3話

 あなたたちはバーベキューで豪快に肉を食べたりし、涼しい湖畔で訓練に勤しんでいた。

 冷涼な空気で満ちた平坦な空間なので、訓練に好適だ。

 こんなに美しい光景の中で剣を振ったり汗まみれになるのもなんか微妙な気分だが。


 あなたはじつに久し振りに盾と剣を手に戦っていた。

 盾は左腕、剣は右腕に握る、オーソドックスなスタイルだ。

 まぁ、このオーソドックススタイルもところ違うと異なったりするが。


 あなたはその盾でリーゼの剣戟を捌き、時折剣による反撃を加えている。

 リーゼもあなたと同様に剣と盾を握ったスタイルでの戦闘だ。


 リーゼの剣のスタイルはあなたのそれに似ている。

 機を伺っての速攻、猛攻。機先を制する剣だ。

 斬撃と刺突を織り交ぜ、一気呵成に攻め立てる。


 盾の扱いも実によくこなれている。

 金属で補強された円周部であなたの剣を受け止めて捌く。

 盾の扱いに慣れていないものは、盾で剣を受け止めてしまったりする。

 しかし、それはよくない。むしろ、最悪の一手と言っていいくらいだ。


 実のところ、盾と言うやつはそんなに強くない。

 正面から剣戟を受け止めてしまうと、そこが貫通するくらい弱い。

 その場合、剣ならまだよい。剣は長さがあるので、刺突ならともかく、貫通部が深くならない。

 だが、バトルハンマーやバトルアックスではピンポイントに打突が出来る。

 すると、そこを突き破られた上で、刃が奥深くに浸透して腕を負傷してしまうのだ。


 それを防ぐために金属で補強された円周部で受け止めて、捌く。これが盾の運用の基本だ。

 まぁ、逆に円周部を補強せず柔らかい木で作り、そこで相手の剣を受け止めて絡め捕ってしまう、という運用法もあったりはするが。

 いずれにせよ、正面部分で受け止めるようなことはしないのが基本だ。


「さすが、強い!」


 あなたとリーゼの剣戟の応酬は加速していく。

 確かめ合うようだった剣戟は、今や瞬きの暇もない速度に。

 そして込められた力は、命中すれば致命傷になりかねないほど。

 あなたとリーゼの剣戟の立てる音が甲高く響き渡る。


 攻撃も守りも、どちらも実に円熟した技術がある。

 その上で、どちらに偏ることもない、バランスのよい攻防一体のスタイル。

 そして盾を捨てれば、俊敏な猛攻を可能とすると伺わせる足さばき。


 実に円熟した戦士ぶりだ。

 このバランスのよさはサシャにも見習わせたいところがある。

 リーゼのこれは1人でも戦える剣技だ。


 サシャの剣技は仲間がいることが前提の剣技になっている。

 それが悪いとは言わないが、こういうのが出来ると出来ないとでは違うものだ。

 いずれ、出稽古みたいなことをさせるのもいいかもしれない。




 リーゼとの試合が終わって、あなたは軽く武具の手入れをしていた。

 実戦に使えば武具が傷むのは当たり前の話であり、それを軽減するのが手入れだ。

 とは言え、魔法の使えるあなたならば『完全修理』の呪文を使っておしまいだが。

 これによって傷んだ部分は新品同然になり、後は汚れを拭き取ったらよく手入れされたような雰囲気を醸し出すようになる。


「いいなー……自前で呪文使えるのいいなー……」


 羨ましそうにぼやきながら、リーゼが懐から取り出したのはオイル瓶だ。

 コルク栓を抜いて、その中身をリーゼが使っていた盾に垂らすと、魔法の力が発揮される。

 どうやらあなたが使った『完全修理』の呪文をオイルにしていたらしい。


 ポーションもオイルも結局は似たようなものだ。

 服用するものをポーション、塗付するものをオイルというだけのことである。


「魔法って難しいですか? こう、1種類だけならパッと覚えれたり……」


 難しくないよ。命を賭せば簡単!

