17話

 激辛ハーブの大食い選手権を自主開催する羽目になったリゼラ。

 悶え苦しみながらハーブを食べ続け、軽く30服ほど食べ終えた。

 そして、その時にはもう半死半生と言った調子だった。


「も、もう駄目だ……」


 くたばっているリゼラをあなたは抱き起こす。

 そして、軽く運動してみようと促した。


「ああ……そうだな……これで効果出てなかったら割腹でもするか……」


 死を選ぶほどつらかったのだろうか。

 あなたは効果はあるから嘆くなとリゼラを励ました。

 そして、実際に体を動かしてみて、リゼラは効果を理解した。


「すごい……体が、ここまで機敏に動くなんて!」


 目に見えて動きのキレが違う。今までよりもずっと機敏に体が動く。

 それでいて、体動は力強く、パワーに溢れ、それでいて軽やかだ。

 主たる武器の大槌のスイングスピードもいや増し、恐るべき破壊力を匂わせている。

 そして構えた大盾の堅固さは尋常ではなく、同格相手に遅れを取ることはありえないだろう。


「30服やそこらでコレ……全部食べたら、もっとすごいことになるんじゃないのか……?」


 自分の手にした力に打ち震えるリゼラ。

 まぁ、実際のところ手にした力はそう大したものでもないのだが。

 たしかに、今まで伸び悩んでいたのは解消されたが、劇的な戦力向上ではない。

 今まで格上だった相手に勝ちが狙えるほどの強化ではないのだ。


 身体能力だけで強くなれるなら、サシャは冒険者学園でもっと好成績を残していただろう。

 それこそ学園対抗演習であなたと肩を並べて戦っていただろう。

 サシャの身体能力は体格を除いて入学時点ですでに完成済みだったと言ってもいいのだから。

 そうならなかった時点で、身体能力だけで勝てるほど甘い世界ではないのは明白だ。


「む、そうだな……体格に劣るからと技だけは誰にも負けないつもりでいた。それと同じことか……」


 そう、身体能力も技も、結局は戦術の一要素でしかない。

 最強の身体能力、最高の技があっても、頭をカチ割られたら負ける。

 今回得た身体能力も一要素に過ぎない。過信すれば死ぬ。


 最高に高めた私の身体能力で最強の力を手に入れてやるぜ! などとほざくようだったら教育するつもりだったが。

 さすがにそこまで安易に力に溺れたりはしないようだ。

 サシャの場合はつきっきりで分からせまくっていたので調子には乗らなかったが。


「怖いな。なに、私の目の前に、私以上の技と身体能力の持ち主がいるからな。そんな調子には乗れんさ」


 そう苦笑するリゼラ。まぁ、常識的に考えてそうではあるが。

 世の中にはそれでもなお調子に乗る人間もいるものなのだ。

 リゼラがそうでなくてよかったというべきか。



 リゼラの身体能力向上によって戦闘力は向上した。

 伸び悩みにもいろいろあるが、リゼラの場合は純然たる地力の不足。

 重戦士として守勢に寄りがちだったというのも大きいだろう。

 大槌と盾、どっちの扱いがうまいかと言えば目に見えて盾の方がうまかったし。

 ひとまず、このバカンスにおける最低限の目的は果たしたと言えるだろう。


 まぁ、強力な一撃と言うリゼラの当初欲していたものは未だ手に入れていないが。

 戦士と言うのは大抵の場合でそう言うものなので諦めるべきだろう。

 結局、地味な総合力で勝負するのが戦士と言うものなのでしょうがない。

 あなたの剣技で一番派手な技だって、剣を思いっ切りぶん回す『剣群スウォーム』くらいなものだし……。


 さて、訓練が終わったら、みんなで身を清める。

 その後、夕飯の時間となるわけだが、夕飯の担当は概ねあなただ。

 この秘境に食料を持ち込んだのはあなただし、燃料の類もあなたが持ち込んだ。

 その扱いの主導が委ねられるのは自然な話と言える。


「今日のお夕飯は何にする予定ですか~?」


 言いながらエプロンをつけ、三角巾を結ぶカイラ。

 カイラは屋敷で調理を担っていたこともあって、よくよく手伝ってくれる。

 あなたの知らない料理の作り方を教えてくれたりもする。


 あなたはほっと温まるものがいいなと応じた。

 熱い外から、この涼しい秘境に来たものだからなんだか暖かいものが食べたい。


「うんうん、なるほど……サーモンのチャウダーにしましょう~」


 ほう、サーモンのチャウダーとは。美味しいのだろうか?

