第36話

 特にこれと言うこともなく過ごし、夜が来て、あなたは全員にオムライスを振舞った。


「わぁ、わぁぁ……これ、おいしいですご主人様!」


「本当ね。すっごく濃厚な卵だわ。何の卵なの?」


 あなたは何の卵と聞かれ、食事の手を止めた。


 君達は、その料理を食べました。そのことをよく認識して、自分の話を聞きなさい。


 重苦しい口調でそう告げると、サシャもレインも怯んだ。


「え……え……?」


「ちょ、ちょっと、これ、何の卵なのよ……」


 あなたは『四次元ポケット』に前から放り込んでいた卵なので、何の卵か分からない、とシンプルに伝えた。

 食料用として放り込んでいたのは明白だ。卵にそれ以外の使い道などありはしない。

 そのため、食することが出来る卵であるのに違いは無いので問題はないだろう。


「ああ、そう言う……何の卵でもショックを受けないように覚悟しろってことね」


「なるほど。でも、卵って見た目に特徴がありますよね?」


 エルグランドではどの生物も鶏卵のような卵を産む。大きさはまちまちだが。

 そのため、見た目でいずれかの生物の卵かどうかを判断する方法はないのだ。


「へぇー……」


「それはそれで不思議なところね……まぁ、美味しいから何の卵でもいいわよ」


 エルグランドでは男同士でも女同士でも子供が生まれるし、異種族でも子供が生まれる。

 それはつまり卵生の種族と胎生の種族でも子供が生まれるということだ。

 であるからして、如何なる生物でも卵を産むことが可能である。

 それを伝えても誰も幸福になれないので、あなたは口をつぐんだ。

 あなたは少女風オムライスの味わいで言葉を飲み込み、夕食は和やかに続いた。




 恙なく夕食を終え、そのまま就寝し、朝。

 朝早くから移動はすまい、と言うことで、朝寝を楽しんだ後に起床。


 お茶を淹れて、ティータイムとお喋りで時間を潰していると、遠方から馬車が走って来ていることにサシャが気付いた。


「騎馬が5人ほどいますね。武装しています」


「眼がいいのね。私まだ見えないわ」


 あなたもバッチリ見えている。男が4人に、紅一点の女が1人。

 あなたは大興奮だ。あの女は生け捕りにして好き勝手楽しませてもらう。

 どれほどの無体を働いても問題ないのだからやる気も一入である。


 馬車には特徴的な紋章がついている。頭を剣で貫かれた蛇のようだが。

 その情報をレインへと伝えると、レインは頷いた。


「ザーラン伯爵家の紋章よ。間違いないわ」


 であれば、その5人組を殺害して、中の貴族を殺せば任務完了と言うわけだ。

 あなたは意気揚々と街道へと出て行き、馬車の到着を待った。

 女は殺すわけにはいかないので、逃げられないような距離まで待つわけだ。


 そして、街道にあなたが堂々と立ち、その背後に2人の少女がいることに気付いた相手の騎馬が加速する。

 馬車が到達する前に、あなたたちを追い払おうという考えだろう。


「あれって……」


 レインが駆け寄って来る騎馬の姿に目を細める。


「うそ……『銀牙』のアルベルトじゃない」


 有名な冒険者なのだろうか? 金髪の優男と言った雰囲気でさほど強そうには見えないが。


「ええ、見た目はね。でも、剣も魔法も超一流の聖騎士として知られる冒険者よ。やっぱり……『銀牙』を雇ったんだわ……」


 他の面々の姿もレインが目視できるようになったところで、おののいたようにつぶやく。


「アルベルトの持つ盾は、古の城塞7基にも匹敵すると言ういにしえの守りがかかった盾よ。生半な手段じゃ貫くことはできない……」


 それは面白そうだ。あなたは手にしていた石ころをアルベルトとやらへと向けて投げつけた。


 アルベルトの頭が爆散した。


 古の城塞7基にも匹敵するとか言う触れ込みの盾は用いられることすらなかった。

 それほどの盾を持っているなら的確に反応して盾で防ぐくらいはするだろうと思ったのだが、まるで反応すら出来ていなかった。


「えっ?」


 首無し死体は馬上でぐらりと傾ぎ、そのまま落馬した。

 リーダー格だろうアルベルトの死。しかし、他の冒険者の面々は動揺を露とすることもなく臨戦態勢を取った。


 疾風の如く飛び出して来たのは、全身を甲冑で身に包んだ男。

 手にした巨大な戦斧は物々しく、人間1人を容易く両断し、そうならずとも重さだけで相手をひき潰すだろう。


「あれは豪断のビフスよ! 凄まじい膂力の持ち主で、オーガですら真っ向から捻り潰すわ! 正面から戦うのは危険よ!」


 なるほど。しかし、相手は騎馬でこちらは徒歩。機動力で翻弄するのも難しかろう。

 あなたは頷くと、腰にぶら下げていた剣を抜いて、唸りを上げて迫る戦斧を受け止めた。


 受け止めてみて、衝撃や相手の膂力次第でそのまま後ろに飛ぼうと思ったのだが、特に問題なかった。

 そのため、あなたは力づくで押し切り、ビフスとやらの戦斧を真っ向から叩き折った。

 その衝撃でビフスが落馬しかけるも、馬の鬣を掴んで落馬を堪える。