 あなたはそのように答えた。


「命を賭せば簡単なのかもしれないけど、命を賭して挑むのは簡単じゃないんですよね……」


 まあ、それはそうである。

 命とか魂を燃やせば魔法が使える邪法は結構あちこちにあるのだが。

 たかが魔法使う程度のことに命だの魂を燃やしてどうするのかという話だ。


「そうですよね、さすがに魔法使う程度で命を賭すのはちょっとアレですよねー」


 あなたとリーゼは笑い合って、おたがいに武具の手入れを済ませた。

 初回なので真剣と本物の盾でやったが、次からは木剣だろう。

 木剣なら早々盾は痛まない。木剣は使い捨てにしても惜しくないし。




「はい~、がんばれがんばれ~」


「オエッ……! オウッ、オエッ……!」


 リーゼとの訓練を終え、他の訓練の様子を見回っている。

 すると、あなたが用意した建屋のすぐ前で、チーがカイラに拷問を受けていた。

 あなたはいったい何をしているのかカイラに尋ねた。


「拷問です~」


 やはり拷問だったらしい。

 まぁ、椅子に固定されたチーの様子からして拷問にしか見えないし。

 しかも口に無理やり液体を注ぎ込まれていては、拷問以外のなんだと言う話だ。


 しかし、頑丈な木製の椅子に、しっかりと金具で手足を固定するとは。

 随分と気合の入った拷問用具だが、わざわざ持ち込んで来たのだろうか?


「これはですね~。お薬飲めるね君です~。美味しくないお薬を飲む補助のために作った、服薬補助用椅子なんですよ~」


 カイラはすごいなぁ。

 あなたは適当にそんな返事を返した。

 補助と言うか強制器具にしか見えないが。

 まぁ、カイラが言うなら補助なのだろう。


「ゲホッ、オエッ……オッ……オウッ……オッ……オエッ、オッ……!」


 チーは顔色を真っ青にして吐きそうになっている。

 しかし、どうしても吐けない。そんな様子に見える。


「ドラウンドって知ってます~?」


 知っている。水死した者が成り果てることのあるアンデッドだ。

 半魚人どもに殺された者の多くがそうなる。

 並みのアンデッドより遥かに強力な上、同じく人を溺死に誘う恐るべき力を持って居る。

 その力を喰らうと、なんと喉の奥に水の塊が造られ、呼吸ができなくなる。

 呼吸を止められたら、生物である以上は死んでしまう。恐ろしい力だ。


「それを魔法で再現して、飲ませた水薬を吐き出せないようにしました~」


 なるほど、拷問だ。

 すると、無理やりでも飲み下すしかないと。

 で、チーはいったい何を呑まされているのだろう?


