13話
考えながらも探索は続く。
なんの収入も得られないのに、出費だけが積み重なる。
ソーラス大迷宮の本領は第四層からであり、そこまで辿り着いた者だけが栄光を掴めるという。
つまり、第三層も儲からない。
一応第二層と違って儲ける手立てはあるのだが、かなり難しいのだとか。
かく言うあなたも、第三層で儲けを出すのは自分でも難しいと思っていた。
いや、あなただからこそ儲けを出すのは難しいと言うべきなのかもしれない。
あなたは持てる技術のすべてを磨き、それを一流レベルにまで鍛え上げた自信がある。
一方で、幾つか鍛え上がっていない技術などもある。
エルグランドには多種多様な、他大陸には存在しないような技術が隆盛を誇っている場合がある。
マナの反動、と言う技術などはその典型だろうか。これは端的に言うと、効率的に生命力を魔力に変換する技術だ。
つまり、魔力が空っぽの状態で無理やり魔法を唱えた際に、生命力をごっそり削られるのを最小限に抑える技だ。
こんな技術が確立されてるあたりにエルグランドの魔法のヤバさが伺えるが、それは些末なことだろう。
そうした、エルグランド特有の技術と言うのは数多あるものの、もちろんあなたも会得していない技術がある。
持っていない技術だから鍛えあがっていない。つまりはそう言うことである。
たとえば顎関節だけで微笑む方法だ。リッチなどの骨格しかないタイプのアンデッドが磨く技術だ。
なにをどうやっているのかは不明だが、たしかに顎関節だけで微笑んで見せるので凄いものではある。
ただ、見てても意味が分からないので、とてもじゃないが会得できる気はしなかった。
まぁ、あなたには表情筋があるし、特にアンデッドになる予定もないので磨くつもりもなかったが。
第三層はそう言った、あなたが鍛え上げていない技術を要求される場なのだ。
第三層で活動するためには、あなたも修行が必要だろう。
まったく、どれだけ冒険しても、至らない部分があると実感させられる。
これだから冒険と言うやつはやめられない。あなたはにやりと笑った。
「なにニヤニヤしてるの? 女のことは地上に戻ってから考えなさいよ」
レインに突っ込まれてしまった。べつに女のことは考えていなかったのだが。
いや、あなた自身も女であるから、一応女のことを考えていたことになるのだろうか……?
そう思いながら歩いていたところで、あなたは左側に違和感を感じた。
そちらへと眼をやってみると、そこには扉があった。
第二層は洞穴だが、ところどころに扉がある。
地形が一定でない、つまり日ごとに構造が変わるという摩訶不思議なこの迷宮。
時折こうした玄室が姿を現すことがあるのだとか。
「ほんとだ、扉があるわね」
「鍵は……かかってますね」
サシャがドアノブに手をかけ、軽く引いたり押したりする。
本当は罠がある可能性も否めないので迂闊にドアノブに触れてはいけないのだが。
まぁ、この辺りは今後の課題と言うところだろうか。
「……前に来た時も思いましたけど、普通の家にあるような扉が洞窟の中にあるって不思議ですね」
フィリアがなんとも言えない顔で扉を見つめている。
あなたにしてみるとエルグランドでは割と見慣れた光景なのだが。
まぁ、あなたが主に探索していた迷宮は過去の遺跡であるから、扉があるのは不思議でもなんでもないのだが。
「ご主人様、開けてみますか?」
サシャがそのように訪ねて来たので、あなたは頷いた。
サシャの開錠の腕前を見せてもらおう。
練習では立派にできていても、本番ではうまくできないこともある。
戦闘で緊張した体はいつも通りに動いてはくれないし、疲労は体の冴えを鈍らせる。
いつもならできていたことができなくなる。探索では日常茶飯のことだ。
サシャが開錠道具を魔法のかばんから取り出し、鍵へと挑む。
ドアノブの下部にある鍵穴に慎重に金属製の棒を差し込み、内部構造を手に伝わる感覚で察知する。
そして、その内部構造を推察し、どこに開錠のための仕組みがあるかを探る。
探り当てたら、その仕組みを作動させるべく、ツールを操る。
「ん……んん……ここ、かな?」
かちゃ、と言う金属音が聞こえて来た。
ぴこりとサシャの耳が持ち上がり、嬉しそうな顔で立ち上がった。
「ご主人様、開きました!」
よくできましたとあなたはサシャの頭を撫でた。
本番で見事にやり遂げたことは立派だ。
さて、中にはなにがあるのやら。
あなたはドアノブに手をかけ、扉の前に立たないようにと警告をした。
そしてあなたはそっとドアを開いた後、有毒なガスなどが漏れてこないことを確認した後、ドアを開け放った。
そして、その先には、無数のゴブリンが犇めいていた。
あなたは手近にいたゴブリンを蹴り飛ばした後、背後のレインに声をかけた。
ファイアボールとやらを中に撃ち込め、と。
「え、あっ、『ファイアボール』!」
