16話
なんのかんのと1週間ほどが経った。
あなたは屋敷内におけるほぼ完璧な育休制度を整えた。
きっと、あなたの屋敷はこの世で最も女性が働きやすい場になった。
つまり、逆を言えば、あなたが女を囲い易い空間になった。
「そう言われると最低最悪の努力ですね~」
きっと、エルグランドにいる最愛のペットにバレたら頭の形が変わるまでぶん殴られるだろう。
剣を持ち出さずにはいてくれるが、容赦なく殴りまくって来るのでとてもつらい。
なにしろ、あなたの最愛のペットは冒険の初期から連れ添った最高の相棒でもある。
魔法の運用能力はまったく持っていないが、身体能力はあなたと同水準。
そして、かつてから現在に至るまで、ずっと専業の戦士だったのだ。
身体能力と技術は同じでも、数値化できないカンみたいなものでは劣る。
結果、あなたは最愛のペットに喧嘩で勝てないのだ。
まぁ、あなたが自分の罪を自覚しているので大人しくしているのもあるが……。
仮に全力で抗ったところで、なんだかんだ殴られまくることに違いはない。
頭の形も変わるだろう。弾け飛んだり陥没して形が変わるのではなく、腫れ上がって変わるのが救いだろうか。
「ええ……」
「まぁ……あなたの頭の形が変わるまで殴れるなんて、憧れてしまいますね」
「ええ……」
カイラはあなたの最愛のペットとダイア、どちらにもドン引きしていた。
あなたの最愛のペットは、よそで女を作ることは許してくれる。
なのだが、それはそれとして作った分だけ制裁を受ける羽目になる。
嫉妬深いというわけではないが、正妻としてのけじめに忠実なのだ。
「それでいて1ミリも躊躇せずに女作るんですね」
それを我慢するくらいなら、あなたは自ら死を選ぶ。
まぁ、選んだところでエルグランドでは蘇るわけだが。
さておき、あなたがこの屋敷でしておかなくてはならないことは終わった。
これからも度々様子を見に戻りはするが、ブレウの出産までは長期滞在も不要だろう。
あとはまぁ、ギールのことも踏まえて少し様子は見なくてはならないだろうが……。
一応、ギールのことは、ポーリンとマーサには言い含めておいた。
戻ってきたら、ここに引き留めておくようにと。
妊婦であるブレウには妙な心労を負わせたくないので話していない。
このほかにあなたがすべきことは、もはやバカンスのみ。
さぁ、ソーラスに戻り、バカンスと修行を再開しよう。
あなたはダイアとカイラを連れて、ソーラスに転移した。
町は先週に旅立った時と様子は変わらず、あなたはそのまま迷宮に直行した。
本当は探索者ギルドにて宣誓していないダイアを連れ込んではいけないのだが……。
たぶん、そのあたりを厳密に守っている冒険者はいないのだろう。
カイラもまったく気にした様子もなくダイアを招いているのでいいのだ。
そして、秘境まで戻ってくると『エトラガーモ・タルリス・レム』のメンバーは修行に精を出していた。
リーゼとリゼラが武器と盾を交え、スアラとトキは遠距離攻撃の訓練、チーは瞑想中のようだ。
「あ、カイラ、おかえり~! って、なんかすごい美人いるー!?」
「エルフの人か。『EBTG』のメンバー……と言うわけではないのだよな?」
「うへへ……すっご……なにこの爆美女……どっから見つけて来たのん?」
あなたが連れて来たダイアにそれぞれが新鮮な反応を返してくれた。
そして、ダイアはその反応に対し、佇まいを直すと瀟洒な礼をした。
「
実に上品な挨拶だ。これで中身が極上の蛮族だなんて信じられない。
あなたはダイアには狂える殺意の炎が燃え滾っているので、迂闊に試合などしないようにと告げておいた。
チーがセクハラ目的で試合など申し込んだら大惨事間違いなしだ。
チーが上下、あるいは左右に分割されるか、身長が10センチばかり縮むか……。
大穴としては、顔面に大穴が空くと言ったところだろうか。大穴だけに。
「いや、失礼だろう……あの、あなたも怒っていいぞ?」
「いえ、事実ですので。私は、そう……試合などでもちょっと熱くなってしまうと、うっかり殺し合いをはじめてしまう癖がありまして」
などと困ったような微笑を浮かべるダイア。
物腰は本当に上品で気品があるのだが、内容がもうどうしようもない野蛮さに溢れている。
「彼女はそんな私でも優しく受け止めてくださいました。皆様も彼女に教えを受けているとのことで、私は楽しみで楽しみで……」
ダイアの修行に対する意気込みはバッチリと言ったところか。
熱意が伝わったのか、『エトラガーモ・タルリス・レム』のメンバーも目に光が宿った。
あなたたちの帰還で、本格的な訓練の再開を悟ってもいたのだろう。
バカンスの終わり……秋の訪れまで、そう遠くはない。
気を引き締めていこう。トキとスアラ、そしてリゼラを美味しくいただくためにも――――!