 あなたも馬の鬣を掴み、その場に引き留める。腕に荷重がかかるが、大した問題ではなかった。

 無理矢理引き留められた馬の首がバキリと折れて、顎を上にして180度そっくり返った。

 ビフスが目の前に転がり落ちて来たので頭に蹴りをくれてやると、頭が爆散した。


「ええ……」


 レインが呆然としたような調子で呟く。そして、その頭に向けて飛んで来た矢を掴み取る。


「ひっ……あっ、天弓のハロルド! その矢は竜の鱗すら貫き、相手の矢を撃ち落とすほどの射手よ!」


 それは凄い。では試してみようと、あなたは掴み取った矢を持ち替えて投げ返した。

 ハロルドなる黒髪を長髪にした男の右目をあなたが投げた矢が貫いていき、そのまま落馬した。即死だろう。


「…………の、残っているのは緑の癒し手と謳われるフィリアと、地獄の業火を操ると言われるミセラよ!」


 フィリアと言うのはたぶん馬上で顔を蒼くしている女だろう。

 ミセラはと言うと、最初のアルベルトの死体から盾を手に取り、それで自分の身を守っているようだ。

 今度こそ古の城塞7基に匹敵するとか言う盾の性能が試せるわけだ。

 あなたが手にした石ころを投げ放つと、それは吸い込まれるようにミセラの手にする盾へと激突した。


 その瞬間、巨岩と巨岩とが激突しあったような、凄まじい音が響き渡った。

 耳をつんざくような凄まじい音。そして、その発生源であった盾は、無惨にも砕け散っていた。

 しかし、その背後にいたミセラは無傷であり、古の城塞に匹敵するとか言う触れ込みはどうやら真実らしい。


「古の城塞に匹敵する盾を石ころで……?」


 レインが呆然としたように呟き、あなたは再度石を投げた。ミセラの頭が爆散した。


 残るはフィリア1人であるが、顔が真っ青なフィリアは震える手で騎馬を操る。

 突っ込んでくるか、と思われたが、馬に踵を返させ、そのまま走り去ろうとしている。

 咄嗟にあなたが石ころを投げると、方向転換中だった馬の頭が爆散した。


 崩れ落ちた馬に巻き込まれる形でフィリアも落馬していく。あなたはフィリアへと駆け寄ると、用意していた縄で縛りあげた。

 胸とかを強調するような形で縛り上げたのはあなたの趣味だ。


「いや、強い……強過ぎるでしょ……?」


「さすがにここまで強いとは思ってなかったです……」


「古の城塞7基に匹敵するって言う古代の守りを石ころで貫くってどういうことなの……?」


 それは単純な話だ。あなたの投石の威力は城壁7枚程度では防げないというだけのことだ。


「そう、ね。たしかにその通りだわ。いや、なんでただの石ころで城壁を破れるのよ!?」


 なんでと言われてもそう言うものだからとしか言いようがない。

 ともあれ、馬車を確保しようではないかとあなたが提案する。


「そ、そうね。それが重要だったわね。お願いするわ」


 と言うわけで、あなたは馬車を蹴り倒して横に転がし、天井を引っぺがす。

 すると、中では怯えた様子の壮年の男性がひっくり返っていた。

 これが目的の人物で相違ないだろうか? そうレインに確認を取る。


「ええ、間違いないわ」


 なるほど。あなたはその男の頭に剣を振り下ろした。

 男は頭を断ち割られて即死した。これで依頼完了と言うわけだ。


「………………」


 なぜかレインがあなたのことを微妙な眼で見ていた。

 何か不満があったのだろうか?


「いや、こう、なんと言うか……なんと言うか、ね?」


「ご主人様、普通は、その……こう、レインさんと、この人の間にあった確執とか、恨み言とか……そう言うのを告げてから、レインさんが殺す場面では……」


 なるほど。たしかに物語などではそう言ったような展開もザラにあった気がする。

 何か問題があるようであれば、蘇生の魔法が手持ちにあるので蘇生しても構わないとあなたは提案した。


「いや、要らない……ともあれ、撤退するわよ。後は死体が見つかればいいわ」


 行方不明の方が都合がいいのではなかろうか?

 それまでに代理当主として実権を握ることが可能だ。


「ん……たしかにその方が都合がいいのかしら? そうね、あなたへの報酬を払うことも考えたらその方が都合がいいかしら」


 であれば、死体類を全て綺麗に片付けて処分した方が都合がいい。

 明白に行方不明になった証拠として、馬車類だけはこの場に残した方が都合がいいだろう。


「馬車は残すの?」


 普通、人間にこんなことはできない。そうした現場を見た時、人はどう思うか。

 あなたのような存在が多数いるエルグランドであれば、超人級の冒険者がやったと考えるだろう。

 だが、そうではないここであれば、おそらくは人を超えた能力を持った存在が実行したと考えるはずだ。


「……一応自覚はあったのね」


「みたいですね……」


 なにやら微妙に失礼なことを言われたような気がする。

 あなたは少し憮然としつつ、死体を『四次元ポケット』に放り込んで処理を始めた。

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