 そう思っているうちに、カイラが食料保管庫からサーモンを取り出して来る。

 塩蔵していない、生の1メートル級のサーモンである。


 カイラがそれをナイフで豪快に捌いていき、身肉を切り分けていく。

 それと賽の目切りにした野菜を鍋へと放り込み、炒める。

 バターによって焼かれる香ばしい香りは美味い料理への期待を掻き立てる。


 ざっと熱が通ったかな、と言うところで、カイラが小麦粉を振りかける。

 機械製粉による精製度の高い真っ白い小麦粉だ。パンに使えば極上のパンが出来る。

 それによって化粧の施された具材がさらに炒められていく。


「そして買ってきたばかりの牛乳をどばぁ」


 脂肪分もたっぷりの濃厚な牛乳が注がれ、それをかき交ぜていく。

 塩に少量の砂糖を加えて煮込んでいく。実にシンプルなチャウダーだ。


「味見どうぞ~」


 ひと掬いほどのチャウダーが乗ったスプーンを渡された。

 あなたが頷いてそれを口に運ぶと、衝撃的な美味さが脳天を突き抜けた。

 なんだこれ、めちゃくちゃうまいぞ。

 今まで食べたチャウダーの中で一番おいしい。


 あなたは思わず驚愕し、スプーンを見つめ、チャウダーを覗き込む。

 調理工程に不思議なポイントはまったくなかったのに。

 なぜこんなにも美味しくなったのだろうか?


