰って来なかったり、農繁期もなんとかなるからと村を出ていくこともある。


 農閑期のヒマな人手を呑み込む岩塩鉱山があるから村の規模が拡大し続ける。

 なるほど、このアノール子爵領はそう言う意味で管理しやすい土地なのかもしれない。


「しかし、やはりなんと言うか……浮浪児が見受けられるな」


 レウナの発言にあなたも頷く。

 過酷な労働をする人間ほど、発散のために女や酒を必要とする。

 そのため、鉱山町に娼館が乱立するなどよくあることであり……。

 娼館があれば当然ながら子供が生まれ……その多くが捨て子になる。

 孤児院にも収容限界がある。捨て子の全てが孤児院に入れるわけではないのだ。


「浮浪児は嫌いだ。この世からいなくなればいい」


「レウナさん。それ、ものすごく過激な発言に思われるので、もう少し言葉を飾った方がいいですよ」


「うん? ああ……浮浪児に死ねと言っているのではないぞ。浮浪児が生まれない社会であればいいと思っているのだ」


「はい」


 アストゥムの促しでレウナが発言を訂正する。

 あなたもそのあたりは分かっていたが、訂正されれば安心する。

 レウナは少し言葉が強いというか、ぶっきらぼうな物言いが過ぎることがある。


 そんな話をしていると、あなたの方へと走り込んで来る人影。

 それはあなたに激突し、勢いよく弾き飛ばされた。地面を転がって悶え苦しんでいる。


「げはっ! ふざけっ、んなっ……! 岩の壁、かよっ……!」


 それは15歳くらいの少年だった。

 先ほど、あなたの懐に手を突っ込んで来たので、たぶんスリだ。

 ぶつかってあなたをよろけさせるつもりだったのだろうが……なにせ荷物の量が量なので。

 あまりの重量差に少年の方が弾き飛ばされてしまったわけだ。


「どうしますか?」


 まぁ、一応捕まえて欲しい。


「かしこまりました」


 『アルバトロス』チームが少年の捕縛にかかる。

 って言うか、少年にぶつかられる前に確保するべきだったのでは……。


「敵対と言うわけでもないのに事前制圧はちょっとやりすぎかなぁと。スリっぽくてもされるまでは無罪ですから」


 それもそうかとあなたは頷いた。


「く、くそっ! 離せよ! 俺は何も取っちゃいねぇ! そこの貧乳、財布も持ってなかったろうが!」


「あの人を貧乳って言ったら世の大半の女が貧乳になりますよ」


「ウエストが化け物染みて細いからカップサイズが直感に反してるんですよね」


「さて、どうされますか?」


 あなたの前に引っ立てられる少年。

 薄汚れた身なりや、スリをしようとした態度。

 そして、明らかに栄養状態の悪い姿からして、まぁおそらくは浮浪児だ。

 あなたは少し考えてから、少年に『支配』の魔法を使った。


「な、なんだ!? なにをしやがったテメェ!」


 今のは絶対服従の奴隷にする魔法だ。

 あなたは少年に、その場で用を足せと命じた。


「うわっ、わっ! わぁぁ! ばかっ、よせ! やめろぉぉぉ! 止まれよ俺の体ぁぁぁぁ!」


 少年は大惨事になった。

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