あなたは留守中の皆の成果を見る、と銘打って試合を行うことにした。
1人3分ほどの時間を取って、相手を嬲り殺しにする感じのアレだ。
終わったらカイラが治療を引き受けてくれるので、あなたは嬲り殺すだけでいい。
「何の躊躇もなく嬲り殺しに来るのが本当に怖い」
「うへぇ……私、こういう過激なマゾヒズムはちょっと……」
「こう、ギリギリの戦いで成長できるの……分かるんだけどね……感覚が抉じ開けられるって言うかさ……」
「うん、身になるのはたしかだぞ? 身に刻み込むというか、頭に捻じ込まれるというか……」
「辛いほど身になるはずだって信じないとやってられないよね……」
訓練を受ける面々からはかなり不評だが、その分だけ効果があるのだ。
あなたは1人ずつ
結論から言うと、そこまで劇的な成長はしていない。
逆を言うと、順当な成長はちゃんとしていた。
休暇に入る前に指摘していた事項はちゃんと改善してあった。
1週間留守にしていた間、サボっていたわけではないようだ。
「それで、今回の指摘事項は?」
向上心旺盛なリーゼに促され、あなたは全員の指摘事項を述べていく。
と言っても、大きな欠点、問題点は以前に指摘済みである。
そのため、指摘する事項は基本的には細かなものである。
全員、順当に強い。なので、順当に鍛えて、さらに順当に強くなるしかない。
劇的なパワーアップなんて夢物語みたいなことは考えない方がいい。
「夢も希望もないな」
リゼラがそんなことをぼやくが、そう言うものだ。
あなたもこういう地道かつ順当な成長を積み重ねまくった。
その結果、1人でここにいる面々を片手間で処理っていけるようにまでなったのだ。
「どれくらい鍛えたらいい勝負が出来るようになるだろうか」
あなたは100年早いと端的に答えた。
誇張表現とかではなく、マジで100年は早い。
あなた加速して体感時間を拡張できる。
それありきで修行しまくっている。
実際、この大陸に来てからまだ4年しか経っていないが……。
内功の訓練などは、体感時間で言えば10年を超える期間修行している。
それと同じように、あなたの基礎訓練期間は100年なんて軽々と超えている。
あなたに追いつくなら、100年はかけないとお話にならないのだ。
「うむむ……やはり成長に近道などなしか……」
まぁ、どうしてもと言うなら、1つだけ手がなくはない。
「聞かせてくれ」
あなたは懐から袋を取り出し、その中身をみせた。
べつになんてことはない、極普通の植物の葉だ。
半生程度に乾燥させて保管してあるそれからは独特の刺激臭がする。
「それは……?」
これはセルベンと言い、エルグランドにおけるハーブだ。
エルグランドのハーブは香草ではなく、強力な薬効効果を持つ植物を言う。
このセルベンは、ただ食べるだけで肉体全般が頑強になる。
以前、サシャに食べさせていたゴシオラは、筋力や頑強さだけが向上したが。
これはそれのみならず、感覚も研ぎ澄まされ、魔力量も増強し、頭脳も冴えるとすべてが成長する。
まさにハーブ・オブ・ハーブ。すべての王様だ。まぁ、複数効能がある分、1つ1つへの効果は劣るのだが……。
ともあれ、これは食べるだけですべての能力が向上する。
言ってみれば、チーが呑まされている魔力増強薬。
それの肉体バージョンのような効果が期待できるのだ。
「そんな奇跡の薬草があるのか……! 譲ってくれ! 頼む!」
あなたはリゼラの肩に手を置き、譲ってほしかったら……わかるね? とやらしく肩を撫でた。
「ぐっ……! か、金だな? いくら払えばいい?」
あなたはエルグランドにおける相場を答えた。
おおよそだが、セルベンの相場は1服分で金貨2500枚だ。
この袋にはおおよそ200服分が入っているので、金貨50万枚である。
「ふざけるな高過ぎるだろ!」
相場である。って言うか原価での相場なんてあくまで目安だ。
