7話
迷宮探索と言うのは消耗するものだ。
そのため、さほどの探索ではなかったものの、今日1日は休養日とすることとした。
ほんのちょっと行って、熊を3匹ほど殺しただけであるが。
と言うか、ほんのちょっと行って熊と3匹も遭遇するというのもなかなか凄まじい話だ。
この迷宮の第一層であるソーラス大森林の殺意の満ち溢れぶりがヤバい。
休養日であるから、遊び惚けても構わないのであるが。
あなたは幾分久し振りの実戦を経験したサシャの訓練に付き合っていた。
訪れたのは、町中にある広場。かなりの広さがある場所で、公園と言うにも幾分広い。
町中にある広場では、周囲に被害を出さない限りは武器を振り回しても構わない。
迷宮都市と言う、エルグランドには存在しなかった独特の都市機構を思わせる場所だ。
普通の都市ではこう言った場は、市民の憩いの場であったり、商業の場である。
だが、ここでは違う。冒険者の小腹をちょいと埋めてくれる屋台などはあっても、戦う者のためにこの広場はある。
事実、あなたたちの周りでは冒険者が剣や槍を振り回して試合に勤しんでいたりする。
剣や槍には布を巻くなどして殺傷力を減じる工夫が為されているが、それでも本物を使った試合だ。
また、そうした者たちに武器の扱い方や戦い方を教える、幾分年配の冒険者の姿もある。
多少なりとの金銭授受が見受けられるので、休養中の冒険者の小遣い稼ぎの場、あるいは初心者支援の場なのだろう。
まぁ、有望そうな冒険者に唾をつけておく、と言うような意味合いも、もちろんあるのだろうが。
中には腕試しでもしているのか、金を受け取っては試合をしているような者もいる。
勝てばいくら払う、負ければいくらもらう、のような看板を準備している者すらいる。
その中の1人にあなたの眼が停まった。思わず、ほう、と言う感嘆の声も漏れた。
あなたの眼に留まったのは、血が抜け落ちたかのように真っ白い少女の姿だった。
冒険者と言うには似つかわしくない、ドレスのような服装をしている。手には何も持っていない。
白い髪はよく整えられており、肌も滑らかで美しい。戦うことを生業としているようには見えない。
傍らには、挑戦料銀貨1枚、勝てば金貨100枚と随分な自信を匂わせる内容の看板が立っている。
加えて言えば、少女は素手で戦うが、他の者は武器を使っても構わない。魔法も許可とある。
そんな少女だが、疑いようもなく強い。あなたはその少女を見て確信した。
まるきり鍛えられていないように見える腕は、実際、鍛えられていない。
おそらく身体能力自体はレイン以下。だが、行動の節々に見える無限の錬磨を思わせる技量。
真っ向から力づくで押し潰すことはできるだろうが、純粋な技量同士の勝負となるとあなたでもどうか……。
と言うか、まったく鍛えられていないにもかかわらず、どうやってあれだけの技量を得たのだろう?
成長阻害の装備でも身に着けて訓練していたのだろうか?
しかし、面白い。セリナも相当強いと思ったが、この少女はさらに格別だ。
対人戦に特化した感のあるセリナは、武を極めんとする武人の類と思うと納得がいく。
一方で、この少女はどちらかと言うと野の獣のような野生を感じさせる部分がある。
武人と言うには幾分か不自然なところがあり、どういう成り立ちの技を持つのか興味があった。
「ご主人様」
いてて、とあなたは笑いを含んだ声で痛みを訴えた。
後ろからサシャに尻を抓られたのだ。ちょっと痛い。
サシャからすると、美しい少女に眼を奪われていたように見えたのだろう。
まぁ、美しさに目を奪われてもいたのは事実なのだが。
「もうっ、今日はちゃんと私の訓練に付き合ってくださいね!」
やきもち焼きのサシャちゃんのご機嫌を取らなくてはいけないようだ。
あなたは笑ってもちろんと頷いた後、訓練の後はなにかおいしいものでも食べに行こうと決めた。
さておき、訓練をするのはいいが、なにをするのだろうか?
