第35話

「あの、ところで、レインさんがご主人様に依頼した仕事って?」


「ああ……ええと、言っていいのよね?」


 あなたは頷いた。


「私の父親の暗殺……と言うことになるのかしらね」


「ええっ!?」


「色々と……色々と、あるのよ。貴族の社会にはね」


 あなたはその辺りの複雑な事情は知りたくも無いので詳しくは聞かない。

 エルグランドにおいて貴族など、多少金持っているだけの人間くらいの立ち位置でしかない。

 貴族ってブルーブラッドって言うらしいから確かめてみようぜ! とか言う理由で面白半分に殺されまくるような連中は貴いとは言わないのだ。


 たしかに権力や財力は持っているのだろうが、冒険者の持つ圧倒的な暴力に敵うほどのものではない。

 最上位の冒険者の振るう暴力とは嵐のようなものであり、対抗しようということ自体が間違いなのだ。

 それはそれとして人脈とか権力とかがあるので、迂闊に喧嘩を売るのは非常に面倒臭いのも事実である。

 逆説的に言うと、ちょっと貴族の1人や2人をぶっ殺した程度ではエルグランドでは喧嘩を売った範疇に入らないという意味でもある。


「あ、あの、ご主人様、そのお仕事って拙いんじゃ……」


 サシャが不安げに訪ねてくるが、あなたはいい笑顔で答えた。

 この仕事をこなしたら、レインがなんでもしてくれるらしいのだと。

 すんごい楽しみである。最高だ。今夜は眠れないな!


「あっ、そう言う……」


 サシャは諦めたような顔で頷いた。さすがはあなたの奴隷だ。

 女が抱けると分かればあなたが何の躊躇もしないとよく理解している。

 貴族の令嬢に手を出すのは面倒臭いが、レインの提案に乗ればレインの実家は間違いなく没落する。

 没落まではいかないかもしれないが、力は落とすだろう。そのレインなら遠慮なく食べれる。


「あの、レインさん……」


「あら、なに?」


「えと、ご主人様は怖い人かもしれませんけど、優しい人なので……」


「え、ああ、うん、そう。優しい人なんだろうって言うのはなんとなくわかるわよ?」


「そう言うことではないんですけど……えっと……は、恥ずかしくて言えません!」


「何が!?」


 顔を抑えて蹲ってしまったサシャ。かわいい。

 そこで、ふとあなたはレインが貴族であるという点について思い至った。

 そう言えば、レインの父を殺害した場合、その貴族家の当主と言う立場はどうなるのだろうと。


「当主の立場? ええと……まぁ、私が暫定で当主と言うことになるのかしら? でも、実際には父親の方の傍系が継ぐことになると思うわ。私はあくまで暫定と言うことになるだろうから」


 であれば、そうなるまでの期間。それが数日か数か月かは不明だが、当主として家を差配出来るということだろうか。


「ああ、なるほど。いいわよ。ザーラン伯爵家の権限が及ぶ範囲内ならなんでもするわ。私には必要ない立場だから、家の立場や財産がどうなろうと知ったことじゃないし」


 レインの実家はザーラン伯爵家と言うらしい。伯爵家と言えば結構なレベルの貴族のはずだ。

 つまり、屋敷の大きさもそれなりのものがあり、そこで雇っている使用人の数も結構なもののはずだ!

 なんでもさせてくれるというなら、メイド食べ放題をさせてくれる可能性が高い!

 あなたは小躍りしたくなるような気分で早く依頼をこなそうとレインを急かした。


「…………ご主人様が男性じゃなくてよかったですね」


「え? ああ、まぁ、たしかに、男だったら体を要求されたりとかそういうこともあったかもしれないわね」


「ああ、まぁ……まぁ……なんと言うか、男だったら……なんと言うか……ハイ……」


 要するにサシャはあなたが男だったら、メイドたちが全員妊娠していただろうなぁ……と言う無駄な心配をしていたらしい。

 そう、まったくもって無駄な心配だ。なぜならあなたは女の身だが、エルグランドの民として女を孕ませる術を持っている。

 さすがにメイド全員を身重にするというのは心苦しいのでやりはしないが。


 まぁ、そんなことはどうでもいい。

 早くレインの父親をあの世に叩き込んで、レインの実家のメイドを腹いっぱい食べようではないか。

 あなたはレインを急かし、父親の居場所を教えるようにとせがんだ。


「なんでそんなノリ気なの……?」


 暗殺ってそんな意気揚々とやるものだったか? とレインが首を傾げる。

 あなたは待っている報酬が楽しみで楽しみでたまらないのだ。



 軽く旅支度をし、あなたはレインに先導されて町を出る。

 王都ベランサから続く街道の半ばで待ち伏せをするのだそうだ。


「護衛には冒険者を雇っているはずだけれど、ごめんなさい、誰を雇ったかまでは分からなかったの」


 情報源はどこなのだろうか?


「私付きのメイドだった子よ。今は私の母のおつきをしてくれてるの。外出の情報くらいは分かるのよ」


 ならば信用してもよさそうだとあなたは頷いた。


 街道沿いの野営地まで歩いて移動すると、あなたはさっそく野営の準備を始めた。

 と言ってもテントを設営するだけだが。何の変哲もないテントを設営し、簡易の折り畳み椅子に腰かけて焚火を始める。

 お茶を淹れてティータイムにする予定だ。


「……これから暗殺をするって言うのに凄く気楽ね」


「ご主人様ですから……」


「その諦めたような顔はなに……?」


 鼻歌混じりでお茶を淹れるあなたは、サシャもエルグランドの流儀に理解を持ち出したようでなによりと頷いた。


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