8話

 先ほどの少女のところへと向かうと、少女は変わらず挑戦者を待っていた。

 挑戦料の銀貨1枚を手に、あなたは少女へと声をかけた。


「挑戦者か……たしかに受け取った。武器は好きに使え。本身のものでも構わん」


 少女は無造作に銀貨を受け取って懐へと放り込むと、構えを取るでもなくあなたに答えた。

 では遠慮なくと、あなたは武器を抜いて少女の首を叩き切る軌道で剣を振るった。


 少女はその軌道を茫洋とした眼付きで見やると、腕を振るってあなたの剣を弾いた。

 凄まじい技量の冴えを見せつけられたあなたは思わず感嘆の息を漏らす。

 剣の腹に、手首をぶつけて軌道を反らしたのだ。凄まじい身体制御と見極めである。

 

 あなたは再度剣を振るう。今度はスピードを重視した、軽い一撃だ。

 とりあえず毛筋程度でもいいから斬り付けてみようと言った風情の攻撃。


 少女はそれを軽やかな動きで躱す。あなたは追撃する。

 少女はひょいひょいとあまりにも軽やかな動作で躱し続ける。


 これはどうやら本物のようだとあなたは頷く。

 そして、軽い一撃を振るっていた最中、突如として本気の一撃を放つ。


 少女が踏み込んだ。そして、先ほどと同じように、剣の腹を手首で叩いて弾いて見せた。

 不意打ち気味の本気の一撃を見極め、弾いて見せるとは信じ難い観察眼である。

 少女は弾かれたことで姿勢を崩したあなたを見るや、鋭い貫手があなたの胴体を穿った。


「ふん?」


 少女は手応えから、あなたがなんらの痛痒にも感じていないことを即座に察知。

 そして、軽やかな動きで後ろへと下がり、あなたから距離を取った。

 あなたはその動作を潰すように踏み込み、上段からの一撃を振るった。


「それは、悪手だ」


 少女が腕を交差させ、その交点であなたの一撃を受け止めた。

 身に着けたガントレットで威力を削ぎ落とし、受け止める。とんでもない真似をする。

 少しでも見極めを誤れば腕を叩き切られている。やってのける自信があったのだ。


 少女が腕を振るい、あなたの剣を打ち下ろすように流した。

 その動作にあなたの体が揺らぎ、前へと踏み出すようになってしまう。

 少女の鋭い貫手が、あなたの脇腹を打った。


 さほどの痛みはないが、反射的にあなたの足から力が抜ける。

 体勢を崩すことを狙った一撃だったのだ。体重移動までも見極められていたらしい。


「さぁ、終わりとしよう」


 少女が指を曲げ、まるで鍵爪のような形を作る。

 そして放たれた少女の掌打は、あなたの胸を穿った。

 胸が押し潰される若干の痛みと、心臓部へと打ち込まれる衝撃。


 なるほど、常人なら十分に有効打だと言えるだろう。

 あなたは溜息を吐いて、振るっていた剣を鞘へと納めた。


「終わりでよいのか」


 今のを喰らってもさほどのダメージではなかったろう、と言外に滲ませつつ少女が訪ねて来た。

 あなたはこれで終わりでよいと答えた。これは殺し合いではないのだから、有効打を貰ったら負けだろう。

 最初の貫手はそもそも防御を貫通出来ていなかったので流したが、これは違う。防御の上から抜いてくる一撃だ。


「そうか」


 少女は頷く。そして、ぱちぱちと拍手が聞こえて来た。

 そちらへと眼をやると、木箱やらなんやらを積み重ねた影に、少女が座っていた。

 あなたと試合をした少女と瓜二つの少女であり、その少女が拍手をしていたのだ。


「今日も無事に勝利なされましたね、闘士様」


「血濡れの芸術とはなり得ぬ戦いであるが、満足していただけのならば幸いだ」


 瓜二つの2人であるが、姉妹と言うわけではないようだ。距離感がだいぶ遠い。

 どちらかと言えば、騎士と令嬢のような、そんな遠くも近い関係のように思う。

 そう言えばとあなたは2人の違いに気づく。あなたが戦った少女は鋼色の瞳をしている。

 その少女に拍手を送った少女は、血のように赤い瞳をしていた。


「ご主人様、負けちゃいましたね」


 サシャが心配しているような眼であなたを見上げていた。

 いや、心配と言うよりは不安げだろうか?

 負けたことにキレ散らかしたあなたが少女をブチ殺すとでも思ったのだろうか。

 相手がざーこざーこなどと煽ってきたらたぶんそうしていたが。

 互いの実力に敬意を持ち、穏便に終わったのならばそんなことをする理由はない。


 ところでとあなたは少女に声をかけた。

 少女はあなたの方にちらりと視線を戻した。


「何か用か」


 銀貨を5枚支払うので、サシャに戦いを指南してやってはくれまいかとあなたは提案した。


「指南なぞ、できん。この身が成すは、血濡れの芸術を世に作りだすだけのこと」


 変に芝居がかったことをいう。血濡れの芸術とはなんだろう?