「魔力増強ポーションです~。飲むだけで魔力量が増えます~。前回もやったんですけど、今回もやりたいとチーの希望でして~」


 あなたはカイラがしれっとお出しして来た驚天動地の品に目を瞠った。

 飲むだけで魔力が増えるとは、そんな奇跡の水薬があっていいのだろうか。

 それを言ったらエルグランドのハーブも食べるだけで魔力量が増えるわけだが。

 あれは結構な貴重品なので、自分で栽培する以外では早々簡単に手に入るものではないのだ。


「まぁ、結構な量呑まないといけないのと~、あと、チーの様子からわかる通り、死ぬほどまずいんですよね~」


 まぁ、見ればわかるというか。

 見ているだけで伝わってくるほど迫真の苦しみようと言うか。

 あなたがしげしげとチーを眺めていると、チーが喉の物を強引に飲み下した。


「オエ……あ、あぁ……生命力がげっそり削られた……ねぇ、これ飲むだけで喉が灼けるように熱いんだけど……?」


「わかんないです~」


「あとなんか、甘いような気がするけど苦いし、量が多過ぎて喉から胃まで灼けるように熱いし、おなかの中で悶えるようにうねってるんだけど……」


「仕様です~」


「うへぇ……もう飲みたくない……あと、どれだけ呑まなきゃいけないの……?」


「12リットルです~」


「私は蝶! 夢見る蝶! 火に飛び込んで朧と消えるの!」


 チーが世を儚んで自決を決意しだした。

 しかし、椅子に固定されていて逃げられない。


「始める前に15リットル飲む必要があると言ったじゃないですか~。ちゃんと水分だけ抜いてあげるから、中毒は大丈夫ですよ~」


「だってだってだってぇぇぇ! 最初に呑ませようとして来たシロップ舐めたら、その瞬間に胃の中の物全部出て来たんだよ!?」


「1000万倍希釈してもまだ苦いですからね~。しかもこれ1000倍希釈ですし~。でも、効果ありますよ~」


 あなたは魔力増強に効果があるならぜひ使ってみたい。

 たぶんあなたには効かないと思われるが、サシャとかレインに使わせたい。

 そのように言うと、カイラがポケットから貝を取り出して来た。


「どうぞ~」


 開けてみると、中にはやや緩い半透明の軟膏。

 どうやらこれがそのシロップらしい。

 あなたは試しにスプーンで掬い取って、それを口に運んだ。


 あなたは吐いた。


 胃の中身までは吐かなかったものの、口の中の物はすべて吐き出してしまった。

 耐えようとかそう言う意図を抱くことすらできない。

 シークタイムすら存在しない、肉体の反射で吐き出してしまう。

 あなたはこんなに不味いものがこの世にあったのかと涙目になった。


「あら~、すごい。胃の中身までぶちまけないだけすごいですよ~」


 あなたは『ポケット』から水を、『四次元ポケット』からいくつかの果物を取り出した。

 その果物を絞った果汁を水に加え、その水にシロップをぶち込んでよく混ぜた。


「あら~……吐いた上でまだ飲もうという根性が凄いですね~……」


「う、嘘だろ……やめときなよぉ……死んじゃうって……」


 そして、あなたはその混合水を一気飲みした。

 あなたの胃が反逆を起こし、流れ込んで来たものを吐き出さんと蠕動する。

 あなたは自分の鳩尾に拳をぶち込み、自分の喉を思いっ切り手で握り締めて耐えた。


 数分の膠着状態の末、あなたの吐き気は引いた。

 喉から胃にかけて、焼けるような灼熱感が残っている……。


「本当に耐えちゃいましたね~……耐えれるとは思わなかったです~……」


「うへぇ~……大丈夫? げーしちゃいなよ……」


 もったいないから吐かない。

 しかし、残念ながらあなたには効果がないようだ。

 魔力量が増えたような感じはしない。


「あらあら~……」


「か、可哀想……あんなまずいシロップ飲んだのに……あの、強く生きなよ……?」


 チーから心底同情されてしまった。

 あなたは頷き、自分が耐えれたんだからチーも耐えれるよねと笑って返した。


「…………う、うわぁぁぁぁ! もう嫌だァ! た、たしゅけて! 私は名誉ある死を求めるぅ!」


「騎士気取りですか~? はい、暴れない暴れない~」


 今度はベルトを使って椅子に固定しだした。

 そして口を開いた状態で固定する金具を装着しだした。

 チーは本格的に拷問されている人になって来た。さすがに可哀想だ。

 あなたはカイラにほかに手立てはないのかと尋ねた。


「ないです~」


 しかし、喉奥に流し込んでいる様子からして、べつに舌で吸収しているわけではないらしい。

 つまり、胃の中に送り込みさえすればいいのだと思われる。


「そうですね~」


 腹を掻っ捌いて、食道に穴を空けてそこから流し込んでみてはどうだろう?


「たしかにそれなら苦味は感じませんね~。激痛を感じる羽目になると思いますけど~」


 やはり、ダメだろうか。


「むしろなんでイケると思ったのか不思議なんですけど~」


「やめろォ! それもうガチ拷問だから! やめろォ!」


 じゃあ飲むしかないだろう。


「わかったよ飲むよぉ! ちっくしょう、今晩メチャクチャ楽しんでやる! 朝までコース! 朝までコース!」


「あら~、元気いっぱいですね~。希釈量半分にして、倍量飲みましょうか~」


「やめろォ!」


 あなたは頑張れとエールを送った。

 そして、あなたは屋内に戻り、ベッドに転がり、1時間眠った。

 不味すぎる薬はあなたに甚大なダメージを残していた……。



 1時間ほど昼寝をし、外に出る。

 外ではリゼラがスアラを相手に大盾の訓練中のようだ。

 スアラの投擲する小石を大盾で無駄なく防御する盾捌きの訓練らしい。

 あなたは死んだ魚のような目で湖を眺めているチーの隣に座った。


「ああ、起きたんだ……私はがんばって全部飲み干したよ……うへぇ……」


 まずさに耐えてよく頑張った。感動した!

