14話

 しばらく探索を続けたが、あなたたちは結局次の階層への道を探し出すことができなかった。

 単純な話、戦闘を続けるうちにリソースの消費が問題となり、探索を続けることができなくなった。

 主にレインの魔力の消耗。フィリアの魔力の消耗。そしてサシャの体力の消耗である。


 レインは2割程度しか魔力が残っておらず、フィリアも半分近く損耗したという。

 サシャは疲れ切っているというほどではないが、だいぶ動きにキレがなくなって来た。

 あなたは魔力は一切使っていないし、体力も有り余っているが、あなた一人で戦ってもしょうがない。


「この明かりが問題なのかしら」


 撤収のために、マッピングした地図を照らすランタンをレインが睨む。

 明かりがあって助かった面は多いが、敵を引き寄せたことも多い。

 とは言え、夜目が効かないメンバーがいるのだから仕方がない。

 そう言った困難を乗り越えるという意味でもこの層は中々難しい。


 あなたは夜目を利かす魔法はないのかと訪ねた。

 だれもが夜目の利くエルグランドでは絶対に存在しない魔法だろう。


「夜目ですか。ありますけど、私の使える魔法は効果時間がすごく短くて……」


「私も使えるけど、あんまり遠くは見えないのよね。効果時間は十分あるわよ。6時間くらいは持続するわ」


 やはりあるらしいが、一長一短と言ったところであろうか。


「本当は幻術とか、不可視のものを見通す魔法なんですけどね。闇も見通せるんですよ」


「割と高位の魔法よ。私じゃとても使えないレベルのやつね」


 便利そうではあるが、装備品にその手のエンチャントがあるため、使いどころはないだろう。

 覚えておいて損はなさそうだが、優先順位は低い。ともあれ、後で教えてもらおうとあなたは内心で決めた。


「私の使える魔法だと、本当にちょっとしか見通せないのよね。あるとないとじゃ大違いだけど、明かりがあれば無意味な程度だし」


 しかし、その明かりが原因で敵を引き寄せているのである。

 他人にも使えるのであれば、それを全員に使うというのもありではないか。


「フィリアは以前挑んでいたことがあるのよね。どうしてたの?」


「明かりを使って普通に戦闘してましたよ。三層に降りようとしてたわけではないですし」


 聞けば、フィリアたち『銀牙』は腕試しのためにソーラス大迷宮に来たのだとか。

 冒険者としての技量と言うより、単に戦闘での強さを確かめつつ、同時に鍛えるため。

 そのため、冒険者としての移動技術が強く問われる第三層はそもそも考慮の外だったのだとか。

 四層は四層で冒険者としての環境適応能力を問われるため、腕試しには不適切だという。


「実際、当時の私たちにはちょうどいい歯応えでしたからね。ここで随分冒険者としてレベルアップできたと思います」


 強くなりたければ戦うのが一番の近道である。

 地道に訓練をするよりも早く強くなれる。

 それはエルグランドでも変わらないことだったので頷ける話だ。


 ただ、実戦は訓練と違って技量をじっくりと伸ばすのに向かない。

 単純に強くなるには実戦が一番だが、純粋に技量を積むには訓練の方が向いている。

 と言うか実戦で強くなると言うのは生命力の向上などが主体となる。

 打たれ強くなるし、体も頑健になるので、まぁ強くはなれるのだが。


 しかし、こちらの攻撃が当たらないでは話にならない。

 そのため、ある程度の段階まで……つまり、生命力が十分に成長すると、訓練の方が強くなれたりする。

 一口に強くなるといっても色々なので、どちらが必要かはその時々で異なるものだ。

 究極的にはどっちも無限大に必要と言う身も蓋もない結論が出るので、本当にどちらが必要かはその時による。


「お姉様は先に進みたいですか?」


 あなたはちょっと考えてから、特に進みたいわけではないと答えた。