「えとですね、投石です」
投石。なるほど。たしかに、訓練しておいて損のない内容と言えるだろう。
そして宿の中ではできない。エルグランドならだれも気にせず投石の訓練どころか魔法の訓練だってやるが。
「的確に、強く投げる。これってどうやったらいいんでしょう?」
あなたは難しい質問をすると腕を組んだ。コントロールとパワー。これは相反する要素だ。
どれほど訓練を積んでも、100%のコントロールと100%のパワーの両立は困難なのである。
人間の肉体と言うのはパワーを振り絞ると制御し切れない。訓練で多少改善はするものの、完璧ではない。
ゆえに、通常これらの問題は、よりパワーを身に着けることで解決する。
つまり、10の力を持つ人間が100%のパワーを振り絞れば10の力で投擲することになる。
しかし、20の力を持つ者が50%のパワーで投げれば、当然10の力で投擲することになる。
あるいはまぁ、道具を使うことで解決する。
投石紐を使えば、150%のパワーを振り絞ることすら可能とする。
あなたはそれを勘案した後、サシャに訪ねた。
サシャは投擲と言う武器を、どのように使いたいのかと。
「どう使うか、ですか?」
サシャはちょっと勘違いしているかもしれないが、あなたにとって投石はあくまで咄嗟の対応のものだ。
つまり、戦闘開始の際に、とりあえず投げる、そう言うものである。
威力が異次元の領域に達しているからそれで決着がついているだけであって。
決着がつけばそれで最善。当たって怯んでくれれば上々。
そうでなくともダメージが少しでも与えられればよし。
距離が近すぎれば投石せずに武器を抜くこともある。
投石は本当に予備の予備の戦法なのだ、あなたにとっては。
サシャはどうしたいのだろうか?
投石は極めれば極めて強力な戦闘技術だ。
弓や銃ほど分かりやすい予備動作がなく、隠密性が高い。
投げナイフなどと異なり、投擲動作の縛りが低い。
打撃であるという特性から防がれやすいものの、注意を惹き付けるという点でも有用。
肉弾戦の中で補助戦術として使うには投げナイフよりも強力かもしれない。
そう言う前提から、これを主力の補助戦術として使うのか。
あるいは、あなたと同じようにとりあえず使う程度のものにするのか。
もっともっと極め、もっと重く強力な投擲物を探し、これを基礎戦術にしてしまうのか。
投擲を基礎戦術にする者は少ないが、居ないわけではない。
重く強力な投擲物や、威力はさほどではないが特殊効果のある投擲物を使い分けるなどし。
また、ポーションや薬品、あるいは投擲用の道具を多数そろえ、これを使いこなす。
トリッキーで面白い戦闘が構築できるし、なにより珍しいので対応できるものが少ない。
「あ、そう言うことですか。えっと、あくまで私は補助に使いたいかなって……こう、なんていうんでしょう? 戦ってる実感と言いますか……その、武器を使って戦う方が性に合ってる感じがするので」
あなたは頷き、であれば重要なのは威力よりもコントロールだろうと告げた。
もちろん人によって意見は異なるが、あなたからすると補助戦術に重要なのはコントロールだ。
かく言うあなたも威力よりも正確に当てることを前提にしている。毎度頭に直撃させるのはそれが故。
肉弾戦を志向し、その補助とするなら、肉薄前に有利を取るために使う。
これで当たらなくては意味がない。威力がさほどでなくとも、当てることに意味がある。
頭を狙った時に盾で防ぐなどされれば、一瞬だが相手の視界を覆う効果がある。
脚に当てることで脚をもつれさせる、あるいは握りの甘い武器を狙って武器を弾き飛ばす。
身に着けているポーション類を破壊する。後ろの仲間を狙って、立ち位置を強制してやる。
こうした補助戦法をするにはコントロールこそが重点となる。
「なるほど……では、威力は求めなくてもいいということでしょうか?」
もちろん威力はあった方がいい。だが、それよりもコントロール命だ。
そもそもサシャの身体能力はこちらの大陸では素晴らしいと言える領域にある。
その身体能力から放たれる投石は、力を振り絞らなくとも素晴らしい威力になるだろう。
もしも威力を求めるならば、コントロールは磨きつつも、そもそもの身体能力を底上げすればいい。あなたと同じ論法と言うわけだ。
「……つまり、もっとたくさんハーブを食べろと言うことでしょうか?」