「ふふふふ~……このチャウダーは、グルタミン酸、グアニル酸、イノシン酸……そしてコハク酸が含まれている科学料理です~」


 なんだかよく分からないものが4種類も入っているらしい。


「まぁ、真面目な話をしますと~。このチャウダー、実は隠し味にトマトを使ってるんですよ~。そのおかげですね~」


 あなたはチャウダーを覗き込む。真っ白でほかほかと湯気が立っている。

 ミルクの濃厚な香りと、魚類特有のなんとも言えない香りが立ち上る。

 サーモンにブロッコリー、そして小さな二枚貝の剥き身と、キノコが具材として浮いている。

 トマトの色も、香りも、まったく伺うことはできなかった。


「トマトは潰したピューレを布に包んで、時間をかけて重力で搾るんですよ~。すると、透明なトマトジュースが搾れるんです~。牛乳に最初から混ぜておいて入れました~」


 なるほど、手間はかかるようだが、これほど美味なチャウダーになるとは。

 腕によりをかけたいとき、特別な来客の時にはぜひとも使いたいテクニックだ。

 トマトを使えば、料理の味がグンとよくなるのは知っていたが、赤を主体にしたくない時もある。

 そうした時、この透明なトマトジュースのテクニックはじつに役立つことだろう。


「ふふふ~、科学っておもしろいでしょう~? 料理にも役立つんですよ~。そうだ、あなたってたしか、オムライスが大好物でしたよね~?」


 たしかにあなたの大好物はオムライスだ。

 もはや主食と言っても過言ではないほどに。


「私が、今まで絶対に食べたことのないものすごいオムライスを食べさせてあげますよ~」


 なんと、そこまで大言壮語するとは。

 あなたはいままで多種多様のオムライスを食べて来た。

 白いオムライスであるとか、ふわとろ半熟オムライスであるとか。

 そんな変わり種も当然食べて来た。おそらく、世界でも有数のオムライスマニアだ。

 もはや見たことのないオムライスはないと言っても過言ではないだろう。

 そんなあなたに対し、食べたことのないものをみせるとは……お手並み拝見と行こう。


「では、今日の主食はオムライスですね~。ちょっと時間かかるので~、サラダでも作って待っててくださいな~」


 あなたは言われるがままにサラダを作ることにした。

 調理工程を見てしまうと、供された時の驚きが薄れてしまうのでカイラの調理工程を見ないようにしつつ。



 それからしばらく経ち、夕食の時間になった。

 あなたはチャウダーとサラダを取り分け、全員にたっぷりと盛り付ける。

 主食のオムライスもあるが、足りない者も居るだろうし、パンの方が好きな者もいるのでパンも一応用意した。


 そして、カイラが運んで来たものは……半熟のオムライスだった。

 とろりとした質感の黄色い卵がたっぷりと乗った様子はじつに旨そうだ。

 だが、おいしそうに見えるだけで、物珍しさは感じられない。


「まぁ、見た目は普通に見えますよね~。でも、これは一口食べればものが違うと分かりますよ~」


 なるほど、そう言うのであれば、食べてみてから判断しよう。

 まぁ、元より料理とは食べてこそのもの。見た目だけで評するほど愚かでもない。

 あなたは他の皆を促して着席すると、ウカノへの祈りをささげた後に食事に取り掛かった。


 ではまず、カイラの言うところの、今まで食べたことのないだろうオムライスだ。

 スプーンで黄色い小山を崩し、それをひと掬い持ち上げれば、その下の赤いチキンライスが覗く。

 鮮やかな黄色と、鮮やかな赤の鮮烈な色彩。見た目にも華やかな一品だ。

 普通のオムライスは、黄身の黄と白身の白が入り混じっていることも珍しくないのだが。

 これは真っ黄色なのがやや珍しいと言えばそう……まさか、それをして見たことないと言うのか?


 まぁ、百聞は一見に如かずだ。

 あなたはそれを口へと運ぶ。

 まず、食感はとろっとろの半熟状態だ。

 舌の上でとろけて、豊潤な旨味をあなたへと伝える。

 そして、口内で踊るじつに濃厚な香りにあなたは思わず目を見開く。


 まるでチーズのように濃厚な香りが立ち込めている。

 それでいて、チーズのミルク臭さも塩気も感じないのだ。

 卵だけのシンプルでピュアな味わい、それでいてチーズのような香り。

 いったいこの不可思議な香りは?


 それに、味わってみると分かる、この尋常ではない濃厚さ。

 あなたは唸ると、たしかに食べたことのない逸品だ……! と評した。


「うふふ~、それはよかった~」


 カイラが勝ち誇ったような顔をしている。くっ、悔しい……!

 オムライスマニアだなどと自負している姿はお笑いだったぜ、と言われても反論できない。

 あなたは世界にはまだまだ知らないオムライスがあるのだなと感慨深く呟いた。


 見た目が珍しかったり、独特な具材が入っているのではなく。

 極シンプルに、知り得ない調理法による特別な味わいの料理。

 なるほど、料理した人間の見識と腕を如実に物語るオムライスと言えよう。

 あなたは完敗だと頷くと、カイラにレシピを訪ねた。


「これはですね~、なんと焼かないオムライスなんです~」


 焼かない!? オムライスは半熟だが、火は通っている。

 それでいながら焼かないとはどういうことなのか。


「湯煎で作るオムライスなんですよ~。焦げ付かないので失敗しにくい、それでいながら美味。そんなオムライスなんですよ~。これもまた、科学の知恵というやつです~。卵の消毒含めて~」