 できるなら進みたいが、無理をしてまで挑みたいとまでは思わない。

 ここでは死んだらそこで終わりかもしれないのだ。

 まぁ、普通は、一度死んだらおしまいなのだが。


「そうですか。実際、それがいいと思います。まだ下積みが必要です」


 あなたは頷いた。あなた自身にも下積みが必要だった。

 この階層はどうとでもなるが、この先。事前に集めた情報によると、大瀑布と呼ばれる第三層。

 階層のほとんどが水で覆われ、泳ぎか、あるいは水面を移動する手段が必要となる階層。


 あなたは泳げない。


 プールで遊んだことはあるのだが、眩しい水着姿を鑑賞するのが主目的で、泳ぐのは主目的ではなかった。

 そのため、水遊びなんて足がつく程度の深さのプールで水をかけあうとかそのくらいが関の山で。

 武装した状態で戦闘を想定して泳ぐなんてことは想像したことすらなかったのだ。

 第三層に挑む前に、泳ぎの練習をしなくてはいけないだろう。

 まぁ、力づくで突破する方法もあるが……ここは大人しく正攻法で行く。


 まさか第三層がそんなところになっているとは思いもしなかったので、情報を集めるうちに困ったことになったと思っていたのである。

 水没したダンジョンなんて想像もしたことが無かった。

 水浸しと言うことならあるのだが、泳げるレベルと言うのは……。


「じゃあ、これからどうしますか?」


 第一層でお金を稼いでみようとあなたは提案した。

 第二層ではまだサシャとレインが厳しい。

 ならば第一層で下積みをし、そこで稼いだお金を第二層の攻略に投ずるのだ。


 冒険者としての技量を積みつつ、戦闘の強さも得られる。

 効率としては微妙かもしれないが、急いでいるわけではないのだ。


「第一層でお金を稼ぐって、なにをするの?」


 第一層の主な収入は採取である。

 一番しょぼいところでは薪拾い。非常に安いがそれなりに安全。

 一番高額なのは毒撒き蝶の毒鱗粉集め。割と普通に死ねるが非常に高額。


 その他、森の中に自生する薬草などの採取もあるだろう。

 稀ではあるが、薬草採取を行う薬師の護衛などの依頼が来ることもあるようだ。

 冒険者ギルドの領分のようであるが、迷宮内での活動なので探索者ギルドが斡旋してくれるようだ。


「薬草集めね……薬草なんてわからないわよ」


 あなたにだって分からない。エルグランドの薬草なら分かるが、こちらの大陸の植生はあなたにもよく分からない。

 基本的な植物はそう変わらないようなのだが、見たことのない植物もあるし、よく知る植物も微妙に違うのだ。

 薬草だと思って採取したら毒草でした、では洒落にならない。まずは勉強から始める必要がある。

 薬草採取は馬鹿でもできるように思えて、実のところは専門知識と技術を必要とする高度な仕事なのだ。

 薬草にそっくりな毒草だってあるし、その逆もまた然りなのだから。なんなら毒草を薬草として使うこともある。


「ううん……勉強からね……勉強が必要ない採取とかないかしら」


 あるだろうが、あったとしても、それは安いだろう。

 だれにでもできるものではないから高額な報酬が約束される。これは当然の真理だ。

 だいたい、そうでなかったら薬師なんて職業が成立するわけがないのだ。

 だれにでもできるものではないから専門家として成立し、人から金を取れるのだ。


「それもそうか……」


 急がば回れと言うことであるし、急いでもしかたがない。地道にやるしかない。


「でも、できるだけたくさん稼ぎたいじゃない?」


 であれば、レインの持つ技術、つまりは魔法の技能を切り売りするしかない。

 しかし、この町にはレインより優れた魔法使いが唸るほどにいるだろう。売れるか微妙だ。

 あとは貴族として培った知識の類を切り売りするくらいだろうか? 買い手がいるのだろうか?