まぁ、そうなるな。あなたはそのように頷いた。
サシャは涙目になった。あのハーブはまずいので気持ちは分かる。
だから三食おやつを全てハーブにしたりはしていない。美味しい食事は心身を健康に保つ効果があるのだから。
「と、とりあえず、コントロールを大事にした投げ方はどうやって身に着ければいいでしょうか?」
あなたは頷き、サシャに玄妙なコントロールの冴えを得る手法について教え始めた。
石の握り方、握る際の指使い、どこに力を籠めるか、そしてどのように放つか。足場はどう扱うか。
精密なコントロールには指先の使い方が肝要だ。そして、その指先を固めてくれる爪。
「ご主人様が爪は大事だって仰っていましたもんね」
爪が割れていては精密な投擲はできない。爪が割れると痛いのもそうだが、指先が固まらない。
だから指先に保護用の薬液を塗る。正直効果としては微々たるものだが、やはりないよりはあった方がいい。
その後、適当に的になるものを調達し、何度もサシャに投げて練習をさせた。
横から見て、前から見て、後ろから見て、下から見てと、全方向から見ながら。
どこに力が入り過ぎているとか、ここに力を込めろとか、色々と細かい指摘をする。
窮屈そうに投げるサシャだが、コントロール自体は向上している。
あとはこれをどこまで自分のものに落とし込めるかの勝負だ。
窮屈さを感じないようになるまで磨き上げられれば勝利と言ったところか。
サシャの投石は、投げているものが常に同じものという利点がある。
自然の石を使った投石ではこうはならない。重さもバランスも形状も一定ではない。
投げるごとに適切に力加減やコントロールを調節する必要がある。熟練者でも容易ではない補正だ。
そのため、戦争で投石を行う場合、一定品質を保つように焼き粘土の玉を投げる場合もあったりする。
焼き粘土ならば形状を一定にできるし、粘土だけで出来ているのでバランスも変わらない。
こうした規格化されたものならば極めて高精度のコントロールを実現可能だ。
サシャはまったく同一の石を投げているので、投げれば投げるほどに正確な投擲が可能になる。
加えて、低品質でこそあれアダマンタイト鉱石を含有しているので非常に重い。
ある意味、投石を主軸とする人間にとっては重宝する武器だろう。
まぁ、本気で投石を主軸にするならもっと強力な弾に同様の魔法をかけた方がいいが。
あなたが低品質のアダマンタイト鉱石なんか投げていたのは、武器に拘りがなかったからだ。
慣れているので変えたくなかった、と言うのもあるが。
サシャの投石練習を見守るあなただが、次第にヒマになって来た。
あとはもう体に染みつけるだけ、と言う段階にまでは来た。
サシャは肉体を使った動きは本当に目覚ましい素質を見せてくれる。
獣人の特徴と言うわけだろうか? 肉体運動に優れた種族柄と言うことなのかもしれない。
ここまでくると本人の反復練習だけが必要なので、あなたが見守る必要性は薄い。
適宜見てやって、悪い癖が出ていたら修正してやる必要はあるが、付きっ切りの必要はない。
そのため、あなたは先ほど見かけた少女とちょっと試合をしてみようと考えた。
「席を外す、ですか?」
先ほどの少女とちょっと試合がしてみたいとあなたは正直に答えた。
「夕食代でも稼ぐんですか?」
あなたが勝つこと前提のサシャにあなたは苦笑する。
たしかにあなたは圧倒的に強いが、それでも負けることはある。
殺し合いなら負ける余地はないだろうが、試合なら負ける余地は十分にあるのだ。
「そうなんですか?」
試合の多くは、有効打が入ったら終わりとか、武器を落としたら負けとかがある。
あなたの首はギロチンが直撃しようが平気なほどの頑丈さがあるが、普通はそれで即死と見られるだろう。
武器を握り締める圧倒的な握力も、適切な剣捌きを実現しようと思えば緩やかになる。
的確なタイミングで柄頭を叩かれれば、武器が手から抜けて行く可能性は十分にある。
「なるほど……それで試合をしてみたいと思ったんですね」
そう言うわけだとあなたは頷き、なんなら見学してみるかと伝えた。
「あ、では、ぜひ」
と言うわけで、あなたは先ほどの少女に試合を挑むことにしてみた。
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