 すごいものだ、科学の知恵。

 言うだけのことはある。


「うふふ、詳しくはまた今度にしましょう~。今は美味しく食べないと~」


 たしかに、冷めてしまってはもったいない。

 他の皆もガツガツと美味しそうにオムライスを食べている。

 どうやら、仲間たちにも振る舞うのは初めてらしい。

 あなたも負けじとオムライスを堪能すべく、スプーンを動かしはじめた……。




 たくさん食べておなかいっぱいになったら、あとはお休みの時間だ。

 あなたは身を清めた後、自分の部屋でリゼラを待っていた。

 部屋で待っているようにと、なぜかリゼラではなくリーゼに言われたのだ。

 まぁ、待っていろと言うなら待つのが信条だ。やはり相手の自発的な意思でこそ……。


 そんなことを考えていると、部屋のドアがノックされた。

 あなたは自ら来客を迎え入れると、それはやはり予想通りにリゼラだった。

 なぜか防寒用と思われるローブ姿だ。


「ま、待たせたな」


 あなたも今来たとこ……もとい、身支度を整え終えたばかりだ。

 そんな相手を安心させることを言って、あなたはリゼラをベッドに誘った。

 自分の座っている隣の位置をぽふぽふと叩き、隣に来て座らない? と。


「あ、ああ……失礼、する……」


 誘われるがままリゼラがあなたの隣に腰掛ける。

 身を清める際に使ったのだろう、石鹸の爽やかな香りがした。

 リゼラとリーゼは同じ石鹸を使っているようで、香りはよく似ている。

 その中に混ざって感じられる女の子の香り……それもまた、リーゼとよく似ている。

 あまり似通った2人ではないが、いとこと言う血縁を感じさせる。


「その、ソラに、相談したんだ。アイツは男遊びも女遊びもするやつだから……だから、それで……」


 うんうん、それで?


「……私は、その、ほら、こんなだから……きっと脱がせたとき、あなたはがっかりする……」


 あなたはそんなことはないと力強く断言した。

 どうやらリゼラは思った以上に自分の体格にコンプレックスがあるらしい。

 だが、あなたにとっては女の子と言うだけで究極の価値がある。


 たとえそれが骨と皮しかないほどにやせ細っていても。

 目が埋もれて見えなくなるほどのぜい肉に包まれていても。

 それが女の子であれば、それだけで世界で一番お姫様なのだ。


「そう言ってくれて、私はうれしかったんだ……へんな話だな。私は女同士なんて不健全でよくないと思ったのに、褒められたら現金なもので……あなたになら抱かれてもいいと思った」


 つまり、リゼラは乗り気になってくれたということらしい。

 いままでは折に触れて口説いても反応が鈍かったのだが。

 まさかあんな何の気のない言葉がクリティカルだとは。

 いや、今まで折に触れて口説いていたからこそ、リゼラが自分の体へのコンプレックスを吐露してくれたのだ。

 だからこそ、それを否定する形であなたは好感を得られたと……。


「だけど、やはりその……貧相、だからな……せめて、少しでも喜んでもらおうと思って……」


 喜んでもらおうと思って?


「そ、ソラの故郷の、民族衣装を参考に、き、着付けて、もらったんだ……」


 そう言って、リゼラがそっとローブをはだけた。

 その下から現れたのは、簡素な胸を覆う布と、腰巻姿の簡素な衣装だった。

 たしかに、どことなくエキゾチックな服装で、露出度も非常に高い。

 ポピーの柄が染め抜かれた布地で隠されているのは腰回りと胸回りだけ。


 なだらかお腹、存外になよやかな肩、体格に比してガッチリと太い太もも。

 そんなリゼラの愛らしい肢体が露わとなり、実に愛らしい。

 あなたはそんなリゼラの精一杯のお洒落に微笑すると、使ってくれてるんだね、と零した。


「そ、そうなんだ。これは、あなたにもらったお土産で……」


 かつて冒険者学園に通い始めた年に、湖水地方で買ってきたお土産だ。

 各メンバーに布地は分配されて利用されていたはずだが。

 リゼラは布地の形で未だに持っていたらしい。

 それを衣服として着用して来たということだ。


 あなたはリゼラを持てる限りの言葉を尽くして褒め尽くした。

 精一杯おしゃれして来てくれたのがうれしかったのだ。

 それも、チーに相談してまで、だ。他人の力までも借りる精一杯を尽くしてくれた。

 ならば、あなたもまたリゼラに対し精一杯を尽くさなくてはいけないだろう。


 あなたはリゼラを褒めながら、そっと抱き締めた。

 リゼラが身を固くする中、あなたはその首筋を柔らかに撫ぜながら耳元で囁いた。


 精一杯おしゃれをして来てくれたのがとてもうれしい。

 その気持ちに精一杯答えて、最高の思い出をいっしょに作ろうね、と。


「……ああ、きっと、忘れないさ」


 あなたはリゼラにそっと触れるような口づけをしながら、ベッドへと押し倒した。

 今夜は眠れないな!

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