普通、商店に並ぶものは経費や利益分を上乗せされるので、この数倍の値段も珍しくない。
なので、このセルベンは決して高いわけではないのだ。
そう、エルグランドの金相場がゴミ同然に安いだけである。
あなたはその辺りは伏せて、これは相場だと強弁した。
「うぐっ……ま、まぁ、食べるだけで強くなれるなんて奇跡の薬草、安いわけも無しか……」
ちなみにこのセルベンは、7日間の休暇中にエルグランドに行って取って来たものだ。
貴重品なので早々売っていないが、それでも専門のハーブ商人も居たりする。
集めようと思えば、200服やそこらくらいはなんとでもなる。
サシャ用のゴシオラも買ってきたし、レイン用のサマンも調達して来た。
本当はこのセルベン、フィリア分なのだが……まぁ、セイマスでも役立つのでそちらを渡す予定だ。
「だが、そのだな、私は……その、見ての通り、だぞ?」
そう言って腕を広げて自分の体を示すリゼラ。
訓練中ということもあって、鎧を纏っていない姿だ。
いとこだというリーゼと違い、リゼラは背が低く、その体も起伏に乏しい。
その点を言っているのだろうが、あなたにとってはどうでもいいことだ。
「……はぁ。それでもいいというなら、好きにしてくれ。どうせこんな貧相な体、喜ぶ男もいない。女同士なら、その、チーじゃないが……安全、だしな」
あなたは大喜びなので、喜ぶ女ならいる。
慰めと言うわけでもないが、あなたはそう主張した。
「フッ……そうだな。喜ぶ男がいないなら、喜ぶ女にくれてやる……まぁ、道理だ。そうだな、嫌々貰われるよりは、喜んで貰われた方がうれしい」
なんて苦笑するリゼラ。あなたはもちろん大喜びだ。
今晩、蕩けるように甘いはじめてをプレゼントしよう。
また次もしたいと思わせたらあなたの勝ちだ。
まぁ、その前に、あなたはリゼラに約束のセルベンを渡した。
「ああ、その、ありがとう。それで……これはどう使うものなんだ? 煎じるのか? 磨り潰すのか?」
基本的には磨り潰すが、生でそのまま食べてもよい。
煎じる場合、メチャメチャ難易度が高いのでお勧めできない。
まぁ、ヘドロみたいなものを呑む羽目になってもいいなら煎じてもいい。
「ふーん、生でもいけるのか。うっ……なんだろう、チリのような……」
セルベンの独特の刺激臭のことだろう。
あなたは味もそれに倣った感じなので気をつけてと助言した。
「と言うことは、辛いのか。ま、良薬口に辛し……もとい、苦しと言うしな」
そう言ってセルベンを口に放り込むリゼラ。
それを咀嚼し、やがて動きが鈍り、体をよじって悶え始めた。
「がぁ……! か、か、辛っ……! ばかっ、こんなの、食べていいレベルの辛さじゃない……!」
しかし、リゼラはそれを根性か何か、無理やり飲み下した。
吐き出さなかっただけ褒めてやりたいが、ちょっと咀嚼が足りない。
「はーっ! は-っ! こ、こんなの丁寧に咀嚼できるか! 見ろ! 唇が腫れてきた!」
たしかに、リゼラの唇はぷっくらと腫れている。
セルベンは唐辛子でも齧ったんかと思いたくなるほどに辛い。
そして、それにふさわしいだけの刺激物なので、唇は腫れる。
もちろん煎じたら激辛ヘドロエキスが出来上がるだけだ。
「ぐう……! 本当に、本当に効果あるんだな……!?」
もちろんある。
もしも効果がなかったら、金貨100万枚払ってもいいよ! あなたはそんな保障をした。
実際効果はあるのだし、仮に100万枚払う羽目になってもはした金だ。
「そうまで言う以上、効果はあるのか……うう……くそ、やってやる! 食べりゃいいんだろうが!」
そう言ってセルベンを口に掻っ込むリゼラ。
身悶えしながら咀嚼し、がんばって飲み下す姿は感動的だ。
辛さに耐えて、よく頑張った。感動した!
あなたはリゼラを励ましつつ、今夜の情事に想いを馳せた……。
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