9話
マロンちゃんとベルに別れを告げ、あなたはサシャと共に繁華街の方へと出向いた。
なにやらあちこちに屋台やら出店が出ている。
美味しそうな香りも漂っているし、珍妙なものも売っている。
あなたはべっとりくっついているサシャに、なんでも買ってあげようと甘やかすことにした。
「なんでも、ですか?」
もちろんなんでも。あそこで売っている串焼きを腹いっぱいになるまで買ってもいい。
あるいは焼き菓子を抱えきれないくらい買ってもいいし、なんだかよく分からないおもちゃを買い占めてもいい。
この繁華街以外の店でもいい。剣は別途注文するが、たとえば鎧なんかも欲しいものがあったら買いに行ってもいい。
「なんでも……本当に何でもいいんですか?」
もちろんなんでもよい。金ならある。
この地の金貨はあまりないが、エルグランドの金貨も使えることが大体分かって来た。
必要に応じて両替する必要はあるかもしれないが、おおよそ金に困ることはない。
「なんでも……なんでも……そ、その……本を買っても、いいですか?」
本。おねだりするにはなにやら妙なものである。
まぁ、べつにまったく構わないが。
「いいんですか? その、本って、とっても高価ですけど」
サシャより高い本が存在するとは思えない。
「あ、はい、そうですね……金貨500枚もする本はちょっと聞いたことないですね……」
とは言え、本はどこに売っているのだろうか?
エルグランドでは本と言えば雑貨屋か魔法店に売っていた。
「だいたいは、書店、ですかね。入ったことはないですけど……」
では書店を探してみようとあなたは歩きだした。
しばらく屋台を冷やかしつつ、あちこちの店を覗いて書店を探す。
やがて繁華街の外れにまで辿り着いたところで書店は見つかった。
「あ、ここみたいです。本を売ってるって書いてありますよ」
サシャが指差す先には、店舗の前に堂々と銘打たれた書店の文字。
なるほど分かりやすい。あなたはサシャと共に店の中に入った。
店内は薄暗い。本が劣化しないように日光を遮断しているのだろう。
仄かなランプの明かりが店内をひっそりと照らしている。
「わぁ……すごい……こんなに本がたくさん……」
感動したようにサシャが言う。たしかに本がいっぱいある。
あなたは女性のあられもない姿が納められた本なら山ほど蔵しているが、それ以外の本はさほどではない。
そのため、さほど興味が惹かれるものでもないが、サシャには違うようだ。
キラキラした眼で本の背表紙に記された文字を追っている。
「いらっしゃい。書店に来る冒険者なんざ珍しいな……なにが入用だ?」
奥まった場所に、店主と思わしき男が座っていた。
妖艶な魔女みたいな女性か、あるいは何歳なんだかも分からん老婆がいるとか踏んでいたのだが。
その場合、もちろんナンパする気満々だったあなたは内心ちょっとがっかりした。
ともあれ、あなたはサシャにどんな本が欲しいのかと尋ねた。
「え、えっと、ええと……め、目移りしちゃって……どれにしよう……」
あなたはそんな風におろおろするサシャに笑った。
目移りしちゃうということは、どれもこれも欲しいということだ。
その場合の解決手段はたったひとつであり、あなたはその解決手段を取る気満々だった。
つまり、あなたは店主の男に対し、この店にある本を全部くれと答えた。
「えっ」
「おいおい、豪儀なこと言う嬢ちゃんだな。本ってのは高ぇんだぜ」
それのなにが問題なのだろうか。サシャが欲しい、ならば買う。当然のことだ。
苦笑気味な男には悪いが、あなたは本気でこの店の本を全部買う気だった。
と言っても同じ本を買う気はないので、全部と言うのは全種類と言う意味である。
「それにしてもすげぇ額になるがな……一応、そう言う豪儀なことを言うやつはたまに来る。だいたい貴族だがな……そら、うちの店にある本のリストだ。下に総額が書いてあるぜ」
あなたは渡されたリストを受け取り、その下に記された金額を見やる。
〆て総額金貨386枚らしい。僅かに144種類しかないくせにその額とは中々に凄い。
金貨1枚でエールが樽で2つ、つまり2バレル。リットルで言えば200リットル近いエールが買える。
またはよく育った豚が5頭。あるいはチーズ200キロ。それほどにこの大陸の金貨の価値は高い。
1冊辺り確実に金貨2枚を超えると言うことを考えると、なるほど高額な買い物だ。
が、あなたにしてみれば大した額ではない。
エルグランドで金貨386枚なんてはした金もいいところだ。
宿に3回泊まったらほぼ無くなる。こちらで言うと、銀貨10枚くらいの価値しかない。
そのため、あなたは店主に対し、金貨の詰まった袋を出して見せた。
男は中身の金貨を試し、噛んだりナイフで削ったりして純度を確かめていた。
そして、納得行ったところで、あなたはめでたく店の本を全て買い上げることに成功したのだった。
「お大尽は大歓迎だぜ。ありがとよ。本は全部持っていくか?」
もちろん全て持っていく。数は凄いことになりそうだが、サシャには魔法のかばんがあるのだ。
「ほう、すげぇもん持ってんな。それなら心配いらねぇか」
店主が次々と本を取り、サシャへと渡していく。
サシャは眼を白黒させつつも、魔法のかばんへと本を突っ込んでいく。
やがて、144冊の本全てを受け取り、店主が金貨を仕舞いこんだ。
「ありがとよ。さぁさ、今日はもう店じまいだ。写本師どもに仕事を出してやらなくちゃなんねぇ」
とのことなので、あなたとサシャは店を辞した。
「あ、あの、ご主人様……その、本当によかったのですか……?」
なにが? サシャは本が欲しい。あなたはサシャを甘やかしたい。
ならば本を買い与えるのは当然のことだ。
そうだとあなたは思いついた。
買い上げた屋敷にサシャ専用の図書室を作ろうと。
あちこちに冒険した際に書店をめぐり、本を買い上げて行くのだ。
そして、それらを家に蔵していけば、素晴らしい図書室になるに違いない。
「え、ええっ!? だ、だって、図書室はもうあるんですよ?」
あれは元ザーラン伯爵家の蔵書だ。サシャのものではない。
現状の所有者はあなたと言うことになる。
これはべつに、あなたのものだからサシャが読むのはダメと言うことではない。
あなたのものをサシャが使うのはなんら問題ないことだ。
だが、それはやはりサシャのものではない。
やっぱり好きなものは自分のものにしたいのが人の性だ。
自分専用と言う称号は、やはり何物にも代えがたい宝物だろう。
それとも、サシャは自分用の図書室は必要ないのだろうか?