「血に濡れて惑わぬ。戦にありて狂わぬ。夜にありて迷わぬ。それが我ら闘士ゆえ」


 この少女ちょっとおかしいのでは? あなたは首を傾げた。

 素手での戦闘が余りに達者だったので、サシャの経験を積ませるにちょうどいいと思ったのだが。

 いや、戦闘技術は間違いなく本物なので、べつに狂人でも構わないのだが。


 そのため、あなたは5回分の挑戦権を払うので、5回仕留めるまで戦って欲しいと伝えた。

 また、できれば手加減して欲しいとも。まぁ、無理なら容赦なくボコって構わないが。


「ならば、構わぬ。手加減、それも承知した。嬲ればよいのであろうが」


 そう言うことではないのだが、まぁ、それでいいのかもしれない。

 嬲るということは仕留めないということで、戦いは長引く。

 手加減と言うには悪辣だが、まぁ、サシャを速攻で5回仕留められるよりはいい。


「ええと、ご主人様、あの?」


 この少女は間違いなく強い。単純な技量ではあなたより上だろう。

 純粋に技量だけを競うのであれば、あなたの勝ち目は100に1あるかないかだ。

 剣先を取り合うとか、機先を制し合うとか、そう言った玄妙な戦技の交差では分が悪いわけだ。

 ここに圧倒的な肉体強度とか、殺意極まる魔法とか、常軌を逸した速度が加われば結果は全くの別だが。


 そう言う意味で、サシャはこの少女に倣うのが一番よいだろう。

 どういう相手と戦うにしても、こういった戦技は学んでいて損がない。

 あなたにも教えられるが、そのあなたより格上の少女に学ぶ方がずっといい。


 なんだったらあなたもこの少女に教えてもらいたいくらいだ。

 と言うか既にそのつもりだ。指南はダメでも勝負は受けてくれるなら、1日5回くらい挑ませてもらう。


「なるほど……ご主人様でも学びたいと思うほどお強いんですね……その胸を借りれば、私ももっと……」


 そう言うわけだ。ぜひとも頑張って欲しい。


「はい! えーと……ご主人様、剣を貸していただいてもいいですか?」


 あ、そうだった。あなたはうっかりしていたことに気付いて笑った。

 サシャの剣は昨日の熊との戦いで使い物にならなくなったのだった。

 あなたは腰の剣を鞘ごと外し、サシャへと渡してやった。


「ありがとうございます。よっと」


 鞘からサシャが剣を抜き放ち、あなたは鞘を受け取る。

 そして、サシャが剣を構え、少女と相対した。

 あなたは立ち位置を変え、先ほど拍手を送っていた少女の近くに陣取った。

 ないとは思うが、サシャが投石をして、その流れ弾が当たったら大変だ。


「行きます!」


 サシャが踏み込む。少女が呼応し、ゆるりと脚を捌いた。

 なるほどとあなたは頷く。相対していた時には見えないものが見える。


 サシャが剣を振るい、少女が剣をあなたにした時と同じように弾く。

 大振りの一撃に併せるカウンター。これはどうも相手の姿勢を崩すためにやっているようだ。

 自身の振るった攻撃のベクトルに、新たな力を加えられて逸らされると、想定外の動きとなって姿勢が崩れる。

 何度もやられると感覚が狂って余計に姿勢が崩れるわけだ。脇腹を打たれただけで崩された理由がなんとなく分かった。


 素手でありながら剣を持つ相手に勝って見せる戦闘技術は、間合いの見極めが軸となっているようだ。

 サシャの体格と剣の長さを見極め、剣先が届く半歩先に陣取っている。

 剣先を奪い合う戦いに似た間合いの取り方だ。サシャの踏み込みに合わせて自分も踏み込んでいる。

 そして、剣の最も威力が出る地点から体を外しながら、剣を叩いて軌道をずらす。


 それをやってのける技量と感覚も凄いが、よく練られた戦法と言える。

 慣れているだろうことがよく分かる。この戦い方でかなりの戦いを超えて来たのだろう。

 しかし、素手専用と言った雰囲気の戦い方だ。ずっと素手で戦ってきたのだろうか。

 武僧の類には見えないのだが、素手を貫き通すということはその類なのだろうか?