 最後の手段としては、尊厳を切り売りして売春をするくらいしかないだろう。


「そうよね……大人しく薬草の勉強をするわ」


 あなたはそれがいいと頷いた。

 そうした話をしているうちに、出口へとたどり着いた。

 あとは森を抜けて町に帰還するだけだ。

 油断せずに行こうとあなたは皆に注意を促した。


「ええ。帰り道に熊に襲われて死んだなんて笑い話にもならないものね」


「早く帰っておやすみしたいですね。がんばりましょう」


 さて、熊は疲れている冒険者を意図的に狙う知能はあるだろうか?

 あなたはそんなことを考えながら、第二層から第一層へと帰還する。


 外はすっかりと夕暮れ時のようだ。これはちょっと急がないとまずいかもしれない。

 ソーラス大森林には多数の危険な生物がいるので、当然ながらソーラスの町には城壁がある。

 日中なら門は開かれているが、夜間に閉ざされるのは当然である。


 早く帰らないと、城壁の外で夜を明かす羽目になるだろう。

 あなたたちは急ぎ足で町へと向かった。




 幸い、なにかに遭遇することもなく、あなたたちは町へと帰りついた。

 あなたはともかく、他のメンバーはみなくたくたと言った様子である。


「はぁー……閉門前に帰れてよかったわ」


「ですねぇ。ちゃんとベッドで寝たいです」


「お風呂にも入りたいですね。結構汗掻いちゃってますし」


 たしかにとあなたは頷く。

 風呂で汗を流し、さっぱりした体で綺麗なシーツの敷かれたベッドで眠るのは得も言われぬ快感がある。

 入浴と言う習慣があまりないエルグランドでは分からなかった歓びである。

 特に、入浴後に冷たい飲み物をぐいーっと呷ると最高に美味しい。


「ふふ、たしかにね。冷たい牛乳に砂糖を入れて飲むと美味しいわよ」


「果汁入りの牛乳もおいしいですよ。私は大好きですね」


「え、えと、私はお水かなって……」


 あなたはサシャの頭を撫で、お風呂上がりにスパークソーダを飲むといいと伝えた。


「あ、なるほどぉ……えと、いいんですか?」


 あなたは頷いた。疲れた時でなくとも飲みたい時に飲めばいいのだ。

 たしかに疲労回復効果は強力だが、美味しいものは美味しくいただくのが大事である。


「あ、じゃあ、今日は公衆浴場に行きませんか?」


「いいわね。いろいろと飲み物なんかもあるし」


 公衆浴場。そう言うものもあるとは聞いていたが、気軽に利用できることにあなたは改めて驚いた。

 エルグランドにも公衆浴場自体は存在したが、主に貴族の使う場所だった。

 庶民にも使える公衆浴場が存在するのは素直に驚きである。

 やはり、水が豊かな大陸ならではと言ったところだろうか。


「こっちにもそう言うところはあるわよ。でも、庶民向けや、下層民向けの浴場もあるのよ」


 階級分けされた施設。それはあらゆる層に需要が存在するということでもある。

 そして同時に、あらゆる層に供給できるだけのリソースが存在する証明でもある。

 エルグランドでは無理だろう。いや、汚染された水でいいならできるだろうが……。


「まず宿に戻って着替えを持っていかないとですね」


「ついでに夕飯は外で食べましょうよ。いいお店とかあるかしら?」


 その手の情報は収集していないので何とも言えない。

 以前にセリナに紹介された店なら間違いないだろうが。


「んー。あの店も悪くないけど、いろいろと探してみたいじゃない」


 あなたはそう言う楽しみ方もあるなと頷いた。

 店の新規開拓と言うのはなかなかに楽しいものである。

 まぁ、あなたは飲食店を開拓するということはしないのだが。


 ともあれ、あなたたちは公衆浴場に期待を膨らませながら宿へと戻るのだった。

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