「あ、あう……それはその……ほ、ほ……ほしぃ、です……」
最後は消え入るような声ながら、サシャははっきりとそう答えた。
あなたはよく言えましたとサシャの頭を撫でて、立派な図書室にしようと言った。
どうせ屋敷の敷地はまだあるのだし、新しく図書専用の建屋を作ってもいい。
そこにサシャの部屋を移し、本に囲まれて1日を過ごすのだ。
これは本好きにはたまらない環境ではないだろうか?
予想ながらそんなことを話すと、サシャは眼を輝かせた。
「本に囲まれて……図書専用の、家……すごい……すてき……」
部屋に入るとたくさんの女の子がベッドの周りで待っている。
女好きのあなたにはたまらないシチュエーションである。
それを本好きに置き換えて言ってみたのだが、正解のようだ。
「ほ、本当に、本当に、いいんですか? その、本って世の中にはたくさんあるし、もっと高い貴重な本とかもあるし……」
そうだとしても、サシャの笑顔には変えられない。
サシャが喜んでくれるなら、あなたは喜んで本を買うだろう。
高いとか貴重とかどうでもいい。サシャが欲しいなら手に入れる。何度も言うが、それが当然のことだ。
「あ……わ、私、その、なんて言えばいいのか……その……」
感極まってしまってサシャは泣きそうである。
落ち着かせるように頭を撫でてやり、サシャのことはたくさん可愛がってあげたいのだと伝えた。
金を使うことだけが愛ではないだろう。だが、金がなければできないこともたくさんある。
愛する相手に対し、たくさんのお金を使うこともまた、愛を示すひとつの方法なのだ。
「愛……私、ご主人様に、たくさん愛されてる……私も、ご主人様のこと、大好きです……」
ぎゅう、と抱き着いてきたサシャが可愛すぎて、あなたは耳鳴りを覚えた。
危うく理性が蒸発するところだった。思考回路はショート寸前である。
一歩間違えば、このまま連れ込み宿に連れ込んで朝まで激しく愛し合うところだった。危ない危ない。
「もう、離さないで……私、ご主人様がいないと、生きていけません……」
あなたはつらい、耐えられない。
もう理性が蒸発してもいいのではないかと思った。
可愛すぎる。自分無しでは生きていけないなんて、心臓が止まりそうなほどに可愛い。
サシャを甘やかしまくった成果が通じたのだ。
もうあなた無しでは生きていけなくした。
肉体的にもそうだが、精神的にも堕とした。
当然だろう。ブレウの様子から見て、サシャは裕福ではなかった。
そんな少女に目も眩むような贅沢な生活をさせたのだ。
人は一度上げた生活レベルを落とすのは難しいのだ。
贅沢な生活を知ってしまったサシャはもう戻れない。
これからもっともっと深みに嵌らせるのだ。
精神的には完全に落ちた。肉体はまだ完璧ではない。
もっとすごい快楽を教え込むのだ。
完璧にあなたの趣味と実益が合致している。
もちろんこれからもサシャにはたくさんのものを買い与えて贅沢をさせる。
食事だって美味しいものをたくさん食べさせ、綺麗な洋服を買い与える。
図書室だって、各地に用意するつもりの拠点すべてに用意してもいい。
そこに収める蔵書だって図書室ごとに買い与えてやってもいい。
あなたは純朴な文学少女を金と快楽でもう戻れなくした。
そして、さらに深みに嵌らせて行く気満々だった。
率直に言って人間の屑だった。
だが、エルグランドの冒険者とはそんなものだった。
あなたはエルグランドの冒険者にしては理性的で優しい部類に入る。
だが、エルグランドとは常識と倫理の墓場なのだ。
そんなところで多少理性的で優しいからと言って何の慰めになる。
まぁ、だれも損はしていないのだが……。
あなたはサシャのことを死ぬまで面倒を見る気満々だ。
人生を縛るつもりもない。サシャが好きな男を見つけて結婚したいと言えば許すつもりだ。
エルグランドにはついていきたくないと言えば、泣く泣く認める気もある。
あくまでもサシャの自主性に任せる。そのために全力で口説き落とすに過ぎない。
まぁ、クズではあるのだが……最低限のラインは守っていると言えなくもない。
あなたはサシャを抱き締め返し、もっともっと自分に溺れさせてあげると耳元で囁いた。
「はぅう……もっと、溺れさせて、くだひゃい……たくさん、かわいがって……たくさん、愛してください……」
あなたはもうがまんできなかった。
サシャの唇を奪うと、熱く深いキスをした。
そしてサシャを抱き上げると、見当をつけていた連れ込み宿へと連れ込んだ。
今夜は眠れないな!
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