 なにより凄いのは足捌きだ。踏み込みの鋭さは感嘆を漏らしたくなる。

 まさに殺戮の芸術と言ったところか。血濡れの芸術とか言うだけはある。

 そんなことを考えてるうちに、少女の貫手がサシャの脇腹を穿った。

 ちょうど肝臓がある位置だ。あそこを打たれるとすごく響いてつらい。


「かっ、はぁっ」


 打たれながらもサシャが反撃の剣を振るう。なかなかの根性だ。

 しかし、少女は後ろに鋭い足捌きで後退し、サシャの剣の間合いから逃れる。


 一見すると攻撃的に見えて、少女の戦法は極めて守勢に寄っている。

 一撃を入れたら下がる。それが有効打であろうとなかろうと。

 普通は追撃に入るな、と言う場面でも下がるので、消極的とも言える。


 ただ、これは非常に厄介だ。肉を切らせて骨を断つこともできない。

 確実に回避できる状況で、確実に打ち込める状況でしか打ち込みに来ない。

 やられるとすごく鬱陶しい。遮二無二攻めるか、こちらも守りを固めるかしかない。


 眺めて行くうち、サシャの手足に打撃が打ち込まれ、サシャはヘロヘロになっていく。

 なるほど、嬲ると言って差し支えない。常識的に見れば、とりあえず打てる手足を打って動きを鈍らせにかかっている感じだが。


 そして、サシャの急所に都合5撃目が打ち込まれたところで、少女がサシャの脚を払って転ばせた。

 あなたがサシャにそこまで! と声をかけた。


「あ、あうぅ……ご主人様ぁ……」


 ボコボコにされたサシャはもう泣きそうである。まぁ、あれは泣きたくもなる。

 こっちの攻撃はどれだけがんばっても当たらないのに、相手はボコボコ当てて来るのだ。

 しかも手足をバチボコ打たれて痛いし、急所にガスガス有効打を打ち込まれるとすごく響く。

 一方的過ぎて、もしかして自分は凄く弱いのでは? と思わされてしまう。


 あんまりやると心が折れるかもしれない。

 まぁ、心が折れるほどに心には厚みができるという。

 むしろベキベキに圧し折った方がいいのかもしれない。

 厚くなった分だけ心が狭くなるという説もあるが、その時はその時だ。


 あなたはサシャを抱き起こしてやると、ぎゅうっと抱き締めた。

 そして頭を撫でてやると、よく頑張って偉いねと褒めた。


「はぅぅ……」


 サシャもぎゅうぎゅうと抱き着いてくる。

 常人だったらあばら折れてるなレベルの締め付けだが、あなたにはさほどの痛痒でもない。

 ……まぁ、あとでブレウに思いっ切り抱き着くと危ないと教えてやらなくてはいけないだろうが。


「銀貨5枚」


 少女はあなたに金を請求してきた。そう言えば渡してなかった。

 あなたは素直に銀貨を5枚渡した。少女は5枚数えて懐に仕舞いこんだ。


「たしかに、受け取った。再度、挑むか」


 今日のところはとりあえずいい。まずサシャを慰めてやらなくてはいけないだろう。

 そう言えば、この少女の名前はなんなのだろう。

 これからしばらく世話になる予定なので、名を聞いておきたい。


「名、か。改まって語るほど、そう、優れた名など持たぬが」


 べつに優れた名を名乗れなど言っていない。

 単に呼び名が欲しいだけなので、名の内容はどうでもよいのだ。


「人は俺を無謀な挑戦者と呼び、幸福に固執せし者と呼んだ。またあるいは闘士と。あるいは血に狂いし殺戮者と」


 それは呼び名ではなくあだ名とか異名のような気がする。


「だが、俺が為した時、人は俺をこう呼んだ。すなわち『チェスナッツの闘士』と。ならば、そう呼ぶが相応しい」


 やっぱりそれでは異名である。

 呼び難いのでマロンちゃんでいいだろうか?


「好きにしろ。呼び名など、どうでもよい」


 ではマロンちゃんで決定である。

 これからよろしく、マロンちゃん。

 あなたはマロンちゃんにそのように呼びかけた。


「……にこやかに呼ばれるのは如何にも久方ぶりのことだ。いいだろう。よろしく頼む」


 マロンちゃんの差し出して来た手を握り、あなたは握手をした。

 少女らしい、柔らかな手だった。


「闘士様にお友達が……ご友人様、私は闘士様の指導者です。どうぞよろしくお願いいたしますね」


 もう1人の少女は名乗らなかった。役職のようなものを語っただけだ。

 そのため、あなたは首を傾げてもう1人の少女に名を訪ねた。


「私の名は、闘士様にしかお教えできないのです。どうぞ御寛恕ください」


 そう言うことであれば仕方ないとあなたは頷いた。


「呼び名に困るのであれば、どうぞ、ベルとお呼びください」


 あなたは頷いた。

 暇なときは世話になるつもりなので、それなりに会う機会も多いだろう。

 呼び名を交換できたのはいいことだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る