撃ち込まれたファイアボール。あなたは即座にドアを閉めた。
内部でファイアボールが炸裂したのだろう、ドアがぎしりと揺れた。
数秒ほど待ってからドアを開ければ、中は死屍累々と言った有様である。
密閉空間で爆発が起きれば、衝撃は逃げることなく内部を蹂躙する。
無数に転がるゴブリンのほとんどは死んでいるようだが、生きている者もいる。
あなたは刀を振り回して足元のゴブリンを滅多切りにして行った。
もしかしたら気絶しているだけの場合もある。首を叩き落とせば安心だ。
「咄嗟に動けたの、よかったですね、レインさん」
「そ、そう? でも、言われなければ気付けなかったわ」
あの状況なら味方を巻き込まずにファイアボールが使える。
そう言った発想はなかったのだろう。レインが気落ちしたように言う。
まぁ、この辺りは年季を積めば自然にできるようになる。
あるいは、以前の失敗から、改善策を練るものだ。
そうした想定を練ることは、さまざまな状況に対応できる素地を作ってくれる。
だからこそ人はどんどん失敗をすべきなのである。まぁ、もちろん限度はあるが。
「戦利品は……う~ん、なさそうですね」
部屋を見渡したフィリアはなんと言うこともなく呟く。
一方でレインとサシャは恐る恐ると言った感じだ。
あなたがゴブリンを滅多切りにしたせいで中々悲惨な状況だからだろう。
レインの魔法にもっと火力があれば綺麗さっぱり消し飛んでいたのだろうが。
威力が不足していたのでトドメを刺さざるをえなかったからしょうがない。
魔法と言うやつは威力を上げるのが中々に難しいものである。
魔法の扱いに長けるには何千何万と使う必要があり、魔力と技術を向上させる必要がある。
体を鍛え、強力な武器を得るだけで威力が向上する武器戦闘とは違うのだ。
そう言った素の威力は実のところ魔法の方が劣っていたりする。
あなたが素手で全力でぶん殴るのと、鍛え抜いた『魔法の矢』では前者の方が何十倍も強い。
一方で、魔法の威力を向上させるエンチャントのついた武具を使えば簡単に威力は逆転する。
強力な武具も冒険者の強さの一端であるが、魔法使いはそう言った影響が如実に出るものだ。
まぁ、鍛え抜けば強くなれる、と言うのにも限度があるので、剣士だろうが強力な武具は必須だが。
「実入りはないんですけど、こういう戦闘は多いので、第二層は実力をあげるのには最適なんですよね……まぁ、偏るんですけど」
偏るというのは人型生物との戦いに慣れ過ぎてしまうと言うことだろう。
冒険者をする中では謎の生物と戦うこともままある。
そうした者との戦闘経験を積めないというのはたしかに少々まずい。
ただ、幾多もの戦いを乗り越えることで生命力や技量を鍛えられるのは魅力的だろう。
いろいろな意味で一長一短と言ったところだろうか?
「とりあえず探索を続けましょう」
あなたたちは頷き、探索を再開した。
ソーラス大迷宮は二層の内部構造は日々変化する。
そのため、次の階層に辿り着くための下穴の位置も変化する。
第三層では常に変わらないというから、これは二層だけの特質だ。
どんな熟練冒険者でも二層目を踏破しなければいけないため、最も嫌われている階層でもある。
二層、三層では稼げない。しかし、二層は突破するのに手間がかかる。
加えて三層ですらも稼げないので、四層に辿り着けるのは本当に手練れの冒険者のみ。
だからこそ四層に辿り着ける者を上級冒険者と呼び、単独で辿り着けるような怪物を特級などと称するのだろう。
なかなか面白い迷宮である。あなたはだいぶこの迷宮を気に入っていた。
何がいいって、冒険者としてのイロハを無理なく学ぶことが可能だ。
冒険者に必要なのは、騎士のような正面戦闘の技術だけではない。
騎士たちは全力でブチ当たって勝てばそれでいい。
だが、冒険者は全力でブチ当たって勝つ必要はない。
そもそも、収入が得られない戦いと言うものもある。まさにこの階層であることだが。
無理に戦わず、戦いを避けて道を踏破するのもまた冒険者である。
かと言って戦いをひたすらに避けて行くのもよろしくはない。
戦いを避けて進もうとすれば、迂回や待機などで時間を食う。
時間を食えばそれだけ物資も消耗する。騎士のように後方から物資が届くことはない。
そして、人間相手の戦争をやる騎士と違って現地調達ができるとも限らない。
自分の持てるリソースをいかに節約して目的を達成するか。
冒険者に必要な技術とはそれであり、技術と能力の双方が問われる。
また、目的を手段にしてしまうなどの初期条件を見誤らないことも。
この第二層をうまく踏破するにはリソースの節約と目的の達成の両立が問われる。
第二層はそうした技術を学ぶのに最適な場所と言えるだろう。
「前方、なにかいますね」
考えながら歩いていると、サシャが鼻をぴくぴくとさせながら言い出した。
あなたが視線を前方に向けるが、未だに何も見えない。