 あなたはそのように激賞した。


「君もあのまっずい原液飲んでたし、すごいよ……」


 チーが褒めてくれた。

 そして、チーがあなたの太ももにさりげなく手を載せて来た。

 あなたは何も言わずに受け入れる。


「うへへ……やーっぱさ、魔力量増やすのに邪道ってのはナシなのかな?」


 そんなことはないと思う。

 あなたは魔力量を増やすのに効果ありと聞いたら色々やった。

 そしてなんだかんだ一番効いたのは食事による増強だった。


 エルグランドには魔力量を劇的に増強してくれる不思議な果物がある。

 魔力量を増強するために血眼になって探し求めたものだ。

 修行が正道だとすれば、これもまた邪道だろう。


「へぇ~……果物かぁ。おいしかった?」


 あんまり印象に残っていないが、不味かった記憶はない。

 すると、普通に美味しい範疇に入る味だったのだろう。


「へ~。うへへ……君の瑞々しい果実の味はどうなのかな~? 知りたいな~?」


 などと言いながらあなたの胸を撫でて来るチー。

 なんて積極的なのだろう。あなたは笑ってチーの手を叩いた。

 そして、おイタはダメ、夜までお預け、と甘い声で囁いた。


「うへへへ! 頭が灼ける!」


 身悶えするチー。

 なんとなくいつもの自分を見ているような気分になった。


「うへ……私さぁ、元々は男遊びも結構してたんだよねぇ……」


 それは意外と言うべきか、それとも順当と言うべきか。

 こういう遊びをするにあたって、異性を標的にする方が順当と言えるだろう。

 同性の方が楽しめるかも、と思うのは少数派だと思われる。


「ヒリつくような冒険して、戦いを潜り抜けてさ。強い酒を飲んでクラクラ来たら、いい感じの男ひっかけるか、男娼買ってさ。そしたら朝まで楽しんじゃって……そんなよくいる冒険者だったんだよね」


 たしかによくいる。男女逆にしてもよくいる。

 刹那的な生き方をする冒険者の典型と言えるだろう。


「でもさ、うちの冒険バカのリーダー、見たでしょ」


 見た。あれは世にも稀な冒険バカだ。

 なにが稀かと言えば、リーゼは冒険者歴3年を超えるベテランなのだ。

 それでいながらあそこまで純真な冒険バカでいられるのは稀だ。


「冒険バカのリーダー見てるとさ、冒険者続けるのも悪くないなって、そう思っちゃうんだよね~」


 などと苦笑するチー。

 いずれ妊娠したら、冒険者はやめようと思っていたのだろう。

 あるいは、冒険をやめる踏ん切りのために男遊びをしていたか。

 存外に、そう言う手合いと言うのは、いる。


 才能があって、稼げるからと、うっかりこの道に来てしまった者がいるのだ。

 そして、やめる理由が見つからずにだらだらと冒険を続ける者もいる。

 そう言った手合いが冒険者をやめる理由の多くが妊娠だ。それは男女を問わない。

 冒険者なんて不安定な職業をやめて、定職に就いて孕ませた女を養う男もいるものだ。


「べつにリーダーみたいに、見たことのない景色が見たいわけじゃないんだけどね」


 では、なぜ冒険を?


「リーダーが見せてくれる景色なら、見たことのある景色だって絶景に映るに違いないって……思ったのさ」


 なるほど、それはじつにいい。

 信じられるリーダーと言うのは、実にいい。

 得難いリーダーを得たものだ。羨ましいくらいである。


「でっしょ~?」


 そう言って鼻高々と言った表情をするチー。

 いいチームだ。仲の良いチームだとは思っていたが、リーゼはよいリーダーをしている。

 リーダーのまとめ方にもいろいろあるが、信じられると思わせるのは大事なことだ。

 リーゼが意識しているかは不明だが、リーゼにはよいリーダーの資質があるのだろう。


「だから、冒険者やめなくていいように、男遊びはやめたのさ」


 で、その代わりに女遊びをするようになったと。


「そゆこと~。だから私、結構慣れてるよ? 楽しませてくれる?」


 なるほど、なかなか滾るではないか。

 やはり、おたがいに物の分かっている同士でヤるのが一番楽しめる。

 あなたはチーに、見たことのない景色をみせてあげよう、と答えた。


「いいね……その返事、セクシーでさ。今晩、楽しもうね?」


 チーのセクシーな流し目にあなたは頷きを返す。

 まったく、今夜が待ち遠しい!

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