サシャの鼻による探知は風向きによってだいぶ精度が違う。
条件が噛み合えば、この暗闇の中で眼の利くあなたよりも優れているようだ。
そして、さほど間を置かないうちに暗闇の中で敵の姿が見えた。
オークが2体いる。向かい合って何か会話をしているように見える。
声は聞こえない。小声で話しているのか、あるいはあなたの可聴域外の声音で話しているのか。
そして、明かりでこちらに気付いたのだろう、オークがこちらに相対する。
あなた以外の全員はまだ見えていないだろう。明かりあると周囲が分かりやすいが、気付かれやすい。
魔法による暗視などの手段があれば、だいぶ楽なのだろうが。
あなたは弓に矢を番え、それを放った。
一体のオークの口の中に突き込まれ、そのまま後方へと飛び去って行く矢。
かくんと力の抜けたオークが崩れ落ちる。脳幹を一気に破壊するとそのような死に方をする。
もう一方のオークは仲間が突然崩れ落ちたため、助け起こそうとしている。
オークにはそうした連帯の精神があるのかとあなたは悪用の手段を思い浮かべる。
一気に殺害するより、重傷を負わせて味方の救護をさせればおもしろいほど簡単に仕留められる。
あるいは一見して生きているようなオークの死体の下に地雷でも仕掛けておくとか。
まぁ、今はとりあえず目の前のオークに対処する必要があるだろう。
あなたは再度矢を番えてオークを射貫いた。矢はオークの側頭部を貫通して飛んで行った。
楽勝だったが、これはサシャに経験を積ませるために戦わせた方がよかっただろうか?
とは言え、自分に許した範囲の戦闘力で十分に対処可能だったので、問題ないと言えばそうか。
ともあれ、あなたは仲間たちにオーク2体を仕留めたことを伝える。
「オークを2体倒したの? 2射で? それ、かなりの強弓なのね」
あなたは頷く。あなたの使う武具のほとんどはエルグランドのものだ。
だが、弓だけはボルボレスアスで手に入れたものを使っている。
ボルボレスアスの狩人たちは超人的な膂力を持つため、並の弓とは比較にならない強弓があるのだ。
エルグランドにはあなたのような超人を想定した弓はほとんど存在しないし、あっても所有者が手放さない。
そのため、ボルボレスアスの狩人向けの強弓はほどよい手ごろな選択肢となる。
引き分けに300キロと言う超人的な膂力を必要とする強弓は人間など薄紙の如く貫通する威力がある。
多少頑丈とは言え、人型生物の枠組みから外れないオークでは耐え切れるわけもなかった。
ちなみにあなたは弓はボルボレスアスのものを使っているが、矢はエルグランドのものを使っている。
ボルボレスアスの矢は強弓に相応しい物騒な代物だが、調達に難があるのだ。別大陸のものだから仕方ない。
「うわ、本当にオークが2体死んでる」
「これ、矢が貫通したと思わしき場所が弾け飛んでるんですけど……」
「クロスボウのボルトが貫通してもここまでいかないですよ」
死体を見分している三人がそのように感想を述べた。
なんなら引いてみるかとあなたは弓を渡した。
「私じゃ引けなさそうだけど……んんっ」
レインが弓を引こうとし、微かに弓がたわんだ程度で止まる。
レインは早々に見切りをつけて、次にフィリアへと渡した。
「んーっ! はぁっ、すごい強弓ですね、これ」
フィリアが全力で引くが、やはり微かにたわんだ程度で止まってしまう。
まぁ、フィリアの膂力はそこまでではないので、さほど疑問もないだろう。
フィリアが次にサシャへと渡し、サシャは見様見真似と言った様子で弓を引く。
「ううっ……! ご主人様は軽そうにしてたのに……」
それでも2人よりは格段に引けている。胸元あたりまで弦を絞れている。
耳まで引けば威力を出せるが、引くのに時間がかかる。
そのため、強弓を使っておいて、胸辺りまで絞って放つという使い方もよく見かける。
サシャの場合全力で絞ってそれなので連射速度は出せないだろうが。
辛うじて使えそうなので、使ってみるかと提案してみる。
まぁ、使えるだけで、当てられるとは限らないが。
矢と言うのは真っすぐ飛ばないものなので熟練が必要なのだ。
単純な話、弓は弦を本体に張るが、必然的に弦の真正面には本体が存在する。
必然、矢を放つには斜め前方に放つ必要がある。これでは真っすぐ飛ばないのは当然だ。
弓本体に切り欠きでもあれば話は別だが、そんなことをしたら弓が折れてしまうだろう。
「ううーん……あとで練習してみてもいいですか?」
あなたは頷いた。とりあえず実戦投入してみると言った無謀さはないようだ。
あなたは手に入れた武器をさっそく使ってみて爆散とかよくやらかしていたので、その慎重さに感心した。
爆弾を目の前の敵に投げつけて自分ごと爆殺とかよくあるよくある。あれはすごく痛い。
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